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ソシオメーター  作者: 蓮と 悠
冬に散りゆく白銀の世界
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冬、残された白

 昔の話をしよう。

 これは私——矢野藤花やのとうかが、望月陸人もちづきりくと麻宮静流あさみやしずるとの邂逅を果たす、その過程の物語だ。


 私にとっては普通な異常、想定外の想定内。二人との出会いはそんなものだった。ただ知り合いが二人増えただけ。たまたまその知り合い達に興味を持っただけ。そしてその知り合い達が、何故か私の大切な存在になっただけ。


 運命のように定められていた必然なのか、奇跡のように突発的な偶然なのか。

 そんなことはどうでもよくて、どうにもならない。どちらにしても、お互いを全く知らない状態で出会ったことには変わりないのだから。


 さて、そろそろ始めよう。

 私と愛すべき二人との、なんともない始まりの物語を——


×××××××××××××××××××××××××


 午前八時、私は起床した。遅いと思われるかもしれないが、私の就寝時刻は午前一時、起床時間は午前八時。この習慣が覆ることはまずない。それに、骨董屋など開店にさして準備も必要ないのだ。

 布団から出ると、途端に冷たい空気が身体にまとわりつく。それもそのはずで、今日の日付けは十二月十四日。冬真っ盛りというやつだ。ジャージ姿の私は、階段の横に置いてある布製のスリッパを履き、身体を寒気に震わせながら階段を降りる。そして一階に降り立った時、外の惨状を初めて目の当たりにした。


「……さて、どうしたものか」


 一面に広がる銀世界。

 私は店の前に積もった大量の雪を、ガラス張りの扉越しに睨み付け独り言つ。その高さはざっと見ても私の膝下程、つまり五十センチはあると思われた。良く見ると一組、店の前に往復した足跡が刻まれていたが、おそらく新聞配達員のものだろうと判断する。

 このままでは今日の業務を行うことができない。それどころか外出をすることすら危うい状況だった。一先ず私は、扉の横に備え付けられたポストからビニールで覆われた新聞を寒さにかじかんだ手で取り出す。そして新聞を片手にカウンターへと歩を進めた。そして、カウンターの奥の棚、その横にある引き戸を開け居間へと足を踏み入れる。

 真っ先に目に飛び込んできたのは、こじんまりとした年季を感じさせる卓袱台、その上に茶筒と湯呑み。奥には冷蔵庫にウォーターサーバー、テレビと、特にこれといって特別な物はない。

 私は卓袱台の上に乱雑に新聞を投げ、冷蔵庫の中身を確認。幸いまだ食料は潤沢に残っていた。


 今日ぐらいは店を閉め、貴重な時間の浪費でもして暇を持て余すとするか……。


 そう思い、私は卓袱台の上に置いてあった茶筒の中身を湯呑みに入れてウォーターサーバーの元へ向かう。

 本当は奥のキッチンでお湯を沸かしたりするべきなのかもしれないが、私はウォーターサーバーが気に入っている。

 ヤカンを火にかける手間も要らず、レバーを引けばすぐに熱湯なり冷水なりが出てくる。加えて熱湯の温度が丁度いい。私は沸騰した液体をあまり好きにはなれないため、沸騰せずとも温くはない、ウォーターサーバーのお湯を好んで使用する。


「ふう……」


 私は湯呑みの中の飲み物を口に流し込む。苦味と熱が喉を通り、布団から出たばかりの冷えた身体に染み渡った。

 握った湯呑みの熱により手の悴みも幾分かマシになり、私は徐に新聞に手を伸ばす。まず一面を見て、そこから一枚ずつ紙をめくっていく。古書に似ているようで非なる紙の感触を、いつもしている手袋をはめず直に感じる。

 私は朝、起きた後は必ず新聞を読むことも、起床時間と同様に習慣にしている。否、新聞紙に触れること、言った方が正しいだろう。

 私はいつも骨董品を触るとき、と言うよりも仕事中は、当然のことながら手袋をはめる。昔年の名匠達が生み出した技術の結晶を、素手で触れることに抵抗があるというのが一番の理由だが、それは私がある人物に言われた、私が抱く”恐れ”の表れなのかもしれない。

 そのため私は、このような仕事外の時間での物質との関わりを大切にしている。両手で握った湯呑み然り、一枚ずつめくる新聞然り。素手で物に触れる、そんな当たり前なことを私はとても価値のあることだと思っている。

 正直中身は軽い気持ちで読んでいる。

 事実、新聞の報道や週刊誌のゴシップなどの内容は見るに堪えない。

 例えば今日の新聞。租税回避地を利用した脱税、政治資金私的利用問題——そんな物々しくも弱々しい、滑稽な話題が新聞の大部分を占めていた。

 私に言わせてみれば、この様な話題は実に非生産的だ。確かに他の人間が不当に利益を得ていたり、私が払った税金が政治家たちのステーキなり寿司なりに変わっていると思うと腹が立たないわけではない。

 だが、それが私に直接的な被害を生み出すことはない。そして我々がとやかく言ったところで社会の仕組みは変わらない。

 つまるところ、そんな輩に文句を垂れている暇があれば、少しでも自分たちの徳を高めるために行動した方が建設的だろう、と思うわけだ。


「ふっ」


 そんなことを考える私に、私は自虐と賛同を込めて鼻で笑った。


「所詮世迷言か……」


 私は目を細め、そんなくだらない文字の羅列を飛ばしながら読む。そして、新聞を読む上での数少ない楽しみ、スポーツ欄へと進んだ。

 スポーツの話題は見ていて楽しい。


 己を磨き、己を超える。昨日の自分より今日の自分。失敗なくして成功なし。諦めずに挑戦することに意味がある。


 私はそんな、出来過ぎで綺麗事で、それでいていやに現実的な言葉が大好きだ。自己の十全を持ってして他人の十全にぶつかる。打ち負けた時は、次回には十二全の力を出そうと更に切磋琢磨する。そんなアスリート達の姿を私は美しく思う。

 そしてその中にある現実味も。


 やらなければ勝てない。勝ちたい。一番になりたい。


 新聞のスポーツ欄に写る写真からは、そのような人間のむき出しの本能が見て取れる。公正な手段で自らの欲望を曝け出す、これは中々できることではない。

 大衆の目の中、自分に向き合い、勝利という望みに手をかける。自分の内を解き放ち、栄光に向かって突き進む。

 そんな、人間の動物としての本能を、私は醜いとは思わない。

 それが禁忌に触れるようなものでない限りは、私はその感情をとても尊いものだと思う。


「ふっ」


 そして最後に、先程とは違う純粋な面白さを四コマ漫画から感じ、クスッと笑う。そうして私の朝の日課は終了した。

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