決意
「私達って……つまりどういうこと?」
「……いくら無能な先輩でもここまできたら察してくれるかと思いましたが、無駄な期待だったようです」
「ダメな先輩ですまんねぇ……」
藤花は陸人が出す、祖母が孫にかけるかのような声音の台詞を無視して、あくまで推測ですが、と前置きし続ける。
「藤花さんは午後七時、つまり先輩に電話した数分後に自分の身の危険を感じ、海に電話。言葉をぼやかして私達を預かるよう頼む。その後のことはわかりませんが、一つ言えることがあります。それは……」
「君たちの今後について……だよね、静流」
「そうやって良いところを持って行くの、相変わらずね」
そこまで喋ると、微笑を湛えた海棠が静流の言葉を遮る。静流はそんな海棠を見て溜め息を一つ付くが、さらに続ける。
「藤花さんが海に私達を預かるよう頼んだ、つまりそれは、私達になんらかの害が及ぶ可能性があるということ、そう捉えられませんか?」
「なんらかの害……それってどんな……」
静流の推理に衝撃を受けた陸人は、思わず言葉をこぼす。それだけ陸人は動揺していた。自分が思っていたよりも、事態は深刻なのかもしれない、と。
「そんな事わかるわけないじゃないですか」
……
一蹴だった。
陸人をしっかりと見定め、真剣な眼差しで、静流は容赦無く言い放った。
「いや、まあ、うん。そうだけどさ、ここは驚きを表す表現としてスルーしてくれて良かったんだけど」
「教えてくださいよ、先輩。どうやったらそんなことがわかるというんですか?」
「お願いだからスルーしといてくれ……」
特に変なことは言っていないはずなのに、静流の煽りによって何故か恥ずかしさを覚える陸人。
「ふふっ、静流は本当に性格が悪くなったよね。小さな頃は素直な優しい子だったのに。全く、誰に似たんだか」
「その誰かを挙げるとするなら十中八九海なのだけど。あと嬉しそうに笑いながら性格が悪いとか言うのをやめなさい。自覚はあるから」
「あるんだ……」
微笑を浮かべる海棠。無表情の静流。困惑気味の陸人。
三者三様の表情を浮かべる中、次に口を開いたのは海棠だった。
「まぁ、そんな話は置いといて、だ。そろそろこれからの方針でも決めようか」
相変わらず、薄っぺらな笑顔でそう提案する海棠。陸人と静流は、その言葉に反対な様子は見せず、海棠を見つめている。
「最初から預かるのが”者”だとわかっていたら丁重にお断りしたんだけど、『あぁ、わかったよ』とか軽い気持ちで返事をしてしまったからね。口約束とはいえ契約は契約。僕はこれから君たちの保護者として一緒に行動させてもらうよ」
「保護者とはまた随分と大きく出たわね。本当はコバンザメぐらいに思っていたんだけど、そこは大目に見ましょう。どうせ役割は変わらないわ」
「人間か魚類かの大きな違いには触れない方向でいいんだよね」
「はい」
「二人して辛辣だなぁ。歳上は労わるべきだよ」
二人のやりとりにぼやく海棠を尻目に、静流は陸人に視線を送り、そして告げる。
「今回の件、もしかしたら私たちにも何か身の危険が降り注ぐかもしれません。でも、私は藤花さんの捜索をたとえ一人でもするつもりです。先輩はどうしますか?」
それはいつもの無表情とは違う。
真剣な眼差し。
一見いつもと変わらない、何の感情も汲み取れないような表情。しかしその瞳は空虚ではなく、そこには確かに感情と意志が宿っていた。
陸人は、静流の真剣な表情に呑まれそうになる。自分にそれ程の覚悟があるのか、静流に匹敵しうる意志があるのか。
陸人は数秒の間の後、口を開いた。
「決まってるだろ……とか言う台詞は言えないな。実際、俺は今迷った。多分麻宮程の覚悟は俺にはないし、身の危険があるなんて言われたらたじろぎもする。でも、やっぱり俺は藤花さんを捜したい。危険かもしれないけど、力不足かもしれないけど、でも……」
「万が一、命を落とすかも知れませんよ?」
俯き、拳を握りしめ、なんとか言葉を紡ごうとする陸人。そんな陸人に、静流は今までになく優しい声音で、残酷な言葉を放つ。
「……だとしても、俺は藤花さんを捜したい。いや、捜し出してみせる。なんたって、藤花さんは俺の雇い主だから。ウチの、『骨董 牡丹』の、自慢の店長だから」
陸人は、海棠と静流の二人を見つめ、そう言い放った。
海棠は興味深そうに意味深な笑みを浮かべ。静流はその発言に驚いたのか少し目を細め。
「なるほど。陸人君がそうしたいなら、そうすればいいさ。中々に悪くない」
「動機だけ聞くと、職を失いたくないから、とも読み取れますが、今回ばかりは野暮なことは言わないでおきましょう」
二人とも柔らかな声色で、陸人の答えを肯定する。そんな二人を見て、陸人は心臓のあたりから何か温かいものが込み上げてくる感覚を覚えた。
そして、そんな二人に対して陸人はさらに続ける。
「……じゃあ、これから藤花さんが見つかるまで、この三人で行動しましょう。あと、なるべく単独行動は避けること。万が一のことが起こらないように」
そんな陸人に、海棠はふっと笑みを浮かべる。
「大丈夫だよ。少なくとも僕の目が黒いうちは、万が一すらあり得ない、万が零のことしか起こらないんだから」
まあ、僕の目は元々白いんだけどね、と付け加える海棠。
そして、最後に静流。その無表情の鉄仮面を解き、柔らかな微笑を見せて一言。
「ええ、絶対に助け出しましょう」




