もの
「まあそんなわけで、僕たち三人は知り合い同士ってことだよね。改めてよろしく、陸人君」
「あ、はい。よろしくお願いします」
「先輩、こんなヤツとよろしくしないでください。というか、海がここにいる理由をまだ聞いていないのだけど」
「あぁ、その件か。実は今日、矢野君に再び呼び出されていてね。なんでも預かって欲しいものがあるとか」
三人は店内で顔を付き合わせていた。陸人はカウンターの内側、静流と海棠は外側に座り、それぞれ言葉を交わす。
「藤花さんも酔狂な人です。こんな男にものを預けるなんて。そうは思いませんか? 先輩」
「え、えーと麻宮さん、そんな答えにくい質問しないでくれる? てか一度で二人に精神攻撃仕掛けないでよ」
「陸人君、そこは素直に『いや、三崎さんは信頼に足る優しくて素晴らしい男だ』と答えてくれていいんだよ」
「え、それはちょっと……」
「ははっ、やっぱり君は正直だね。でも一日のうちに君も僕を露骨に嫌がる部類に入ってしまったようだ」
一連のやりとりに、海棠は愉快そうに笑う。陸人の態度になんの不満も表さず。
陸人はそんな海棠に、不満を表情に滲ませながら口を開く。
「俺が口を出すようなことでもないですが、初対面の人にあんなタチの悪いことしないほうがいいですよ。藤花さんに聞きましたけど、人間を鑑定するって……」
「一日のうちに距離も詰めてきたね。陸人君、君はやっぱり面白いよ。ひょっとして、僕に親近感でも覚えてくれたのかい?」
「親近感? なんの話ですか」
「だって君は……」
「そこまでよ、海」
陸人と海棠の口喧嘩にも似た会話に、腕を組みその愛らしい顔に溢れ出る嫌悪感を表出させた静流が制止をかける。
「先輩も、こいつの口車に乗らないでください。それが一番の悪手だと理解できないんですか? 脳の発達が不十分なんですか? 脳外科にでも罹りますか?」
「悪かった、悪かったからそこは素直に馬鹿と言ってくれ」
「馬鹿」
「そういうことじゃないんだよなぁ……」
陸人の力のない反論が、無情にも店内に虚しく響く。そして次に声が発せられる時には話題は完全に変わっていた。
「ところで、さっきの話を聞いた限りだと矢野君は現在消息不明らしいね」
先程まで常に微笑を浮かべていた海棠だったが、急にその表情を真剣なものに変え、現状の整理に乗り出す。
「ええ、というか、もしかして三崎さん、一番最初から話を聞いていたんですか?」
「どこが最初かは僕にはわからないけれど、最初に聞いた言葉は陸人君の『まだ帰ってないみたいだね』だったよ」
「それ多分かなり序盤ですね……声ぐらいかけてくれれば良かったのに」
「いやぁごめんごめん。二人が面白い会話をしていたから声をかけそびれてしまったよ」
一時は真剣そのものだった海棠の表情も、すぐにおどけた調子のものへと変わる。
陸人はコロコロ変わる彼の表情は、どこかピエロを彷彿とさせた。でもそれはただのピエロじゃない。一見道化を演じているが、その実、あの白く濁った目が自分の奥の何かを見ている。やはり簡単には心を許せない相手だ。陸人はそう感じ自然と体に力が入る。
そんな陸人を見て、海棠は何も言わず、ただただ意味深な笑みを浮かべる。
「そんなことより、海に聞いておかなくてはならないことがあるでしょう、先輩」
陸人が海棠に少なからず警戒心を感じていると少し落ち着いたのか、いつの間にか無表情に戻っていた静流が口を開いた。
「え? 聞いておかなくてはならないことって?」
「何そっくりそのまま送り返してるんですか。仕方がないので私が聞きます。先輩は少し黙っていてください」
後輩に一切の会話を禁じられた先輩、陸人は、おとなしく黙っておくことにした。そして静流は海棠に向き直り、極めて事務的に尋ねる。
「藤花さんから電話がかかってきた時刻は覚えてる?」
「そうだな……確か七時頃だったと思うよ」
「先輩に電話がかかってきたのが店に着いてから約三十分後。私達が校門を出たのが六時だったから、私の推測だと海に電話がかかってきたのは先輩の後だったと思われる……」
静流は顎に手を当て、ぶつぶつと呟きながら思考を深くに潜らせる。そして数十秒の後、唐突に陸人へ質問を投げかける。
「藤花さんが海に預ける予定だった”もの”、なんだと思いますか? 先輩」
「え、そんな急に聞かれても……うーん、何か貴重な——」
「違います」
「せめて最後まで聞いてよ……」
陸人が答えを言い終わる前に、静流はその言葉で陸人を制した。そして一言。
「藤花さんが預ける予定だった”者”は、私達だったんですよ」




