因縁、犬猿
「失踪……事件」
静流の口から発せられた言葉に、薄々感づいていたこととはいえ陸人は思わず息を飲む。
「だ、だったら、すぐに警察に連絡したほうが……」
「やめたほうがいいです」
陸人が出した動揺混じりの提案は、すぐに静流の一声で切り捨てられた。
「犯人の情報や事件の概要が全くわからない今、警察を頼ってもまともな捜査は望めません。それに、ここで下手に動けば犯人に警戒心を与えることになるかもしれませんし」
静流の反論に、陸人は押し黙る。静流はそんな陸人を諭すように続ける。
「幸い、今日はまだ始まったばかりです。藤花さんがひょっこり帰ってくる可能性もあります。先ほどは先輩の危機感を煽るために失踪事件と断じましたが」
「ちょっと、紛らわしいことしないでくれよ。びっくりしたじゃないか」
「先輩は危機感がないんです。少しは不審に思ってください。この状況なら、藤花さんがなんらかの事件に巻き込まれたとしてもなんらおかしくないのですから」
「麻宮、宥めるか叱るかどっちかにしてくれないだろうか、反応に困る」
「知りませんよ。私は先輩の言動に対して思ったことを口にしているだけです。私に何も言われたくなかったら、私の目の届かないところで動かず騒がずじっとしていてください」
「行動制限多過ぎませんか……?」
「おやおや、なにやら愉しげな会話をしているね、陸人君」
男は、唐突に現れた。
陸人と静流がいつもの如く言い争っていると、店の正面、路地を抜けてすぐ辺りのところから声が聞こえる。
カランコロンと近づく下駄の音。互いに向き合っていた陸人達が声のする方を見ると、そこには降り積もった純白の雪のような男が一人。
「そちらの彼女は、どうやら昨日言っていた大学の後輩君のようだね。どうもはじめまして。僕は三崎海棠。主に骨董の鑑定をしている」
そう告げる人物——三崎海棠は、その端正な顔に微笑を浮かべ静流を真っ直ぐ見ている。
静流はそんな海棠に、はぁ……とため息をついて一言。
「こんなところで何をしているの、海」
陸人は思わず静流の方を向く。その顔は、静流には珍しく少し歪んでいた。
また面倒くさいやつが……とでも言わんばかりに。
「ずいぶんなご挨拶だね、静ちゃん」
「その名で呼ばないでくれる? もう小学生じゃないんだから」
「僕から見たら静流はいつまでも可愛い妹みたいなものだよ」
「寝言は寝て言って。というか永遠に眠ってて」
陸人は二人の間で交わされるやりとりに絶句する。
麻宮があそこまでストレートな暴言を吐くなんて……。
通常であれば、何故二人に面識があるのか、という点について疑問を持つはずなのだが、陸人に関してはそうではなかった。
とにかくいつも理屈と屁理屈で自分を追い込む静流が、ああも直球に毒舌を発揮することが信じられないのだ。
とにかく鋭利に、鍛え抜かれた日本刀の如く。
俺だったら一日もしないうちに心折れるなぁ……。
陸人がそんなことを考えているうちに、話の矛先は陸人の方に向いたらしい。静流がいつも以上の冷酷な表情で尋ねる。
「先輩、何故海と知り合いなんですか」
「え? い、いや、何故も何も昨日ここで会って。骨董の鑑定でいらっしゃったんだよ」
「この男にそんな敬語を使う必要はありません」
「酷いなぁ、昔はあんなに仲良くしてたのに」
「どうやら記憶が混濁しているようね。いい精神科医を紹介しましょう」
「あ、あのさ、麻宮と三崎さんって、いったいどういう関係なんだ?」
静流の毒舌がその鋭さを更に増す。その流れについていけない陸人は、自らも問いを投げかけた。
「不本意ながら、海は私の昔からの知り合いです」
「知り合いとは他人行儀だなぁ。素直に将来を誓い合った仲と言ってくれよ」
「五歳の言葉を真に受けるとはやっぱりロリコンなのね。死ねばいいのに」
静流は海棠に最大級の罵詈雑言を浴びせると、陸人に向き直り簡潔にまとめる。
「つまり、三崎海棠——海は、人生の汚点ながら私の小さな時に仲の良かったヤツです。十歳離れた兄のようなヤツでした」
……麻宮、三崎さんのこと嫌い過ぎだろ。




