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ソシオメーター  作者: 蓮と 悠
春の水面に映る虚像
13/19

何処へ

「おはようございます、先輩」

「……おはよう、麻宮」


 翌朝、職場に向かおうと陸人が玄関の扉を開けると、すぐ目の前に直立不動の静流の姿があった。


「今日は土曜で授業がないので先輩の出勤に同行します」

「いや、聞いてないんだけど」

「言ってませんから」

「さいですか……」


 空は快晴。心地よい風が吹き、鳥はさえずり、緑は太陽の光を受けキラキラと輝いている。二人はそんな理想的な朝に、隣同士で並び言葉を交わしながら、他に誰もいない歩道を歩いていた。

 普段の陸人なら、自転車で朝の爽やかな風を感じながらここを疾走しているのだが、今日は隣に静流がいる。流石に自分だけ自転車で行くのは気が引けた陸人は、諦めて静流と徒歩で牡丹に向かうことにしたのだ。


「それにしても、どうして急に俺について行こうなんて思ったの?」

「別に先輩には用はありませんよ。藤花さんと久々に会話したいと思ったのです。ただ私は牡丹の鍵を持っていませんので。もしまだ藤花さんが戻られていなければ店内に入れなくなってしまいます」

「最初の断りが引っかかるけど、まあごもっともな理由だな。でも、多分もう帰ってると思うよ」

「ほう、先輩ごときが藤花さんについて知っていることなどたかが知れていると思いましたが、そう言うのなら理由を聞きましょう」

「今日はやけに上からだな……まあ理由って言えるかわからないけど、藤花さんは昨日、『今日は帰ることができない』って言ってた。あの人は嘘はつかないから」

「なるほど。まあそれは昨日先輩から話を聞いた時に私も思っていましたが、それだけでもう帰っていると決めつけるのは早計ですからね。どうせ先輩の出勤時間が少し遅れたぐらいならどちらにしろ支障はないでしょう」

「結局特に生産性のないやりとりだった挙句、俺に一撃お見舞いしてくるとはやるなぁ」


 そんななんでもない会話をしているうちに、二人はあの細い路地に差し掛かった。陸人が前を歩き、その背中を陸人が追う。そして少し進むと、二人が目指す骨董屋に辿り着いた。しかし、その外観を見て二人は異変に気付く。


「電気がついてないな……」

「先輩、鍵を出してください」

「ああ、わかってるよ」


 静流に促され、陸人は右のポケットからフクロウのキーホルダーが付いた鍵の束を取り出すと、扉の鍵穴に差し込み九十度回す。扉を開くと店内には人の気配はなく、物の配置が変わっている様子もない。陸人が昨日最後に見た店の風景と何ら変動はないようだった。


「まだ帰ってないみたいだね。藤花さんにしては珍しいな」

「妙ですね」


 陸人のなんとなく発した呟きに、静流は極めて冷静な口調で切り返す。


「妙って、そんなに変なことでもないだろうよ。あの人も大人なんだし、遠出の一つや二つ——」

「だから妙なんですよ。藤花さんは確かに何を考えているかわからないような人ですが、行動には理由と責任を持つ人です。あの人が意味なく店を離れた姿を見たことがありますか?」

「そういえば……藤花さんが無断で席を外すところは見たことないなぁ。まあ俺はまだ一ヶ月ぐらいしかここで働いていないけど」

「それだけの期間があれば人間の行動様式は自ずと見えてくるものです。その先輩がそう言うのならば、今回の藤花さんの行動はいつもと違うものであると言えるでしょう」


 静流は冷めた口調でそう言う。しかし陸人はその言葉から少しの焦りと戸惑いを感じた。


「更に、もし急に外出する用事ができたのであっても、書置きをするなり、すぐ先輩に一本電話を入れるなりの行動はできたはずです。それなのに、先輩が店に帰ってから電話がかかってくるというのは、あまりに遅すぎる」

「……あの電話がかかってきたのは俺が店に着いてから三十分ぐらい経った後だったな。今思うと確かに不自然だ」


 静流の気配に押され、先程まで緊張感に欠けていた陸人の表情も次第に強張ってゆく。


「……そういえば、俺が店に着いた時に店の鍵は開いていた。まさか、これって……」

「そういう大切なことはもっと早く言っていただきたいですね。しかしこれでほぼ確実になりました。藤花さんは何かのトラブルに巻き込まれ、すぐに誰かに連絡することができない状況に陥る。途中先輩に連絡を入れるもその後行方不明——つまるところ、失踪事件です」


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