少しだけの成長
卒業してから、もう逢えないと思って大泣きした私。
困った彼は、泣き虫が治まるようにと、私におまじないをかけてくれた。
そんな日から、数ヶ月しか経ってないのに・・・・
あの海で、清水くんとキスをした。
ほんの少し前の出来事なのに、みんなそれぞれの新生活がスタートした。
私は、いつまでも続くと思ってた中学生活を卒業し、今はインターハイ出場に向けて猛練習中。
冬実や阿部くんは、難関の進学校に行ったので、きっと勉強が大変なんだろうな。
清水くんは、入寮して環境も変わり、もう慣れたのかな?
入寮したので、もちろん近所にはいない。
だから、逢えることも無い。
近所にいてるはずの冬実や阿部くんにすら逢わない。
本屋とかで、ばったり・・・・なんて事も無い。
きっと、それは私の生活環境のせいだと思う。
毎日朝早くから練習して、夜も遅くまで練習・・・・・・
たった電車で30分ほどの通学時間も、今の私には仮眠時間。
電車の心地よい揺れの中、いつも清水くんとあの海が出てくる。
眼が覚めると、手帳に入れてある卒業式で撮った写真を眺める。
「今頃、勉強してるのかな?もう、慣れたのかな?」
そんな事ばかり考えてる。お互い電話も出来ない状態が続いた。
もちろん、電話をかけれるけど、彼に繋がる前に寮母さんに繋がるらしい。
そこから、アナウンスで電話室に呼ばれるらしい。
何だか、昔のドラマみたい!と思ってたけど、実際にはかける勇気が無い。
クラスの中では、ちらほら携帯を持ってる子を見かけるようになった。
携帯があれば、いつでも彼に直接電話が出来る。って話してた。
さすが、私立と感心しつつ、羨ましい思いだった。
そんな気持ちとは裏腹に、インターハイの予選が始まっていく。
各都道府県の予選があり、その次に、北海道・東北・関東・北陸・東海・近畿・中国・四国・九州
の地域に分かれてのブロック予選があって、やっとインターハイに出場となる。
私は、個人種目の200mとリレーメンバーに選ばれた。
リレーでは2走を走る。1走は同じ1年のあみ、3走は2年の久美先輩で
アンカーが2年の美恵先輩だった。3年に短距離のメンバーがいたけど
私とあみでリレーメンバーに起用されたので、外れることになった。
私達が決めたわけじゃないけど、他の3年の先輩達も驚いていた。
合宿の時は、あんなにかわいがってくれてたのに、リレーメンバーから外れたとたん
嫌味を言われるようになった。
久美先輩や美恵先輩はいろいろ気遣ってくれて、フォローをしてくれる。
あみは、中等部から一緒に練習してたから平気だけど、ターゲットはどうやら私みたいだった。
さすが、女子校。噂どおりいじめは健在なんだ!と変に関心する日々だった。
そんなある日、タイムトライアルをするので、スパイクに履き替えて記録をとる時の事だった。
もちろん、グランドをしっかり捕まえるために、シューズにはピンがついている。
普段は、ピンを土用にしていて、試合になったら家に持って帰ってピンを交換する。
だからスパイクは、いつも部室の棚にバックに入れれに置きっぱなしにしてる。
いつものように、グランドにスパイクの入ったバックを持っていった。
マネージャーに言われて、スパイクを履こうとバックから出したら、見事にピンが全て外されていた。
慌てて、ピンをはめていると3年のたまき先輩が叫んだ。
「早くしてよ!身体、冷えちゃうよ!準備不足だよねっ!」
久美先輩や美恵先輩が駆け寄ってきた。
「ゆみちゃん、大丈夫?」
「また、たまき先輩だよ!私もされた事あるもん。」
久美先輩も、たまき先輩にピンを外された経験者だった。美恵先輩が
「たまき先輩、僻みっぽいから・・・・・・」
そう言いながら、ピンをはめるのを手伝ってくれた。
ピンをはめるには、専用のハンドルでねじを巻くみたいに取り付けるので、かなり時間がかかる。
背後から、たまき先輩が叫ぶ。
「早くしてよ!帰れないじゃんっ!!」
私とたまき先輩とが一緒に走って記録を録るため、先輩は待ってる。
久美先輩と美恵先輩は既に記録をと録った後だった。
やっとの思い出ピンをはめて、私達は走り出す。
直線距離にして120m、スタートして20m走った時点でピストルがなりそこから100mの記録を録る。
私には、訳がわからないが、とにかく言われたとおりに走った。
ピストルが鳴った頃には、私は気持ちよく足が動いた。
さっきまでのへこんだ気持ちも何処かに吹っ飛んだみたい。
気がつけば、たまき先輩よりも先にゴールしていた。
その事がたまき先輩にとって、かなりショックだったようで、帰りに部室を出ようとすると
「あのタイムは、ゆみを待って身体が冷えたのよ。本当の私のタイムじゃないからねっ。
調子に乗らないでよ。」
振り向きながら、そうはき捨て先輩は帰っていった。
さすがの私も限界だった。
入学してからまだ数ヶ月、こんなに早く気持ちが折れるなんて・・・・・・
先輩や、同級生達がまだ部室で盛り上がってる中、私はそっと帰った。
電車に揺られ、明日から予選会なのに、こんな事で大丈夫?と自問した。答えは出なかった。
気がついたら、清水くんの寮のある駅に降りていた。
声を聞いたら、元気になるかな?勇気が沸くかな?
意地悪されても、耐えれる気持ちが出てくるかな?
そんな事を思いながら、お守りのマスコットを握り締めて、電話をした。
「はい、龍野高校曙寮です。」
噂の寮母さんの声。以外に優しそうな声だった。
「あの、私、佐々木といいます。1年の清水くん、清水匠くんをお願いします。」
「ちょっと、待っててね。」
そう言うと電話が保留になった。
私は、マスコットを握り締めたまま、公衆電話の前に立ち尽くす。
暫くすると、聞き覚えのある、暖かい声がした。
「もしもし、佐々木って、佐々木ゆみ?」
「うん、ごめんね。初電話しちゃった・・・・・・・・・・・」
「どうしたの?こんな時間に?」
そういわれて、駅の時計を見た。夜の9時過ぎだった。
「なんかね、声が聞きたくなってね・・・・・・・・」
そこまでは何とか言えたけど、その後は涙が出てきて言葉にならなかった。
「どうしたの?何があったの?今、どこにいるの?」
私はただ、涙が止まらず、また清水くんを困らしていた。
「ねえ、今どこなの?家から?」
「違う・・・・・・・・・・駅・・・・・・・・・・・・」
「駅ってどこの?」
私は、涙交じりの声で寮の近くにある駅の名前を言った。
「今から行くから、そこにいて!いいねっ!動いちゃダメだよ。」
そう言うと電話は切れた。
私は、切れた電話を耳に当てたまま、暫く涙が止まらなかった。
数分後、自転車に乗った清水くんが現れて、駅の隣にある公園のベンチで話をした。
「いったいどうしたの?何があったの?大丈夫なの?大丈夫じゃ、ここまで来ないよね。」
「・・・・・・・・・・・ごめんね・・・・・・・・・」
「また、謝る!佐々木の悪い癖だよ!・・・で、いったいどうしたの?」
「こんな事で・・・・・・・呼び出しちゃった・・・・・・・・・・本当にごめんなさい・・・・・・・・・」
「また、謝る!本気で怒るよ!」
そう言いながら、清水くんは私の肩を抱き寄せた。私は清水君の肩に頭を乗せる。
「僕は嬉しいよ。逢いに来てくれたんだし・・・・・・逢いに来てくれた理由が気になるけどね。」
そう言いながらも、ずっと私の頭をなでてくれる。私の緊張の糸が切れた。
リレーメンバーに選ばれた事、その事で先輩に意地悪された事、今日の最後の捨て台詞の事。
とにかく、心の奥に溜まってた事を一気に吐き出した感じだった。
ただ、黙って聞いてくれた清水君。相変わらず、大人だった。
「で、それで全部?この際だから、すっきりするまで話していいよ・・・・・・」
「うん・・・・・・・」
「何?もしかして、まだあるの?」
「うん・・・・・・・・えっとね・・・・・せっかく魔法かけてもらったのに、もうきれちゃったかも・・・・・・」
「えっ?」
「電車の中でね、寝ちゃうの。夢には清水くんが出てくるの。」
「うん・・・・・・・・・・」
「でね、眼が覚めて、あの冬実が撮ってくれた写真を見るのね。」
「うん・・・・・・・・・・」
「そしたら、寂しいんだけど、がんばろって思えたの。でも、今日はダメだったよ・・・・・・・・」
「うん・・・・・・・・・・」
「気がついたら、ここまで来ちゃった。しかも、誰にも内緒で・・・・・・」
「えぇ〜〜〜〜っ!今頃心配してるんじゃないの?」
「大丈夫だよ。きっと・・・・・」
「そんな事言ったって、ここから帰るのに結構時間掛かるよ!本当に大丈夫?」
「わかんない・・・・・・・・・・・でも・・・・・・・・・・もう少し、もう少しこのままいさせて・・・・・」
「僕は平気だけど・・・・・・明日も練習あるんでしょ?」
「ないよ。明日は試合だもん。」
「やばいじゃんっ!早く帰らないと。会場は近いの?」
「大丈夫。明日は応援だけだから、平気。明後日に走るの。」
「そっか・・・・・・・・・・・」
そう言って、暫く無言のまま、時間だけが過ぎていった。
私は、相変わらず、マスコットを握っていた。
清水くんはマスコットをそっと手に取った。
「あっ・・・・・・・」
「ぼく、たっくんジュニア。ゆみちゃんは、泣き虫さんですねぇ〜っ。心配になりますねぇ〜っ。」
そう言いながら、マスコットを動かした。
「なにそれっ???」
「がんばって欲しいですねぇ〜っ。いつも一生懸命なゆみちゃんがいいのにねぇ〜っ。」
「えっ?」
いつも大人な清水くんが、すごく子供っぽい。
マスコットをコミカルに動かして笑いながら話してる。
あまりにもイメージが違うから、びっくり。つい笑ってしまった。
「やっと、笑ったね。」
「えっ?」
「泣き顔のまま、さよならって帰すと心配で心配で、勉強も手につかないよ・・・・・・」
そう言いながら、清水くんは優しい笑顔を向ける。
「・・・・・・・・・・・ごめんなさい・・・・・・・・・・・・・」
「また謝る。でも、そろそろ帰らないと心配してるでしょ。大丈夫?」
「・・・・・・・・・・・・なんとか、ちょっとはがんばれるかも、うん。がんばるよっ!」
「よかった、少しは元気になったみたいだね。・・・・・・・負けるなっ!ゆみ!」
そう言うと、清水くんは力強く、でも壊れ物を扱うような優しさで私を抱きしめた。
「大丈夫。ゆみには、僕がついてるから。がんばれっ!」
「・・・・・・・・・・・うん。」
すごく不思議だけど、居心地がいい。嫌な事もどっかに吹っ飛んだ気分だった。
「どう?もう帰れそう?」
「・・・・・・・・・・・うん。」
「ごめんね、送れないけど・・・・・・・・」
「いいよ。こっちこそ急に来てごめん。勉強、がんばってねっ!」
「ありがと。試合、がんばんなよ!」
「・・・・・・・・・・・うん。」
帰りの電車の中は、幸せな気分だった。
本当は、明日試合で走るけど、すごくパワーをもらった。
意地悪されたけど、気にしないでがんばってみよう!そう思った。
私には、マスコットの"たっくんジュニア"がついてる。
早く、お家に帰って試合の準備をしなくっちゃ。
家に帰ると、お母さんが飛んで出てきた。
どうやら、あみが心配して電話をくれたみたいで、今日の出来事とかを話してくれてた。
とにかく、大丈夫だからと言って、部屋に逃げ込む。
急いで準備をして、ベッドにもぐりこんだ。
県予選の前の地区予選。
寝不足が原因で、個人種目は県大会には勧めなかった。
リレーではバトンがちょっと詰まったけど、何とか県大会に出場を決めれた。
これで、たまき先輩も何も言わないだろう。
これから、練習がさらに増える。
私は、あの日から強くなった気がする。
練習も前向きに出来て、記録もどんどん上がってきた。
休みがなくなるけど、私の目標、インターハイに向けてがんばらなくっちゃ。
清水くんに比べると、まだまだ子供だけど、少しは成長したと思う。
だから・・・・・・・・・・・
自分に自信が持てて、結果がきちんとでたら・・・・・・・・・
胸をはって、清水くんに逢いに行こう。
そう決心した。
つたない文章を読んでいただき、ありがとうございます。
もし、よろしければ、今後の参考にしたいと思います。
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