懐かしきあの頃に・・・
むかしむかし、携帯電話も無かった頃のお話。
彼に始めて逢ったのは、中学3年生の時だった。
彼は生徒会長をしている、成績優秀で背の高い男の子。
私はちょっと足の速い女の子。
お互いが意識し始めたのが、夏休み前の最期の引退試合近い頃だった。
私は陸上部に在籍、毎日グランドを走ってた。
彼は、サッカー部に在籍。サッカー部で生徒会長となるとかなり目立つと思うが、素朴な彼の性格と人柄で、どちらかというとおとなしいタイプの男の子だった。
私は引退試合にスカウトが来る!という話を顧問から聞いてたので、かなり練習に力を入れた。
私の弱点のスタートダッシュを集中練習。サッカー部と野球部が引き上げるとグランドはかなり広く使える。そこからが本格的な練習開始だった。
私の専門は短距離。中学校のグランドにあるトラックは200mしかなく、コーナーもきつい。その日は何度も何度も、ダッシュしてタイムを計測してた。
マネージャーの杏子ちゃんがタイムをとる。
「ゆみちゃん、今の今日のベスト!どうする?もうやめる?」
「ごめん!せっかくだからあと1本だけ・・・・」
いつも、杏子ちゃんには無理を言ってる。それでも、彼女は笑顔で答えてくれる。
もちろん、理由は私じゃない。杏子ちゃんには彼がいる。サッカー部の彼。いつも私の付き合いをしてくれた後、急いで着替えて彼と一緒に帰っていく。杏子ちゃんの彼は着替えた後、グランドの隅っこにある“待ち合わせの樹”と言われる場所で待ってる。もちろん、グランドからはよく見える。今日もすでに、杏子ちゃんの彼が現れてる。でも、今日はもう一人いた。そんな事はお構いなしに私は走る。
心の中で、杏子ちゃんに謝りながら・・・・・・・
「ゆみちゃん、さらに記録更新!今日は調子いいね!」
「杏子ちゃん、ありがと!今日はもう終わるよ。後片付けしとくから、行っていいよ。」
「えっ、でも・・・・ありがと。じゃ行くね。」
「バイバイ」
「バイバイ」
私は一人でグランドを均して、部室に戻り制服に着替えて帰った。
あの日から、数日続けて杏子ちゃんの彼ともう一人の影が私の練習の終わるのを待っていた。
やっぱり気になる。待ってるのは同じクラスの清水君だった。
まさか、杏子ちゃんと河野君とで三角関係????
恋愛に疎い私でも気になって、思い切って聞いてみた。
「杏子ちゃん、河野君が待ってるのはわかるんだけど、どうして清水君までいてるの?」
「あっ、やっぱり気がついた?」
「いや、普通つくでしょ。まさか、三角関係とかっだったりして!杏子ちゃんモテルね!」
杏子ちゃんは曖昧な返事を残して帰っていった。
引退試合が近づいてくる。相変わらず、杏子ちゃんを河野君と清水君が待ってた。
気にはなるものの、今は試合の事で頭が一杯になってる。すっかり、忘れてた。
引退試合はサッカー部のほうが先にあり、マネージャーなはずなのに、杏子ちゃんは彼の応援に行ってしまった。今日は顧問と練習。土曜の午後だから時間が長い。
杏子ちゃんがいたら、きつい練習も平気だけど今日は正直しんどい。
練習の後に顧問から言われた。
「佐々木、嶋野高校はリレーメンバーが欲しいって言ってたぞ。渡は公立だから、高校になったら寂しいな。」
杏子ちゃんはやっぱり公立なんだ。私は私立。離れ離れ、と言う事は、毎日練習がきつく感じるんだろうな・・・・そんな事を考えながら、グランドを均してた。ふと視線を上げると、待ち合わせの樹に3人が待ってた。杏子ちゃん達だ。
「ゆみちゃ〜んっ!」
杏子ちゃんが満面の笑みで駆け寄ってきた。その後を河野君が追いかけてきた。
3人で話してると、どうやらサッカー部は敗退したらしい。これで引退。受験勉強の日々がやってくると彼の河野君は笑って言った。そして急に河野君は真面目な顔になって話題を変えた。
なんでも、清水君から話があるらしい。彼はPKでゴールをはずして落ち込んでいるらしい。以前から河野君には話してたそうだが、試合の結果次第で自分に決断を下すらしい。それがどうやら今日のようで、かなり悩んで出した結果らしい。真面目に聞いてきて、と言われ待ち合わせの樹まで走っていった。正直、清水君の決断を聞かされたからってどうなんだ?という思いが強かった。
「清水君、どうしたの?」
「僕はいまから、決意表明をする!」
「はい。」
「佐々木、勝負をしよう!僕が勝ったら僕の言う事を聞いて欲しい!」
「私が勝ったらどうするの?」
「・・・・・僕の好きな人を教える。口外しようが自由だ!100mで勝負だ!」
その頃は、誰が誰の事が好きらしいという噂で盛り上がってた。
もちろん、テレビでアイドルと言われる人たちの話題もあるが、徐々にテレビを悠長に見れる時間が限られてくる。自ずと受験勉強に励むしかない。
受験を地獄と感じてる多感な時期。唯一の気晴らしはその程度の話題しかなかった。
でも、以前から生徒会の中では好きな子を発表しあうという伝統があるらしい。
いざとなれば、河野君も生徒会。彼に聞いたら判明することだし、命令を聞くにしても中学生の考える事だと、たかが知れてる。という事で、私は快諾した。まだ顧問が残っててかなりの興味を示した様子で、判定はしてやるということらしい。
正直、今は早く家に帰ってゆっくりしたい気分なのに・・・・・・
清水君が着替えてる間に着々と意味不明なレースの準備が整っていく。
彼の準備が整ったので、いざ勝負する事に。スターターは杏子ちゃん、判定は顧問だった。
位置について・・・・用意・・・・ピストルの音と共に走り出した。
彼の頭の中では、どうやら女子には負けない、大差で勝つつもりだったらしい。
結果は、なんと同着。私的には命令は聞かなくても情報はきっと手に入る。彼にしたら、想定外の出来事だったらしく言葉も出ない。
「佐々木、速いな・・・・・」
「ゆみちゃんは嶋野高校に推薦きまってるんだよ!知らなかった?」
「渡、それを先に言っててくれよ!」
この日は珍しく4人で一緒に帰った。
久しぶりに笑いながら帰った気がする。毎日毎日練習して、試合の日には高校側が提示した記録を破らないといけない。そんなプレッシャーに押しつぶされそうになってた。心から笑って、ストレスを発散できた気がした。
その日以来毎日4人で帰る日が続いた。
河野君と清水君は図書室で勉強して私達を待っててくれた。
相変わらず、帰り道の話題はどうでもいい事。どうでもいい事なのに、むきなったり、大声で笑ったり時には言い争ったり・・・・・言い争っても、またすぐに話題が変わり笑いあって・・・・・
そんな時に、急に私の引退試合に応援に来る事が決まった。私としては、出来るだけそっとしてて欲しかった。応援に来てくれるのは嬉しいが、個人的には愛想を振りまく余裕もない。制限タイムを切って、嶋野高校のリレーメンバーに入る事だけを考えたかった。今思えば、彼らだって受験勉強で忙しい中せっかく来てくれるのに、すごく素っ気ない返事をしてしまった。私の気持ちを察したのか、杏子ちゃんがその場を和ませた。結局彼らは来るらしい。彼らの言い分は、受験生にだって息抜きは必要だ!だった。もちろん、私たちにとっては初めての受験。右も左もわからぬまま、進路を決めその道に向かって進むしかない。いわば大人の階段を本当の意味で上る感覚だった。
ついに試合当日、エントリーは200m。
私は、100mすぎのコーナーから直線に向かって走る、道が一気に開ける感じが大好き。
コーナーを走ってる時は、周りの人が気になるけど直線に入った瞬間、開放感がでる。私だけのレーン、そのレーンをただひたすら走る。距離が200mなので一瞬にして終わる。
ついに召集が始まった。アップをすませ、召集所に集まる選手達。予選は人数が多いので着順だった。各組上位2名。4組あるので2位までに入ると決勝に出れる。もちろん、決勝までに残らないといけないが、私には制限タイムを切らないといけない。もちろん、楽に切れるタイムを提示してこなかった。
ふと視線をスタンドに向けると河野君と清水君がいてる。今日は私服、普段は制服しか見たことが無いからすごく不思議な感じだった。そんな事を考えてると、制限タイムの事も忘れリラックスできた。そしていよいよ予選開始。私は2組目の4コース。1組目のピストル音に合わせてスタートの練習。やっぱり微妙に遅れる。そんな焦りをよそに、2組のスタートとなった。
「位置について 用意・・・・・」
ピストルの音に反応して走り出す。
私も上位2着に入るために懸命にはしった。コーナーを抜けると一気に広がる視界。私の大好きな瞬間。気持ちいいと感じてる間にゴールしていた。結果は1位で予選突破。気になるタイムは及ばなかったが、あと1本走れる。チャンスはまだ残ってた。ゴール付近にいた顧問の所に行く。
「佐々木、今のスタート良かったぞ!あの調子で決勝走ってみろ!」
気持ちが少し軽くなった。
軽くなったついでに、ギャラリーにも挨拶に行って結果を報告してこようと思った。
「ゆみちゃん、よかったね。決勝だね!がんばって」
スタンドに行く階段の所で杏子ちゃんに逢った。杏子ちゃんもギャラリーに結果報告に急いで行く所だった。二人で階段を駆け上り、彼らの待つスタンドへ。二人とも決勝に行くと伝えると驚いてた。団体競技と個人競技の違いを目の当たりにして言葉もない。ようやく河野君が言った。
「すごいな、佐々木。自分ひとりの力だろ。俺らは11人で勝てるけど、お前一人だけだもんな。」
「ま、私は協調性がないから一人がいいのかもね。」
すると杏子ちゃんが
「本当だよ!ゆみちゃん、協調性ないもん!」
いつも、彼女は空気を和ませてくれる。私の気持ちまでやわらかくしてくれる大事な友達だった。
「じゃ、決勝に向けて準備してくるよ。」
私はそういい残してスタンドを後にした。
あと1本で私の進路が決まる。一応内定は出てるけど、向こうの希望通りのタイムが出ないと取り消し。一般入試と同じ扱いになる。走る練習をしながら、受験勉強の両立になる。引退試合とは言うものの、私にしてみればこれが受験。制限タイムは予選のタイムよりも0,5秒早い。これはスタートダッシュで決まる。あとは苦手なところを克服するだけ、本当に自分との戦いになった。
決勝でも4コースを走る事になった。と言う事は、予選の中で一番タイムがよかったみたい。スタートに神経を集中させた。
役員の合図と同時に、ブロックを蹴りだして走り出す。今度はぴったり合った!私は無我夢中で走る。
制限タイムを切るために・・・・
私はゴールテープをきる。1位だった。タイムは制限タイムを余裕で切るタイムが出た。もちろん自己ベスト!これには顧問も杏子ちゃんも大喜び。
役員事務所には嶋野高校の監督が見に来てた。顧問と二人で挨拶に行く。
「佐々木です。これからもよろしくお願いします。」
相手は微笑むと顧問と奥に入っていった。何でもこれからの練習メニューの相談らしい。私はその場を後に、ギャラリーに報告に行こうとスタンドに向かった。
河野君の姿はなく、清水君が待ってた。
「あれ?河野君は?」
「渡と帰ったよ。おめでとう、1位だね。」
「ありがとう。」
「今日は二人だけど、帰ろっか?」
私は急いで着替えに行った。途中顧問に会って明日からの事を聞いた。なんでも、高校の監督からはメニューを渡され受験後には高校の練習に参加するらしい。それまでの間は筋力を落とさないように注意されたらしい。現状は一応引退だけど、練習は後輩達に混じって特別メニューを組んでくれるらしい。
冬休みには、合宿というものにも参加するらしい。不安と期待を胸にその場を去った。
競技場からはバスに乗って帰る。清水君はバス停で待っててくれた。
二人っきりで話したのは初めてだった。いつも杏子ちゃんと河野君が盛り上げ役で、私たちは笑ってた。だから最初は会話が続かない、ぎこちない状態でバスに座ってた。
「佐々木は今日の結果でどうなるの?」
「多分、嶋野高校に決まると思うよ。」
「それって、推薦が決まったって事?」
「そうだね・・・・・多分。
でも受験もするんだよ。だからまだわかんないけどね・・・・」
少し話しては沈黙、また話しては沈黙だった。
やっと近所のバス停に到着、バスを降りて歩き出すと角の駄菓子屋で杏子ちゃん達が待ってた。
駄菓子屋の裏にある公園で、ジュースを片手に話した。夏休み前なので、休みの間の勉強計画や生徒会の活動の事、文化祭と話題は尽きなかった。なんでも、生徒会は文化祭が終わってやっと任務が終わるらしい。ジュースが飲み終わるまでの楽しい時間だった。
家に帰ると、お母さんが台所から走ってきた。
「ゆみ、結果はどうだったの?」
「一応、制限タイムはきったよ。嶋野高校の監督にもあったよ。」
「よかったね。早く手を洗っておいで。すぐ晩ご飯だから。」
そういい残して台所に戻った。
我が家はすごく平凡な家庭。サラリーマンの父親に専業主婦の母、そして大学に通う兄の4人家族。兄とは年も離れてるのでけんかにならない。妹に対してもどこか冷めたものの言い方をする。それでも妹の事は大事にしてくれて、勉強を教えてくれる。兄なのに、家庭教師もしてくれると母は大喜びだった。夕食の後に、私のこれからについて話した。冬休みには合宿に参加する事、先輩に混じって特別メニューがあること。そんな話を聞きながら、お兄ちゃんは言った。
「よし、じゃぁ勉強の面倒はみてやるよ。気にせず練習に取り組みなよ。」
「ありがとう、お兄ちゃん!!!!」
「その代わり、報酬はいただくぞ!」
笑いながら部屋に戻った。
数日後には終業式がまっている。受験生の地獄の夏休み。一応勉強しておかなくっちゃ・・・・・
終業式には、成績表が渡される。この成績次第で進路が決まるらしい。成績のあまり良くない生徒には補習もあるらしい。補習を受けたくないので、遅いとわかってながらも勉強をしておく。
推薦が決まったとはいえ、あくまでも仮で受験の成績次第ではわからないと顧問には念を押されてる。
そして、ついに終業式。成績表をもらった。
これで、夏休み!受験生には猛勉強の日々。私は練習と勉強の両立が待っていた。
冬の合宿から参加と言われてたのに、夏の合宿にも参加となった。もちろん、合宿だけでなく普段の練習も高校で行われるものには参加させられた。そんなに年は離れてないのに、みんながすごく大人に見えた。中学生も私だけじゃなく、いろんな地域の子が来ていた。同じ年の子同士、仲良くなるのには時間はかからなかった。今まででは経験した事のない練習量や、本格的な施設にも驚いた。
違う世界に触れて、私は大人になった気がした。世界が変わった気がした。
まだ中学生の子供なのに、大人のような感じだった。
夏休みがあけ、大人になったつもりの私は、みんなの輪の中に入ると普通の中学生だった。
相変わらず話題は、誰と誰が夏休みの間に付き合っただの、誰は誰の事が好きと言うもの。杏子ちゃんと、夏休み前に勝負した清水君の好きな子は誰だ?と言う事になり調査する事になった。名前をすぐ聞くと面白くないので、ヒントを小出しにもらう事に決まった。決まったのはいいが、誰に聞くかで迷った。まさか本人には聞けないし・・・・そこで、生徒会の伝統に倣うと生徒会の人なら知ってる。じゃぁ、河野君に確認しようと盛り上がってた。その話を横で聞いてた美佳が話しに入ってきた。
「私も清水君の好きな子知りたい!」
話を聞くと、彼女は2年の時から清水君と同じクラスらしい。さらに詳しく聞くと彼女は清水君のことが好きと言う事を無理やり白状した。俄然私と杏子ちゃんは盛り上がった。
河野君に話を聞くのは杏子ちゃんの役目になり、私達は放課後の教室で待った。
ヒントが手に入って、杏子ちゃんの言うには
・髪の毛は肩まで
・よく笑う
・身長は杏子ちゃんより10cmくらい高い
・同じクラス
この4つだった。当てはまるのがちょうど、私と美佳だった。美佳はまるで自分の事を清水君が好きだと思い込んでる。私達はきっとそうだよと勝手に決めた。なんでも、2年の時に忘れ物を美佳の家まで届けにきたらしい。その時にすごく礼儀正しく美佳のお母さんに挨拶をして、お母さんも公認だったらしい。冷静に考えれば、それは美佳の片思いなはずなのに、その頃から一途。片思いにも年季が入ってる。それでおもしろ半分、美佳は清水君とお似合いだとか盛り上がった。その日以降、清水君が美佳に話しかけたりすると私と杏子ちゃんは興味津々だった。もちろん、冷やかしたりもした。そんな時、美佳は口では怒ってたけど、表情は緩みっぱなしだった。
そんなある日の昼休み、違うクラスの友達の佐織に図書室に呼ばれた。行ってみると、いつに無く真剣な顔で話し出した。私のクラスの人気者の吉川君が好きで手紙を渡して欲しいとの事だった。佐織が吉川君の事を好きなのは以外だったけど、同じ部活だったから直接渡すのは恥ずかしいらしい。自分で渡したほうがいいのにと思いつつ、何故私なんだろう?とも思い佐織に聞いてみた。その答えが、なんでも吉川君に興味がなさそうという事だった。もちろん、別に興味はなかったけど、そんなに態度にでてたのかな?結構吉川君とも仲良くて、わいわい騒いでたはずなのに・・・・
とにかく、佐織から手紙を受け取って渡すと約束した。佐織は笑顔で図書室から出て行った。
さて、どうしよう。いつまでも持ってるわけにも行かない。その日の放課後にでも渡そうと思い、机の中に入れておいた。ホームルームが終わり、吉川君が教室から出る時後から追いかけた。教室を出て、階段を下りて校門前でやっと追いついた。
「吉川君!」
呼び止めて、佐織から預かった手紙を渡した。もちろん、周りにはライバルらしき女の子が本当に刺さるんじゃないかって位怖い視線で見てくる。私からって誤解されるのも面倒だったから
「これ預かったよ。読んであげてね。」
と彼の手の中に、佐織の気持ちのこもった手紙を押し込んで教室に戻ろうと振り返った。振り返った時に顔面蒼白の清水君が立ってた。私には彼の気持ちなんてわからなかった。なんでそんな顔してるんだろ?位にしか思わなかった。そんな清水君を残して、私は慌てて鞄を取りに教室に戻った。ちょうど佐織が廊下を歩いてたので、今渡してきたと伝えた。佐織は顔を真っ赤にして大喜びだった。何度も何度もありがとうと言ってその場を立ち去った。今日は練習に行かなくてもいい日だたので、杏子ちゃんと帰る約束をしてた。今日は河野君は用事があって先に帰るらしい。でも、駄菓子屋の裏の公園で待ち合わせをしてるらしかった。帰る道々、佐織があんなにお礼を言ってるのを不思議に思ってた杏子ちゃんが聞いてきた。
「佐織ちゃんはどうして、あんなにゆみちゃんにお礼を言ってたの?」
佐織は吉川君が好きみたいで、手紙を渡して欲しいと頼まれたから渡した。渡した後に振り返ったら、顔面蒼白の清水君にも会った事も話した。話し終える頃に、ちょうど河野君も公園に来た。今日は3人でジュース片手に話した。もっぱら、清水君の話題。何故顔面蒼白なのかわからない!という私の疑問に杏子ちゃんと河野君は答えにくそうにしてた。それでも追求していくとついに杏子ちゃんが聞いた。
「清水君の好きな人って誰?」
河野君は困り果てた顔でこう答えた。
「誰だと思う?」
杏子ちゃんは答える代わりに私を指差した。すると河野君は無言でうなずいた。
それで、納得がいった。勝負を挑んだ時は告白するつもりで、勝ったら近所の海に呼び出して告白する予定だったらしい。でも予定外に私の走りが速く、予定が崩されて告白の機械を伺ってたらしい。だから、引退試合も最期まで待ってたらしい。本当はその時に再度告白にチャレンジするつもりで、わざわざ杏子ちゃんと河野君は先に帰って、この公園で待ってたらしい。でも、結局タイミングがつかめずに告白ができず二人に合流。と言う事は、杏子ちゃんは大分前から薄々気づいてたらしい。杏子ちゃんは私が練習に忙しいから、あえて自分からは話さなかったらしい。正直なところ、驚いた。共通点って何もない私と清水君。いったい私のどこがいいの?趣味悪いよ!と思わず口にしてしまった。
「じゃぁ、佐々木の好きなタイプの男ってどんな奴?」
河野君に聞かれて改めて考えてみると、以外に思い当たる事がない。しいて言えば、頭のいい人。勉強が出来るだけじゃなく、いろんな世界というか、物の見方が出来る人が良かった。簡単に言えば、自分のお兄ちゃんみたいな感じ。飄々としてるけど、いろいろ教えてくれる。ちょっと大人な感じ。中学生からみたら、大学のお兄ちゃんはそりゃ大人に見える。そんなところに憧れてた。だからといって、別にブラコンではない。そんな話をすると、河野君は清水君はぴったりだと言い出した。どこがどうぴったりなのかわからない。考えると、意外と清水君の事を生徒会長くらいしか知らなかった。一緒に帰ってたけど、話題は杏子ちゃんと河野君が中心。私たちはただ笑ってるだけだった。もしかして、間違いじゃないの?と何度も河野君に聞いた。でも、真剣な顔で言われた。
「きっと、あいつ落ち込んでるよ。以外に繊細なんだ。」
でも、私はただ、預かった手紙を渡しただけであって、私の手紙じゃない。もちろん、渡す時には預かったとも言った。それなのに、落ち込んでるってどういうこと?でも、本当に落ち込んでるかどうかはわからないし、私は半信半疑だった。それでも河野君は落ち込んでると言い張る。何故そんなに言い張るのか、理由はなんだと問い詰めた。河野君によると、勝負を挑むあたりから私の話題ばっかりだったらしい。そんな事言われても、私は本当に清水君の事は知らないんだと思った。結局、どうしようという事になり私が清水君に電話する事になった。私は断固反対。できれば、河野君から電話して誤解を解いてもらった方がありがたい、というか、自然だと言い張った。だって、勇気を出して電話したとしても落ち込んでないと言われたらたまったもんじゃない。私は譲らなかった。最終的には、杏子ちゃんが2日ほど様子を見て、落ち込んでるようだったら電話する事になった。落ち込み度の判定は河野君と杏子ちゃん。私としては、落ち込んでませんようにと心の底から祈るだけだった。
私は普段どおりに過ごした。明らかに、清水君の様子がおかしい。やっぱり、元気がない。そんな様子に美佳が気づいた。
「急に清水君の元気が無くなったと思わない?」
と私と杏子ちゃんに聞いてくる。理由は薄々わかってるけど、私が原因とは口が裂けても言えない。美佳にさんざん煽った挙句、清水君の好きな人は美佳じゃないって言えない。もちろん、美佳はもう彼女気取りで事あるごとに話しかけに行く。
「今はそっとしといたほうがいいんじゃない?
生徒会とか忙しいんじゃないの?」
「そっか、じゃぁ、励ましてきてあげなきゃっ!」
杏子ちゃんと顔を見合わせた。その瞬間清水君の声が響いた。
「うるさいよ・・・・・・・そっとしててくれよ・・・・・・・」
今まで聞いたこともない口調だった。美佳も驚いて言葉もでない。あまりにも驚きすぎて、目にはうっすら涙まで浮かべてる。涙があふれる前に、美佳は教室から走り去った。
「清水君、なんてこと言うのよ!美佳だって心配してるのに・・・・」誰かの声が聞こえた。
私たちは声の主を確認もせずこっそり教室を出た。
待ち合わせの樹までくると杏子ちゃんがつぶやいた。
「こりゃ、重症だね。ゆみちゃん、電話だよ、決定だね。」
「えぇ〜〜〜っ、やだよ。恥ずかしいもん。」
「荒れてるんだもん、とにかくゆみちゃんの気持ちはどうであれ、手紙はゆみちゃんからじゃないって事は言わないとダメなんじゃないかな・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「ねっ、このままじゃ可哀想だよ。もし、受験に失敗したらどうする?」
「そんなぁ〜〜っ・・・・・・・・」
二人だけで話してるつもりが、私たちの後ろには美佳がいた。目から涙があふれてても気にせず、無表情のまま立って聞いていた。
「ちょっと、今の話はどういうこと?二人はさんざん、清水君が私のこと好きとかって言ってたじゃないの。ちゃんと納得いくように話して。」
「話すも何も・・・・別に何でもないよ。」
「嘘。今話してるの聞いちゃったんだから・・・・・」
「じゃ、別に理解したから怒ってるんじゃないの?行こう、杏子ちゃん。」
「まって、逃げないでよ。ちゃんと話しなさいよ。」
人の話を盗み聞きしてたのに、開き直りは怖い。しかも、女の嫉妬つき。これは手に負えないと思って、逃げるが勝ち。その場を杏子ちゃんと去ろうとした時、ふいに美佳の手が杏子ちゃんの腕をつかんだ。
「待ちなさいよ。ゆみが話してくれないなら、杏子ちゃんが話してよ。」
「行こう、杏子ちゃん。」
「美佳、痛いよ。放してよ。」
美佳は杏子ちゃんの腕をさらに力を込めて引っ張る。その力に負けて、杏子ちゃんは倒れそうになる。私はどうすることも出来なかった。
「痛いよ、わかった、ちゃんと話すから・・・・」
美佳は杏子ちゃんの腕を放さなかった。杏子ちゃんは渋々口を開いた。
「清水君の好きな子は美佳じゃないみたい。」
その言葉を聞いて、美佳の手は杏子ちゃんから放れた。力が抜けた状態で、今にも肩から外れそうな感じでぶら下がってる。
「私たちも最近わかったの。美佳に話さなきゃって思いながら、タイミングがつかめなくって。
ごめんね。
ゆみちゃん、行こう。」
その場を去ろうとする私たちに、低い美佳の声が聞こえた。
「誰なの?」
「何が?」
「清水君の好きな子は、誰なの?」
「どうして?」
「だって、タイミングがつかめなかったんでしょ。今ならいいじゃない。誰なのか教えなさいよ。」
杏子ちゃんは黙って私を指差した。美佳は黙って、指された私を見た。相変わらず、無表情だったけど、なんだか怒りを押し殺してるような感じだった。
その日を境に美佳の態度が変わった。もちろん、私にだけあからさまに態度を変えてきた。ほかの誰も気づかないように・・・・・
清水君にも電話をかけそびれて、何故か私自身も少しへこんでた。授業中も電話しなきゃ・・・・とか、美佳のことえを考えてた。そんな時に先生に質問された。
「佐々木さん、考え事もいいんだけど、今は授業に集中してもらえるかしら?」
教室は笑いで包まれた。そんな中、美佳の声が聞こえた。
「推薦決まったからって、調子に乗って・・・・」
美佳の席は私の斜め後ろ。空耳かなと思って、授業に集中した。
お弁当を食べる時に、さっきの空耳が空耳じゃなく、はっきり私に向かって言われた言葉だってわかった。いつもは、美佳や杏子ちゃんたちとお弁当を囲むのに、今日に限って嫌味をよく言う。
「いいよねぇ〜っ、脚が速いってだけで、高校に合格できる人もいるんだから・・・・」
「美佳、それはゆみちゃんに失礼だよ。」
杏子ちゃんがフォローしてくれる。杏子ちゃんは今までのことを判ってくれてるから、私の気持ちが救われる。それでも、美佳の攻撃は収まらない。そんな時に、冬実が割って入った。
「美佳、うるさいよ。お弁当がまずくなる。」
冬実はいつも冷静沈着、成績優秀でいつも冷めた感じがしてた。冬実の一言でその場は納まり、無言のままお弁当を食べた。午後も授業があったけど、どうも納得がいかない。別にずるして高校に推薦が決まったわけじゃないし、私なりに努力もした。それなのに、美佳にあんなに言われなくっても・・・という思いが抑え切れなかった。このままじゃ、何するかわからないと思って、早退することにした。放課後に練習もあったけど、今はそれど頃じゃない。こんな気持ちで練習しても身にならない。グランドを走ってると、また美佳に見つかって何言われるかと思うとぞっとする。杏子ちゃんにだけは伝えたかったけど、近くには美佳がいた。仕方なしに黙って帰っていった。
こんなに早く家に帰っても、心配かけるだけだし。かといって、どこかに出かけるお金も持ってなかった。仕方なしに駄菓子屋の裏の公園でブランコに乗った。何も考えずに、ブランコに乗って地面を蹴る。蹴れば蹴るほど、ブランコは勢い良く空に近づく。どれくらい夢中でこいでたんだろう?ゆっくりブランコを止めて空を見上げた。
「逃げたでしょっ!」
振り返ると冬実がいた。
「えっ?」
「美佳から逃げたでしょう?」
心の中がみえるのか?と思うくらい驚いた。驚きが顔に出てしまった。
「そんなに驚かなくっても。見てればわかるよ。美佳が急に変わって、ゆみに八つ当たりしてるんだもん。」
「わかる?」
「だって、塾でも最悪。悪口言いまくりだって。」
「悪口ってだれの?」
「もちろん、ゆみの。美佳と同じ塾に行ってる子が言ってたよ。」
「えっ。何て言ってるの?」
「性格悪い、頭悪いから走るだけで合格した、顔がかわいくない・・・・そんな所かな。」
「なんじゃ、そりゃっ!」
冬実の友達曰く、急に聞かれもしないのに私の事をとやかく言ってるらしい。しかも、清水君が私のどこが良くって好きなんだろ、とか言った挙句に、私のほうが絶対お似合いなのにという事らしい。
「最期には付き合ってるだって。すごいね。女の嫉妬って。」
私は驚いた。という事は、美佳の塾に通ってる子達はみんな、私と清水君が付き合ってるって思ってる。しかも、勝手に清水君の好きな相手を言ってる。なんだか、腹立たしい気持ちであふれた。美佳に対する怒り、清水君に対する罪悪感。
「どうしたらいいのかな?」
正直、何をどうしたらいいか全くわからない。
「ゆみの正直な気持ちをぶつければ?」
「えっ、誰に?美佳?」
「違うよ、清水君にだよ。」
何で、清水君に気持ちをぶつけるのかわからない。私が怒ってるのは美佳に対して。直接言いたい事があったら言えばいいのに、影でこそこそ言われるのは好きじゃない。なんだか、卑怯な気がする。急に冬実が清水君に気持ちをって言うのも理解できない。私的には気持ち以前の問題で、手紙を渡した誤解を解かなくっちゃといろいろ模索中なだけなのに。いっそのこと、冬実ならなにかいいアドバイスでもくれるかもと思って聞いてみた。
「何で清水君なの?美佳じゃなくって?」
冬実は話し出した。さすが冷静に見てるだけある。冬実曰く、嫌いな相手だったら付き合ってるという話が出たら、その場で即否定する。でも私は否定どころか、何も言わない。挙句罪悪感まで感じてた。冬実は罪悪感はどうしてくるの?と聞く。私にもわからないと答えると、それは気になってる証拠だよと笑いながら言う。何にも思ってなかったら、美佳に対する怒りだけが感情としてこみ上げる。私は怒りよりも罪悪感が強かった。どうやら、顔に出てたみたいでそこで冬実はぴんときたらしい。そこまで解ってくれてるならと思い切っていろいろ話した。夏休み前に勝負を挑まれた事、試合に応援に来てくれた事、杏子ちゃん達と一緒に帰ってこの公園でいろいろ話した事、私の推薦の事、吉川君に頼まれて手紙を渡したら清水君が誤解してる事、その後ひどく落ち込んでる事や美佳にばれた事。それから美佳の八つ当たりみたいなことが始まった事。全部を冬実は黙って聞いてくれた。
「それは、清水君誤解してるね。ゆみも自分の気持ちを気づいてないけどね。とりあえず、清水君に手紙の事はちゃんと話したほうがいいね。それからじゃない、きっとゆみが自分の気持ちに気づくのは。」
そう言って、冬実はブランコを漕ぎ出した。
二人で無言でブランコに乗った。
「ちょっと、冬実はどうしてここにいるの?午後の授業は?」
「何言ってるの?ゆみだってさぼってるじゃない!」
「でも・・・・・」
「だって、退屈なんだもん。美佳の意地悪見てると気分悪いし、さぼりの共犯者がいたほうが怒られなくってすむしさっ。」
そう言って冬実は笑った。ブランコから降りて駄菓子屋に行きジュース片手に帰ってきた。
「はい、差し入れね。もう少ししたら杏子ちゃん達帰ってくるよ。心配してるね、きっと。杏子ちゃん達が来るまで、これ飲んで気持ちの整理しときなよ。じゃぁねっ。」
そい言い残して冬実は帰って行った。
ジュース片手に、いろいろ考えてみた。何故罪悪感がでたのか?罪悪感?本当に罪悪感なのかな?そういえば、ここ数日清水君のことをよく考えるようになってる。別にどうでもいい相手なら誤解を解く必要もないのに。冬実の言ってる事も一理ある。そんな事を考えてどれくらい経ったろう。杏子ちゃんや河野君が走ってきた。
「ゆみちゃん、心配したよ!気がついたらいないんだもん!どうしたの?やっぱり美佳の言葉だよね。傷つくよね。」
「うん、なんか、冬実からいろいろ聞いたよ。美佳は塾で私のこと結構陰口言ってるらしいよ。」
「えっ、そうなの。冬実も一緒だったの?」
冬実から聞いたことを杏子ちゃんと河野君に話した。やはり二人ともある事、ない事を言う美佳に対して怒ってた。
「清水君にちゃんと手紙の事誤解をとくよ。」
私の気持ちはよくわからないけど、出来る事から片付けていかなきゃと思う。今度は私が決意表明をした。すると河野君が
「あいつ、今日は図書館で調べ物があるって言ってたよ。どうする?」
とりあえず、清水君はこの公園の前は必ず通るから、待ってみると伝えた。すると気を利かせて2人は帰っていった。調べ物があるって、いったい何を調べてるんだろう。いったいどれくらい時間が掛かるんだろう。美佳の塾にはかなりの生徒が通ってて、中には清水君と同じサッカー部の子もいてるはず。絶対いろいろ詮索されてるんだろうな。迷惑かけてるよな・・・・と色々頭の中に次から次へといろいろ思い浮かぶ。色々考えても、起こってしまったことは取り返しがきかない。そう思って私は力いっぱいブランコをこいだ。スピードがぐんぐん出てくる。空に手が届きそうになる。何もかも忘れて私はブランコに乗った。風が気持ちいい。コーナーから直線に向かって走る時の風みたい。なんだか、嫌な事も風に吹き飛ばされていく。私の気持ちも少しずつ落ち着いてきた。ブランコをこぐ力を緩めて、地面に足をつけた。ふと顔を上げると、清水君がいた。いったい、いつからいたんだろう?
慌てて私は話し出した。
「あの、話があるんだけど・・・」
「うん。」
「この前の、吉川くんに渡した手紙の事なんだけど。」
「うん。」
「実は、私からじゃないの。友達に頼まれて渡しただけなの。個人的に渡すのに、あんなに回りにライバルらしき人のいる所で渡さないと思わない?」
「うん。」
「だから、あれは私の手紙じゃなくって、友達のなの。それと、謝らないといけない事があるの。」
「うん。」
「美佳の事なんだけど・・・・・」
「知ってるよ。」
初めて清水君の口から、他の言葉が出た。その後、なんだか気まずい雰囲気になった。ここで、引き下がるわけにはいかない。変な噂を立てられたから怒ってるのかもしれない。とにかく謝らないといけない。私は話し出した。
「ごめんね。迷惑だよね、変な噂流されて。本当にごめんね。
・・・・・・ごめんなさい。」
「・・・・・・・・・・・」
「ごめんね・・・・・」
「・・・なんで、佐々木が謝るの?俺、迷惑って思ってないよ。」
「だって、私達付き合ってるって噂だよ、こんな私とだよ!」
「別に平気だけど・・・・」
清水君の本心なんだろうか?そこから一気に冬実から聞いた話をした。
全部話し終わると、清水君は怒るどころか笑い出だした。
あまりにも、くちゃくちゃになって笑い出したので、気が変になったんじゃないかと心配した。話題を変えた方がいいのかも、と思い切って聞いてみた。
「ここ最近、元気なかったけど、生徒会忙しいの?そろそろ引継ぎとかでしょ?」
「もう大丈夫、元気になったよ。確かに生徒会も忙しいけど、俺自身の問題でちょっとね。」
「そっか、よかったね。元気になったんなら安心した。だって、この前の教室で美佳に言った言葉、怖かったんだから・・・・・」
「だって、俺だって人間だもん。虫の居所が悪い時もあるよ。ちょうど最悪の時に声かけるから。」
「じゃ、もういつもの清水君なんだ。」
「話してて、気づかなかった?」
今度は二人で笑った。久しぶりに大笑い。気がつくと、あたりが薄暗くなってきてる。そろそろ帰らないと、さすがに心配するだろう。そんな事を考えてると、清水君が真面目な顔で切り出した。
「もう一回決意表明していい?」
「はい、勝負するの?」
「冗談言わないで、聞いて。」
「はい」
「俺、やっぱり佐々木の事がすごく気になる。佐々木の気持ちは置いといて、俺今回の噂はラッキーと思ってる。逆にそうなったらいいのにって思った。とりあえず、俺の素直な気持ちです。」
「はい 。」
「いい機会だから、言ってしまうと吉川に手紙渡したのを見て、正直ショックだった。その事をいろいろ考えた。吉川は俺と違ってもてるし、だから佐々木もきっとって思った。でも、今日話を聞いて、俺の誤解ってわかった。ありがとう、話してくれて。今日はわざわざ、図書館で時間つぶした甲斐があったよ。」
「ん?なぜ図書館でわざわざ時間つぶすの?」
「まっ、いいの、いいの。それより、そろそろ帰ろっか?」
確かに早く帰らないと、さすがに心配してると思い公園を出た。もうすぐ生徒会も世代交代、文化祭の時期がやってくる。文化祭が終わると、殆んどの3年生が部活を引退して受験勉強に励む。私も嫌味を言われないように勉強に励まなくっちゃ。家に着き、夕食を済ませて部屋に篭もった。昼間の美佳の嫌味、冬実の分析、清水君の言葉。勉強どころか、頭の中をぐるぐる回ってる。始めは3人の言葉が同じ割合で回ってたのに、気がつくと清水君の言葉だけが回ってる。本心だったのかな?清水君の耳にも噂が回ってたって事はかなりの人が知ってる。本当に迷惑かけたんだ。でも、清水君はラッキーって言ってた。冬実は、とにかく話せば私の気持ちに整理が出来て、本当の私の気持ちに気づくって言ってたけど、まだ解らない。もう一度、冬実に聞いてみよう。そう思って、早めにベッドに入った。
それから、ばたばたと日は過ぎていった。結局冬実に聞けないままに、美佳の嫌味も慣れっこになってきた。相変わらず、清水君の事は気になって仕方がない。そのうち、文化祭の準備期間に入った。各クラスで展示するものを決めて製作に取り掛かる。私達のクラスは壁画を完成させる事になった。縦×横2メールのキャンバスに、自然の驚異というタイトルで壁画を描く。原案は美術部の裕子と以外にも美術の成績がいい杏子ちゃんが活火山の噴火をテーマに手がけた。壁画をブロック4つに分けて、ブロックごとにグループを作って製作する。私は冬実と清水君と一緒になった。私達のグループは地面の部分担当になった。文化部の子が多く、殆んど冬実と清水君と私で準備を始めた。そんなある日、冬実が地面にリアリティーをと言い出して、本当の砂を壁画に吹き付けることになった。砂を集めに行かなければいけなくなり、出来るだけ人数の集まる日を探した。結果、集まったのは、冬実と清水君と安部君と私の4人。ちょうどグループ半分が参加した。残りの5人は文化部で、文化祭で発表公演の追い込みで参加できない。私も、練習をサボって参加した。中学の思い出は多いほうがいいと思っての決断。何よりも、冬実に清水君も来ると聞いて参加を決めた。いざ、砂を集めると言っても、なかなか砂がない。さすがに公園の砂場の砂を取るわけにもいかない。少し歩くと海があるので、海岸の砂を集める事にした。歩いて30分くらいの所に海がある。砂は大量に必要で、さすがに手では持って帰れない。そこで、冬実と阿部君と私3人で先に海に行って砂を集め、清水君が手押し車を借りて来るという事になった。3人で砂を集める作業よりも、山を作り、木の枝を頂上に差して山崩しが始まった。木の枝を倒してしまった人は罰ゲームがあって、山を崩した砂をたくさん持ってる人の質問に必ず答える事になった。最初は阿部君が枝を倒した。砂を一番集めたのは冬実。
「阿部君はどこの高校受験するの?」
「・・・・湖陵高校。」
さすがに、成績優秀の阿部君だけあって、県下でも有数の進学校だった。私も興味津々、毎日何時間勉強してるの?他に同じ学校受験する子はいるの?将来何になるの?と質問攻めにした。阿部君はゆったりとした口調で丁寧に答えてくれた。自分の身体が弱いから、将来は医者になって一人でも多くの人に健康になってもらいたいらしい。そこまで、将来のビジョンを見据えてるってすごいと感心した。感心してる最中に、黙々と冬実は山崩しの準備をしていた。つぎに枝を倒したのは私、砂を一番集めたのは阿部君。
「佐々木は本当に推薦で嶋野高校決まったの?」
「今は仮でね。一応受験はするけど。」
阿部君はその後、さっきのお返しとばかりにいろいろ聞いてきた。将来は何を目指してるの?推薦って何をするの?殆んど合格してるって事でしょ?不思議と美佳と同じ事を聞かれてるのに、いらいらしない。将来の夢は嶋野高校をリレーでインターハイに出場する事。その先は、その夢が叶ってから決める。受験も合格ほぼ間違いないけど、文武両道で試験も一般と変わりなく受験する事。違いは目標タイムがあって、それを夏の試合で突破しないといけなかった事を話した。
「ごめん、俺誤解してたよ。」
阿部君は急に改まって話し出した。ここにも美佳の影響はあって、受験しないで、走るだけで合格したと思ってたらしい。推薦入試って楽なんだと思ってて、美佳の言う事を鵜呑みにしてたらしい。美佳と違うのは、話は両方の意見を聞かないと本当のことがわからない。という事で前から私の話を聞きたかったそうだ。そんな話をしてる頃に清水君が手押し車を押しながら歩いてきた。
「たっく〜んっ!ここ、ここ!こっち〜っ!」
阿部君が清水君を呼んでいる。たっくんって、いったいどんな仲なんだろう?清水君は近づきながら
「何してんだよ。俺、結構恥ずかしい思いしながら手押し車運んできたのに、山崩ししてんのかよ!」
「たっくん、怒らない。怒ると嫌われるぞ。」
「っていうか、あんた達なんて呼び方してんの?」
冬実が聞いた。
「俺達、幼馴染。家が隣通しで清水のたっくん。俺はこうちゃんって呼ばれてるよ。知らなかった?」
知ってるわけがない。でも、なんかかわいかった。大きくなって二人とも背も高く180cm 近くあるのに、たっくん・こうちゃんって想像したら笑えた。
4人揃ったので、砂を集めて手押し車に載せた。だいぶ肌寒くなってきてるのに、身体を動かしてると暖まる。清水君と阿部君は上着を脱いで手押し車を押し出した。そっと冬実が彼達の上着を持った。清水君の上着を何も言わずに私に渡した。急に風が強くなってきた。彼達は力仕事をしてるから寒くなさそうだった。でも、私達は暖まった身体が冷えていく。
「寒かったら、上着きていいよ。」
振り向きながら阿部君が言った。
「ありがとう。」
冬実はためらいもなく、阿部君の上着を羽織った。
「あれ、ゆみは寒くないの?いいじゃん、着ちゃえば?別に着れない理由もないでしょ?」
理由はないけど、恥ずかしかった。それでも、冬実がいろいろ言ってくるので羽織った。思ったよりも大きくてびっくりした。普段話してる時はそんなに大きいとは感じでなかったのに、上着を羽織って改めて実感した。そして、何より暖かかった。清水君に包まれてる感じで、だんだんと嬉しさがこみ上げてきた。
「どう?やっと気づいたでしょ?自分の気持ち?」
冬実に言われて驚いた。どうやら、私は清水君の事が好きになってる。気になって仕方がない。心の奥を冬実に見透かされたみたいで恥ずかしくなった。気がつくと、冬実は阿部君と手押し車を押していた。清水君がこっちに来た。
「急に佐々木のところにいってって言われたから。」
「うん、あっ、上着返さないとね。」
「別にまだいいよ、俺寒くないから。」
そう言って歩き出した。阿部君と冬実は笑いながらいろいろ話してる。私達は無言のまま。何か話さないと、と思ってると清水君が話してきた。
「さっき、こうちゃんが言ってた。佐々木の受験の事。褒めてたよ、自分だけの力で合格したって。俺らには出来ない事だって感心してたよ。」
「うん。」
「で、上野が言ってた事が嘘ってやっと信じてくれたよ。さんざん俺も誤解だって言ってたのに、佐々木の口から聞いて納得したって。こうちゃんは昔っから自分で確かめないと気がすまないから。」
美佳の事を阿部君に話してたんだ。不思議と穏やかな気持ちになれる。少し前なら、美佳の話題になると無意識にとげがあったのに。
「でも阿部君もすごいよね、将来のビジョンをしっかり持ってて驚いたよ。
しかも、湖陵高校って、難関じゃない?清水君も受験するの?」
「俺はしないよ。まだ悩んでる最中。だから、佐々木やこうちゃんが羨ましいよ。」
「清水君でも悩む事あるんだ!」そう言って、私は走った。何だか、清水君の言葉が嬉しくって、ちょっぴり恥ずかしくって、逃げた。清水君が追いかけてくる。阿部君や冬実を追い越して私は走った。
普段の練習では感じない、爽快感が不思議とあった。あっという間に校門まで到着してた。私は清水君の上着を着たままだった。慌てて上着を脱いで、手に持った。誰かに見られてるんじゃないかと心配しながら。清水君が走ってきた。
「佐々木、相変わらず早いよ!手押し車も置いてきちゃったよ。後で二人に怒られるね。
怒られついでに、このまま逃げちゃう?」
いたずらっ子のような笑顔で清水君が言った。
「大丈夫なの?後で怖いよ、きっと。」
「大丈夫だろ、今日は砂運びしか予定してないし。」
「じゃぁ、鞄取りに行かなくっちゃ!!」
二人で急いで教室に鞄を取りに行った。心配させてはいけないから、冬実の鞄にこっそりメモを残して帰っていった。
秋は夕暮れがはやい。いつもの公園で話してるとすぐに日が暮れる。
せっかっくの楽しい時間もあっという間。このまま、もう少し話が出来たらいいのに。そう思っても悲しいかな、受験生の私達。本能で帰宅と言う事がわかってる。でも、今日1日でいろいろ清水君の事を知れた事が嬉しかった。たっくんって呼ばれてる事、以外に男の子って見た目以上に身体が大きかった事、受験で悩んでる事。生徒会長ってどこか人間離れした感じがあったから清水君も普通の人間と思うと安心。私ひとり、なんだか得した気分になって家路についた。
その日以降、冬実には頭が上がらない。事あるごとに、冷やかしの視線を投げてくる。無事に壁画も完成し、文化祭がやってきた。文化部の発表の後に生徒会の引継ぎ式が行われる。生徒会も世代交代、河野君も清水君も後輩に託して生徒会を引退。私は頭の中で冬休みの合宿の事を考えた。先輩に混じってやっていけるんだろうか、いじめられたりしないのか、他にも中学生はいてるのか、そんな事が頭によぎりながら引継ぎ式を見ていた。最後の行事が終わり、とうとう受験に向けてのカウントダウンが始まった。この頃になると、さすがに美佳も自分の進路が大切と見えて意地悪をしなくなった。2学期もあと少し。冬休みがやってくる。
学期末試験の最中に顧問に呼び出された。なんと、嶋野高校は遠征合宿に参加するらしく、可能なら私も参加して欲しいとの事だった。顧問が言うには、合宿初日は終業式の日だから休んでも支障はないらしく、チャンスだから参加しろと言う。終業式は週明けの月曜日。私の誕生日の12月24日、クリスマスイブだった。私は親に相談して返事すると伝えて家に帰った。
今日はたまたまお父さんの帰りが早く、家に帰ると両親が揃って映画を見ながらお茶を飲んでいた。
両親が好きな映画、愛と青春の旅立ちだった。最後に主人公が彼女を迎えに製紙工場に行き、後ろから抱き上げるシーンがお気に入り、まさしく今がそのときだった。何度も付き合ってみてるので、そろそろエンドロールが流れる頃。私はエンドロールが流れてから話し出した。
「あのさ、今日顧問が嶋野高校の遠征合宿に行かないかっていってたよ。」
「いつなの?」
「終業式の日から、大晦日までだって。」
「ゆみの誕生日じゃないの?お父さん、どうしますか?」
「せっかくなんだし、行ってみればいいじゃないか?何事も勉強だよ。」
「そうね・・・・心配だけどいろんな環境に慣れとかないとね。
返事はいつするの?」
「両親の許可が出たら、早めに伝えてって言ってたよ。」
「じゃ、まだ先生がいてるかも知れないから、学校に電話しなさい。」
さすがサラリーマン、と変に関心しながら学校に電話した。顧問もまだ残っていて嶋野高校にも伝えておくと電話を切った。まだテスト期間中なのでいつまでもリビングにいてると怒られる。慌てて部屋に戻った。部屋のドアを閉め、机に座って勉強もしないのに教科書やノートを広げる。頭の中は合宿の事で一杯になった。今年の誕生日は、お母さん自慢のケーキが食べれないんだ・・・・・・そんな事を考えててふと思った。嶋野高校に入ったら、こうやって合宿が続くんだ。冬は誕生日なんて言ってられないんだろうなと思うと、なんだか切なくなった。
次の日、杏子ちゃんには合宿に行く事を告げた。
「ゆみちゃん、すごいね。でも・・・せっかくのお誕生日なのに、残念だね。せっかくプレゼントもって行って、おばちゃんのケーキをご馳走になろうと思ってたのになぁ〜っ。」
「ちょっと、それってケーキ目的なの???」
笑いながら教室に入った。残るテストも今日と明日で終わり。
とりあえず、美佳に足だけで入学したと言われないように、それなりの成績を残さないとと必死で勉強した。なんだか、変なライバル心と自分でもおかしかった。こうなりゃ、女の意地である。
何とか、無事にテスト期間も終了し残るはテストの結果待ち。テストが全教科返されるともうすぐ冬休み。私の初合宿参加がやってくる。テストの結果も気になるけど、合宿も気になる。夏は練習にだけ参加したけど、合宿となると行動を朝から晩まで一緒にする。私に出来るんだろうか?いじめられたり、意地悪されたりはしないんだろうか?中学生は参加してるんだろうか?考えたらきりがない。珍しく、自分でも落ち込んでるのが解った。杏子ちゃんは合宿に参加する事を知ってるので励ましてくれる。せっかくの励ましも、今の私には重荷に感じる。杏子ちゃんには申し訳ないけど、今はそっとしてて欲しい。ついに自分勝手な私は学校を休んでしまった。明後日は終業式、合宿の準備を部屋でこそこそとしてた。杏子ちゃんは心配して、その日配られたプリントを持ってお見舞いに来てくれた。
「ゆみちゃん、大丈夫?ここんとこ元気なかったし、風邪でもひいたの?合宿大丈夫?」
「ありがと、本当は合宿恐怖症で休んじゃった。心配かけてごめんね。」
「いいよ、不安だもんね。それよりも、清水君がゆみちゃんが休んでるのは何でだってしつこいのよ。心配なら自分で確認すればいいのにね。」
そう言ってプリントを渡して帰っていった。そういえば、文化祭の後から清水君とはある程度の距離があった。私は気になりつつも、頭の中は合宿の事で一杯だった。彼も受験校を絞り込むのに何だか悩んでた感じだった。4人で帰ることも少なくなり、公園で話すことも少なくなった。
私は次の日も休んだ。明日は合宿だし、今日はゆっくりいろんな事を考えてみようと思った。ベッドの上で横になりいろいろ考えた。合宿でやっていけるんだろうか?大丈夫だからきっと声が掛かったんだと思う事にした。こっちは以外に簡単に解決。そのうち清水君の事が頭に浮かんだ。志望校はどこにしたんだろう?この前聞いたときはまだ悩んでるって言ってたし、そろそろ決めないといけないんだろうな。とか頭に浮かぶ。そのうち私はうとうとと眠りこんでいた。目を覚ましたのは、お母さんの声だった。今日は杏子ちゃんじゃなく、男の子がお見舞いに来た事に驚いてる。前生徒会長の清水君にさらに驚き。部屋に来ていきなりお母さんが言い出した。
「ゆみ、清水君って男の子が来てるの。清水君って生徒会長だった子でしょ?あんた、何悪い事したの?」
ひどい言い方。私は学校休んでるんだから、悪い事も何も出来ないのに。恐るべしPTAの生徒会に対する意識、と感心した。自分の子供は信じて欲しいもんだ。急いで玄関に向かう。
「大丈夫?昨日も休んでたから、渡に聞いたら重症っていうし・・・・・」
玄関先ではお母さんが聞き耳を立ててる恐れがあったので、いつもの公園に行く事にした。
「身体、大丈夫なのかよ?出歩いて、重症なんだろ?」
「うん、実はさぼりです。」
正直に話した。明日から合宿に参加するから不安でたまらなかった事を一気に話した。相変わらず清水君はきちんと話を聞いてくれた。
「よかった、心配したんだぞ。渡はさんざん重症でベッドからも出れないって言うし。挙句、そんなに心配なら自分の目で・・・・・ってそうか!やられたよ。まんまと騙されたよ。」
そう言うと、急に清水君は笑い出した。私には良くわからないまま、ブランコをこいでいた。
「そうそう、今日のプリントをお配りしますね。」
そう言いながら、鞄の中をごそごそしてる。そのうち数枚のプリントを渡された。そして最後に
「はい、本当は明日だけど会えないから・・・・」
小さな小包だった。
「何?開けてもいいの?」
「どうぞ、どうぞ。」
かわいいラッピングに包まれた箱を開けると、小さな犬のマスコットが出てきた。
「かわいい!でもどうして?」
「渡が明日誕生日だって言ってたから」
「ありがとう!大事にするねっ!」
「お守りみたいなもんだと思って、かわいがって。合宿でいじめられませんようにって・・・・」
「ありがとう・・・・・・いじめられないようにで犬???」
「そう、いじめられそうになったら吠えちゃえ!」
顔を見合わせて笑った。久しぶりの大笑い。いつ以来だろう?清水君といると自然とリラックスできる。合宿の不安もどこかに吹っ飛んだ気がした。
「ありがとね。鞄に着けて持ってくよ!」
「無くさないでくれよ!結構買うとき恥ずかしかっったんだから・・・・・」
想像すると笑えた。笑うなよという清水君も笑っていた。私の大事な宝物が出来た。
家に帰ると早速、合宿に持っていく鞄にマスコットをつけた。箱の中を見てみると、手紙が入ってた。手紙というよりは、メモに近い。さっきは気づかなかった。そこにはお誕生日おめでとう、がんばってとだけ書かれてた。何だか、すごく勇気が出てきた。このメモも持って行く事にした。無くすと大変なので小さくたたんでお財布に入れた。
いよいよ7泊8日の合宿が始まった。2日間は移動に消える、実際は5泊6日でみっちり練習が待ってた。嶋野高校だけかと思ってたら、いろんな学校が来ての強化合宿だった。朝は6時に起きて7時から朝練でかるくジョギング。その後朝食を摂って9時から午前中の練習。全体練習で基礎的な練習を中心にやる。最初は軽くジョギングでストレッチ。スタート練習やフォームのチェックにタイム測定をする。軽くジョギングって聞いてたのに、実際はアップダウンの激しい山道に神社の階段登りつき。まるで長距離の練習だと思いながらも、必死でついていく。ストレッチになってホッとしたのもつかの間。軽くリズム走でフォームを見るとか言われて最後尾につく。リズム走で一定のタイムで走るリズムをつかめと言われピストルがなる。最初は訳がわからないままだったけど、走ってると段々楽しくなってきた。その後タイムを計るはずが、初参加と言う事で初日だけ免除。やっとお昼ご飯だ。朝ごはんは普通だったけど、昼はどんぶりでご飯が山盛りで出てきた。周りの先輩達は残らずきれいに食べている。私と数人は残してた。後で気づいたが、残してた人は私と同じ中学生だった。食後にお昼寝の時間があり、その時間は運動をしないで身体を休める時間だった。先輩達はわいわいと話してるけど、私は眠くって仕方なかった。午後の練習は、短・中・長距離、跳躍、投てきなど専門種目に分かれての練習。私は短距離に入って練習。死ぬほど走ってようやく晩ご飯。お風呂に入ってすぐ寝れるのかと思ってたら、全体でのミーティング後各校に分かれてさらにミーティング。初日は全体のミーティングで初参加者の意気込みを語らされた。もちろん、その中に私も含まれる。こんな大勢の前で話せないし話したこともない。ふと清水君は全校生徒の前で平気で話してたんだと気づいた。とうとう私の番がきた。
「佐々木ゆみです。合宿でばてないようにがんばります。とにかく、今の最大の目標です。」
場内が大爆笑になった。恥ずかしくって、顔から火が出るかと思った。慌てて自分の席に戻った。その後各校に分かれてのミーティング。嶋野高校だけが集まって反省会だった。
「佐々木、お前たいした度胸だな。先が楽しみだよ」開口一番そう言った。その後先輩達も口々に言い出した。
「本当、普通もごもごしゃべるか、がんばりますだけだよ。」
「ささきちゃん、やるね。これで有名人だよ。」
やっと緊張の意図糸がきれた感じがした。おちついて周りを良く見てみると、感じのいい先輩達ばかりだった。本当はすごく私の面倒を見たかったけど、私が人を寄せ付けないオーラを出してたらしい。全体ミーティングでお互いの距離がぐっと近くなった感じがした。なんとか鬼のような合宿のメニューも無事にこなし、最期の練習が終わった頃に声をかけられた。
「嶋野高校の新入り君じゃないの?どう?無事生きててよかったね!」
どこの学校の監督かはわからないけど、ばてずに皆さんの足を引っ張らなかった事だけ祈りますと伝えると笑いながら去っていった。結局、誰だったんだろう?明日はやっと家に帰れる。この合宿でちょっぴり大人になった感じがする。帰りのバスの中、気づいたら清水君にもらった小さな犬のマスコットを握り締めて眠っていた。帰りは道が空いていたらしく、到着予定時間よりも3時間も早く帰ってこれた。なんでも、監督が言うには、全員が眠ってて途中のトイレ休憩を何度かやめて運転手さんに飛ばしてもらったそうだ。おかげで、大晦日の昼過ぎには家に帰れた。嶋野高校でバスを降りて、挨拶を済ませ電車で帰る。家に帰る前に公園に寄ってみた。大晦日の昼過ぎに誰もいてるわけないのに。ブランコに乗り、合宿を乗り切った達成感を一人かみ締めていた。
「佐々木、何してるの?合宿は?まさか、脱獄したか?」
声のした方を振り向くと、紙袋を抱えた清水君が立っていた。
「清水君こそどうしたの?」
なんでも、お正月準備で買い忘れたものを調達しに行ってたらしい。私は今合宿から帰ってきたことを話した。
「そういえば、子犬のマスコット。役に立ったよ!ありがとう!」
「そんなに吠えるほどつらかったの?」
「いやいや、練習はしんどいけど、いい人たちばっかりだったよ。」
「そっか、よかったね。おっと、帰らないと御節が出来ないって怒られるから行くね。」
そう言って清水君は帰っていった。私も家に帰った。玄関を開けるなりお母さんが走ってきた。久しぶりの娘とのご対面かと期待してると洗濯物の催促だった。
「だって、早く洗うと新年までに乾くでしょ!あっ、おかえり。大掃除もよろしくね。」
疲れて帰ってきた娘に同情は一切無しかよっ、と心の中で叫ぶ。部屋に戻って荷物の整理をした。
今年も後数時間で終わる。何気なくカレンダーをめくってみた。2月はとうとう受験。14日が試験日だった。ちょっと待って、バレンタインだ。私立を受験する女子は、バレンタインという唯一女子から告白するチャンスを奪われてしまうのか。これはひどい。でも、冷静に考えれば学業優先だから仕方がない。同学年に好きな子がいても、相手も受験生じゃ仕方ない。ちょっと待って、私は誰にチョコをあげるつもりでいてるんだろう?気がつけば、子犬のマスコットを握り締めていた。
年も明け、とうとう中学時代最期の学期が始まった。志望校も決まり、残すは受験に向けての傾向と対策を仕上げるだけ。公・私立を1校しか受験しないのか、一応両方受験するのかを始業式後1週間で決める。ほとんどは、12月中に決まってるらしい。直接聞くのもタイミングが合わず結局、清水君がどこの高校を受験するのかまだ知らない。もし、阿部君みたいに遠くに行ってしまうのか、全寮制の高校だったらどうしようなんて考えていた。杏子ちゃんが情報を入手してくれていた。
「ゆみちゃん、清水君全寮制で県外の龍野高校を推薦で受験だって。」
「えっ、推薦?っていうか、遠いね。電車でも2時間はかかるような場所じゃないの?」
「あれれ、ゆみちゃん、逢いにでも行く気ですか?えらく心配してますねっ。」
「いやいや、別にそんな事はないけど、推薦って龍野高校しか受験しないの?」
そこまではさすがに杏子ちゃんも知らなかった。最終的に、気になるなら自分で確認しろと暖かい友情の言葉をもらった。放課後、気になって図書館に行ってみた。清水君は一番奥の日の当たる場所にいた。ちょうど、清水君の座ってる席は離れ小島みたいな感じで、図書館の隅っこにある。周りには誰もいない。これはちょっと話しやすい。そっと近づいて覗き込んでみた。なんだか、見たこともない化学記号をノートに書いてる最中だった。声をかけるよりは、そっと隣に座って驚かしてやろうと思った。近くの椅子をそっと運び、清水君の隣に座った。全く気づく気配もなく、何もする事がない私はポカポカと日が当たるので段々眠たくなった。
「佐々木、佐々木ってば、大丈夫か?」
囁く声で、目が覚めた。どれくらい眠ってたんだろう?清水君の肩に頭をもたれて眠っていた。かわいそうに、私がもたれたので驚いて、ノートの字も大変な事になってた。小さな声でさらに聞かれる。
「だいぶお疲れですか?」
「ごめんなさい。驚かそうと思ってそっと横に座ったんだけど気づいてもらえなくって」
「いや、かなり驚いたけど。まさか急に寝てるなんて・・・・・」
声を潜めて笑った。
「杏子ちゃんに聞いたよ、龍野高校を推薦で受験なんでしょ。」
「そう、担任に言われて、とりあえず受けてみるんだ。」
「とりあえず?」
「そう、受かる確立は低いけどチャレンジはいい事だし。」
「じゃぁ、龍野だけ受験するの?」
「いやいや、公立も受けるよ。どうして?」
「ううん、別に。じゃぁ、龍野も私立だから受験日一緒だね。」
「ちがうんだよ、それがさ。変わってる学校で前日の13日なんだって。」
密かにバレンタインはこっちにいるんだと思った。
「じゃぁさ、私の試験が終わったら反省会しない?いつもの公園で・・・・って忙しいか?」
「別に大丈夫だけど、佐々木は何時に帰ってくるの?」
「えっ、わかんない・・・・・」
しまった、試験が何時に終わるとか確認不足だった。とにかく、逢う約束は出来た。当日清水君は授業だし、結局授業が終わってから逢う事が決定した。気がつけば、受験まで一ヶ月を切ってた。受験当日までは、死に物狂いで勉強した。最期の追い込み。私立を受験する子達は、バレンタインもどこ吹く風だった。
いよいよ受験当日、私は清水君からもらった子犬のマスコットを鞄に付けてると、試験監の印象も悪いかと思って鞄にしのばせた。ちょっと窮屈だけど、我慢してもらおう。嶋野高校の校門前に到着。殆んどの子が教科書を読んでいる。私はポケットに引っ越した、子犬のマスコットを握り締めた。受験番号によって教室が別けられ、番号ごとに席に着く。大きく深呼吸をして、もう一度ポケットのマスコットを握り締めた。国語、数学、英語の順番で試験が進んでいく。お昼を食べて残るは面接だけ。いったい何を聞かれるんだろうと不安になる。受験前に面接対策として担任と予備面接をした。知ってる顔と知らない顔とでは緊張感が違いすぎる。今になって、予備面接は役に立たないと実感した。いよいよ順番が回ってきた。目の前にいるのは、自分の目を疑ったけど陸上部の顧問だった。さっきの緊張感はどこへやら、思ってることを話せた。受験も無事に乗り越え、いよいよ反省会。反省会とはこじ付けで、自分の気持ちを正直に清水君に打ち明けようと思った。季節もちょうどいい、バレンタイン。受験生だって恋はする、と自分に言い聞かせて・・・・・チョコは公園に行く前の駄菓子屋で購入。ちょっと色気が無いなと思いながら。思ったよりも早く試験が終わったので、私のほうが先に公園に到着した。これは好都合とばかりに、急いでメッセージカードを書いた。メッセージカードは事前に買っておいたし、ついでにそのお店に売ってた犬のマスコットも買った。清水君からもらった子犬のマスコットに少し似てて、サイズもちょっと大きかった。カードを書き終えて清水君を待つ。受験の時よりも緊張してる。落ち着かないのでブランコをこぐ。片手には子犬のマスコットを握り締めてた。ブランコが空に近づいていく。さっきまでは心配でいろんな事が頭に浮かんでたけど、今は不思議と穏やかになっている。気持ちよくブランコをこいでいると、声が聞こえてきた。
「佐々木、そのまま空に飛んでいちゃうつもりですか?」
慌ててこぐ力を緩めた。清水君が話しかける。
「試験、どうだった?俺は面接は平気だったけど試験がいまいちかな?」
「えっ、そうなの?さすが生徒会で全校生徒の前で話してただけはあるね!」
「そう、話すのは平気なんだけど、試験に科学の問題が出たんだよ。あれには驚いたよ!」
「でも、図書館で勉強してたんじゃなかった?」
「まあね、でも、合格するかはわかんないな・・・・」
「なんて弱気な事言ってんの。」
そういいながら二人でブランコをこいだ。人生初の難問の高校受験、やっぱり受験生なんだと改めて実感した。そんな時に今から自分の気持ちを打ち明けていいのか迷った。せっかくなら、受験が終わってからの方が迷惑じゃないのかとも思った。自分で反省会しようと呼び出したのに、本当なら勉強しなくっちゃいけないのに、わざわざ時間を作ってくれてる。そんな時にいいのか本当に迷った。迷った時は行動に移すべし、と昔からお父さんに言われてきた。こうなったら、思い切ってバレンタインだし、今の自分の気持ちを素直に打ち明けよう。
「はい、これあげるよ。チョコレート。」
「えっ、ありがとう。でもさ・・・・今日、何の日か知ってってチョコくれるの?」
「うん。でね、今から迷惑かもしれないけど、ちょっと聞いて欲しい事があるんだけど、いい?」
「なんなりと、どうぞ・・・・・・・・・」
そう言われて、私は話し出した。
文化祭の頃あたりを境に、私は清水君に対する気持ちに気づいた事。冬の合宿前にマスコットをもらって、本当に嬉しかった事、今ではお守り代わりになってる事。受験のこんな大事な時期に、こんな事を言う事はきっといい事ではないと思うし、今更遅いかもしれないけどこれ以上気持ちを抑えれそうに無いので打ち明けた事。
「ごめんね、清水君はまだ公立の為の勉強があるのに、迷惑だよね。自分の気持ちだけ打ち明けて、本当にごめんなさい。これ、今度は私からお守り代わりに・・・・ううん、ストレス解消に使って。」
そう言って犬のマスコットを差し出した。
「ありがとう。」
そう言うと、清水君はマスコットを乗せた私の手を暖かく包み込んだ。大きな清水君の手の中に、私の手と犬が小さく収まってる。顔に全身の血液が集まってくるのがよくわかる。鏡を見なくても、きっと私の顔は真っ赤になってる。これには自信がある。清水君の話が続いてる。
「いつも、佐々木は俺に謝ってるよね。迷惑かけたとかって。俺、そんなの全然気になってないし、むしろ嬉しかった。なんていうか、佐々木との距離が近づいたって感じがしてた。上野の噂が本当になったらいいのにって気持ちは今も変わらないし。チョコもらえて、本当に嬉しいよ。ありがとう。」
「でも、ごめんね。チョコ、時間が無くってそこの駄菓子屋で買ったの・・・・・」
「ほら、また謝る・・・・っていうか、駄菓子屋のチョコなの〜〜っ!」
「あっ、でも、本命チョコ。大本命チョコだから・・・・」
そう言って二人で大笑いした。しばらくベンチに座って話をした。周りから見られても解らないように、お互いの鞄で手を繋いでるのを隠して座った。手を繋いでるだけなのに、まるで試合でゴールした時みたいにドキドキしてる。寒いはずなのに、清水君の暖かさが私に伝わってくる。いいのか、受験生。こんな時期に色気づいて、と思ったけど気持ちを打ち明けてよかった。打ち明けずにいてると、きっと気が変になってた気がする。結果は、付き合うとかの意思表示は無く、ただお互いの気持ちを打ち明けただけだった。それだけで、充分だった。変に付き合うという形に収まってしまうと、卒業と同時に別れが待っている。清水君は龍野高校に合格すると全寮制だから、逢う事も出来ない。それに、私もきっと部活が忙しくなってそれど頃じゃなくなると思うと、今のままで良かった。それに、まだ公立も受験する清水君に負担になるのも嫌だし・・・・・
「そっか、お揃いになるのかな?このマスコット?」
「多分、なるような・・・・極力似てるのを探したんだけど・・・・どう?」
そう言って、私は清水君にもらったマスコットを差し出した。
「あっ、いいねぇ〜っ、似てるよ!お揃いだよ!俺もお守りにするよ。ありがとう。」
「ご利益が無かったらごめんねっ。」
「また、謝る!でも、本当にありがとう。」
辺りが薄暗くなってきた、そろそろ帰る時間だ。名残惜しいが、あまり遅くまで公園にいると風邪を引いてもいけないので、帰ることにした。別れた後も私の手には、清水君のぬくもりがあるように感じた。これって、両思いって事でいのかな?なんて思いながら家に帰った。
あと少しで公立の入試、卒業式とタイムリミットが近づいている。
数週後、私は無事に嶋野高校に合格した。顧問と一緒に高校に挨拶に行った。5月にあるインターハイの予選に向けて、猛特訓が待ってると言われた。卒業までは自分のペースで調整してて欲しい、練習は高校に来ても構わないと言われた。高校からの帰り道で顧問が急に話し出した。
「お前達の世代は優秀な生徒が揃ってるな。」
「そうなの?」
「阿部は難関の湖陵高校だろ、清水も龍野に合格したし、お前も嶋野に推薦で入ったし。それに山田だって名門中の名門、っていうか、みんなお前と同じクラスじゃないか!驚きだな!」
「冬実はどこの高校なの?聞いてないよ私。てっきり公立だと思ってたよ。」
「公立でも特殊で、学校のトップクラスでも難しい大浜学園だ。ここは、試験日が私立と同じ日が試験日なんだ。今年は全員合格間違いなしだな!」
冬実の受験校には驚いたけど、清水君も合格した事が嬉しかった。嬉しかったけど、全寮制の高校。公立も受けるって言ってたけど、どうするんだろう?聞いてみたいけど、聞くのが怖い。自分の事を棚に上げる訳じゃないけど、全寮制なら全く逢えない。私だって部活でそれ所じゃないけど、近所にいると何かと出会えるのに。でも、私達はまだ付き合ってる訳でもないから、心配しすぎなのかもしれない。そう思う事にしたけど、やっぱり気になる。卒業式まであと少し、清水君の進路が気になる。顧問とも別れ駅から家に帰る途中、阿部君に会った。
「あれ、佐々木。こんなとこでどうしたの?」
「阿部君こそ・・・私は嶋野に合格の報告に顧問と行ってたの。それよりも、すごいね。湖陵に合格したんでしょ。顧問から聞いたよ。今年は優秀だって。清水君や冬実の事も言ってた。」
「ありがと。たっくんの事聞いたんだ。」
「うん・・・・・一応公立も受けるって言ってたけど、龍野に行くのかな?」
「たっくん、昔から僕が病院に検査に行く時は一緒に来てくれて、検査の機械とかに興味を持ってたの。将来は検査の機械とかを開発したいとか言ってたの。龍野はそっち方面に強いから、もしかしたら龍野に決めるかもね。そうなったら寂しい?」
阿部君はゆったりと穏やかな口調で、確信をずばり突いてきた。
「そうだね、やっぱり寂しいよ。」
「あっ、そういえば佐々木、チョコあげたでしょ。たっくんたら、いきなり家に来て自慢して帰ったよ。よっぽど嬉しかったんだね。もう、ずっと話してるんだよ。興奮しちゃっておもしろいの。おちつけって言っても、いきなり犬のマスコット出して撫でだすし、触ろうとしたら怒られるし。あんなたっくん初めてみたよ。で、これから君達はどうなるの?」
いつも冷静な清水君の意外な一面を聞けて嬉しかった。嬉しかったけど、阿部君の質問が鋭い。
「わからない。」
私は正直に答えた。
私達の関係ははっきりしないまま、公立の受験日を迎えた。大半の生徒が受験するので教室は寂しいものだった。杏子ちゃんも清水君ももちろんお休み。授業も身が入らず、私は心ここにあらず状態だった。見かねた冬実が声をかけてきた。
「ゆみ、寂しいんでしょ。高校に行ったらこんな感じだよ。新しい環境、全く知らないクラスメイト。新しい生活が待ってるよ。」
そう言いながら笑ってる。確かにその通りだ。杏子ちゃんも違う学校、練習も今以上に厳しくなる。急に不安になってきた。公立の合格発表を待たずに私達は卒業する。卒業まであと5日。合格発表はその4日後、その数日後には嶋野高校の合宿が待ってる。私はいったいどうなるんだろう?
悩みながらも日々は過ぎてとうとう卒業式になった。この頃にはうっすら桜が咲き出してる。暖かい日差しの中、卒業生の名前が呼ばれ卒業証書が授与される。未だに私は清水君の進路を聞けないでいた。自分の名前が呼ばれ、証書をもらいに行く。その後学校長の言葉、在校生の送辞があり卒業生の答辞がある。答辞は元生徒会長の清水君が詠む。電話をすれば聞ける声だけど、もしかしたらこれで最後かもしれない。そう思って心して聞いた。在校生が演奏する音楽を聴きながら式典は無事終わり、一旦私達は教室に戻る。もう二度と座れない席に座って担任の言葉を聞く。担任が教室に戻ってくるまでの間は、相変わらず賑やかだった。男子には制服のボタンを欲しいといってくる女子が群がり、人気のある男子はボタンが無い子までいた。そのうちの一人は吉川くんだった。下級生からもボタンを狙われてる。人気のある子は大変だなって思った。ボタンも胸に近いボタン、第2ボタンが彼女や好きな子に渡す大事なボタンの意味で、それを皆が狙ってた。気がつくと美佳が清水君のところにいた。
「ゆみちゃん、いいの?美佳、清水君の第2ボタンもらうって言ってたよ。」
杏子ちゃんが慌てて教えに来てくれた。出来る事なら、私だって欲しい。でもボタンを誰にあげるかは清水君が決める事。自分から言い出す勇気が無くって我慢していた。すると、美佳が顔を真っ赤にしてこっちに来た。すると、びっくりするくらい怖い顔で話し出した。
「ひどいんだよ、清水君。ボタン1個もくれないの!渡したい子がいるから、誰にもあげないんだって。思い出にって思ったのに、最後まで悔しい思いさせられた。誰なのかしら、渡したい子って。」
そう言いながら、確実に私を睨みながら言ってくる。
「美佳、それだから最後まで相手にされないんだよ。」
冬実がずばっと言った。美佳はぶつぶつ言いながら、当り散らして自分の席に座った。
「きっと、ゆみにじゃないの?ボタン渡したい子って・・・・」
杏子ちゃんと冬実が好奇心一杯の視線を投げた。私としてはそう願いたい。でも、まだ自分にもらえるか自信が無かった。
「わかんないよ・・・・・」
そう言うのがやっとだった。
やっと担任が戻ってきた。話といっても公立の受験結果を知らせに来いとか、入学式までは大人しくとかいう事だった。話はすぐに終わり、写真撮影の時間になった。担任はカメラが趣味だった。そういえば、修学旅行でもやったら写真を撮っていた。セルフタイマーで集合写真を何枚も撮った。その後は仲のいいグループごと、そして他薦・自薦を問わずカップルで撮り出した。付き合ってる子同士でカメラの前に立ってる。結局、言い出せないまま撮影タイムも終わってしまった。杏子ちゃんと冬実が近づいてきた。
「ゆみちゃん、この後冬実達と海にでも行かない?卒業しちゃうとなかなか逢えないし。」
「ゆみ、行こうよ。時間、大丈夫でしょ?」
「えっ、大丈夫だけど・・・・・」
私の中では、清水君がどんな進路を選択したか聞きたいのと、ボタンが欲しい。でも、結局は勇気が無くって言い出せない。杏子ちゃんと冬実と海に行く事に決めた。
担任の最後の挨拶も終わり、教室を出る時間になった。いろいろあった教室。これで2度と足を踏み入れる事のない、思い出の詰まった教室。数日後には、社会に出る人や新しい環境に馴染んでいく私達。なんだか、嬉しい反面寂しい気持ちで胸が一杯になった。
そんな感傷に浸ってたのに、味気なく教室を追い出され、いつの間にか集まった先生達や在校生に見送られながら校門を出た。そのまま、私達は海まで歩いた。同じ考えの子達もいるようで、数人はすでに海に到着してた。
「知ってる?卒業式の後は、カップルがこの海に来るのが伝統なんだって。」
杏子ちゃんは笑いながら話した。
「えっ?でも、私達女の子だけだよ?」
そう言うと、杏子ちゃんと冬実は笑った。
「よく見てみなよ。同じ男同士3人もいてるよ。」
冬実は遠くを指差して言った。
目を凝らしてよく見ると、そこには杏子ちゃんの彼の河野君に阿部君、清水君がいた。
「なんで????」
私は思わず声に出してつぶやいた。
「杏子ちゃんと河野君。ゆみと清水君。で、私と阿部君。私達はカップルじゃないけど、以外に話も合うし、お互いゆみ達の事が気になるし。まっ、云わば保護者的なものだね。」
「じゃ、私、彼のとこに行ってくるね。」
そういい残して、杏子ちゃんは颯爽と走り去った。その後姿を見て冬実がつぶやく。
「かわいいね、女の子って感じでさ。ゆみも素直になったら?いろいろ聞きたいんでしょ?杏子ちゃん達は同じ高校だけど、もしかしたらあんた達離れ離れでしょ?ゆっくり話すのも最後かもしれないのに・・・・全く、世話の焼ける子達だね。」
「冬実は何かしってるの?」
「自分で聞きなよ、それくらい。もう、お節介も出来なくなるしさっ。」
そう言って冬実も行ってしまった。ふと見ると、杏子ちゃんと河野君はもういない。阿部君の所に冬実は行って、何やら話してる。罰悪そうに清水君が頭をかいていた。
せっかくなんだし、私も清水君のところに行かなくっちゃ。はっきりと聞かないと、そう思って歩き出した。すると、清水君も私のほうに向かって歩き出していた。そのまま、二人で波打ち際まで無言で歩いた。波打ち際の横手には、どこからかは解らないけど流れ着いた大きな船がある。その船の甲板に座った。しばらくは二人で海を眺めてた。
「そうだ、卒業おめでとう。」
「あっ、ありがとう。佐々木も、卒業おめでとう。何か変じゃない?同級生で卒業祝うって。」
「確かにそうだね・・・・」
そう言って大笑い。すると、私の手の上に清水君の手の温もりを感じた。慌てて清水君の顔を見ると、すごく真面目な顔をして、更に私の手を強く握ってきた。
「俺さ、実は公立受験してないんだ。龍野に行こうと思って。やっぱり、目標を持つっていいなって佐々木に教わった気がする。だから、龍野に行ってみようって思った。」
「えっ?でも、公立の受験日お休みしてたじゃない?」
「そうなんだ。タイミング悪く熱出しちゃってさ、休んだんだよ。こうちゃんに聞かなかった?」
「全然教えてくれてないよ。でも、龍野なんだ。じゃ、寮生活だね。公立だったら、また前みたいに公園でばったり逢えるかなって思ってたのに、もう逢えなくなるね。」
「そうだね。でも、佐々木も嶋野で部活忙しくなるでしょ。お互い忙しい身だね。
・・・・・・・やっぱり、寂しい?」
「自分の事棚に上げて言うのもおかしいけど、どっかで逢えるって思ってたから。本当にこれで逢えなくなるって思うと・・・・・・・やっぱり、寂しいよ・・・・・・・・・」
そういい終える間もなく、涙が自然に溢れ出した。別にこれで、一生涯逢えなくなるわけでもないのに、清水君の寮まで遊びに行く事だって出来るのに。電車に乗れば2時間ちょっと。電話すれば、声だって聞けるのに、私の中ではこの世の終わり的な感情が込み上げてきて涙が止まらない。こんなに感情的になった自分に驚いた。でも、それ以上に清水君は驚いたに違いない。苦肉の策で清水君は私の頭をなでながら、大丈夫だからと何度も口にする。何が大丈夫なの?そう思うとまた涙が溢れる。もう、止まらない。
「佐々木、ごめん。」
そう言って清水君は私を抱き寄せた。
「大丈夫、佐々木はがんばってインターハイに出て次の夢に向かう。俺は応援する。時間が合えば試合にだって応援に行くよ。これで、逢えないわけじゃない。電話くれたら、飛んでいく事は出来ないけど、出来るだけ早く佐々木の近くに行くようにする。嫌な事があったら、お守りにあたればいい。俺もこっちに帰ってくるときは絶対連絡する。だから、泣かないで。」
「本当?」
「うん、本当、だから泣き止んで。そうだ、これあげるから。数少ないライバルを退けて、佐々木にあげたくって守ってきたんだから。」
そう言って第2ボタンをくれた。
「ありがとう。」
「これで、お守りが二つ。最強だよ、きっと。だから、大丈夫。何があっても俺は佐々木のそばにいてるから。安心して。」
そう言いながら清水君は私の頭をなでてくれた。
「それに、すぐ寮に入るわけじゃないから、デートだってできるんだよ。まっ、佐々木のスケジュールが空いてたらだけどね。」
すると、冬実達がこっちに来た。
「ゆみ、聞いてよ。杏子ちゃん、写真撮るだけ撮ったらあっさり帰っちゃたんだよ。ひどくない?」
「そうだ、たっくん。山田がさ、カメラ持ってるんだよ。写真撮ってもらえば?どうせ、二人の事だから、担任の撮影会にも参加してないし。撮られちゃまずい事情も無いでしょ?」
「うん、俺は別にいいけど・・・・・・」
「じゃぁ、ちょっと待ってて。ゆみを見れる状態にするから。」
冬実に腕をとられて、彼達から少し離れた。
「ゆみ、何泣いてるの?これで一生逢えないわけじゃないし、電話すればいいんだし。逢いたくなったら、帰り道にちょっと足を伸ばせば逢えるんだよ。これで最後になるか、最初の記念になるかは、ゆみ次第なんだよ。笑顔で写真。いい?わかった?」
「でも・・・・・・」
「でもじゃないよ。」
そう言いながら、冬身は私の身体をくすぐりだした。
「ちょっと、やめてよ、くすぐったいよ・・・・・・・」
あまりにもくすぐったくって笑った。笑うと今までのへこんでた気持ちもまぎれた。あまりにも大声で笑い出したので、彼らも慌てて近寄ってきた。
「佐々木、大丈夫?たっくんのせいでおかしくなっちゃたんじゃない?」
「こうちゃん、失礼な事言うなよ。俺何もしてないよ。」
「ごめん、ごめん。ちょっと遊びすぎたよ。これでゆみもいつもと一緒でしょ。さ、写真撮ろっか?」
ちょっと離れるだけでおお泣きしたり、この中にいてるとすごく自分が子供に思える。4人とも同じ歳なのに、私以外はすごく大人に感じる。やっぱり、将来のビジョンをしっかり持って、その目標に向かって1歩ずつ進んでいるからなのかと思う。私といえば、近い目標しかない。こんな私でいいのかとも思う。清水君に相応しいんだろうかとも。でも、それは少しずつこれから考えればいい事。そんな事をぼんやり考えてるうちに、冬実と阿部君が撮影はここがいい。というポイントまで歩いた。そこには早咲きの桜がほぼ満開の状態だった。
「ほら、桜をバックに撮ると、何だか前向きになるでしょ。二人の門出を祝って・・・・・」
冬実はカメラ越しに話しかけてくる。私達は出来るだけ笑顔を心がけて写真を撮った。
「だめだよ、二人とも緊張しすぎ。もっとリラックスしなよ。」
冬実はカメラマン気取りだ。阿部君までもが悪乗りしてきた。
「そうだよ、いっそのこと手でも繋いじゃえばいいのに。」
そう言われて、私達は顔を見合わせた。そして、自然と手を繋いでいた。
「いい顔になったよ。じゃ、撮るよ・・・・・・・・」
これから先、人生で何があるかわからない。目標に向かって今は意気揚々としてる私達だけど、どこで挫折するかもわからない。また、私と清水君とも始まったばかり。こっちもどうなるかわからない。解らない事ばっかりの人生も、きっと楽しいはず。でも、桜の花が咲くたびに今日の事を思い出すだろう。そして、つらい事や苦しい事が起きた時は、今日の日の写真を眺めて気持ちをリセット出来る気がする。桜の花の咲く頃には、これからもきっと楽しい事が待ってる。