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魔法が解けた、その後も  作者: 早迫佑記
2.奇妙な老婆
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奇妙な老婆③

 あれは、照りつける太陽の日射しが強くなり始め、春から夏に移り変わる、そんな緑が眩しい時期だったと記憶している。


 彼女は、普段あまり使われることのない実験棟の女子トイレで煙草を吸ったとされ、自宅謹慎処分になったのだ。

 当時はとてもセンセーショナルな事件だったため、学校中がこの話題で持ち切りとなった。進学校で、しかもAクラス。そんな優秀な生徒が学校で煙草を吸う、俄かには信じられない行為だった。


 美濃部さんの見た目は、確かに少し派手だったと思う。背は私よりも高くて、スカートは膝上十センチ、若しくはそれ以上だったかも。惜しげもなく美しい脚をさらし、毅然と歩く姿は印象的だった。髪も校則ぎりぎりの茶髪。肩までのセミロングには、緩くパーマをかけていた。

 うちは進学校だけど、そういった裁量は基本的に生徒個人に委ねられているので、わりと自由だ。Aクラスなのに、ガリ勉とは対極のような容姿。

 だから事件が起こったときの周りの反応は、彼女ならやりそうだよね、見た目も手伝ってかそんな声ばかりが聞かれた。見かけるときはほとんど一人、友人とわいわいするというイメージもない。だから私も最初は同じように思っていた。そして、少しだけ怖いとも思った。だって、煙草を吸うなんて、不良の代名詞みたいな行為だったから。


 でもD組の私は、彼女との接点は全くと言っていいほどなくて、同じ学校だというのに、それは何だか遠い出来事のようで。だから強い関心も、噂が囁かれなくなれば次第に薄らいでいった。


 けど私は、美濃部さんをハナの散歩の度に見かけるようになる。そして、彼女の人物像は、本当に思い描いていた通りなんだろうか? いつしかそんな疑問を抱くようになっていった。


 美濃部さんは噂によると陸上部だったようだ。この事件のせいで、陸上部は新人戦を辞退せざるを得なくなったと聞いたから、多分本当。

 謹慎処分になる以前は、部活の朝練があったからこうして早朝の自主練はしていなかったのだろう。それまで会ったことは一度もなかった。


 でも謹慎処分が下った次の日に、私はたまたまハナの散歩で、彼女を目にしたのだ。

 驚いたけど、でもそれで思った。謹慎中は、恐らく外出は禁止のはず。それなのに、走ることを優先したんだな、と。


 素人の私でも、思わず見とれてしまうほどの美しいフォーム。脇目も振らず、真っ直ぐと遥か彼方に輝く朝日へ向かって走るその姿は、見れば見るほど煙草とはかけ離れていった。謹慎をくらってむしゃくしゃしている、そういう風にも見えなかった。

 静かだけど凛とした強さ。そう、ちょうど今みたいな、冬の早朝、そんな厳かとも言える空気を身に纏っていたんだ。


 どうしてあんな行為に及んだのかは分からなかったけど、もしかしたら何かのっぴきならない事情があったのではないか。


 でも親しくもない私が声をかける勇気もないし、かけたところで何て言っていいのかも分からなかった。そのうち勉強も忙しくなって散歩をしなくなった私は、いつしか彼女のことを忘れてしまっていた。

 だけどそう、美濃部さんは、謹慎が解けて大分経つ現在も、学校へは来ていないのだ。それなのに、こうして真面目に自主練に取り組んでいる。


 彼女は何を思って毎朝走り、そして何故学校へ来なくなってしまったのだろうか。

 非人道的な己の行為を恥じて? とてもそんな風には思えなかった。


 相反する二つの姿を持つ彼女。いったいどちらが本当なんだろう?


「うわっ」


 すっかり考え事に没頭していた私は、ハナに強く引っ張られ我に返った。見下ろせば、心なしか瞳には非難の色が。

 大好きなおやつを目前にして、長い時間『待て』をさせられている気分だったのかもしれない。


「ごめんごめん」


 苦笑を返し、鼻息の荒いハナに引き摺られるようにしながら、今度こそ土手を下った。

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