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魔法が解けた、その後も  作者: 早迫佑記
1.彼を追いかけて
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彼を追いかけて⑤

 だけどそんな私にも、唯一の楽しみができた。

 それは、昼休みに目にした偶然。

 友人と机をくっつけ、いつものように持参したお弁当を食べていたある日、麗らかな日射しに誘われて不意に目を向けた窓の先に、クラスメイトと楽しそうにサッカーに興じる藤倉君の姿があったのだ。


 その瞬間の彼は、夜空を見上げた際にひらりと舞った、流れ星のように映った。流星群のように予め見られることが決まっている、そんな無粋なものでは決してない。

 ディフェンスを見事に掻い潜り快進撃を見せる華麗なドリブル。弾丸のように真っ直ぐな軌道を描きゴールへと吸い込まれるボール。目にしただけで、良いことがありそう、そんな予感すら抱かせてしまう。


 ああ、私は藤倉君が好きだ。


 この僅かな時間だけ、窓際の席を引き当てた私は彼を見つめることを許されている、そう思った。でも同時に、私たちの繋がりはこんなにも希薄になってしまったんだと思わざるを得なかった。


 彼が何度かこちらを見たような気もしたけど、本当のところは分からない。私の都合の良い妄想が見せた幻影かもしれない。いつも目が合う前に、私から逸らしてしまっていたから。

 だって、気のない女子にじっと見られて、気持ち悪いと思われるのだけは絶対に避けたかったんだ。


 お母さんの言うことを聞いてランクを下げていれば、こうして彼を目にすることはできなくとも、今頃友人たちと放課後ファストフードやカラオケに寄って、これぞ女子高生というように、取り留めもない話に花を咲かせていられたのだろうか。


 こんなことすら考えてしまう。私は何故、そして何をしにここへ来たのだろう、と。

 心はとても弱く、脆くなっていた。


 勉強はとにかく難しくて、ついていくのが精一杯。部活動は所属が原則として義務付けられていたので、勉強に支障が出ないよう活動が地味で楽そう、そんな理由で手芸部を選んだ。

 友人は何人かできたけれども、D組ともなれば皆同じように勉強に必死で、気軽にどこかへ寄って帰ろうと声もかけられなかった。


 けどそんな中学時代よりも地味に過ごす私の元にも、藤倉君の近況だけは引っ切り無しに入ってきた。あの頃と同じ。女子が集まれば、彼は噂の的だった。

 それによれば、藤倉君は中学時代と同じく、バスケ部に入部したという。副キャプテンを務めていた彼だったが、新入生で即レギュラーは相当に難しいことらしく、未だボールにすら触らせてもらっていない、と自分のことのように嘆いている女の子がいた。

 でも彼は、三年生のキャプテンにどうやら見込まれているようだ。部活が終わった後、いつまでも消えない体育館の照明。覗いてみれば、遅くまでこっそりと特訓を受ける彼がいたとのことだった。


 藤倉君ならやっぱり、と自分のことのように嬉しく思う反面、噂を聞けば聞くほど私から遠ざかり、手の届かない人になっていった。

 楽そうだ、そんな理由で部活を選んだ自分は、努力を惜しまない彼と比べてしまうと、酷く惨めで、そして恥ずかしかった。


 頼みの綱だったラインすら、いつしか送れなくなっていた。


 そして私はある日遂に、決定打とも言える噂を耳にしてしまう。友人の友人のそのまた友人、そんな遠くから流れてきた噂だったけど、それは私を打ちのめすのに十分だった。


 ――藤倉羽宗は、小柄で優秀な女の子がタイプらしい。


 中学時代は一度だって、彼のそんな噂が流れたことはなかった。あれだけ彼にまつわる情報が氾濫していたにもかかわらずだ。その意味するところは即ち、特定の人物ができたということに他ならないと思った。

 そして、それにぴったりの女の子を私は知っていた。

 藤倉君と同じA組の、琴平美雨(ことひらみう)さん。


 遠目から見たことがある程度だが、彼女もまた、噂をよく耳にする人物だ。可愛い上に性格も良く、頭も良い。新入生代表の挨拶は、確か彼女が務めていたはずだ。

 天から二物も三物も与えられている女の子。

 百六十五に届きそうな私の身長とは反対に、百五十台前半の、小動物のような可愛らしさ。

 彼が語るタイプ、その全てが彼女を指していると思った。

 そして彼女は、バスケ部のマネージャー。

 身長の高さで知られるスポーツだ。その中で小さい琴平さんが懸命に彼らをサポートする、そんな姿を想像したら、女の私ですら庇護欲が湧いた。


 あの二人なら、お似合いだよね。付き合ってるんじゃないのかな? 二学期の後半ともなれば、そんな噂がまことしやかに囁かれるほどまでになっていた。


 どんなことがあっても近くにいたい、そう思って必死で頑張った日々に、私はもはや後悔しか見出せなくなっていた。

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