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魔法が解けた、その後も  作者: 早迫佑記
2.奇妙な老婆
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奇妙な老婆⑤

 寒い……身体が怠い……


 長ったらしい式。


 降り出した雹は、どうやら今度は雪に変わったようだった。

 凍えるような体育館で代わる代わる話す教師や、何事か表彰される生徒を横目に見ながら、私は不調を訴える体と闘っていた。

 冷たい雨と雹に打たれ、早くも風邪をひいたようだ。

 ちゃんとあの傘、使ったんでしょうね? 心の中でおばあさんに悪態を吐く。そうでもしてないと倒れてしまいそう。


 何とか終わるまでは耐えきったものの、それが限界だった。ホームルームは辞退することにし、私は暫く休ませてもらおうとその足を保健室へ向ける。けれども、その道すがら。運悪く正面から、口うるささでは右に出る者のいない生活指導の沼田(ぬまた)が歩いて来るのが目に入ったのだ。

 条件反射のように、回れ右、と体が傾きかけたところで……残念なことに目が合ってしまった。


「こんな時間に何してるんだ? 教室に戻りなさい」


 こっそりため息を吐く。


 頭が固く、何事も決めつけてかかる融通の利かない沼田。

 生徒の間で毎年密かに行なわれる嫌いな教師ランキングでは、常にダントツの一位だそうだ。しかも沼田が赴任して来てから、まだその地位を誰にも明け渡していないという。


 渋面を作り歩いて来るその姿は、竹刀かハリセンでも握ってた方がよっぽどしっくりくる。

 小さな舌打ちが聞こえてきて、恐らくは私をサボりだとでも思っているのだろう。


「具合が悪くて、保健室へ行くところです」


 面倒だけど、ここで説明しないともっと面倒なことになる。私は重い口を開いた。


 それを訝しげな眼差しで見つめる沼田。

 本当に勘弁してほしい……


「ならついていってやる」


 上から目線な物言いに、結構です、喉元まで出かかった言葉を必死で飲み込んだ。

 相手にするだけ疲れる。ここで追い払おうと無駄な労力を使うより、本当に熱があるんだし、それが分かれば諦めて帰るだろう。

 私は黙って会釈した。


 ――ガンガンッ。


 扉を叩く音が廊下中に響き渡った。

 コンコンじゃない、ガンガンだ。仮にも病気の生徒が寝ている可能性のある保健室の扉を、力の限り叩くなんて、配慮? それともデリカシー? どちらにせよ欠片もない。

 私が呆れていると、案の定顔を覗かせた養護教諭の影森(かげもり)先生も、迷惑という表情を隠しもしていなかった。


「沼田先生、お静かに。保健室ですよ」

「ふんっ」


 ふん? 信じられない横柄さに耳を疑う。


 影森先生は確か今年の四月、私たちの入学と同時にこの西紅に赴任して来た、まだまだ年若い養護教諭だ。

 年功序列を重んじる旧態依然のステレオタイプ。そんな沼田は、若造が生意気にもこの俺に意見するのか、とでも言いたいらしい。


「ここに学年とクラスと名前、記入できる?」


 だけどそんな態度にももう慣れっこなのか、影森先生は沼田を一瞥すると、すぐに私に向き直り、クリップボードを差し出した。

 受け取ると、悪寒のせいか思いの外手が震えていて、なかなか上手く書くことができない。それを見て漸く納得したのか、でも沼田は「体調管理もしっかりできないなんて気合いが足りん! たるんでる証拠だ!」そんな捨て台詞を残して保健室を後にした。


「聞いた? 気合いだって……。あの人、本当にそんなんでウイルスに勝てるとでも思ってるのかな?」

 だったらこの世から全ての病気はなくなるのにね、去っていく後ろ姿を見ながら、苦笑した目を私に向ける。


 多分軽口を叩くことで、気にするな、そうフォローしてくれたんだと思った。

 お世話になったのは初めてだったけど、年が近いからか、こちらの気持ちをよく理解してくれる優しい先生、私の中で彼はそんな印象になった。

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