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ロボ子の日常  作者: A-T
7/7

第七話 ロボ子の秘密

 ワタルは再度、ロボ子を引き取ることにした。

 修理された彼女が自分に関するデータを失っていても、それは一緒に暮らさない理由にはならなかった。

「男の人と一緒に暮らすなんて、初めてのことだから、すごくドキドキします」

 約一か月ぶりに入ったワタルの部屋で、ロボ子が頬を赤らめるのを見ながら、ワタルは力なく笑った。彼女が戻って来てくれた喜びと、今までの彼女じゃない事実が、ワタルを複雑な心境にさせていた。

「不束者ですが、どうぞ末永く宜しくお願い致します」

 万力アームで三つ指をつくようにして、前に聴いた言葉をロボ子が口にする。ワタルの頭の中では、初めて彼女に会った日のことが思い起こされていた。

「……こちらこそ、よろしく」

 ワタルがゆっくりと右手を差し出すと、ロボ子は万力アームで軽く握手した。

「住むところを提供して頂いたので、ワタルさんのお役に立ちたいと思います。こんな手をしていますが、料理だって作れるんですよ」

「そうなんだ」

「掃除や洗濯も可能です。あっ、この脱いだままのTシャツは洗った方がいいですか?」

 ロボ子が手にしたのはワタルTシャツだった。離れていても、ワタルの傍にいるつもりになれるよう、ロボ子が発注したものだった。

「それは、そのままでいいよ」

「は~い、了解しました。あれ? よく見るとワタルさんのお顔がプリントされていますね。まさか、ワタルさんって……」

 ロボ子は後ずさり、ワタルを引いた目で見つめる。

「ナルシストなんですか?」

「……違うつもりだけど」

「でも、ご自分の顔をTシャツにプリントするなんて……」

「いや、それはまぁ……何というか……」

 君が作ったものだよ、とは言ってはいけない気がして、ワタルは言葉に困った。今、目の前にいるロボ子には、ずっと一緒に暮らしてきた記憶はない。そんな彼女に、これまでの思い出を押しつけてもいいのだろうか。混乱を与えるだけじゃないのか。そんな想いがワタルにはあった。

「僕が作ったワケじゃないんだ」

「そうなんですか。これは、失礼しました」

 ロボ子は軽く頭を叩いて、舌を出している表情を顔面スクリーンに映した。

「ところで、ワタルさんの好きな食べ物って何ですか? あと、嫌いな食べ物は?」

「嫌いなものは特にないよ。好きなものは……う~ん、美味しいもの?」

「何というハードルの上げ方! 作り手へのプレッシャーが半端ないですね」

「そんなつもりはなかったんだけど……。ご飯、作ってくれるの?」

「はい、もちろんです。なので、ちょっと冷蔵庫を拝見させて頂きますよ」

 ロボ子が冷蔵庫を開けると、そこには飲み物しか入っていなかった。ワタルは料理が出来ないわけではないのだが、ここのところは作る気になれないでいた。

「ありもので作ろうと思ったのに、飲み物しか入っていないなんて……」

「最近は外食や弁当で済ませることが多かったから」

「これは買い出しに行かねば……。でも、残念ながら私には購入資金が」

「あぁ、ちょっと待ってて」

 ワタルは財布から万札を取り出し、“罰ゲーム中”と書かれたタスキと一緒に渡した。それは、何度となく繰り返してきたことで、タスキを手にしたのも無意識だった。

「はい、これ」

「ありがとうございます。で、このタスキは何です?」

 言われてから、今のロボ子は知らないんだと気づく。

「えっと、まぁ……君をトラブルから守る“おまじない”みたいなものだよ」

「何だかよくわかりませんが、せっかくのなので付けていきますね。では、行って参ります」

「行ってらっしゃい」

 手を振ってロボ子を見送る。懐かしいやり取りのはずなのに、ワタルは寂しさを覚えていた。その寂しさに浸らせないかのように携帯が鳴る。画面にはマコトの文字が表示されていた。

「はい」

「あ、兄さん? あのさ……つらくないかい?」

「つらいって、何が?」

 聞き返した後に、ワタルはマコトが言わんとしていることを理解した。このタイミングでマコトが聞いてくるのは、ロボ子のこと以外にない。

「今、兄さんの傍にいるロボ子は、一緒に暮らしてきたロボ子とは別人と言ってもいい。そんな彼女と一緒にいるのは、兄さんにとってつらいことじゃないかと思ってさ」

「マコト……」

「もし、そうなら俺の方で引き取るよ」

 つらくないと言えば嘘になる。でも、それは必要なもののような気がしていた。逃げてはいけない何かがある、そんな風にワタルには思えていた。

 マコトにどう伝えようかと思った矢先、子供の頃にも似たようなことがあった気がしてきた。

「マコト。初めて買ったアクションRPGのこと、覚えてる?」

「何だい、急に……。覚えてるよ、あのセーブ機能が壊れてるのだろ?」

「うん、そうそう。何度セーブしても、電源を切ったら最後、セーブデータが必ず消えてて大変だったよな」

 ワタルは1つのゲームを二人で遊んでいた頃を思い出していた。二人で貯めたおこずかいで1つのソフトを買い、何ヶ月も遊び続けていた日々を。

「今なら返品してるところだよ、まったく」

「あの頃は子供だったから、そういう発想も無くて……。セーブデータが消えるなら、一気にクリアしてしまえばいいって、何度もチャレンジしたっけ」

「兄さんは、諦めが悪いからな」

「マコトだって、そうだったじゃないか」

 お互い様だったことを思い出し、マコトが笑うとワタルもつられた。

「酷いゲームだったけど、今でも一番好きなんだ」

「俺もだよ。お蔭で、ゲーム会社に就職するキッカケになった。やり尽くすと色んなことが見えるんだよな。そうすると、自分でも作ってみたくなる」

「わかる気がするよ。でも、不思議だよな」

「不思議って何が?」

「データは1つも残ってないのに、他のソフトよりも愛着があるんだ。どこで敵が出てきて、どう戦えばいいのか、今でも覚えているくらいに……」

「兄さん……」

「うまく言えないけど、そういうことなんだよ。きっと」

 そう話しながら、ワタルTシャツを手に取る。Tシャツにプリントされたワタルは、今も笑顔のままだ。

「わかったよ、兄さん。これからも、ロボ子をよろしく」

「うん。心配してくれて、ありがとう」

「感謝したいのは俺の方だよ、制作サイドとしてね。あと兄さん、そのうちファミコンやろうよ。昔みたいにさ」

「ああ」

「じゃ、また」

 通話が終わり、携帯を床に置く。手にしたTシャツを見ながら、まだ着たことがなかったと思い、ワタルは袖を通してみようとする。

 ふと、Tシャツの裏側に何かが書かれているのに気づく。

「落書きかな? エイチ、ティー、ティー、ピー……って、サイトのアドレスじゃないか。誰がこんな……」

 油性ペンで書かれたそれは、間違ってもTシャツの製造段階でプリントされたものではない。となれば、ワタルと一緒に暮らしてきたロボ子が書いたとしか考えられなかった。一体、何のために? どんなサイトを? 湧き起こる疑問を確かめずにはいられなかった。

 ワタルはノートパソコンをベッドの下から引っ張り出し、ホコリを払ってから主電源を押した。パソコンが立ちあがるのを待ちながら、Tシャツに書かれた文字を確認する。

 サイトのアドレスの他には、“パスワード”として“WATARU_LOVE”と書かれていた。

「ロボ子……」

 彼女が残したものだと確信する。

 パソコンが立ち上がり、書かれてあったアドレスを入力すると、英語で書かれたページが表示された。ただ、日本語で書かれた箇所が一箇所だけあった。「Comment on this file」という文字の下にある「バックアップデータ」がそれだ。

「バックアップ……データ……」

 ワタルは自分の中で、熱い感情が込み上げてくるのがわかった。この未知なデータに期待せずにはいられない自分を、落ち着かせることができなかった。

 バックアップデータの文字の下にある「Access to the download page」と書かれたリンクを押す。パスワードを要求する画面が表示され、反射的にTシャツに書かれていたパスワードを入力してOKボタンを押した。すると、3つのファイル名が並んだ画面に切り替わった。

 ファイル名には、kanshou、hozon、haihuと書かれている。それぞれの容量は見たことが無いほどの大容量だった。

「何、これ……?」

 ワタルには訳がわからなかった。見たこともない拡張子、とんでもない大容量、変なファイル名に面食らっていた。そこへ、買い物を終えたロボ子が帰ってきた。

「ただいま帰りました」

「おかえり」

 ワタルはノートパソコンとの睨めっこをやめ、帰宅したロボ子に顔を向けた。彼女の顔を見て、ワタルは“もしかしたら”という気になった。

「これ、何のファイルかわかるかな?」

 ロボ子はスーパーの買い物袋を床に置き、ワタルが指差したファイル名を見つめた。

「観賞[kanshou]・保存[hozon]・配布[haihu]だとしたら、私のデータ領域と同じ名前ですね」

「そう……なんだ……」

「はい、私の開発に当たった方が名付けたんです。その方は気に入った作品のDVDは3つも購入する人で、そこから取ったみたいです。1つは自分で観るための観賞用、もう1つは購入時のまま保管しておくための保存用、最後は人に貸して広めるための配布用らしいです。本当は配布用じゃなくて、布教用と言うらしいのですが、データ領域に宗教を持ち込むなと、他のスタッフに言われたとかで、今のものになったようです」

 長い説明はワタルの頭に入らなかった。一緒に過ごしたロボ子のデータがそこにある、その可能性だけで充分だった。

「ちなみに私の場合、観賞用は通常の使用領域です。保存用は文字通りのバックアップ。配布用は、量産された時のことを考慮して設計されたもので、個人情報だけを削除したデータになります。ここにアップされているデータは、容量的には今の私のものより大きいですね。日付は一ヶ月以上も前なのに……」

「もう、そのくらいは経つよね」

 思わず、懐かしさが言葉となって口から出てしまう。

「ワタルさんは、このデータが何か、知ってるんですか?」

「たぶん、これは君の記憶だよ」

「私の?」

 ワタルは黙って頷いた。

 今のロボ子に無くした記憶の話をすることを躊躇っていたが、Tシャツに残されたアドレスから、ロボ子の想いのようなものを感じ、何かが吹っ切れていた。

「ロボ子、君はここで僕と暮らしていたんだ。そのタスキをかけて買い物にも行っていたし、このTシャツを着て僕の帰りを持っていたこともある。毎日のように、萌えについて語り合っていたんだ」

「それが、このデータに……」

「そのデータに入っていると思う。僕には、このデータの扱い方はわからないし、僕の記憶でもないから、どうしろとは言えないけど……」

 記憶を取り戻してほしい、それがワタルの心からの願いだった。それでも、口にしてはいけない願いのように思えていた。

「このデータは、誰がここに?」

 ワタルTシャツをロボ子に手渡し、アドレスが書かれた場所を指差した。

「これは、私が書いたんですね?」

「たぶん、ね」

「それじゃ、これが“私の意志”なんですね」

 それだけ言うと、ロボ子は顔面スクリーンに、ノートパソコンと同じ画面を表示させた。あっという間にパスワードが入力され、観賞用のダウンロードが開始される。残り時間は数時間単位で表示されていたが、ワタルは残り時間が減っていくのをじっと見つめていた。



 数時間後、ダウンロードの残り時間表示が無くなった。

 ロボ子の顔面スクリーンからサイトの表示が消え、何も表示されない状態になった。あの日のことを思い出し、ワタルは無意識のうちに体を強張らせていた。

 だが、あの日とは違っていた。顔面スクリーンに電気が通り、テレビが付くときのような音が鳴った。見慣れた表情が、スクリーンに映し出される。

「ロボ子!」

「……」

 ワタルが呼んでもロボ子は微動だにしなかった。固まったままの状態に、ワタルは焦って彼女の体を揺さぶった。

「ロボ子……ロボ子っ!」

 揺らされ続けると、ロボ子の顔面スクリーンに、ぐるぐる巻きの目が表示された。

「やーめーてー」

 その声でワタルは冷静さを取り戻した。

「ロボ子、気が付いたんだね」

「ちゃんと起動してますよ、ワタルさん。ちょっと、考え事をしていただけです」

「考えるって、何を?」

「どういう再会が萌えるかですよ。なんだか知らないうちに、一ヶ月以上も時間が経過しているようですし、私が準備していたパラシュートもなくなってるので、状況を整理した上で、ワタルさんが喜びそうな再会をですねぇ……」

 “私が準備していたパラシュート”という一言で、ワタルは一緒に暮らしていた彼女が戻ってきたのだと安堵した。

「よかった……本当によかった……」

 ワタルは込み上げる涙を抑えるように、上を向いて何度も瞬きをした。

「……ワタルさん」

 ワタルの泣きそうな顔を見て、ロボ子も神妙な面持ちになる。

「ここは泣く場面だったんですね。ごめんなさい、状況が掴めてなくて、どういう萌えを展開すればいいのか、判断できませんでした」

「いいんだ、もう……そういうのは、いいんだ……」

 四角いボディに手を回し、ワタルは言葉を続ける。

「大丈夫、どんな君にも萌えてみせるから……。だから、そういう心配はいらないよ」

「ワタルさん……」

 しばらく抱き合った後、ワタルはハッとしてロボ子を引き離した。

「どんな君にもって言ったけど、空から落ちてくるのは萌えないから! 絶対に萌えないから、やっちゃダメだよ!」

「えっ!? そのシチュエーション、好きなんじゃ……」

「全然好きじゃない! まったく! これっぽちも! むしろ、嫌いだから!」

 いつになく語気が強いワタルに押されるロボ子だった。

「……りょ、了解しました。インプットしておきます」

「なら、よかった」

 ホッと一息ついたところで、ワタルのお腹が鳴る。

「ワタルさん、お腹が空いてるんですね。今すぐ何か……あぁっ!?」

 ロボ子は床に放置したままのスーパーの買い物袋を見て驚いた。アイスクリームが溶けて、袋の中がベチャベチャになっていたのだ。

「ワタルさん、買ってきたまま放っておいたんですか? もぉ~、だらしない」

「あぁ、すっかり忘れてた」

「私がいないとダメですね、ワタルさんは」

「そうかも……。だから、これからもよろしく頼むよ」

「はい、了解です。よろしく面倒見ちゃいます。だって、私はワタルさんの嫁ですから!」

 ロボ子のドヤ顔に、日常が戻ってきたことを実感するワタルだった。

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