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ロボ子の日常  作者: A-T
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第六話 翔べ、ロボ子

 ワタルは気になっていた。

 彼のすぐ傍ではロボ子が針作業をしている。万力アームでは糸を通すだけでも一苦労だというのに、ここのところずっと何かを作っていた。

「何を作ってるの?」

「秘密です」

 何度かした質問を再度試みるも、返ってくる答えは同じだった。仕方ないので、ワタルは材料から何を作っているのか推測してみる。

 まず、通販で購入した赤・青・黄色のカラフルな布地がある。この布地に穴をあけるのが最初のステップらしい。次に、穴の周りを覆うように少し硬めの生地を貼り付け、それが取れないように縫い付ける。まだ手つかずだが、結構な長さのロープも準備されている。

 テントかな、とワタルは思ったが、それだったらテントを買えばいい。きっと、このカラフルな布地が重要なんだと思い、それが入っていた袋を手に取る。『パラバルーン 幼稚園・保育園の運動会に』と書かれている。

 ますます何を作っているのか、わからなくなっていく。

「こんなに派手な生地じゃなくても、よかったんですけどね」

 ロボ子の一言でカラフルさが不要なことが明らかになる。

 お手上げ状態になったワタルは、台本のチェックをすることにした。リハーサルビデオを観ながらタイムコードをメモし、息継ぎのタイミングや演技プランを台本に書き込んでいく。

「彼女が何を優先していたか、君だって知っていただろうに……」

 軽く読み上げた台詞が妙に引っかかったが、別におかしな台詞でもないなと思い、先に進めることにした。



 次の日、ワタルの仕事は日が沈む前に終わった。最後の仕事は雑誌の撮影とインタビューで、声優のラジオ番組を紹介する内容だった。とはいえ、一緒にラジオをやっているタクマと普段している会話を、インタビュアーの前で繰り広げただけで取材が終わった。

「いいのかなぁ……。あんな内容で」

 撮影スタジオを出たワタルが疑問を口にする。いつも通りのオタトークに終始したことで、仕事っぽくないなという罪悪感を覚えていた。

「いいんじゃないの? 素の俺たちを見せてほしいって話だったし、雑誌用に作ったコメント言うのもなんか違うしさ」

 そうタクマに返されると、もっともな気がしてくるワタルだった。

「まぁ、そうなんだけどね」

「何か気になることでもあるの? 何回か言葉に詰まってたけど」

「ああ、あれは……ロボ子の名前が出そうになったから」

 萌えるシチュエーションの話題になった際、彼女の名前を出すところだった。ロボ子はマコトの会社的には破棄されたことになっているので、さすがに名前を出すわけにはいかない。

「ああ、そっか」

「もう、いないことになっているからね。製造元的には」

 この件に関しては、タクマにも秘密にしてもらっていた。

「みんなにも話したいよね。こんな子がいるんだぞ……ってさ」

「まぁね、説明が難しいだろうけど」

「そぉ? イベントか何かで登場して、“中に人は入っておりません”でいいんじゃない?」

「それって逆に怪しくない?」

「ん~……ダメかぁ」

 否定するだけなのも何なので、ワタルは代案を考えてみた。が、思いつかないうちにタクマが話を切り替える。

「そういや、俺にはワタルTシャツくれないの?」

「ゲホッ……ほ、欲しいの?」

 想定外のリクエストに思わず咳き込む。

「欲しい! あれ着て、ワタル君のライブに行くからさ」

「関係者席で着てたら、居づらくなるって……。それに、あれはロボ子が間違って注文したものだから、前のライブで配布した分しかないんだ」

「えっ!? ロボットが間違うの?」

「うん、彼女の場合は“ドジっ子”属性機能も付いてるから、あざとい失敗をするときがあるんだ」

「へぇ~、スゲー……」

 純粋に感心するタクマを見ていると、自分のことでもないのに誇らしくなる。

「まぁ、何ていうかその……本人的には苦労しているみたいだよ。そういう属性があるお蔭で、間違ってしまう自分を抑えられない的な」

「なるほどねぇ」

「うん。彼女は彼女で、大変みたいなんだ」

 Tシャツから話題が逸れたことにワタルは安堵していた。これで、実はグッズ化が決定していて、量産体制に入ったことを言わなくていいと思ったからだ。いずれは知られることだが、自分の顔をプリントしたTシャツを親友が着る日が来るのが、少しでも遅くなればと願っていた。

「俺、次こっちだから」

 タクマは立ち止まり、次の現場の方向を指さす。

「じゃ、またラジオで」

「ロボ子によろしく!」

 大きく手を振って、タクマが遠ざかっていく。ワタルも軽く手を振って、近くにあった地下鉄の入口へと向かった。

 ふと、携帯電話が振動するのを感じ、ポケットから抜き取る。手に取って見てみると、ロボ子からメールが送られてきていた。


『ワタルさんの長年の夢を叶える準備ができました(ハート) お帰りの際は、携帯のGPSをオンにしておいてくださいね』


 長年の夢って何、とロボ子に聴いてみようかと一瞬だけ思ったが、野暮な気がして『楽しみにしている』とだけ書いて返信し、そのまま地下鉄のホームへと降りて行った。ちなみに、GPS機能は常にオンにしている。



 地下鉄を乗り継いで自宅近くの駅に着く。

 階段をのぼって地上に出てみると、夕日が半分ほど沈んでいた。ランドセルを背負った子供たちが、じゃれ合いながらワタルの前を通り過ぎていく。

「こんな早い時間に帰るのも久しぶりだな」

 朝と夜の風景ばかり見ているせいか、家の近所なのに新鮮な感じがしていた。たまには、ゆっくり歩いて帰ろうかなと、街の変化を確認するように家へと向かう。

 自宅近くの公園にさしかかった時、ロボ子から着信が入る。

「はい」

「ワタルさん、上を見てください」

「上?」

 上を見上げれば空がある。

「少し暗くなってきたね」

「もう少し下の方です」

 目線を下げてみると、幾つかのビルの最上階付近が目に入った。そのビルのひとつには、屋上で手を振るロボ子の姿があった。

「何で、そんな所にいるの?」

「言ったじゃないですか、ワタルさんの長年の夢を叶えるって」

 そう言って、ロボ子は例のカラフルな布地を広げて見せた。よく見ると、布地に開けた穴にはロープが通されていて、パラシュートの形になっていた。

「まさか、それ付けて飛び降りるの?」

「はい! ワタルさんが大好きなシチュエーション“空から女の子が降ってくる”をやってみたいと思います」

「危ないって!」

「パラシュートがあるから大丈夫ですよ」

「いや、でも……」

「キャッチするのはナシでお願いしますね。さすがに、私では重量があり過ぎるので」

 それだけ忠告すると、ロボ子は後ろへと下がっていった。助走をつけてジャンプしようとしているのはワタルにもわかったが、言うべき言葉が見つからずに立ち尽くしていた。

 屋上の反対側まで下がったロボ子は、パラシュートのロープを束ねた部分を肩にかけ、ワタルに向かって走り出した。パラシュートが風を受けて膨らみ、空気抵抗が増して走りにくくなる。それでも力強く、前へと進んでいく。

 もう少しでジャンプという所まで来て、ロボ子は前のめりに転倒した。おまけに、普通に転んだはずなのに、パラシュートのロープが体に巻きついていた。「どんな転び方をしたら、そうなるんだよ!」という突っ込みを入れたくなるような状態だ。

「アイタタタ……」

 ロボ子は痛がって見せたが、実際のところは痛覚がないので、痛がっているフリになる。痛がる姿も萌え要素として学習するようになっていた為の言動だ。

「ロボ子?」

 ワタル視点では急にロボ子が消えたように見えた。地上からでは上半身しか見えないので、倒れられると姿が見えなくなっていた。

「すみません、転んじゃいました。てへっ」

 ロボ子は倒れたままの状態で、片目を閉じて舌を出す表情を作ったが、それを見られるのは飛んでるカラスくらいのものだ。

「今、仕切り直しますから」

 細かい動きが難しい万力アームで、体に巻きついたロープをほどいていく。転倒の際に擦れたのか、カラフルな布地の一部が痛んでいた。

 何とか絡まったロープをほどいて、ようやく立ち上がる。

「テイク2、はじめまーす」

 ワタルに手を振り、屋上の端まで移動する。再び走り出すと、やはりパラシュートが膨らんで走りづらくなる。それでも、スピードを落とさずに一気に駆け抜け、ビルの端からジャンプした。

 ロボ子の体がビルから離れ、一気に落下していきそうなところで、パラシュートが全開になる。ブワッという音とともに、落下スピードが劇的に落ち、ロボ子が宙に浮いている状態となった。

「おぉっ!」

 その減速具合を見て、ワタルは体から力が抜けた。どうやら大丈夫そうだ、そんな風に思った時だった。

 痛んでいた布地の一部が裂け、そこから空気が漏れだしたかと思うと、一気に裂け目が広がっていった。落下スピードは急激に早くなり、もはや落ちているのと大差なかった。

「ロボ子!」

 ワタルが慌てて叫んだときには、もう既にロボ子は地面に落下していた。金属が砕け散るような音に、周りにいた人が一斉に落下地点を見た。

 頭の中が真っ白になりながらも、ワタルはロボ子の元に駆け寄った。顔面スクリーンには何も表示されておらず、顔は単なる四角い鉄の箱と化していた。

「ロボ子……」

 名前を呼んで揺り動かしてみるものの、何ら反応は無かった。地面にぶつかった衝撃で体のあちこちが歪んでいたが、原形が留められているので、ワタルには時間が経てば動き出すように見えた。

 だが、いくら待っても何の反応もなかった。

 このままでは動かないと認識を改め、ワタルはマコトに電話することにした。

「もしもし、マコト?」

「なんだい兄さん」

「あの、実は……その、今すぐ来れないか」

 いつになく、切羽詰まった物言いだった。

「急だね、何かあったの?」

「ロボ子が動かなくなった……」

「動かないって? 一体、何が…………いや、いい。わかった、すぐに向かうから」

 マコトは話している途中で、ロボ子が動かなくなった理由よりも、動揺している兄の方が気になった。ロボ子が動かなくなったとしても、ロボットだけに修理すれば直せる。むしろ、不安定な精神状態に陥っていそうな兄の方が心配だった。

「ごめん、マコト。今、家の近所の公園にいるから」

「わかった」

 電話を切ったマコトは、同僚に「理由は後で説明するから」とだけ言い、急ぎ会社の駐車場へと向かった。



 電話をしてから数十分後、マコトの車が公園に到着した。

「ワタル兄さん」

 ロボ子の傍に座り込むワタルの元に駆け寄る。ワタルの動揺は今までにないレベルだと、マコトには思えた。

「マコト、ごめん。ロボ子が……」

「落ち着いて兄さん。まず、状況を説明して」

「……ビルの上から、パラシュートを付けて飛び降りたんだ。最初はゆっくり落ちていたのに、急に早くなって……それで……」

「地面に叩きつけられた、と」

 ワタルは黙って頷いた。

「ロボ子は“空から女の子が降ってくる”という妄想を叶えようとしたんだ。それで、こんなことに……だから……」

「だから、自分が悪いなんて言わないでくれよ。兄さん」

「だって……」

「そもそも、そのデータを入れたのは俺だし、彼女が萌えを追及するようにしたのはウチの開発スタッフだ。その時点で、こうなる可能性は低くなかった」

 マコトは淡々と語った。放っておけば兄が自分を責めて落ち込むだろうし、制作者として自分がしたことを冷静に受け止めたいところもあった。

「何か問題が起きると、誰が悪かったのか、何がダメだったのか考えがちだけど、それは今やれることをやった後にしよう」

「マコト……」

 マコトはロボ子の背中にある主電源のオンとオフを何度か切り替えたが、ロボ子は何の反応も示さなかった。

「ロボ子は、いったん俺の方で預かるよ。いろいろ調べてみないと、詳しことは言えないけど……。まぁ、直してみせるさ!」

 明るめに言われたことで、ワタルの表情が少し晴れやかになる。

「俺の車に乗せたいから、兄さんは足の方を持って」

「わかった」

 ワタルは言われた通りにロボ子の脚部を掴み、マコトは頭部を掴んで持ち上げた。普段、力仕事をしない二人は、何度か休憩を挟みながら、車の後部座席へとロボ子を運んだのだった。



 落下事故の日から、ワタルは一人暮らしに戻った。

 家に帰っても誰もいないので「ただいま」を言わなくなり、食事を取っても「ご馳走様」を言うこともなくなった。

 テレビ番組を観ていて、萌えるシチュエーションがあっても、どこがポイントなのかを熱弁することもなくなったし、空を見上げて妄想することもなくなった。

 代わりに、自分の顔がプリントされたTシャツを眺めながら、“ロボ子が直った”という一報が入ることを祈る時間が増えていった。


 その祈りが通じたのは、先月よりも格段に安くなった“電気ご使用量のお知らせ”が届いた後だった。

「兄さん、ロボ子の修理が終わったよ」

 待ちに待った一報は、弟からの電話だった。それを聴いた瞬間、事務所で受け取ったばかりの台本を落とすほど、ワタルには嬉しい知らせだった。

「本当に? じゃ、今すぐ会いに行くよ。何処にいるの?」

「俺の家だよ。会社で直すわけにもいかないから、ウチのスタッフを呼んで、少しずつ修理してたんだ」

「わかった。じゃ、ちょっと待ってて」

 電話を切るとすぐに落とした台本を拾い集め、事務所の駐車場に泊めてある車へと向かった。軽い足取りで自分の車まで近づいたとき、またマコトから電話がかかってきた。

「どうしたの?」

「あのさ、来る前に…………いや、やっぱりいい。来てから話すよ。じゃ」

 何か言いたげなマコトが気になるものの、ロボ子に再び会えることでワタルの頭はいっぱいだった。



 普段は安全運転のワタルだが、少し飛ばし気味でマコトの家を目指した。マコトのマンションが見えるところまで来ると、見慣れた四角いボディが立っているのが見え、ワタルは目頭が熱くなっていった。

 ワタルがマンションのエントランス前に車を泊めると、そこで待っていたマコトとロボ子がゆっくりと近づいてきた。

 あの事故の前まで、当たり前のように目にしていたロボ子の動きの1つ1つに、感慨深いものを感じるワタルだった。もはや、彼女が動いているだけで有難かった。

「ロボ子、直ったんだね」

「そのことなんだけど、兄さん……」

 マコトが重々しい口調で語りだす。

「元々、動作系には異常がなかったんだ。問題は、彼女のデータ領域にあった。何て説明すればいいかな……。言うなれば、その……落下によって、ハードディスクがクラッシュした、と言うか……」

「えっ? それって、どういう……。だって今、彼女は普通に動いているし、表情だって……」

 マコトは頭をかきむしった。

「確かに動いている。ある意味、元通りだとも言える。だけど、データは失われてしまった。今、彼女が持つ情報は、俺がバックアップしたところまで。つまり、兄さんと出会う前の状態なんだ」

「それじゃ、もしかして……」

 ワタルはゆっくりとロボ子の元に近づいて行った。嫌な予感がするワタルをよそに、ロボ子は屈託のない笑顔を向けてきた。

「はじめまして」

 それが、再会したロボ子の第一声だった。

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