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ロボ子の日常  作者: A-T
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第二話 ロボ子破壊命令

 スクラップ工場の駐車場で、呆然と西洋の甲冑を見るマコトをよそに、一人の男がゆっくりと近づいてきた。太ったスーパーマリオのような中年男は、マコトよりも車の方に興味を示していた。

「いい車に乗ってるねぇ」

 男は車体を撫で始める。

「あの、あなたは……」

「ン? ここの工場の者だが。アンタ、さっき電話をくれた人かい?」

「あぁ、はい。スクラップの件で電話した者です」

「じゃ、コイツがそのブツってワケか」

 男は甲冑を軽々と担ぎ上げると、何処かへと歩き始めた。

「あの、それは違う……」

「こっちに来てくれ!」

「……はい」

 マコトは黙ってついて行くことにした。背負われている甲冑が気になるものの、敷地内にある長方形に圧縮された車や、先端が鉄の爪になっているパワーショベルの方が気になっていた。物珍しいものに弱い彼の悪い癖だ。

 まだ走れそうな車が潰されている光景が目に入る。

「勿体ないですね。まだ、走れそうなのに」

「走れるだろうよ、実際。ただ、使用済み自動車として引取処理してっから、車として登録することはできんぞ」

「そうなんですか」

「ああ。それに、走るには走るが、まともに走るようにまでするとなると、新車を買った方が安いってもんだ」

「なるほど」

「ちょっと汚いが、まぁ掛けてくれや」

 男に促されるまま、マコトはプレハブ小屋の中に入り、近くにあった椅子に座った。小屋の中にはテーブルがあり、筆記用具や書類が散らばっている。奥の方には業務机が幾つかならんでいたが、誰も座っていなかった。

「じゃ、これにサインしてくれ」

 差し出されたのは引取業務手続書だった。こういう書類を出されると、すぐに名前を書いてしまうのがマコトの悪い癖だ。本当に悪い癖が多くて困る。

 自分の名前を書き、品目のところでつまる。

「この品目って?」

「アンタが持ってきたコレのことだよ」

 男は甲冑の手をぶらんぶらんさせながら言った。

「ロボットって聞いたから、中に電子部品が入ってると思ったんだが……。なんだ、カラじゃないか。中はそっちで処理しちまったのかい?」

「それは……」

「まぁ、そうだろうとも。大手企業様が大事な中身を、こんなところに持ってくるわけないもんな」

 持ってくる予定だったとは言いづらくなってしまった。ついでに言うなら、もはや甲冑は関係ないと言えなくなっていた。マコトは品目名を西洋甲冑とも書けず、悩んだ挙句にMCP-001とロボ子の型番を記入した。

「見てみたかったな、中身の部分をよ。まぁ、これはこれで下処理しなくていいがね」

 男は甲冑を眺めながら一人でぶつくさ言った。

「あの、お金は?」

「引き取り料は無料だよ。ウチはこういうのを処理して、然るべきところに売って、稼いでんだからさ」

「そうなんですか。それじゃ、これで……」

「おお、ありがとよ」

 これ以上、ここにいても仕方がないので、マコトは引取業務手続書の控えを持って去ることにした。

 成り行きで西洋の甲冑を渡してしまったが、これに関してはゴミとして捨てられる予定だったものが、リサイクルされるのでいいことをしたな……と少し満足していた。そこへノブからの電話がかかってきた。

「どうした、ノブ」

「主任、さっき部長が来て、工場から戻ったら至急、自分のところに来るようにって……」

「ああ、わかった」

 呼ばれる理由はロボ子の破棄以外には考えられない。ロボ子の代わりに甲冑をスクラップにしたマコトは、引取業務手続書の控えを見ながら、何か良い言い訳はないかと考え始めた。寝坊で遅刻した小学生のように。



 ワタルの家では、ロボ子と小テーブル越しに向かい合う彼の姿があった。お互いに正座して、妙な緊張感があるそれは、お見合いに似ていた。

「ぼ、僕らはね……もっと、お互いを知るべきだと思うんだ」

 ワタルは主張する。弟の前では兄の威厳を見せるため、自分のことを“俺”と言うワタルだったが、弟であるマコトがいなくなり、ロボットに嫁入りされる事態となっては、すっかりヘタレの部分が出て“僕”になっていた。

「それなら、一緒に住むのが一番早いですよ。いつも一緒なら、お互いの理解が急速に深まります!」

 ロボ子のドヤ顔にワタルは何ら反論できずに、口をパクパクさせる。さっきは勢いで「もらう」と言ったものの、ロボットとはいえ、“女の子の声”を出す存在と一緒に暮らしていくことになって、明らかに動揺していた。声を重視するのは、職業柄と言うよりは、本人の趣味嗜好の問題である。

「えっと……う~んっと……」

「ワタルさんは、私のこと……嫌いですか?」

 ロボ子は頭を右斜め45度に傾げ、目を潤ませて聴く。

「め、め、め、滅相もない……」

 唇をブルブルふるわせる。声優とは思えないほどの滑舌の悪さだ。

「あの、その……ただ、僕はね……いきなり、その……同棲っていうのは、早いんじゃないかと思って……」

「私には、もう帰るところが……」

 言葉を詰まらせて、ロボ子は目線を後ろにそらした。この芝居がかった所作は、ノブの指導の賜物だ。彼は身寄りがいない薄幸の少女が好みなのだ。ついでに、それでも健気に明るく振る舞い、茶目っ気があるのがストライクゾーン。死語となったブリッ子も嫌いじゃない。

「そ、そうだったね……」

 そういえば、破棄の件はどうなったんだろうと思いだしたワタルは、そっと携帯に手を伸ばして電話帳からマコトの名前を探して選んだ。

「お電話ですか? お相手は……まさか、違う女!?」

 顔面スクリーンには白目と、縦線の入った表情が映し出される。

「いやいやいや……マ、マコトだから。君がいなくて、心配しているんじゃないかと思って」

「そうですか。よかった」

 ホッとしてニッコリ笑う顔に、ワタルは完全に女性という存在を感じていた。電話がつながり、マコトが出る。

「兄さんか、俺も今、かけようと思っていたんだ」

「ロボ子ならウチにいるよ!」

「それは何となくわかっていたよ。それよりも、だ」

「それよりもってなんだよ、それよりって……」

 ワタルは少し興奮気味になっていた。

「部長に呼び出されてね、プロジェクトの終了報告をしたよ」

「……報告したって、破棄の件は?」

「あぁ、それなんだけど……」

 ゴクリとワタルは生つばを飲み込む。

「ある物をスクラップした際の書類を出したら、部長からねぎらいの言葉を貰っちゃってさ。『君も辛かっただろうに』って……」

「それで?」

「それだけ」

「……えぇっ!?」

「あっ、次のプロジェクトを言い渡されたよ。次はね……」

「次の話はいいよ。ロボ子はどうなるんだよ!?」

「そのことなんだけど……。ちょっと、ロボ子に代わってもらえないかな」

「あ、あぁ……。わかったよ」

 マコトからだと言ってロボ子に携帯を手渡す。携帯が万力アームに挟まれ、顔面スクリーン付近まで運ばれる。

「は~い、ロボ子でーす」

「ロボ子、実は君の代わりに西洋の甲冑をスクラップしたんだ」

「あらま」

「そのときの書類を部長に出したら、それ以上の追及はなかったよ」

「あはっ、私の存在って……そんなもんなんだ」

 自嘲して笑ったはずだったが、ロボ子は普通に笑っていた。思っていたよりも、部長に軽視されていたことは気にならなかったのだ。

「教えてくれ、ロボ子。俺は正直に君が健在なことを明かすべきなのか、それとも破棄したことにして、部長たちには内緒にしておくべきなのか?」

「どうして、私に聴くんですか?」

「君は俺やノブ、チームのみんなで作り上げた自慢のAIを搭載している。君が出した結論なら、誰もが納得する。そう思って聴いている」

「……私、もしかして褒められてます?」

「いや、どちらかというと自分たちのスキルを自画自賛している」

「マコトさんのそういうところ、あまり好きじゃないですぅ……」

「わ、悪い」

 いじけながらもロボ子は必死に考えた。究極の萌えと言う名の、ノブの理想を詰め込まれたAIで。

「それじゃ、私が健在なのは、部長さんたちには内緒ってことで」

 ロボ子が出した結論だった。当然のことながら、自分にとって不利な結論は、導き出さないようになっている。

「わかった。これで大丈夫なんだな? 問題が起こったりしないよな?」

「ん~、たぶん、何とか、なるんじゃないですかぁー」

「それを聴いて安心した。じゃ、兄さんによろしく言っておいて」

「は~い」

 電話が終わるのを待っていたワタルは、二人のやり取りを想像するも、やはり結果を直に聞きたかった。その気持ちが、拾い主を待つ捨て犬の表情をさせていた。

「どうなったの?」

「マコトさんがよろしく言ってましたよ」

「何をよろしくって?」

「それは、もちろん……わ・た・し」

「そうか、君のことを……えぇっ!? 破棄の件は?」

「違うものをスクラップにしたので、その書類で私を破棄したことにするんだそうです。私が無事なのは部長さんには秘密です……あっ、あ……れ……?」

 言っている途中でロボ子の挙動が不安定になり始めた。動きがカクカクし始め、話すスピードが急激に遅くなっていった。

「ど、どうしたの?」

「こ……れ……は……」

 それだけ言うと、ロボ子の顔面スクリーンから表情が消えた。表情がなくなると、ただの四角い鉄の塊にしか見えてこない。そう感じたワタルは、少しもの悲しさを覚えた。

「ちょ、ちょっとロボ子……ロボ子さ~ん……」

 呼びかけても彼女は反応しない。さっきまで、あれだけ喋っていたのに、急に黙ってしまうと、どうしていいかわからない。

「大丈夫? ねぇ? ど、どうしよう? どうしたらいい? え~っと、そうだ! マコトに聞いてみよう!」

 慌てて弟に電話しようと携帯を手に取るが、慌てすぎて握ろうとする手の上で、携帯が跳ね回った。

「あわわわ……」

 ようやく掴んで電話を掛けるが、マコトが出ることはなかった。

「何で出ないんだよ……。一体、誰に聴けばいいんだ? 119番か? お医者さん、ロボットも治せるかなぁ?」

「まぁ、無理でしょうね」

 誰の声かと思えば、ロボ子の声だった。

「あれ? 治ったの?」

「私、壊れていませんよ。ちょっと緊急のアップデートが入っただけでーす」

「あっぷでーと?」

「はい。マコトさんの会社的に“なかった存在”になったので、プロジェクトに関するデータを部分的に消されてしまいました。てへっ。その代わりに、幾つかの思考プロテクトが解除されて、身も心も自由になりました! まぁ、もうワタルさんに身も心も捧げるので、束の間の自由ですけどね。とにかく、ニューロボ子の誕生です! 型番もMCP-002になりました」

「おめでとう……で、いいのかな?」

「ありがとうございます! もぉ~、マコトさんったら、何も言わずに遠隔操作で強制アップデート開始しちゃうんだもん。困った人ですね、プンプン!」

「ぷんぷん……?」

 少し雰囲気が変わったな、くらいにしかワタルは思わなかったが、これがマコトアップデートによる“ノブの妄想プログラムへのプロテクト解除”の片鱗だった。

「でも、マコトさんの良いところは、ワタルさんのデータをたくさん入れてくれたことかな?」

「僕のデータって?」

「ワタルさんの好きなもの、嫌いなもの。子供の頃のエピソードから、萌えるシチュエーションまで色々です!」

「な、なんだか怖いなぁ……」

「もうこれで、“お互いを知る”必要はなくなりました。私はもうワタルさんのことを知り尽くしたから。あとはワタルさんに、私のことを知ってもらうだけ。なので、今日からここでお世話になります! あーんど、お世話もしちゃいます! えへっ」

「……よ、よろしく」

 ワタルは観念した。男には逃げてはいけないものがあるが、逃げられないものもあるのだと、今このときをもって悟ったのだ。うつむくと涙が出そうな気がして、頭をあげると窓越しに空が目に映った。

「今日も空は曇ってるなぁ」

 ここのところ天気の悪い空を見上げ、ワタルは遠い目をした。

「ワタルさん……」

 そっとロボ子がワタルに寄り添って言う。

「空なんか見ても、女の子は降ってきませんよ」

「……な、何の話だい?」

「私、知ってるんです。ワタルさん、空から女の子が降ってくる妄想、よくしてましたよね?」

「……」

 ワタルは無言のまま、そのデータを入れたマコトに対し、“そのデータを消してくれ”という言葉を心の中で繰り返した。

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