第一話 ロボ子、大地に立つ
「なかったことにしてくれ」
上司に言われた言葉が、マコトの頭の中で繰り返していた。
ゲーム会社に入って数年、めぐってきた一大プロジェクトの終わりを告げる言葉を、今も受け入れられずにいる。
“究極の萌えキャラ・プロジェクト”としてロボットを作る、それがマコトが所属する大手ゲームメーカーの社運を賭けた企画のはずだった。ゲームメーカーだが、ゲームにとらわれず、面白いものを世に出したいという社長の意向がかかったプロジェクトだった。
それが夢物語に終わった今、マコトの目の前にいる四角いロボットは、ただの鉄の塊でしかなくなっていた。少なくとも、“彼女”に長い年月をかけたマコトと、プロジェクトチームのメンバー以外にとっては……
「主任……」
開発室で呆然とロボットを見つめるマコトに、部下の一人が声をかける。彼はマコトの二年後輩の通称ノブ。小柄でお坊ちゃんカットが印象的な男だ。
「ロボ子、どうなるんですか?」
ノブは目の前にいる四角いロボットを指して聴く。“究極の萌えキャラ・プロジェクト”で開発されたロボットの名、それはMCP-001という型番が与えられただけで、チーム内では“ロボ子”呼ばわりのままだった。
「ロボ子、か……。ちゃんとした名前すら、つけてやれなかったんだな」
マコトは目の前の鉄の塊に対して、申し訳なさすら感じていた。
「彼女、このまま破棄されるんでしょうか?」
「そういう指示が出ている。スクラップ工場に持って行って、そこでお別れだ」
「そんなぁ……」
打ちひしがれるノブ。彼とて、ロボ子に心血を注いできた一人だ。自分の恋人はロボ子だからと、休む間も惜しんで彼女の開発に勤しんだ。実際、彼女いない歴イコール年齢の彼にとって、ロボ子は恋人のような存在とも云える。
得意とするAIプログラミングのスキルを駆使し、“究極の萌え”を“自分好み”と履き違えた挙句、ノブはロボ子を理想の彼女へと作り上げていった。その結果、ロボ子はロボットの思考パターンを超越した“話し相手”にはなった。
“話し相手”にはなったが、問題はビジュアル面にある。何分、ゲーム会社だけあってハード面に長けた人物がいなかったのだ。そこで他社から片言の日本語を話すスズキ氏を迎え入れた。氏は自動車メーカーでロボット開発の部署にいただけあって、二足歩行を難なく可能にした。
しかし、今はもうここにはいない。本国に強制送還されたのだ。本来は働いてはいけないビザで来日し、おまけに産業スパイの容疑もかけられていた。あの片言の日本語でスズキと名乗っていた点からしても怪しい人物だったと、チーム内では今さらのように話題になったが、彼なくしてロボ子の歩行は可能にはならなかった。
その彼をもってしても、一番肝心な顔の問題は残された。いわゆる人の顔を模したデザインにすると、リアルすぎて“萌え”から遠ざかってしまう。何より人間の表情のような、複雑な筋肉動作によって作り上げられるものを、機械制御で生み出すのは至難の業だった。
試行錯誤の末、行きついたのは四角い頭のまま、顔面スクリーンに“美少女イラスト”タッチの表情のみを映すというものだった。こうして四角い顔に“萌え絵”が描かれたようなロボ子が完成した。そこに注力していたせいか、手は万力アームのままだし、足にはヒレみたいな物がついている。
「このビジュアルが、いけなかっ……」
マコトは言いかけた言葉をグッと飲み込んだ。彼女の前で、それを言ってしまったら、創造主として失格だと恥じた。
「ノブ。彼女を工場に連れて行ってくる」
マコトはロボ子を担ごうとしたが、自分の3倍以上の体重を誇るロボ子は軽くなかった。
「重いな……」
「起動させて、自分で歩かせた方が楽ですよ」
「それもそうだな」
マコトは担ぐのを諦めて、背中にあるロボ子の主電源を入れた。顔面スクリーンに電気が通り、テレビが付くときのような音が鳴った。形的にもテレビと大差はないのだが。
「あっ、こんにちは! マコトさん」
目覚めたロボ子がマコトへ笑顔を向ける。機械音声とは思えない滑らかな喋りは、ボーカロイドソフトでの作曲が趣味のチームメンバーによるものだ。
「やぁ、ロボ子。調子はどうだい?」
「ちょっと待ってください……え~っと、現在の温度は9度、風向は北東、風速は……」
「何の話だ?」
「銚子について聞かれたので、銚子の現在の状況をお伝えしました!」
ドヤ顔のロボ子。自分の性能を発揮できたことで自慢げだ。ちなみに、このデータは通信衛生から送られるようなものではなく、彼女の脳内でウェブ検索して得られたデータに過ぎない。ネットへの接続はWiFi環境次第となっている。
「そうか、調子は良さそうだな」
「はい!」
「じゃ、俺の車でドライブしようか」
「そ、それはデートのお誘いですか? キャーッ!」
はしゃぐロボ子は鋼鉄の万力アームを上下させた。当たると痛いそれを、マコトは無表情でよけて外へと向かった。その後をロボ子がついていく。ガシーン、ガシーンという金属音を響かせて。
マコトは会社の地下駐車場に泊めておいた赤いオープンカーの運転席に乗り込み、ロボ子には後部座席に座るよう指示した。
主任昇格時の記念に購入したオープンカーだったが、普通に屋根のあるものを買えばよかったと、目立つ同乗者がいる場合はいつも後悔していた。今もそうだ。
「ロボ子、すまないが、そこに置いてある俺のジャケットで頭を隠してくれないか」
「えぇ~っ!? それじゃ私、犯罪者みたいじゃないですか」
「ロボ子は人目をひくからな、頼むよ」
「あっ、それって焼きもちの一種ですか? 他の男には見せたくない的な?」
ロボ子はどことなく満足げに語り、マコトは敢えて何も語らなかった。何処の世界に四角い顔のロボットに、焼きもちを焼く男がいるんだという突っ込みはナシだと思った。ノブの好みのタイプに関して、ちょっと呆れているところはあったが。
「行くぞ」
ロボ子がジャケットを被ったのを確認し、マコトは車を出した。
通い慣れた通勤路を走る中、マコトはロボ子にどう切り出すか考えていた。連れ出したはいいが、まだプロジェクトの終了について話していなかったのだ。その事実を伝えた直後にスクラップという酷い現実もあり、近い未来をどんな言葉で伝えたら良いのか、考えたくなくて今の今まで何もしないままきてしまっていた。
「マコトさん、何処に向かってるんですかぁ~?」
「……着いてからのお楽しみだ」
「は~い、楽しみにしてま~す」
彼女の素直なところが、今のマコトには辛かった。それでも、通勤路から外れ、話をしておいたスクラップ工場へとハンドル切った。そのとき、マコトの携帯から音楽が流れ始めた。ノブに設定された“はきゅん、どきゅん”という歌詞が印象的な歌だ。
「マコトさん、電話で~す」
「ノブからだ。出ていいぞ」
「は~い」
何となくマコトは察していた。用事があるのは自分ではなく、ロボ子ではないかと。
「もしも~し」
ロボ子とノブの会話が始まる。「初めてのドライブはどうだい?」といった会話から、今まであった出来事など、主にノブが話を切り出す形で会話が続いていき、ノブの言葉が重くなり始めたところで電話は切れた。
「ただの雑談でした」
てへっと笑うロボ子を見ながら、最後の雑談になるであろうことを知って、ノブがかけてきた電話であることを言えない状況に対し、後ろめたいような、かえって良かったような気持ちを抱いた。
「この待ち受け、可愛いですね」
「ン? あぁ、ツバクロとスズシロか」
携帯の待ち受け画面にはマコトが飼っているウサギの写真が設定されていた。白と黒の二羽が寄り添う写真である。
「仲が良さそう二匹ですね」
「ロボ子、ウサギは二匹ではなくて、二羽と数えるんだ」
「鳥みたいですね。どうして、二羽なんですか?」
「さぁな、諸説あるみたいだぞ。そのうちのひとつは、獣の肉を食べられない頃、ウサギを食べる為に、獣ではなく鳥として数えたからだとか」
ロボ子は少し表情を曇らせた。
「なんだか、勝手な感じがしますね」
「そうだな。人間の都合で鳥にされて……」
それは会社の都合で物にされて破棄を命じられたり、女の子扱いされたりするロボ子にも言えることで、自分は“勝手な側”の人間ではないかと思い始めた時だった。
「ツバクロとスズシロに会いたいです!」
万力アームを胸元に寄せてロボ子が頼み込んできた。
「この子達に会いたいんですけど、ダメですか?」
「あ、あぁ……いいよ」
その場の雰囲気に流されて、マコトはOKしてしまった。
「やったぁ~!」
「ツバクロとスズシロは、今は兄さんのところに預けてるんだ。ここのところ、プロジェクトが忙しくて、あまり面倒を見られなくなっていたから」
言い終わってすぐ、近くにあったコンビニの駐車場に入り、兄であるワタルに電話をかける。数回のコールで、電話がつながった。
「あっ、ワタル兄さん?」
「マコトか、久しぶり」
「今、どこ?」
「今日はオフだから家にいるよ」
「ちょうどよかった。今から、行くから」
「ちょっ……急にどうした?」
「ツバクロとスズシロに会いたくなったんだよ」
半分は嘘で半分は本当の理由だが、それを聴いたワタルは嬉しそうに笑った。
「そっか……。じゃ、待ってるから」
マコトは携帯を置くと、来た道を引き返し、兄の元へと向かった。
兄の住むマンションまで来ると、共同のゴミ置き場に西洋の甲冑が捨ててあるのが見えた。それは以前、ワタルがイベントで着用した衣装だった。
「さぁ、着いたぞ」
マコトは車をマンションの来客用の駐車スペースに入れ、エントランスへとロボ子を案内した。
「お兄さんって、何をされている方なんですか? 平日にオフって」
「確か、声優のはずだよ」
「確かって……?」
「俺もよくわからなくなってきているんだ。声で芝居する職業だと思っていたら、アニメのイベントで顔出しするし、ライブはやるし、実写の映画にも出るし、ラジオ番組も持ってるし……」
「なんだか楽しそうですね」
「大変らしいぞ。そこに捨ててある甲冑を着て、イベントに出たこともあったな。重かったろうに……」
「へぇ~」
ロボ子は持って帰りたそうに甲冑を眺めていたが、彼女に構わず先に進んでいくマコトに置いて行かれまいと、慌てて後を追いかけた。
エントランスにある呼び出しボタンを押すと、インターホン越しにワタルの声がした。
「はい」
「兄さん、来たよ」
「今、開けるから」
ドアのロックが外れて、マコトたちを中へと誘う。ふと、ロボ子のことを話し忘れたことが気になったが、気にせずに一階の奥にある兄の部屋まで向かった。チャイムを押すと、待っていたワタルがドアを開けてくれた。残念なイケメンと業界でいわれるだけあって、爽やかなスマイルと整った顔立ちは、兄であってもハッとすることがある。ちなみに、残念というのは中身に関してである。
「いきなりで悪いね、兄さん」
「いいよ、別に。さぁ、入った入った」
「実は一緒に……あれ?」
マコトは同行していたはずのロボ子の姿を探したが、いつの間にか自分の後ろからいなくなっていた。慌ててエントランスの方に行ったが、そこにもロボ子の姿はなかった。
「まさか、逃げたんじゃ……」
廃棄を感づかれて逃げられたことを懸念したが、兄の声がしたので部屋に戻ることにした。すると、そこにはワタルを背後から目隠ししているロボ子の姿があった。ロボ子は問う。
「だ~れだ?」
「えっ? 誰って? なんか、すごく手が冷たいし……それに硬い……」
「正解は…… わ、た、し!」
くねくね動きながらロボ子はワタルの前に出た。
「……だから、誰?」
呆然とするワタルをよそに、ロボ子は自分の解説を始めていた。その製品マニュアルのような自己紹介を遮って、マコトが話に割って入る。
「兄さん。前に話したプロジェクトの……」
「あぁ、あの……。でも、その彼女がなんでウチに?」
「ツバクロとスズシロを見たいんだってさ」
という状況説明が終わる前に、ロボ子はウサギのケージの前に座っていた。
「可愛いですね~」
呑気なロボ子をよそに、ウサギたちはケージの奥で小さくなって怯えていた。
「ウサギを見せる為に連れ出したのか? 会社で問題になるんじゃ……」
「大丈夫だよ兄さん、ロボ子はもう破棄されることが決まってるから」
一瞬、部屋の中が静まり返る。そこで、ようやく自分が口にした重大な事実に、マコトは気づいてハッとした。あれだけ苦慮していた事実の伝え方だったのに、話の流れでサラッと言ってしまったのだから、自分への呆れようは酷かった。
「私、破棄されるんですか?」
「残念ながら、そういうことになる……」
「どうして?」
泣きそうなロボ子にマコトは言葉が見つからなかった。会社の指示だから、という理由では説明にならない気がした。
「破棄ってなんだよ、そんな物みたいに……」
ワタルが怪訝な顔をする。実際、会社にとっては“物”でしかないことは、ワタルにも想像はついていたが、言わずにはいられなかった。
「この後、スクラップ工場に行くことになっている」
もう後戻りはできないと、マコトはすべてを話すことにした。とはいえ、これで全部である。あまりの急展開に、ロボ子の顔面スクリーンが蒼白になる。
「スクラップ……」
ロボ子はふらついて倒れ込みそうになったところを、ワタルの手で抱きかかえられた。
「大丈夫か……って、重いぞ。んぬぅ……」
予想外の重さに爽やかなワタルの顔も歪んだ。
「兄さん、俺は会社員だ。上司の……いや、会社の方針には従わなくてはいけない」
嫌な言い方をしていると思いながらも、マコトは敢えて言い放った。
「何とかならないのか?」
「こればかりは……。ごめん、兄さんにまで嫌な思いをさせて」
「俺のことはいいよ。それより……」
すっかり固まってしまったロボ子に二人は目をやる。動かないと本当に鉄の塊でしかないが、それでもスクラップにされる姿は想像したくなかった。
「破棄ってことは要らないってことだよな。だったら、俺がもらっても……」
ボソッと言ったワタルの言葉でロボ子が動き出す。
「も、もらうって……それって、も、も、も、もしかして……」
「譲ってもらおうと思って」
というワタルの説明はロボ子には届かなかった。
「それってプロポーズですよね!」
『いいえ』とは言えないほどの迫力でロボ子が押し迫った。ロボットだけに押しの強さは普通の女性の比ではなかった。
「く、苦しい……」
ワタルは圧迫されて息苦しくなりつつも、マコトに目で助けを求める。
「やめろ、ロボ子」
力を振り絞ってワタルから彼女を引き離す。
「破棄するってことは、なかったことにしたいってことなんだよ。データも何もかも、消し去りたいってことなんだ」
誰を説得しようとして言っているのか、マコト自身もわからなくなっていた。言いながら、自分の努力もなかったことにされるような気がして我慢ならなくなっていた。
「だから、もうどうしようもないんだ……」
辛いから思考を停止することにした。マコトはロボ子の肩に手を置き、
「兄さん、邪魔したね。ツバクロとスズシロは、今日から家で面倒を見るから」
何とかそう言って、ロボ子に戻ろうと手で合図した。
ロボ子は名残惜しそうに、渋々マコトの後ろ姿を追いかけた。
「後ろの席、座ってて。あと、ジャケットを……。俺はツバクロたちを連れてくるから」
そう指示すると、マコトは兄の部屋へと戻り、ウサギのケージごと二羽を抱えて車に戻った。後部座席ではジャケットを被ったロボ子が、うずくまっているように見えた。
スクラップの話を聴いた後だけに無理もない。それよりも、よく受け入れてくれたと、従順に従う彼女に敬意すら抱いた。
「車、出すから」
運転席に座ったマコトは静かに車を発進させた。
電話で連絡していたスクラップ工場につくまで、車内はずっと無言のままだった。マコトは会話がないことが寂しくもあり、有難くもあった。今、何か聞かれても、まともに答えられない気がしていたからだ。
「着いたぞ」
車を泊めて声をかけたものの、ロボ子は無反応だった。
「俺もスクラップにはしたくない。だけど、その……」
だけどの後に言葉が続くはずもない。スクラップにしたくない、というのがマコトの中にある唯一の真実なのだから。
「……ロボ子?」
普段おしゃべりな彼女が、ずっと無反応なことに耐えられず、マコトはロボ子に目を向ける。さっき見た時のまま、ジャケットを深くかぶって、うずくまっているようだった。
「ロボ子……」
彼女の表情が気になって、ジャケットをそっと持ち上げてみる。
「えっ!?」
ジャケットの下から現れたのは、ロボ子ではなくて西洋の甲冑だった。
一方その頃、ウサギがいなくなった部屋では、ワタルが寂しそうにケージがあった場所を眺めていた。
「一気に静かになったなぁ……」
寂しさに打ちひしがれていると、ガシーン、ガシーンという物音が部屋に近づいてくるのがわかった。何だろうと思い、部屋のドアを開けてみると、三つ指ならぬ万力アームを突いたロボ子が目の前にいた。
「不束者ですが、どうぞ末永く宜しくお願い致します」
ワタルはロボットが嫁入りのような言葉を言うのを初めて聞いた。
【余談】
自作LINEスタンプ「ロボ子の日常」を作った際に、一人で行うメディアミックス展開のひとつとして、YouTubeでのラジオと共に始めた小説になります。
LINEスタンプではありますが、一応 絵があるので挿絵代わりに入れています。