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「###########################!!!!!!!!!!!!!」


 咆哮にしては情けなく、悲鳴と呼ぶには力強い不可思議な大声が突き抜けるように響く。


「#################!!!!!!!!!!!!!!!!」


 再び、その大声が突き抜ける。


「#############!!!!!!!!!!!!!」


 何度も。


「##################!!!!!!!!!!!!!」


 何度も。


「#############!!!!!!!!!!!!!」


 こうして繰り返される不気味な声は、次第に周りの注目を浴びるようになっていき、男性にしては小さな体躯をした人物に釘付けになった。

 その両脚で地面をしっかり掴み、腕を引き、胸を張る。その根付くように立つ男性の下半身から伝えられていく力は、傷や欠損が多い彼の全身から溢れ出る様な存在感を放つ。

 突如として現れた巨大な大木を思わせる彼の存在に、時を止める様な静寂が一瞬生まれる。


「だ、大天使様・・・・・・?」


 誰かが呟いた小さな独り言。決して聞こえるはずは無いその声の人物に、彼は地面を噛み締めるようにゆっくりとその場で向きを変える。

 背中に背負う自らの背丈を越える長弓を手に取り、もう片方の手で生み出す青い矢の様に見える物を射掛けた。

 弦の満ちる緊張感に合わせ、その人物も息を呑む。明らかに此方を向く矢先が自分を捕らえている・・・・・・しかし、まるで足に根が絡む様に感じている彼は動く事は出来ない。


「だ、誰か、たす――」


 絞る様に出した声は、弦の弾ける音に掻き消されると同時に、彼の頭と胴体を別けた。

 数メートル離れた位置まで弧を描く様に飛んでいく頭が地面に落ちる。それに遅れて、根を張っていた体もゆっくり後ろに倒れる。

 下が砂浜であった為、音も無く落ちて倒れた2つは、まるで鋭利な刃物で切られた様に綺麗な断面をしていた。

 そして、血の噴水がそこまで来て初めて噴射され、周りに居る武装した兵士達に浴びせられる。


「な、なんだよこれ――!」


 血を浴びた兵士が思わず出した驚きの声を遮る様に、再び弦の弾ける音が包む。

 先程と同じ様な光景は事態の把握と理解を遅らせていたが、そう長くは持たず、切れた糸の様にその波紋は広がっていく。


「や、やばい――」

「に、逃げる――」

「やだ、死にた――」


 次第に上がっていく数々の声に被せる様に弦の弾ける音が重なっていく。

 一斉に動き出す兵士の背中を貫き、順番に1人ずつ音も無く倒れる。

 周囲の悲鳴が弦の音を掻き消す程の兵士が動き出し始めてもそれは変わらず、1人また1人と確実に一撃で殺していく彼の姿はまるで・・・・・・


「死神・・・・・・いや、彼の異名を借りれば堕天使と言った所かも知れませんね・・・・・・」

「流石は焔様」


 その阿鼻叫喚の空間に置いて、2人の人物だけは背を向ける事無く悠然と立っている。

 勿論、その2人にも矢は容赦なく放たれているが、2人の前に展開されている花びらの様な障壁が全ての矢を受け付けていなかった。

 

「進みますよ、華さん。防御障壁の方は問題ありませんか・・・・・・?」

「問題ありませんわ焔様。ただ矢を放つ物に成り下がったあの人物程、怖くないものはありませんわ」

「それもそうですね・・・・・・」


 そう言葉を交わす2人は、互いにその長い髪を乱す事も、位の高そうな気品の良い服を汚す事も無く彼の近くまで移動していく。

 そこまで行くと、無差別に狙っていた矢の脅威はその2人だけに向く様になっており、未だ悲鳴は途切れては居ないが、兵士達は足早にその場を離れようと動き回る。

 それでも、その一撃必殺の矢が2人を守る障壁を越える事は出来ず、矢が当たる度に消える5枚ある花びらの内1つが、矢と共に輝きながら消えていく。


「ひぃ・・・・・・!」


 そう漏れた小さな声、その声は矢をひたすら放ち続ける彼では無く、後ろに居る短髪赤い髪の少女。

 悪魔の様な羽や、1本目立つように跳ねてる髪が印象的な少女の他にも、その周囲には彼女の様に特徴的な部位を持った人物が大人から子供まで揃っている。

 いすれも、意識無く倒れていたり、動く意志を捨てた者や這うようにしながら距離を取ろうとしたり様々であるが、彼とそれを取り巻く状況、1つ言える事があるなら・・・・・・


「弱き者を守る精神は、確かに大天使様にそぐわぬ振る舞いと感心致します・・・・・・華さん」

「はい、焔様」


 涼しげな表情で語る様に話す彼が一声かけると、矢を放つ彼を囲む様に花びらが展開されていく。


「フラワーロック」


 そう唱えた桃色の長く、軽いウェーブがかかった髪が膨らむと、花びらが一斉に閉じる。

 閉じた拍子に彼は長弓を地面に落とし、身体を縛られた様に縮こまされる。閉じた花の蕾に閉じ込められたのだ。


「################!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「大人しくしてください・・・・・・もしかしたら、本当は良いたい事を既に言っているのかも知れませんね・・・・・・」


 一心不乱に矢を放っていた彼を包む蕾は、彼が暴れ様としてもびくともしない、しかし、動かせる頭を振りながら出す声は力強さが目立ち、決して諦めた訳では無い事が分かった。

 そんな口も次第に蕾の蔓の様な物が伸びて来ると、塞がれてしまう。


「貴方らしくも無い立ち振る舞いですが・・・・・・だからこそ用心はするべきでしょう・・・・・・頂きますよ、魔石・・・・・・」


 伸びた蔓は彼の首筋、腕、耳に伸びると、付いている宝飾品を丁寧に奪っていく。

 その際、彼は一段と強く暴れ様とするも、それに合わせ締め付けも強くなり、意味を成さない。

 奪った3つの宝飾品を男の方が細い手首を袖から見せて、長い指が掴む。


「魔石の力が無くなれば貴方の実力は半分以下だと、分析しています・・・・・・悪く思わないでください・・・・・・」

「流石は焔様。最後まで気を抜かない考えと、相手を思いやる一言には思慮深さが感じられ、感服致しますわぁ・・・・・・!」


 惚れ気が感じられる心酔した表情と声色の女性に映る、男性の表情は至って涼しげでどこまでも他人事の様な冷たさを帯びている。

 そんな彼を溶かすように鋭く熱い視線で睨む長弓の彼は、反骨の精神が見て取れた。


「・・・・・・なんで」

「ん・・・・・・?」


 そう漏らした声の主は、同じ様に自らの髪色を表すような熱を帯びた目をしている。

 そんな彼も、全体的に儚さを体現した容姿を傾ける。


「なんで、こいつは・・・・・・勇者の仲間の1人だろ、ボク達を・・・・・・魔族を守ろうとする」

「貴方! その態度と目つき、焔様に対して無礼だと思わないのかしら! 貴方の様な汚れた魔族が話しかける権利なんて・・・・・・」


 反抗的な態度は、隣に居た桃色の髪の女性の神経を逆撫でしたらしく、一歩踏み出した彼女を、細い腕が遮る。

 彼女は遮る人物の顔を見ると、小さな声で「申し訳ありません」と言い下がり、男性は頷く。


「それは、彼と言う人物故にとしか言えませんね・・・・・・彼含め、勇者、格闘家のご友人も引けを取らない人徳と人格者でしたから・・・・・・」

「・・・・・・だったら、この丸坊主はボク達に対して完全な善意で動いている・・・・・・そういうことなのか?」

「どうでしょう・・・・・・彼は他の2人と比べれば多少、用心深い・・・・・・弱さ故の疑り深さがあります・・・・・・しかし、それは貴方方を助けるのとは関係無いかもしれませんね・・・・・・」

「・・・・・・今の魔族を放っておけないから、こいつは・・・・・・」


 坊主と言っていい程、短い黒髪をした男性の頭が未だ揺れているのを見ながら、その少女は呟く。

 そんな彼の頭が急に静止する。彼女はそれに違和感を覚えてはいない、しかし、彼が急に消えた様に感じたのか、小さく「あ・・・・・・」と声を漏らした。

 その瞬間、蕾の花びらの1つが、彼の太く傷だらけの腕を見せながら、粉々に消えていく。

 ここまで面でも被っていた様な表情をしていた男性も、その瞬間は目を丸くする位、あまりにも突然で余波を感じない出来事に周囲は驚いた。


「焔様これって・・・・・・!」

「あの時と同じですね・・・・・・控えさせてある2人と出来れば天変地異の皆さんと合流する為に一旦下がりましょう」


 そう言い、足早に下がる2人。残された魔族達は花びらを一枚一枚破り、拘束を解いていく彼をただ見つめていた。

 腕が脚が自由になる度、露わになる筋肉質な身体は花の結晶の輝きもあって、彼の人生の壮絶さが際立って見える。

 一方で赤髪の少女は拭いきれない違和感を持っていた。そこまでの足掻きを見せる彼から・・・・・・感情を感じない。

 しっかり見ていないと忘れそうな希薄な存在であり、逃げる兵士や儚い男性に見せていた巨木の様な激情が途絶えている。

 拘束の解けていく彼は、砕けていく花の輝きと一緒に消えてしまうのでは無いかと彼女は思った程だ。


「これが、大天使・・・・・・勇者の仲間の1人、弓兵のテンバ・・・・・・」


 そう呟く間に、彼はその身を包む蕾を全て解くと、砂浜に落ちる長弓を拾う。

 実際そう動いたかもよく分からない。記憶に残りづらく1つ前の行動を辿ろうとすると、目の前から消えてしまうのだ。

 その為、既に彼女は彼を見失っていた。気づくと彼の痕跡は砂浜に残る足跡だけ。


「・・・・・・ふふ、これが魔王を倒して、全ての魔族を弱体化させ、魔族そのもの崩壊を招いた仲間の1人・・・・・・あいつなら」


 彼女は満面の笑みだった。と、言っても表情はあくまで八重歯が目立つ位の微笑だが、内面から溢れる感情が抑え切れてはいなかった。

 周囲の魔族達が現状、陥っていた地獄を乗り切り安堵する者が多数の中、彼女は彼の砂浜に残る足跡を見ながら、悪魔は囁く。


「あいつなら使える」




****************************

*******************

***********




 男は目を覚ました。

 そこは何処かの洞窟の様な場所で、恐らくは砂浜近くの海岸に位置すると思われる。

 雫の落ちる音がするだけの暗闇は不安を駆り立てるが、それだけに薄く明かりを灯す小さな火種が落ち着きを誘う空間を作る・・・・・・それは彼が赤髪の少女に介抱されている事もあるのかもしれない。

 膝枕される彼女の太ももは温かく、見上げる彼女の睫毛の長さが、どこか年頃の少女にしては大人っぽくも見える。 


「目覚めましたか・・・・・・!?意識は、意識ははっきりしていますか!?」


 そんな彼女と目が合った彼は、焦りや喜びを感じさせる声は、少女にも少年にも聞こえるハスキーな声であり、彼はゆっくり頷いた。


「あ・・・・・・!!!!!?????」

「覚えていますか? 私、貴方の直ぐ後ろに居た・・・・・・どうしました?」


 この場合、最も喜ぶのは彼が目覚めるまで介抱してくれた少女なのかもしれない・・・・・・だが、それよりも男性は自らの口を両手で塞ぎ、一重の細い目を見開いている。


「あ・・・・・・い・・・・・・う・・・・・・え・・・・・・お・・・・・・・・・・・・」


 その声は彼の年齢にしては細い、消えそうな声で、生まれたての赤ん坊が始めて声を出す様な拙さが見える。

 彼女は、洞窟に小さく反響する声を泣きそうな顔で確認する彼を見ながら、あの時の男が言っていた、とある言葉を思い出す。


「もしかして貴方・・・・・・声が出せない?」

「っあ・・・・・・!!」

「そう・・・・・・ってえぇ!?」


 その問いに彼は小さな嗚咽の様な声で頷くと、両腕を彼女を囲む様に広げ、抱きついた。

 腰の位置に腕をまわし、お腹に顔を埋める彼に彼女は驚いた様な声を上げるも・・・・・・


「・・・・・・泣く程嬉しいものなの、なんですか?」


 思わず素の言葉が出そうになる程、大の男にしてはみっともなく泣いている。

 彼女の黒いゴスロリ風の服が涙で濡れるのもお構い無しに、嗚咽交じりの泣き声で彼女に縋り付く。

 彼女はそんな彼を見て会話にならないと判断したのか、軽い溜息を漏らすと、小さくて白い手で彼の坊主頭を撫でる。

 犬っぽい触り心地・・・・・・そう思いながら、彼が落ち着くまでの間、撫で続けた。




***********

*****

***




「今から何故、貴方が声を出せる様になったか? その理由を説明します。返事は首を縦か横に振って貰えれば大丈夫です。いいですか?」

「・・・・・・あ」


 しばらく泣き続けた彼が落ち着いた所で、2人は唯一の明かりを中心にしながら、向き合う様に座っていた。

 若干腫れた目と涙の痕を残した顔で、恐らく”はい”の意味を持つ返事と一緒に首を縦に振る。


「簡潔いいますと、貴方は吸血鬼・・・・・・と、言ってもまだ”仮”ですが、私の眷属として半分吸血鬼の状態にさせて貰ってます」


 人形の様に整った顔つきに、人族にしては白過ぎて不気味にも感じる肌が、僅かな明かりに照らされている。

 少女にしては雰囲気が合わず、女性にしては幼すぎる容姿ではあるにも関わらず、それによる不安定さはまるで感じられなかった。


「私の名はシャルテット・ブリリアント。約500年を生きる吸血鬼です。その私が倒れている貴方を助け、ここに運び、一時匿っていると言う状況です」

「・・・・・・あ?」


 その言葉に彼は首を少し横に傾け、少し疑問に持つ様な細い声を出す。


「覚えているかは分かりませんが、貴方がかなきり声を出した時、後ろに居た魔族の中の1人の者です・・・・・・つまりは、私は貴方に一度助けられています。だから、私はその・・・・・・お礼がしたくて倒れてる貴方を助けたんですが・・・・・・」


 赤く爬虫類を思わせる目を逸らし、歯切れの悪くなる言葉。


「貴方の状態はとても・・・・・・今、5体満足で居るのが不思議な位の状況で・・・・・・その・・・・・・しょうがなかったんです。眷属として・・・・・・吸血鬼にしないと貴方は・・・・・・」


 どんどん歯切れの悪くなる彼女の言葉を察した彼は、彼女に手を伸ばすとその短髪で赤い髪に触れる。

 それに気づいた彼女が彼を見ると、傷だらけの顔でありながら爽やかに笑い、出しなれていない声を少し出す。

 しかし、その声は今までとは少し違い、どこか温かさを感じ、大丈夫、理解していると言う事を伝えたい様子がした。

 現に触れていない手は、自らの腕、脚、胸を叩き、自らの問題無さを訴えている。

 最後に親指を立て、傷だらけの肌に似合わぬ歯並びの良い歯を輝かせる姿に、彼女も少し笑みを見せると。


「吸血鬼は特徴の1つにどんな傷も治す、圧倒的な再生力があります。声は恐らく副産物ですが、それを使い、貴方を助ける為、この様な事をしました・・・・・・申し訳ございません!」

「っあ・・・・・・! ・・・・・・・っあ」


 そう言い、頭を下げた彼女を彼は肩を掴み上げようとする。その声色もどこか申し訳なさそうだった。

 しかし、彼女は頭をそのまま上げるつもりは無いらしく。


「貴方を人族から魔族にすると言う事! それが、どれだけ現在の状況に置いて愚かな選択だったかは承知しています! ましては貴方は勇者の仲間の1人! 本来ならこれから先の人生を幸せに暮らせる筈でした! それを私は・・・・・・!」


 懺悔する様な大声が洞窟に響き、暗闇に消えていく、しかし、彼女の体の震えがその消せない罪をひしひしと物語っている。

 背中に付いた、小さな悪魔の羽は纏められ、悪魔の尻尾も同じ様に地面に着き、纏めていた。

 そんな彼はいくら引っ張っても、頭を上げる様子の無い彼女をしばらく困った様な表情で見つめる。

 そして、しばらく考える素振りを見せた後、その手を肩から、彼女の腋の下、横腹付近に移動させると。


「っく・・・・・・! ちょっつ! あはっははははっ! あははははははは!!!」


 その両手の指を波打つ様に動かす。

 彼女のゴスロリ服の腋周辺は、彼女が羽を持っていることあり、それを邪魔しない様に大胆にその白く華奢な背中を見せるデザインになっている。

 そのため、彼はその少女の柔らかくも張りがあり、それでいて無駄の無い白い肌を優しく、くすぐっていく。


「ちょっ・・・・・・っなんで・・・・・・! いきなりっなにっ・・・・・・! あはははははははははは!!!!!」


 腋を攻め、横腹を攻め、尾骨から伝う様に背中を上がり、後ろの首筋を攻める。

 その度に軽く跳ね、僅かに身動ぎする彼女を、彼の指がまるでそれぞれ別の意思が宿った生物の様に必要に追いかけ追い詰めていく。

 容赦無い指先は彼女がその場で頭を上げて、笑うと見える八重歯や、宝石の様な輝きを持つ目を大きく開かせ、涙を溜めさせる。

 くすぐり地獄が彼女をどこまでも苦しめ、その中性的な子供の声が洞窟に響いていく・・・・・・ふいに彼女の拳が彼を襲う。


「はぁはぁ・・・・・・! いい加減にしろ! ・・・・・・なんなんだ君は!! ・・・・・・急に・・・・・・急にこんなことを・・・・・・!」


 鉄拳制裁が彼を引き剥がす事に成功し、少し先で鼻先を押さえながら蹲る。

 彼女の声はくすぐりにより、呼吸が整わず、溜まった涙を手で拭いながら立ち上がり、薄い胸に手をあて、羽を大きく広げ、肩で息をしていた。

 やり過ぎた結果、反感を買った形だが、彼は鼻血だらけの顔を上げて見せ、満面の笑みで親指を立てると。


「あ!」

「なんでそんなやりきった顔なんだよ!」


 これまでで一番力強い嗚咽を出した。

 彼女もそんな彼に対し、猫被っていた口調をどこかにやり乱暴な言葉を投げつける。

 その怒声が洞窟に反響する様に広がり、しばらく鼻血を垂れ流しながらポーズを取る彼と、白い肌の頬がうっすら赤みを帯び、呼吸を整える彼女の息遣いが静かに残っていた。

 次第に落ち着く呼吸音に合わせ、彼女は再びその場に座る。その座り方は先程と比べると少しお行儀が悪い。


「・・・・・・君はボクが楽にして欲しいんだろ? だからくすぐりを行った・・・・・・違うか?」


 畏まった口調は無くなり、男勝りな言動が目立つ様になった彼女を彼はしっかり見つめる。

 そして彼は鼻血を拭うと、既にその血は止まっていた。


「それが再生力。仮吸血鬼の君だが、したがっては2つの選択肢を決断してもらわなきゃいけない」


 鼻血を出した鼻に向けられる彼女の小さな指と長めの爪。

 鋭く尖った爪が向けられる事はある意味では、余計な事をさせない意思表示にも思える。


「仮吸血鬼としてこのまま死ぬか。契約の元、正式に我が眷属として吸血鬼になるかの2択だ」


 そう言い張る彼女の目は、少女とは思えない鋭い目つきをしていて、宛ら獲物を狩る獣の様。


「恩があったから助けた。しかし、君の状態は酷すぎた。結果、君を中途半端な吸血鬼にし、その生命は恐らく一夜限りの生を授けたに過ぎん」

「・・・・・・あ」

「元々、正式に吸血鬼として迎えるには肉体の健在と、ボクが魔力量をどれ程注ぎ込めるかにかかっている。しかし、原理は分からんがボク含め魔族は急速な能力の衰退を余儀なくされ、その結果、君を中途半端な存在にしてしまった」

「・・・・・・あ・・・・・・」


 その節に思い当たる事がある彼は、その最後の言葉に軽く目を伏せる。

 何を隠そう、魔王を倒し、その原因を作った発端の人物である、何も知らない事は無いのであろう。


「そのため、ボクは現状、君を完璧に吸血鬼に出来ない。力が不十分でボク自体が既にギリギリなんだ。しかし、それを補う方法がある・・・・・・それが”契約”」

「あ・・・・・・あ?」

「そうだ契約。互いに条件を出して、ボクと君に約束事を設ける。そうすると魔力で君を満たさず、精神で君を満たすんだ。つまりは現状のボクで君を完璧に吸血鬼に出来る」


 あ、としか言わない彼の言葉を勝手に解釈し、話を進める彼女。

 そこまで話すと、向けていた指先を下ろし、依然変わらぬ鋭い目で彼を見る。


「何度も言う様だが”ボクは君を助けたい”。ボク自身の命もそうだが、あそこに居た魔族を救ってくれた・・・・・・そんな君をここで殺してしまいたくない。だから・・・・・・」


 1本伸びた跳ねた髪が揺れ、再び下がる頭、今度は会釈程度のものではあったが、その誠意は言葉の節々や態度にしっかりと表れていた。


「身の安全は保障する。依然衰えた魔族の影響はあるかも知れんが、いずれは声も出せる様になるし、吸血鬼は何より強い。魔族でも待遇は良い方だ・・・・・・”契約”を受けて欲しい」


 そう頼み込む彼女がゆっくり頭を上げて、最後の言葉に合わせ彼の目を見据える。

 彼はそんな彼女の願いに対し・・・・・・あまりにもすんなり答えを出した。

 親指を立て、彼女の華奢な肩を触ると、鼻血の跡が残る顔でいまいち決まらない笑顔を見せる。

 その即決に彼女はぱっちりした目を丸くしたが、直ぐに安心した様な笑顔を見せると。


「感謝する・・・・・・だが、ここからが本題なんだ、大天使こと弓兵テンバ。ボクの約束事、聞いて貰えるかな?」

「・・・・・・あ?」


 その問いに、彼はまたしても疑問系の嗚咽を漏らす。彼女はその彼の動作に一旦考える素振りを見せると、思い出した様に話し始めた。


「ボクと君は初対面じゃ無いんだよ。まぁ、この姿で会うのは初めてだし、何より君は、意外と魔族側でも有名人だ」


 勇者の仲間であった為、それなりに魔族の住む”裏世界”に顔を出してたりした事もあり、彼はその事に関してはすんなり受け入れた。


「問題は”契約内容”だ。これは互いに出した条件を呑まないと成立しない。だから、君にもボクにも相手を理解する気持ちが大事なんだ」


 そう言い、彼と自分を指差す。


「そんなボクが君に求める事、それは・・・・・・”君に魔王になって欲しい”」

「・・・・・・あ?」


 僅かな溜めを作り、若干低い声で話された内容は、彼の嗚咽の疑問系が最も戸惑った様にも感じられた。

 そんな彼を置き去りに、彼女はその整った愛らしい顔の表情を崩す事は無い。


「あの状況・・・・・・正直助けなんて期待してはいなかった。自分の身を守るので精一杯で、ボクも久しぶりに死を覚悟した。魔族の世界では何をしても良いが全てが自己責任、それが当たり前なんだ」


 その真剣に噛み締める様に話す彼女を、黙って見つめる男性。無感情にも感じるその表情は、事の重要さを理解しているのかも知れない。


「そこに君が現れた。ボクとしてはそれも相手の作戦かと思ったけど、容赦無く相手を殺っていく君。そして、敵対した相手が”そういう男”とテンバを肯定するのは、君が大天使たる所以だとボクは思った」

「・・・・・・あ」


 そう話した彼女に彼は何かを言いたそうに嗚咽を漏らしたが、相手の出す見た目では判断できない凄みがそれを阻止する。


「魔族にはもう一騎当千の力を持つ怪物はいない。故に協力するのが大切だと思っている・・・・・・そしてそれを成せるのはそれを放っておけない人格者だ」


 彼女は彼の手を取る。豆や傷でボロボロの彼の手を、とても多くの年月を生きたとは思えない小さく綺麗な手の平が包む。

 吸血鬼と言う死人を媒体に生まれる化け物しては、些か暖か過ぎる情熱と覚悟がそこから伝わる様だった。


「ボクはこのまま終わりたく無い。奴隷になるなら死んだ方がマシだ・・・・・・だから、もう一度問う。魔王としてボクを・・・・・・魔族を導く希望になって欲しい」


 魔王になる・・・・・・それは彼ら人族にとって最大の敵、忌むべき恐怖の権化と言っても過言では無く、それが成すべきは意味は人族への反乱と言って良いだろう。

 つまりは勇者の仲間で人族の希望とも言える彼に、彼女は裏切りを持ちかけた。

 仮にも魔王を殺した人物にだ。

 流石の彼も、その提案には時間を要した。そして、時間をかければかけるほど、彼を包む小さな手に力が篭もっていく。

 数分の時が数十分にも数時間にも感じられる圧力は、一度は牙を向けはした人族への後悔の念もあったのだろう。

 それでも、彼女がそれを持ちかけたのは、彼なら断れない、見過ごせない、それ故に起きたあの一幕を目にしたのが大きかった。

 

「あ・・・・・・!」


 動き出した彼の手は今度は逆に彼女の手をすっぽりと覆い尽くす。

 そして、出された嗚咽はどこか勇ましく、肯定するような力強さを残していた。

 彼女はそんな彼を見て、小さく小ぶりな唇をゆっくり開くと。


「良いんですね? 信じますよ」

「あ!」


 その一言はこれまでで一番元気の良い返事だった。

 傷だらけの笑顔に、大きくゴツゴツした感触の握られた手、どれをとってもその姿は友好を示すサインだと思って差し支えは無いだろう。

 それを確認した彼女は気が抜けた様に大きく息を漏らすと、その手を相手が離し、表情を和らげる。

 それは珍しく見せる彼女の見た目にぴったりの、年頃の女の子だった。


「じゃあ次は君の番だ。なんでも良いさ。ボクに出来る事は勿論、出来ない事でも無理してやってあげる覚悟はあるから・・・・・・ん?」


 姿勢を若干崩し、砕けた表情の彼女に対し、彼は自らの指の血を使い、その辺にあった丁度良いサイズの石に何かを書いていた。

 恐らくは、条件を書いているのだろう・・・・・・と、言うか文字が書けるなら先に教えろよ、とか思っている彼女と彼の目が合う。


「・・・・・・あ!」

「・・・・・・しっかり魔族の言語で書いてあるんだな・・・・・・って、はあぁ!?」


 渡された彼の石に書かれる血文字、それを見た彼女は思わず立ち上がり、もしかすると今までで最大の驚きの声が反響した。

 広がる羽や上に伸びる尻尾、肩らへんのまでの短い髪で跳ねている部分も心なしか上に伸びていおり、全身で驚きを表現している。

 そこにはこう書かれていた。


『シャルと夫婦になりたい』


「君は・・・・・・こういう趣味の持ち主だったのか・・・・・・? まぁ、元の性別が女だから不可能では無いのだが・・・・・・ボクの見た目はこんなんだぞ?」

「・・・・・・あ!」


 若干顔を赤くしながら、何度か文字を確認し、ついでに自らの身体を見せ付ける様に軽く両腕を広げ、軽くその場で1周する。

 彼はその困惑に包まれた声に対し、拳をしたから突き上げる様にしながら、力強くガッツポーズをした。

 

「この通りお子様な見た目で、肉付きはあまり良い方では無いし、胸も・・・・・・豊かさにかけるんだが・・・・・・まさか君はロリータコンプレックスとか言うのじゃ・・・・・・」

「そ・・・・・・・・・・・・お・・・・・・」

「今まで一番分かりやすい返事!」


 締まりの良い足には黒いニーソ、スカートはヒラヒラでボリュームがあるも少し短く、動き回れば絶対領域が見えるかもしれない。

 胴回りもヒラヒラにリボンが目立ち、胸のあたりは大きなリボンが胸以上の存在感を放ち、背中側は生える尻尾や羽を邪魔しない為、少女らしいデザインには大胆すぎる尾骨から両肩、首筋がしっかり見える。

 頭にも小さくリボンがあしらわれ、全体のイメージ色を黒と赤で纏められており、そこに彼女の白い肌が輝く様に際立つ。

 笑うと見える八重歯に見ていると吸い込まれそうな赤い目、長い睫毛が美しさも生み出し、小ぶりな唇は思わず触れたくなる様な魅力を感じる。

 なにより、胸が小さいのが良い、少し膨らみかけの成長途中の胸がチラリと腋辺りから見えた時の喜びはそれこそ表現するには惜しい位の・・・・・・思考を遮る強力な衝撃が彼を飛ばす。

 そんな風に吟味しながら見る彼の視線が、生理的嫌悪感を抱かせたらしく、顔に拳が入る。


「この姿でここまで気に入られたのは君くらいだよ、まったく・・・・・・良いよ、受け入れよう。ボクと君は夫婦だ。これで互いの要求は通った訳だ」

「あ!・・・・・・」

「復活早いな!」


 気恥ずかしさもあるらしく、話を纏めようとする彼女の言葉に、また鼻血を流す彼が痛みも忘れてやってくる。


「ここまで来れば後はボクが君の血を吸えば言いだけだ。君に気をつけて欲しいのはしっかり互いの条件を頭で意識して置いて欲しい」


 そう言い、彼女は彼の書いた石に自らの血を使い、何かを書く。そこには、


『テンバは魔王になる』


「そう思って置けば良い。後はボクのさじ加減でどうにでもなるからさ」

「あ・・・・・・!」


 渡す為に近づいた彼女に、彼は返事を返す。

 一旦、2人共座ると、距離感的には最初の膝枕に近い形になっていた。


「じゃあ行くよ。準備は良いかい?」

「・・・・・・あ」


 彼女は自らより大きい相手の胸に倒れ込む様に寄りかかると、頭を包み掴む様に腕を伸ばす。

 そして、その小さな口から見える八重歯が輝き、少しづつ彼に近づける・・・・・・

























「君はホントに良いヤツだよ・・・・・・馬鹿らしい位にさ」


 思わず背筋が凍り付く様な囁きに、危機を感じたのか動き出そうとする彼。

 しかし、その力は少女とは思えないものであり、逃げる事は出来ず、冷や汗を流した彼の首筋に喰らい付く。

 徐々に何かに支配されていく、思考を止める術は無く、遠ざかる感覚に彼は眠る様に意識を閉ざした。

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