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第9話 義妹を探し出す件

 少女の心の中は不安という色で染まりきっていた。

 歩いても歩いてもただ木々が生い茂っているだけ。

 この道には出口がないようにも感じ取れる。永遠にこの同じ景色が続いているのではないか。そんなことさえ思い始めていた。


「どう・・しよう・・・」


 自然と不安の言葉が出てくる。その少女凜は終わらない道を歩き続けていた。いや、正規の道からはとっくに外れてしまって今は草むらの中を歩いていた。


「どうして、肝試しなんかに参加したんだろ・・」


 凜は、ある男子に自由行動の時からしつこく迫られていた。肝試しにも誘われて、友達に後押しをくらってしまい、断り切れずに参加してしまった。

 その肝試しの最中に熊を遠くに見かけて、男子は凜を置いて走って行った。凜も無我夢中で走ってしまい、完全に迷子になってしまった。


(このまま、死んじゃうのかな・・)


 不安なことしか頭の中に浮かばない。もはや凜はパニック状態だった。どうすればいいのかもわからない。

 凜は疲れと困惑と不安で足を止めてしまった。そして草むらの中に座り込んでしまう。この暗い緑色の草に絡まれて動けないヒロインのようにも見える。

 涙が出てくる。凜は歪んでいく視界を拭うやる気すらなかった。

 するとそこに、草が揺れる音が聞こえてきた。凜はハッとなって目を大きく見開く。歪んでいた視界でも目を見開いたことではっきりと確認できた。

 そこにいたのは、先程見た熊だった。今度は遠くに見かけたレベルではない。すぐ目の前にいるのだ。その熊と目が合った瞬間、凜の思考は完全に停止した。いや、一つだけ思い浮かんだことがあった。


「あ・・ああ・・あ・・・・!」


 ”死んだ”

 しかしそんな少女は後ろから誰かに抱き寄せられる。そして、口を押えられた。凜はさらにパニックになったが、そんな少女に、


「騒がないで・・」


 優しく耳元で呟く。その正体は凜はまだわからなかったが、体を後ろの人物に預けてじっとしていた。

 それから、30秒くらい経つと熊はゆっくりとどこかに歩いて行った。凜にとっては、1時間にも感じれる30秒間だった。

 凜の口から手が外れる。そして、ため息とともに少女は抱き起こされた。


「大丈夫、凜?」


 凜はようやくその人物を認識する。


「どうして、ここに・・?」


 なにがなんだかわからなかった。なぜなら、そこにいたのはあの時、自分が痴漢に遭った時に助けてくれた人と同じ人物だったからだ。


「お・・にい・・・ちゃん・・」


「ケガは、パッと見なさそうだけど・・どこか痛いところない?」


「お兄ちゃん!!」


 凜は久人に抱き付く。


「お兄ちゃん・・お兄ちゃん・・・」


 久人は少し驚いたが、凜が泣いているのに気付くとすぐに冷静を取り戻す。

 そして、ゆっくりと、優しく凜の頭を撫でてあげる。


「大丈夫・・大丈夫だから・・」


 そのまま凜が泣き止むのを待つ。

 凜が泣き止むと、久人はすぐにその場から移動を開始しようとする。

 しかし、凜が久人から離れると、すとんと草むらに座り込んでしまった。


「え、大丈夫!?」


「う、うん。 ちょっと、安心したら、腰が抜けちゃった」


 そんな義妹に久人は背中を向けて、腰を低くする。


「乗りなよ」


「え!? でも・・」


「いいから、早くしないと余計に帰れなくなるよ」


「う、うん」


 そう言うと、凜は久人の背中に身を乗せる。

 普通の人なら、背中に感じるふくよかな感触や密着している太ももなどで動揺するだろうが、今の久人にはそんな余裕はなかった。

 地図もあるし、来た道もなんとか覚えているが、それでも不安は久人にもあった。いつ遭遇するかわからない猛獣に、帰れる確証もない。もしこのまま迷えば、自分も死ぬかもしれない。

 ミイラ取りがミイラになる、とはこのことを言うためにあるのだろう。そんなことを思いつつ、久人は五感を活動させていた。

 風に揺れる木々や草むらの音、それに不自然な揺れがないか、見覚えのある景色がないか。

 すると凜が口を開く。


「ねぇ、お兄ちゃん」


「なに?」


 耳に直接かかる息にこそばゆさを感じながら、久人は返事をする。


「どうして、あたしのところにこれたの?」


 思っていた疑問を聞いてみる。あんなピンポイントの場所を特定できるわけがない。


「別に、偶然だよ。 まぁ、でも道から外れたところにいると思ってはいたけどね」


「じゃあ、なんで来てくれたの?」


 普通に考えれば、先生たちが探して生徒は待機しているはずだ。そう思った凜は、この疑問も久人に聞いてみた。


「なんか、体が勝手に動いたんだよ」


「え?」


 久人の回答に凜は少し困惑気味に聞き返す。

 すると久人は、


「俺にもよくわからないけど、体が勝手に走り出したんだよ」


 そんなことを言う。凜はそんな答えに胸が温かくなる。あの時と同じだった。

 すると凜は義兄の広い背中に顔をうずめる。胸の鼓動が聞こえてしまうのではないかという心配もあったが、凜は今はお構いなしだった。


「そっか」


 しかし、凜とは逆に久人は不安が大きくなっていた。

 なぜなら、久人の計算ならもう普通の道についても良いはずだった。しかし、全然道に出ない。


(おかしい、もう道に出ても良い頃なのに)


 自分の不安を凜には感じさせないようにしながら、久人は道を探す。

 すると、久人は気になるものを見つけた。


(あれはなんだ?)


 それは木に巻き付いていた黄色いテープだった。しかも、近くの木にも巻き付いている。

 瞬間、久人は感付いた。


「そうか! これは、先生たちのだ」


 よく見ると、そのテープは一直線上になって木に巻き付けられている。

 教師たちが付けた迷わないための目印だろう。

 久人はすぐにそのテープの目印通りに歩を進める。


「凜、よかったな、助かったぞ」


「うん・・」


 返事が少し弱々しい。熊に襲われて森で迷子になったのだ。そのため、凜はすでに疲労困憊の状態だった。それでも、凜は久人の存在のおかげで安心感があった。

 しかし、久人はそんな少女を早く休ませてあげるために、少し歩を速めた。

 たとえ、このテープが森の奥につながっている方だったとしても、教師には会える。

 助かることは確実。久人はそう確信して、ひたすらに歩き続けた。

 すると、灯りが見えてきた。それには見覚えがあった。キャンプファイアの灯りだった。


「凜・・着いたよ」


「うん・・・」


 久人の言葉に凜は小さく返事をする。

 そんな少女をおぶって来る姿を待機していた教師が見て、すぐに近づいてくる。


「安藤くん! それに水原さんも!」


 その声に周りの生徒達も集まってくる。


「大丈夫!? 水原さん」


「りーん、心配したんだよ!!」


 生徒たちは口々に凜を心配する。

 どうやら、生徒たちは凜がいなくなったことを知っているようだった。

 久人は、凜を背中からゆっくりと降ろす。


「安藤くん! 勝手にいなくなって、あなたまで迷子になったらどうするつもりだったの!?」


 女性の教師は半分怒り、半分心配で久人に言う。

 久人のしたことはもちろん教師にとっては許してはいけない行為だった。

 それでも、


「まぁ、でも、無事でよかったわ・・」


 安堵の言葉を最後に久人にかけた。

 久人のおかげで凜を救えた。そのことは教師もきちんと理解していた。


「いえ、では俺はこれで」


 久人はすぐに、凜に接していた本当の自分ではなく、仮の自分に変えてそう告げる。

 そしてキャンプファイアの方に歩いていく。

 すると、


「あ、待って!!」


 凜が彼を呼び止めた。

 久人はそちらを振り向く。


「あの、おに、久人くん・・・本当に、ありがとう!」


「気にしないで」


 凜のお礼に久人は微笑んで返す。そして、また歩き始めた。

 他の人は凜に寄ってきて心配してくる。しかし、久人には誰も声をかけていなかった。凜は周りの生徒に大丈夫、と笑顔で返しつつ、久人の背中を見ていた。

 そんな久人は安堵の息を吐きながら、キャンプファイア近くのベンチに座る。


「災難だったな、久人」


 そこに、優理が声をかけてくる。


「はは、まぁ・・ね」


「大丈夫か?」


「さすがに、疲れたかな」


 久人は体をすこしのけぞらしながら言う。


「でも、良かったよ」


 続けて久人はポツリとそんなことを呟く。


「水原さんが無事で?」


「ああ・・」


「・・・あ、先生が集合だって、行こう、久人」


 優理が久人に手を差し出す。


「ああ!」


 差し出されたその手を握り、久人も立ち上がる。

 疲労感は半端ではなかったが、それでも久人は満足だった。

 約束は守れたのだから。必ず守るという凜との約束を。

 そんなひと波乱があったが、それ以降はなにも問題なくこの行事は幕を閉じた...

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