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第8話 義妹が行方不明になった件

(だるい・・)


 生徒達の会話で騒がしいバスの中、久人はそう心の中で呟いていた。

 このバスは山に向かっている。

 夏休み前最後の学校行事が行われようとしていた。

 三年生全員で山のキャンプ場に行き、交流を深めるというのがこの行事の目的。俗にいう林間学校というやつだ。この行事をきっかけで付き合う男女も多いらしい。

 もう周りには建築物がほとんどない。

 久人は人混みは好まない方なので、今現在のバスの中はとてもつらかった。


「なぁ、久人」


 そんな中、隣に座っていた優理が自分で持ってきたお菓子を食べながら久人に声を掛ける。


「なに?」


 水を飲みながら久人は返事する。


「今日のペアの人もう決めた?」


「いや、決めてないよ」


 ”ペア”というのは、今日の夜に行事の締めとして開催される肝試しのことである。参加は自由で、ペアも自由に組めるというもの。大抵はカップルか仲の良い友人同士が参加することが多い。

 正直久人に参加する気はさらさらなかった。カップルの為のイベントになにが悲しくて男同士で参加しなくてはならないのか。一人でも参加できるが、そんなことをする人なんてほとんどいない。


「お前は決めてるのかよ」


 久人は聞き返す。しかし返ってくる答えは分かっていた。


「もちろん!」


「だろうな」


 優理には彼女がいるのだ。それは久人も知っていた。


「まぁ、お幸せにな」


 なんて他愛のない会話をしている間にバスは目的地に着いていた。

 生徒たちが次々にバスを降りていく。もちろん久人も。

 バスを降りた生徒たちは最初にテントを建てる作業をする。

 それが終わればついに生徒達(主に男子生徒)が待ちわびていたイベントが連続で開始していく。

 まず最初に夕方の五時まで近くの山を自由に行動する。

 ここで男子は思い人の女子を誘うという求愛行動にはいる。

 無論久人はそんな行動はしない。

 自由行動が始まってから久人がまず最初にした行動は、静かなところを探す、ということだった。なぜかというと、もちろん読書をするため。


「早く時間が来ないかな・・」


 久人は山に入ってすぐのところにある休憩ベンチに座っている。ここで本を読みながらこの退屈な時間が終わるのを待っていた。

 するとそこに一つのグループ集団が近づいてきた。


「あ、安藤くん!」


「!」


 久人は声を出さずに目線だけを声をした方に向ける。

 そこにいたのは、凜たちの仲良し四人グループだった。

 もちろん凜もそこにいた。ということは男子からの誘いを断ったのだろう。凜ほどの女子を誰も誘わないわけがない。


「何してるの?」


 凜の友人の一人が近づいてきて声をかけてくる。名前はわからない。久人とは同じクラスではない人だった。


「読書だけど・・」


 久人は凛と目を合わせないように意識しつつ、質問に答える。


「ひとりなの?」


 もう一人の女子も質問をしてくる。


「まぁね・・」


 今度は本に目線を戻しながら返事をする。

 すると、女子たちが突拍子もないことを提案する。


「じゃあ、安藤くんも一緒に行かない?」


「え・・!?」


 一瞬久人はなにを言われたのかわからなかった。


「あ! いいね、それ」


 他の女子たちも口々に賛成する。


「いいよね、凜?」


 その中の一人が凜に同意を求めた。

 久人はここで凜が拒絶して、この会話は終わると思っていた。

 が、そんな久人の予想は見事に外れることになる。


「うん、いいんじゃないかな」


 凜も賛成したのだった。


(本気かよ、凜!?)


 久人は表情には出さなかったが、凜の言葉に少しパニックになっていた。

 普通に考えたら断るだろう。そう考えていた久人は完全に虚を突かれていた。


「ほら、一緒に行きましょう、安藤くん」


 女子たちがさらに誘ってくる。


「いや、いいよ」


 久人はその誘いを断りに入る。

 しかし、


「ええー、いいじゃない、一緒に行こうよ」


 意外にも女子たちが粘る。

 だが久人にとっては絶対に断りたい誘いだった。もしここで女子たちと行動を共にすると、凜との仲がばれる危険性もあるが、それよりも周りの男子たちに変な目で見られることの方が久人には避けるべきことだった。


「ごめん、俺、待ち合わせしてるから」


 もちろん嘘だ。待ち合わせする友人どころか、普通の友人すら久人にはいない。

 それを感付かれる前に久人は本を閉じながらベンチから立ち上がる。


「じゃあね・・」


 そう言いつつ久人は立ち去る。

 その背中を凜はじっと見つめていた。


 ※


 結局久人は違う場所のベンチで読書の続きをして時間を消費した。

 自由時間も終わり今から8時までキャンプファイアが行われる。そして、それと並行して肝試しも行われる。

 久人は自由参加の肝試しには参加せず、ベンチに座って遠くからキャンプファイアの炎を見つめていた。キャンプファイアの周りにもカップル達が集まっているので、近くに寄ろうとは思わなかった。

 そのままどれくらい時間がたったのか、久人はわからなかった。暗くなってきたために、読書もできず、ただキャンプファイアの炎を見ながら考え事に耽ることしかやることがなかった。

 肝試しも順調に進んでいるようだった。


(そういえば凜がいないな)


 ふと久人は周りを見てそう思った。おそらく誰かと肝試しに行ったのだろう。

 なんてことを思っていると。


「安藤くん!」


「!」


 不意に声をかけられた。久人は誰かと思い顔を声のした方に向けると、そこには女子が立っていた。


「君は・・確か、り、水原さんと一緒にいた・・」


 癖になりかけていた呼び捨てをぎりぎりのところで飲み込み、その女子の顔を思い出した。

 自由行動の時に最初に久人を誘ってきた人だった。


「そうだよ、覚えていてくれて嬉しいな」


「まぁ・・」


 自分を危うく窮地に誘い込もうとした張本人だから、少しだけ顔を覚えていただけ。

 そんなことよりも久人はまた何か変なことを言われないかと警戒していた。

 すると、


「ねえ、安藤くん、私と一緒に肝試しに行かない?」


 まるで久人の心を見通したかのようにそんなことを言い出した。その提案にもちろん久人は、


「行かない」


 きっぱりと断った。


「ええー、いいじゃん、行こう」


 しかし、女子はめげずに言い寄ってきた。


「めんどくさいし」


 久人は意識して言葉に少し冷たさを込めて言うが、


「怖いの?」


 今度は挑発をしてくる。


「別にそんなことは・・・」


「じゃあ、行こう」


「・・・」


 さすがの久人も少しうんざりしていた。よく凜はこんな奴と仲良くできるな、と少し感心すらしていた。


(なんだこいつ、怖い怖くないじゃなく、めんどくさいって言っているのが分からないのか)


 もっとはっきり断ろうと思った瞬間、


「なんだって!!」


 男の教師の大きな声が響いた。

 何事かと久人はそちらに顔を向ける。

 すると、教師たちが集まりなにか相談を始めた。


(なにかあったのか?)


 久人は目立たないように、その教師たちの近くに行く。


「あっ、ちょっと、安藤くん!」


 呼び止める女子の言葉など久人の耳には入っていなかった。

 少し近づくと、教師たちの声が聞こえてくる。


「まさか、本当なのか?」


「はい・・」


 どうやら男子生徒が教師たちになにか問われているらしい。


「いきなり、熊があらわれて・・」


 男子生徒は体を震わせながら教師たちに事を告げていく。


「それで、水原さんは?」


 女性の教師が言ったその言葉を久人は聞き逃さなかった。


(凜になにかあったのか!?)


「分かりません、途中ではぐれてしまって・・」


(!!)


「分かったわ・・あなたは少し休みなさい」


 女性の教師は生徒を引き、テントの方へと歩いていく。

 もう一人の教師はキャンプファイアの周りにいる生徒達に向かって、声を出す。


「皆さん、非常事態です!森で熊の目撃がありました。肝試しは中止にして、全生徒はキャンプファイアの周りで待機していてください」


 幸い、キャンプファイアの炎があるおかげで、熊が近づく可能性は少ない。

 教師たちは生徒には凜のことは伝えない。しかし、何人かの教師が森の中に入っていく。教師たちで凜の捜索をするらしい。

 生徒たちは忠告を受けて、不安になるよりもこのハプニングを楽しんでいた。

 だが、少なくとも久人は楽しんではいられなかった。


「凜が!? 大変なことになったね、安藤くん」


 久人の後を付いてきていた女子が心配そうに久人に言う。


「ほら、みんなのところに行こう」


「ごめん、俺・・用事があるから・・」


「え?」


 女子の誘いを断り、久人は森の中へと走り出していった。

 彼の頭の中には一人の少女のことしかなかった...


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