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第6話 義妹の問題がとりあえず解決した件

「えっ--・・・うそ?」


 救い出された少女は自分を痴漢から引き離してくれた救世主の顔を認めると、目を丸くした。

 なぜなら、振り向いた先にいたのは今まで散々罵倒や無視をしてきた義理の兄だったから。


「んだよ、お前?」


 男は久人の顔を見ると少し目を細める。


「お久しぶりですね」


「はぁ!?」


 男は久人からの意味不明な挨拶に困惑気味に威嚇する。


「まぁ、あなたは覚えていませんよね」


 久人は男の顔に見覚えがあった。凜が痴漢されていたのを目撃したとき、そのとき凜に痴漢していた男と同一人物だった。


「とりあえず次の駅で降りましょうか」


 久人は凜の肩を抱きながら頭を優しく撫でてあげる。そして中年男の腕をキュッと掴む。


「んだよ、俺は別に何もしてねぇよ」


 駅のホームに降りた途端に中年はぶっきらぼうに言い放つ。一応サラリーマン風のスーツ姿だがネクタイはしておらず一見して柄が悪そうだ。

 凜は男に睨みを利かされて萎縮してしまう。


「大丈夫だよ・・」


 そんな凜を見た久人は庇うように男の前に立ち凜にささやく。

 そして、久人はポケットからスマートフォンを取り出す。


「そうですか? じゃあ、この動画を警察に突き出して判断してもらいましょうか」


 そのスマートフォンには赤いランプが点灯していた。動画モードが起動しているのだろう。


「!?・・渡せよそれ!!」


 それを見た男は血相を変えて殴りにかかってきた。


 ゴン!!


「きゃあっ!?」


 ホームに響いた鈍い音に凜は悲鳴を上げる。

 だが、床に倒れているのは中年の男の方だった。向かってきた男の頬に久人の拳がヒットしたのだった。


「いいですか、彼女は俺の大切な妹なんだ。・・・二度と姿を見せるな、いいな、さもないと・・・」


 凜にはもちろん、他の誰にも見せたことのない冷酷な顔で久人は手に持っていたスマートフォンをチラつかせる。

 一方男の方は殴られた頬を押さえながら呻っていた。


「わかったなら、さっさと消えろ」


 二度と発することのないような冷たい声で再度忠告する。

 その忠告に男は愚痴を吐きながら小走りで逃げ去る。

 そうして男の姿が完全に見えなくなってから。


「はぁ・・・」


 先に息を吐いて天を仰いだのは義兄の方だった。よく見れば、拳を作っていた手は汗でびっしょりだ。


(こいつも、怖かったんだ・・・)


 それでも自分のためにあんな・・・そう思うと胸の奥に変な息苦しさを感じた。


「で、でもなんで見逃しちゃうのよ! 警察に突き出した方が・・・」


 少し我を取り戻した凜は体を震わせながらも、一つの不満を吐きだす。


「・・・そこまでは、さすがにね・・」


「だ、だけどそんなの自業自得じゃないの! あたしがどんな目に遭ったか・・・」


 痴漢行為を軽視された気がして、凜は久人に対して食い下がる。そんな凜に久人は、


「ああ、だからさ、もしあの人がそれを理由に逆恨みしてきたら、また水原さんが危ない目に遭うかもしれないだろ?」


「あ・・・」


 そんな先のことまで考えて自分のことを心配してくれる、そう思うとまた胸の奥が息苦しくなる。


「てか、なんで同じ電車に? 朝ごはん食べていたはずじゃ?」


 本当は泣きたいくらい嬉しいのに、気恥ずかしくって気まずくって、つい冷たい感じで当たってしまう。


「んー・・、まぁ、大切な妹のためだからなー」


「・・・・」


 不意に見せた久人の優しい笑顔に凜は黙りこくってしまった。今言葉を発すると、言葉よりも涙の方が出てきてしまいそうだったから。


「えーと・・・とりあえず少しくらい遅刻してもいいからさ、どっかで一度落ち着こうか」


 そんな様子が伝わったのか、久人は凜を近くのベンチへと促す。


「どう、落ち着いた?」


 しばらくベンチで凜が座っていると、久人が近くの自動販売機でジュースを買ってきてくれた。


「はい」


 久人は凜に買ってきたジュースを差し出す。凜の好きなぶどうジュース。こんな些細なことからも日ごろから自分を気にかけてくれていたのだと感じる。


「大丈夫・・・もう大丈夫だから」


 気遣われるのが気恥ずかしくて何度もそう繰り返す。実際もう大丈夫だった。終わることのない脅威が去ったのだ、凜の中では安堵の方が大きかった。

 でも凜には安堵に浸る前にやらなければならないことがあった。


(・・・やっぱり、ちゃんと言わなくちゃ・・ダメ、だよね)


「・・・ねぇ」


 息を詰まらせながらやっとの思いで凜は言葉を発する。


「ん? やっぱり、ぶどうジュースよりヨーグルトドリンクのほうがよかった?」


 しかし久人は首をかしげて見当違いなことを口走る。


「そうじゃなくってぇっ・・・その、さ。今まで酷いことして・・・本当にごめんね?」


 思いを絞り出すように、やっとの思いで謝罪の言葉を紡ぐ。


「・・・え、あ・・いや」


 久人は目を丸くして驚き凜を見つめる。


「な、なに・・?」


 凜は久人から送られてくる瞳を見て言う。


「あの、さ・・・」


 久人もまた絞り出すようにして、ずっと考えていた疑問を尋ねる。


「俺なんで水原さんに、そんなに嫌われているの・・?」


「え!?」


 久人からの意外な問いに少女はさっきまでの気恥ずかしさが消えて、義兄を見つめる。


「いや、だって、俺たち兄妹になってからさ・・なんか、水原さんにずっと嫌われていたから。ずっと考えていたんだ、なにか俺水原さんに悪いことしたのかなと思って。」


 少し悲しそうに語る義兄に義妹は虚を突かれたかのようにただ静かにしていた。


「それで、思ったのがさ・・・俺と家族になるのが嫌だっ--」


「ちがうわよ!!」


 顔を伏せながら話す久人を凜が声を荒げて遮る。今までの強気な声ではなく、優しさをまとった声だった。

 その声に久人は驚いて顔を上げる。目の前には義妹が少しだけ目に涙を浮かべていた。


「ちがうわよ・・そんなわけないじゃない・・・」


「ご、ごめん! でも、じゃあ、なんで・・?」


 久人は慌てて謝る、それでも聞かずにはいられなかった。


「だって、あんた・・あたしが痴漢に遭ってたとき、あたしを見捨てたから・・・だから・・・」


「水原さん・・・」


 正直、久人の中ではあのときの出来事はほとんど覚えていない。久人は凜との同居生活が始まるまでは、毎日変わらないつまらない日々を過ごしていた。そんな日々をいちいち覚えているのは記憶力の無駄遣い、そう久人は思っていた。

 でも、


「水原さんあのときはごめん!」


 久人は今思うと、罪悪感が込み上げてきた。大切な義妹があのときも泣いていたのだ、あのとき自分を見つめてきたのは助けを求めていたんだ、そう思うとさらなる罪悪感が久人を襲う。でも今はその罪悪感に押しつぶされているときではない。今自分が、義兄がするべきことは、


「もう・・・不安にさせない、俺が守るから・・・絶対に・・」


 目の前の義妹を安心させてあげることだ。久人はありったけの優しさを込めて凜の頭を撫でる。


「あ・・・」


 凜はその手に撫でられて、まるで自分の中の不安が、恐怖が、すべての負の気持ちが溶けていくような錯覚になる。

 瞼を閉じると、陽の光で白くなっている視界がまるで久人から正の感情が流れてきて輝いているかのようだった。


「ねぇ、なんであたしにあんな酷いことたくさん言われたのに、怒らなかったの?」


 凜は目を開けて、久人に問いかける。


「え、だって、せっかく兄妹になれたのに水原さんに嫌われたくなかったからね」


(あんなに悪口を言ったり無視したりしたのに・・・そんなにあたしのことを・・・・?)


 義兄のそんな本音を聴いて胸の奥が熱くなる。


「・・・そうだ。今まで意地悪しちゃったお詫びと助けてくれたお礼、しなくちゃね。その、あん・・・ひっ、久人・・クン、はあたしになにかしてほしいことある?」


 あんた、と呼びかけるのをいったん止めて、凜は改めて彼を名前で呼んでみる。


(やだ・・名前呼ぶだけなのに、なんか凄く・・恥ずかしい。)


 意識して彼の名を口にした途端、猛烈な気恥ずかしさに襲われて顔が火照ってしまう。それでも凜は紅潮した顔でもって彼の顔を上目遣いに覗き込み問いかけてみたのだが。


「え・・そんなこと急に言われてもな、家事だとかはもう十分水原さんに助けてもらってるし。これから普通に接してくれるだけでもう十分・・」


 返ってきたのはそんな煮え切らない答え。


「ちょっと、なにかあるでしょ・・それじゃあ、あたしの気がすまないんだから--あとあたしのこと名字で呼ぶのやめてよね。あたし久人クンの妹、なんだから」


 はにかみながらのその言葉に久人は、


「まぁ、努力はするよ・・」


 少し恥ずかしながらも了承する。


「それであたしにしてほしいことはない?」


 改めて凜が問うと、


「じゃあ、みず・・凜さんは俺のことをお兄ちゃんって呼んでくれないかな? 家族になった証として・・・さ」


 久人は冗談のつもりでそんなことをお願いしてみる。

 すぐに訂正しようとしたが、それよりも先に、


「わかったわよ・・・」


「え・・・?」


 凜が了承してしまった。


「お、おにい・・・ちゃん?」


「!!」


 凜は恥ずかしさを抑え込みながら義兄を呼んでみる。

 それを聞いた義兄は体に電流が走ったかのような感覚に見舞われる。


「ねぇ、」


「な、なに?」


「なんであたしのこと”さん”付けなのよ?」


「え!?」


 凜は先程感じた違和感を久人にぶちまけた。


「あたしがお兄ちゃんって呼んでいるんだから、お兄ちゃんもあたしのこと凜って呼び捨てにしてよ。あたしたち兄妹でしょ?」


「まぁ、努力はするよ・・」


 凜のお願いに対して久人は先程と同じく曖昧に返事する。


「・・・」


 そんな久人の顔を凜は目を細くして上目遣いで見つめる。

 その瞳に耐え切れなくなった久人は、


「わ、わかったよ! ・・・凜」


 目を逸らしながら顔を少し赤らめて答える。


「うん!!」


 久人が見たことないような笑顔で凜はうなずく。

 すると、久人はベンチから立ち上がり左手をポケットに入れて空を見上げる。


「あぁ、こりゃ一限目には間に合わないな・・まぁ、いっか」


 そんな独り言を呟くと、右手を凜に差し伸べる。


「行こうか、凜」


 凜は顔を見上げるとそこには優しい笑顔。

 その笑顔を見ると、今日何度目かの現象が起こる。

 胸が、温かい。

 凜はその胸の温かみを心地よく感じながら差し伸べられた久人の手を握り締めた...

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