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第5話 義妹が悲劇に遭ってしまった件

 七月。梅雨も明けてきて間もなく期末試験も近くなってきている季節になっても久人と凜の共同生活が続いていた。

 凜の態度は相変わらずだったが、久人が看病を受けたあの日から少し態度が柔らかくなった気がする。

 少なくとも久人から話しかけたときに無視されることはなくなったと思う。

「おはよう」と久人が挨拶すれば凜も「おはよ・・」と返してくれるし、「お帰りなさい」と言えば前までは無視されていたが、今では「うん・・」と返してくれる。

 家事についても今はお互いの役割を決めて持ち回りでこなすようになっていた。料理は廃産物生産器だった凜も少しだがレパートリーが出来ていた。

 凜もやはり女子なのだ、久人が教えればずぐに上達して今では久人もすっかり頼りにしていた。

 兄妹になった初日に比べれば奇跡に近い大進歩だ。着々と本当の兄妹に近づい来ていると思う。

 たが、そんな順調な進歩とは別に久人は最近の凜の行動に不自然なものを感じ始めることになる。


「あれ、今日は早いね、水原さん」


「うん・・」


 時刻は朝六時。いつもは久人が五時半に起床して凜の分の朝食を作り、六時三十分頃に凜が起床する。それと同時に久人が家を出て学校へ登校する。


「あともう少しで朝食ができるから、座って待ってて」


 フライパンにタマゴを入れつつ凜の方に目を向ける。


「・・・」


 返事はなかったが少女は眠そうな目をこすりながらテーブル前の椅子にちょこんと腰かけた。

 それを見た久人は少し微笑んで料理を再開した。

 それから十分ほどして、凜の前に料理をもてなして久人は学校に行く準備をした。


「じゃあ、俺はもう行くね、食器は流しに置いといていいから、あと戸締りよろしくね」


 鞄を背負いつつまだ朝食を食べていた凜に告げていく。


「あっ・・」


 凜が引き止めるように声を出そうとするが、もう玄関に向かって歩き出していた久人の耳には入っていなかった。


 ※


 その日先に学校に来ていた久人がある違和感を感じた。


(いつもより遅いな)


 そう、凜の登校時間が今までより明らかに遅い。いつもなら七時四十分頃にはもう学校に来ているのに、今日は朝のホームルーム(八時十五分)前ギリギリに教室に滑り込んできた。

 その日夕飯を食べてるときに、凜に尋ねても、


「別に、なにも・・」


 という返事しか返ってこなかった。

 だが、違和感はそれだけでは終わらなかった。

 次の日の朝五時半、久人はいつも通り起床して朝食を作ろうとリビングを通ってキッチンに行く。すると、


「おはよ・・」


 もう聞き慣れた声が聞こえた。久人は驚いて顔を上げると、そこには声と同じくもう見慣れた義妹がエプロン姿で立っていた。


「えっ、あ、おはよう、早いね」


「うん・・朝ごはん、作っといたから」


 テーブルの上には二人分の朝食が並んでいた。


「えっ、俺は朝は・・」


 ”食べない”と言おうと思ったがその前に凜が口を開く。


「たまには、食べた方がいいわよ・・」


「あ、うん、ありがとう!」


 久人は他人にはあまり見せない笑顔で凜にお礼を言った。


「・・・」


 凜は無言でエプロンを外して椅子に座る。久人もそれに従うように椅子に腰を掛けた。

 朝はあまり食べない久人だったが、初めて朝起きたらご飯が出来ているという嬉しさで箸もスムーズに進んでいった。

 初めての二人での朝食が終わると、凜が制服に着替えて玄関で靴を履いていた。時刻はまだ六時十分。久人よりも早かった。

 それに気づいた久人は声を掛けずにはいられなかった。


「あれ、早くない?」


「別に、そんなのあたしの勝手でしょ・・・」


 昨夜と同じくそっけなく返されてしまう。


「どうしたんだろ?」


 凜が去って行った玄関を見つめながら、久人はぼそっと呟いた。

 しかしその次の日は、いつも通りの登校時間に戻った。と思ったらその次の日はまた早くなって、久人に朝食を作ってくれていた。そしてその次の日は久人が家に出るときにはまだ凜は起きていなく、教室には八時に入って来た。

 つまり凜は一日置きに登校する時間帯を変えているらしかった。

 そんな日々が一週間ほど続いた。

 そんなある日、


「・・・ねぇ、ウチって自転車通学認められてるんだっけ?」


 いつもの無言の食卓で突如そんなことを言い出した。


「自転車? えっと、確か高校に申請書を出すんじゃなかったっけ・・・でもあの距離を毎日自転車で通うのはかなりきついと思うけど」


 入学当初交通費を浮かそうと実行して三日ほどで挫折した覚えのある義兄は”経験者は語る”とばかりにそう忠告するが、


「大きなお世話よ」


 返ってきたのはいつも通りの冷たい反応だ。

 にしても二人はもう三年生、しかも七月である。今更自転車通学云々を言い出すのはどう考えてもおかしい。


「ねえ、最近登校時間がやけに不規則だけどそれとなにか関係が--」


「そんなのあたしの勝手でしょ。あんたには関係ないわよ」


 ギロッと睨まれてそう言われてはもう返す言葉がない。


(でも、関係ないとしても気になるよな・・)


 結局そこで話は終わってしまったものの、久人の中ではいつまでも疑念がさびのように広がり残り続けていた。


 ※


(言えるわけがない、いや、言っても意味がないのよ、どうせあんたはあたしを見捨てるんだから--あたしが痴漢されていても)


 翌朝、昨日と同じく早い時間の電車に揺られながら凜は思う。

 市内の電車というだけあってこの時間でも人は結構いて十分に混雑していた。

 そしてそのお尻には、今日もおぞましい感触がへばりつくことになる。

 もぞもぞと蠢く太い指・・・間違いない、痴漢だ。


(やだ・・・こんな時間にまで!? どうしてあたしの乗る電車がわかるの・・・?)


 かれこれ二週間近く、凜はこの痴漢に悩まされ続けていた。いくら乗るバスを替えても平穏は数日しか続かない。痴漢男は何度も何度も凜の乗るバスを嗅ぎつけて彼女へと迫ってきた。

 顔はわからない。チラリと視界で捉えたスーツ姿からサラリーマンだとは思うが、しっかりと振り向いて見たわけではない。

 だって怖い。

 あのときもそうだった。自分に義兄が出来たあの日もただ恐怖で立ちすくんでいることしか出来なかった。

 だって自分は背も低いし腕力もない。大の男を怒らせたらお尻を触られるどころか、もっと酷い目に遭わされてしまうかもしれないのだ。


(誰か助けてよ・・気づいてるでしょ・・?)


 あのときと同じだった。周りの人の何人かは気づいてる、でも、見て見ぬふりをしてるんだろう。

 今この瞬間、この電車に乗っている人全てを凜は恨んでいた。

 本当なら久人に打ち明けて、護ってもらいたい。だって彼は自分の周りにいる男の中でも一番信頼できる人だから・・・信頼?

 いつの間にか凜は無意識に彼を、久人を信頼していた。でも、それに気づくのが遅すぎた。散々強く冷たく当たった自分が今更どの面下げてお願いなんてできるのだろう?結局相談もできずに、独り凜は痴漢の餌食になるより他なかった。

 しかも痴漢は日に日にエスカレートしていた。最初の頃はスカートの上からお尻に軽く触れるだけだったのが撫で回すような触り方に変わり、今では堂々とスカートの中まで手を突っ込んでパンツ越しの感触をいやらしく堪能している。


(サイアク、サイアクっ・・早く高校に着いてよぉっ)


 執拗な痴漢行為に途中の駅で降りようとしたこともあったが、その時はバッグを掴まれ阻止されてしまった。凜は恐怖のあまり降りることができず、目的地に着くまでお尻を弄ばれ続けてしまったのだ。

 とことん舐められている。悔しいがそれでも抵抗できない。恐怖が悔しさよりも増さってしまう。

 すっかり恐怖に屈した凜に対し、見知らぬ男の破廉恥行為は今日もまたエスカレートしてきた。


(やだっ! やだやだやだやだっ!!)


 ギュッと目を閉じて耐え忍ぶ。目に浮かんできた涙を見せないために、顔を下に向けて長い黒髪で顔を覆うように隠す。

 恐怖のあまりに膝が笑い、小さな体躯がブルブルと震えた。

 さらに、凜が抵抗しないと知るや、痴漢行為はさらにエスカレートする。

 それでも凜はギュッと下唇を噛んで耐え忍ぶ。


(こっ、怖い・・誰か助けて--!!)


 誰か。そう思ったとき頭に思い浮かんだのは冴えない義理の兄の顔だった。

 ぐっと薄く開いた目から見た床は涙のためにもう何も見えない。

 恥ずかしい、悔しい。でもやっぱり怖い、怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い------!!


「何をしてるんですか」


 男の指が今陰部へ触れようとした瞬間、鋭く冷たい非難の声が響いた。それでも凜にとってはそんな冷たい声もとても温かく聞こえた。

 幻聴かと思った。助けを求めるあまり自分の脳内で勝手に作り出したのではと。

 しかしそうではなかった。


 グッ!!


 次の瞬間凜は力強く肩を抱き寄せられ、背後の痴漢から引き剥がされる。


「えっ--・・・うそ?」


 少女はまだなにが起こったのか理解が出来ていなかった...

次話は早めに投稿したいと思います。

気になる展開だと思うので。

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