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第3話 義妹との関係がさらに悪化してしまった件

 義兄妹二人での同居生活が始まってから初めての高校への登校日、久人は朝早く教室に着き。


「なんでこんな早く登校せにゃならんのだ」


 誰もいない教室で一人愚痴を呟いていた。

 時計を見れば時間はまだ午前七時過ぎ。朝のホームルームは八時十五分からなので、あと一時間近くはフリータイムという名の退屈と戯れなくてはならない。

 なぜこのようなことになっているかというと昨夜・・・


「ええ~、なんで?」


「あんたのようなやつと一緒にいたら何されるかわかったものじゃないわ。いい!?今日から世界の終わる日までッ!夜十時以降は部屋から出るの禁止、そしてあたしより早く学校に行ってよねッ!」


 久人は無理難題を突き付けられていた。


(俺のようなやつって、そんなに知り合ってないのに)


「何されるかってなに?トイレでのことは悪かったと思ってるよ」


「ほ、ほかにも、・・とか・・・」


 凛が目を反らして頬を赤めながら聞き取れないほどの小さな声で言う。


「へ?」


 久人はそれを聞き返すが、


「うるさい!!いいからさっきのこと守ってよ!?」


 怒鳴り返されて誤魔化される。


「トイレとかどうすればいいの?」


 素朴な疑問に凛は、


「まぁ、それくらいなら許してやらなくもないわ」


 よくわからない回答が返ってきたが、久人は許しを得たととりあえずは判断することにした。


「じゃあもう十時よ、明日あたしより早く登校してよ」


「はいはい・・・」


 ・・・と、いうような出来事があった。

 久人は窓を開けて初夏特有の澄んだ空気を味わう。

 窓の外、グラウンドでは野球部とサッカー部が朝練を展開していた。それを生温かい目で見守りつつ、登校途中で買っておいたミルクココアで喉を潤す。

 久人は学校ではそこまで他人と会話をする方ではない。ましてや久人自身から話すことなど滅多にない。友人がいない訳ではないが多くはなく数人くらいで、ほとんどはその中の一人との会話が多い。

 つまり友人は一人しかいない、というようなものだった。しかし久人はそれに不満は全くなかった。元々友達などいらないと思っていたし、暇な時間は読書や音楽等を聴いて費やしていた。

 女子から話しかけられることなんてほとんどない、というか三年生になってからは凛が初めて久人と会話した女子だった。しかし他の生徒から嫌われているわけではない。むしろ好感を持たれている方だ。

 無駄なことはあまりしない、これが久人の生き方。もちろん女性と付き合ったこともないし、誰かを好きになったこともない。久人はあまり他人のことは考えたことがないが、今頭の中では同居している義妹のことを考えていた。


「まず自分の置かれている状況を整理しよう」


 ミルクココアを飲みつつ、自分の席に座る。


「えーと俺は今、夜十時以降は自分の部屋を出ちゃいけなくて、学校には水原さんより先に登校しなきゃいけない、と・・・」


 改めてわかったことは、


「なんで俺、こんな生活になってんだ?」


 ということだった。


「大体、なんで俺水原さんにあそこまで嫌われてるんだよ、何かしたか俺?」


 久人は隣の凛の席を見つめながら呟く。あと三十分もすればこの席に凛が座る。凜は同学年の生徒から人気が高い。同じクラスの女子もほとんど凛と友人関係にある。男子からはアイドルやマドンナ、高嶺の花などといった評価が上がっている。男子にも友好的に接している凜は、よく男子生徒とも会話をしている。ただ、誰かと付き合っているという噂はほとんどなかった。


(家でも学校でも水原さんの近くだと気が休まないな)


 家では目が合ったら威嚇されるというのが日課になっていた。しかも学校では席が隣なので久人は少し息苦しさを感じていた。

 とはいえ、久人から何かやり返したことはない。というより久人は水原さんと仲良くなりたいと思って接している。あくまでも妹、家族なのだから。


(・・・まぁ、今日は少し気も休まるかな)


 久人がそう考えるのは午後から課外授業があるからだ。行き先は市内の博物館。午前まで息苦しさに耐えればその後は酸素を補給することができる、そう思うといつもよりも心が晴れやかだった。


 ※


 訪れた歴史博物館は縄文時代や弥生時代の生活風景などを模型やレプリカで展示して、再現していた。

 歴史の授業の一環だが、当然そんなものは普通の生徒にとって面白いものであるわけもなく、ほとんどの生徒が興味なさげに展示品を流し見ていった。

 自由に見学するこの時間では、一部ばか騒ぎしているグループが引率教員に説教を受けていたり、とりあえず一通り見学しに館内を歩き回る生徒などがいた。凜も仲良しグループと一緒に館内を見学していた。

 久人はというと、


「・・・」


 引率教員がばか騒ぎグループを説教中なので、安心して休憩用のベンチに腰掛けて読書をしていた。そんな久人を見て周りは、ずりーやつ、と思う生徒と同時に、やっぱりクールだな、と思う生徒もいた。

 すると、その中の一人が久人に近づいて、


「よう、久人!」


 普通に、どちらかと言えば元気に挨拶の言葉をかけた。


「なにか用、優理?」


 久人は読んでいる本から目を離さずに返事をした。


「別に、暇だからさ、なにか話でもしないかなーと思って」


 この男は黒豹優理こくひょうゆうり、久人の唯一の友人(久人は認めてない)といえるような人。彼は気さくな性格からか、ほとんどの生徒に好かれている。高校で初めて久人に声を掛けたのも優理だった。初めの頃は久人は優理を適当にあしらっていたのだが、優理はそれにめげずに声を掛け続けた。その努力が実ったのか二年生になった頃からは久人も普通に彼に接するようになっていた(久人曰く、諦めたらしい)。


「特に話すことはないが」


 それでも久人自身、彼を信頼しているところはあった。久人が唯一自宅に招いたことがある人物でもあった。


「相も変わらずお前はクールだねぇ」


「お前がうるさすぎるんだよ」


「そうか?」


「耳だけでなく脳まで疲れるくらいうるさい」


「お前って、話すと結構普通なんだからさ、周りにもその雰囲気出せばいいじゃん」


「別に周りがどう思おうと俺には関係ないからな」


「あー、さいですか」


 久人は喋れば物静かな方だが普通に会話できる。行動や見た目がクールな為に周りには勝手にクール印象が植えついてしまうのだ。


「そういえばさー」


 優理が思い出したかのように切り出した。


「久人の家にさー、忘れものあったじゃん?」


「ああ」


 久人は相槌を打つ、もちろん本から目を離すことなく。


「あれ処分しといてよ」


 久人の隣のベンチに座りながら言う。


「はぁ?お前がやれよ」


「えぇー!いいじゃん、捨てるくらい」


 それでも久人は乗り気ではなかった。なぜなら、優理が忘れていった物は思春期男子のほとんどが持っているという雑誌だからだ。

 しかし久人は父親と二人暮らしだったため、そういった類のものは買う余裕がなかった。つまり久人はそういう類のものは一つも持っていないということになる。


「じゃあ、今日久人の家に取りに行って良い?」


 優理が提案する。それを聞いた久人はあることが考え浮かんだ。

 ”今家に来られたら、なにかとめんどくさいことになる”と。

 そう思った久人は、


「いや、俺が捨てておくよ」


 先程の頼みを聞くことにした。


「マジで!わりぃな」


 優理は歯を見せるくらいの笑顔で礼を言った。


「いや、気にすることはない」


 久人はそんな優理の目を見ながらあくまでも冷静にそう返した。


「おっと、そろそろ自由時間も終わりだ、行こうぜ久人」


 時計を見た優理がベンチから立ち上がりながら催促する。


「ああ、そうだな」


 久人もそれに習って本を閉じて、立ち上がった。


 ※


「お帰りなさい、水原さん」


「・・・ふんッ」


 久人は先に帰宅し夕飯の支度をしていた。そこに遅れて帰宅した凜に迎えの挨拶をするも、いつも通りの返事しか返ってこなかった。


「ちょうど夕飯が出来たところだから、一緒に食べよっか」


 久人は作った夕飯をテーブルの上に並べていく。

 すべて並べ終えて久人自身が席に着き、いただきます、の挨拶をして食事が開始された。


「あ、今日の博物館どうだった?」


「別に・・・」


 何か会話をしようと久人が話題を振ってみるも、凜は半分無視という感じの返事が返ってきてそこで会話終了。


「・・・」


 結局無言のまま夕飯を終えてしまった。

 食器の洗い物も済み、お風呂も上がりもう寝ようかと思っていると、


「ねぇ」


 珍しく凜から声を掛けてきた。


「なに?」


 久人は肩に掛けてあるタオルで髪を拭きながら凜の方を向く。

 なにか仲が良くなるキッカケでもと期待していた久人だったが、あっけなくそれは裏切られることになる。


「これ、なに?」


 少女は後ろに回していた手を前に出す。


「な!?」


 瞬間、久人は息が詰まり一瞬悲鳴を漏らす。

 凜の手の中には成人雑誌、正確には優理が忘れていった成人雑誌が握られていた。


「どこでそれを!?」


 少し冷静を取り戻した久人が発したこの言葉が、


「やっぱり、あんたのだったんだ」


 状況をさらに悪化させてしまった。


「ちがっ!それはっ・・・」


「不潔っ! 変態っ!! もぉほんっとサイアクっ!!」


 バタン!


 凜は慌てて弁解しようとする久人の言葉には聞く耳持たずという感じでリビングのドアを力任せに閉じて自分の部屋に戻っていった。


「・・・やっちゃった、はぁっ、なんでこうなるかなー・・・」


 一人リビングに取り残された久人はソファーに倒れこむように座りながら帰宅してすぐに処分しなかった自分の行動に後悔していた。


 ※


「さすがにちょっと、言い過ぎだったかな・・・?」


 久人がリビングのソファーので悶々としてる頃、凜は自室のベッドの上でひとりごちしていた。

 頭の中で考えていることは久人のことだ。

 目線を自分の机の上に移す。そこには久人から没収した成人雑誌があった。しかもDVD付きの。


(そりゃ、男子がこーゆーのやりたがるのは仕方ないことくらい分かってるけど・・・でもやっぱサイアクっ!!)


 頭では理解しているつもりでも、やっぱり不潔だという気持ちが先行してしまう。

 とりあえずこれは捨ててやろう、と胸に誓う凜。


「にしても、お兄ちゃん、か。あーあ、楽しみにしてたんだけどな」


 高校入学と同時に離婚した母から再婚を打ち明けられたのは一週間ほど前のこと。その再婚相手には兄になる男の子がいると聞かされた凜は大いに胸をときめかせたものだった。

 一人っ子だった少女にとって兄という存在は一つの憧れだ。もっとも、そのとき凜がイメージしたのは背が高くてハンサムで、頭が良くて運動神経抜群・・・そんなトッピング全部乗せみたいな素敵な”お兄様”だったわけだが。

 まあそれは初恋の相手に白馬の王子様を求める乙女の性みたいなもので、本気だったわけじゃない。別に久人を兄と紹介されても嫌だとは思わなかった気がする。

 ひ弱そうだけど身長はあるし、ルックスも細いというよりは普通といった体型だが友達に久人に好意を寄せている者もいたので”アリ”だ。なにより話してみて人がよさそうだから、優しかったから、うまくやっていけるハズだった・・・あんなことさえなかったら。


「そうよ、あいつは痴漢の被害にあっていても見過ごすやつなんだ。そんなやつを兄と認めるもんですか。優しいなんてのは、あたしの勘違いだったのよ・・・。あの時、すごく怖かったのに・・・」


 迷いながらも自己正当化を完了した凜は気持ちを入れかえるように両手でぱんっと頬を叩くと電気を消して、ゆっくりと夢の世界に落ちていった...

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