第10話 義妹がまたトラブルに遭った件
夏休みまであと一週間と数日というところ、定期テストの日がやってきた。
久人は今まで色々なことがあって、あまり勉強時間が取れなかったが、大きな問題もなくテストに取り組めた。
テストは一日で、国数社理英、五教科すべてある。一日でテストは終わるとはいえ、五教科すべて一気にテストを行うというのはさすがにつらい。
それでも久人はその日を乗り越えた。
今日はそのテストの返却日。久人はその日も変わりなく過ごし、今は自分の家への帰路に着いていた。
電車を降りて、自宅へと向かう途中久人は自分たちの親のことを考えていた。
(夏休みってことは、二人とも帰ってくるんだよな・・まぁ、終わりの方だけど)
久人の父親の手紙に書いてあることを思いだす。
”夏休み明け前には帰ってくるから”
「はぁっ・・ただいま・・・」
青年はため息を吐きながら家のドアを開ける。
「お帰り、お兄ちゃん」
中から少女の声が聞こえてきた。初めての時に比べたら、声色も明るくなってる気がする。
「凜、帰ってたんだ」
「うん」
「あれ? なんか元気ないね」
声色が明るくなってると感じたが、いつもなら、返事ももう少し明るかったはず。しかし、今返ってきた返事は少し暗く、見た目の長い黒髪と合わせたらまるでクールな女性だった。
凜は学校では仲の良い人には明るめで話し、男子の人たちにはほとんど今のようなクールな感じで話す。だが、久人にはどちらかと言えば、明るめで接してきてくれた。
「そ、そう・・?」
「? まぁ、今夕飯作るから」
疑問に思いつつも久人は、とりあえず夕飯の支度にとりかかることにした。
その夕飯の時に、ふと凜が口を開く。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「ん?」
久人は箸を口に運びながら凜のほうに目を向ける。
「テスト、どうだった?」
「テスト?」
久人はおうむ返しに問うと、凜はこくんと小さくうなづく。それを見た久人は今日返却されたテストの点数を思い出す。
「まぁ、悪くはなかったよ」
現に久人は国語は78点、数学は98点、社会は70点、理科は95点、英語は82点という十分な結果だった。
「凜は?」
久人は少し疑問に思ったことを聞いてみる。
すると凜はビクッと体が動いた。
「べ、べ、べつに、あたしも、よ、よかったわよ」
明らかに動揺した凜を見て久人は、すぐにあることに感付いた。
(悪かったんだな)
すると久人は少し、悪戯心が浮かんだ。
「へぇー、何点だったの?」
「え・・!?」
「いや、だから何点だったの」
すると凜は体をプルプルと震わせて、久人を睨む。目尻に少し涙を浮かべていて、怖いというよりは可愛らしい仕草だった。
おそらく、久人がからかっていることに気付いたのだろう。
「お兄ちゃん・・」
凜はゆっくりと呟く。
久人はすぐに謝ろうとしたが、それよりも早く、
「ご馳走様でした!!」
ガタン!!
箸と茶碗を勢いよくテーブルに叩き置き、自分の部屋に帰っていく。
「・・・」
久人は呆然とその凜の背中を見ていた。
「これは・・またやらかしたかな・・?」
久人は頬に少し汗をたらしながら、凜の皿に残してある人参を見る。
「小学生かよ」
本人に聞こえないように小さく突っ込みを入れた。
※
結局、あれから凜に声をかけても、
「ふん・・」
とか、
「知らない・・」
や、
「べーっつにー」
などなど、ご機嫌が完全に斜めの状態だった。
そのまま学校に登校して、昼休みになると久人は先生に呼ばれた為に、職員室に向かった。
凜はいつもの仲良しグループの人たちと弁当を持ち寄る。
「ねぇねぇ、今日天気良いし、屋上で弁当食べない?」
「そうだね」
「行こう行こう!」
一人の女子の提案で一気に凜たちは教室を出て、屋上に向かう。
屋上の扉を開けると心地よい風が凜たちの髪やスカートをなびいていく。
「ねぇ、テストどうだった?」
その一言に凜がドキリとした。
「うち全然だめだったー」
「私もー」
他の人が口々に言う。
「凜は?」
「え!?」
凜は箸で掴んでいた久人特製のコロッケを弁当箱の中に落としてしまう。
「あ、あたしは普通だよー・・」
「とかなんとか言って、凜はいつも点数良いもんね」
「羨ましいなー」
なんとか誤魔化した凜は自分の点数を思い出す。
国語は80点、数学は64点、社会は50点、理科は48点、英語は60点という例年より明らかに点数が低い結果だった。
そんな風に他愛もない会話をしていると、屋上のドアが開く。
凜たちは全員、そちらの方を見る。そこには、
「おやぁ、」
男子生徒が三人屋上に入ってきた。
ネクタイもしていなく髪も染めていて、指や耳にもアクセサリがついている。明らかにガラが悪い。不良、というものだろうか。
「あれ、水原凜じゃね?」
「ホントだ」
男子たちが凜たちのグループに近づいてくる。
「あの、なにか?」
凜が代表して男子たちに声をかける。すると、
「そう邪険に扱うなよ」
三人はニヤニヤと嫌な笑みを浮かべて、さらに近づいてくる。
凜は立ち上がり、他の女子たちを背中に庇いながら男子たちを睨む。
「ちょっと俺たちに付き合えよ」
「こんなさみしいところじゃ、暇だろー?」
「可愛がってあげるからさー」
ナンパの決まり文句を言いながら、その内の一人が凜の肩に手を置く。
瞬間、凜はその手を払いのける。
「おいおい、抵抗するなよ、なにも酷いことするわけじゃないんだからさぁ」
「やれ」
一人がそう合図すると、男たちは女子たちを無理やりに抱き寄せる。
「い、いや、離して!!」
「やめて!!」
屋上に女子たちの悲鳴が響く。
だが、そんな抵抗や悲鳴が男子たちの悪戯心をさらに刺激し、肩を掴んでいた手が下がり、女子たちの乳房に触れる。
「ちょっ!!」
凜も必死に抵抗するが、男性の力にかなう筈もなく無理やりに胸を触られる。気持ちよさなど全くない。あるのは嫌悪感と恐怖だけ。
男たちはさらにエスカレートして、制服のブラウスに手をかけて脱がせにかかる。
「嫌だ! やめて!! 助けて!!!」
凜は精一杯叫ぶが屋上ではその声もむなしく空を裂くだけだった。しかし、
ギィィィ!
また屋上のドアが開く音がした。
男子も女子も、みんなドアの方を見ると、そこにいたのはいつもここで昼食を取っている一人の男子生徒だった。
(なに・・この状況?)
その生徒、久人は困惑したが、それを周りには出さず自分の中に隠していた。
「おい!」
すると、一人の男子が久人に声をかける。
「ここは今使用中だ、出ていきな!」
久人は冷静を取り戻し、大体理解が出来た。いや、理解することは一つでよかった。凜が泣いている。
最初は女子たちが泣いているのが見えたが、その中に自分の義妹の姿も確認できた。
というか普通、男子たちが女子たちを泣かせている場面に遭遇したら見過ごせるわけない。
久人は少し目を細める。そして、
「屋上は、自由に出入りして良いはずだが」
冷たくそう言い放つ。
「ああん!」
不良たちは女子たちから手を離し、三人で久人の周りに来る。
「てめぇ、女の前だからってかっこつけてんじゃねぇぞ!」
久人は胸倉を掴まれる。久人はそれを手で払いのける。
「てめぇ!!」
男子は久人に殴りかかった。
バキッ!!
「つ・・・!!」
久人は倒れはしなかったが、十分なほどの痛みが彼を襲っていた。
「おらぁ!!」
男子たちはさらに蹴りなどの暴行を加えてくる。
「ぐ・・・!!」
殴られっぱなしだったが、久人には勝算があった。この不良たちに勝つには、時間を稼ぐことだ。
何度体に暴行をくらっても、久人は倒れない。倒れてしまっては、こいつらは凜たちのところに行ってしまう。
すると、学校中に午後の授業開始十分前の予鈴が鳴り響く。
それを聞いた久人は、男子たちに冷酷な笑みを向ける。
「なに笑ってやがる!!」
(タイムアップだ)
ギィィィ!
不良たちがまた殴りかかろうとしたとき、三度屋上のドアが開く。
「こら!! お前たち、何をしている!!」
昼休みの時間、午後の授業をサボろうとする生徒がいないかを確認するので、毎回予鈴と同じタイミングで屋上に巡回教師が来る。
毎日屋上で昼食を取っている久人はその教師と仲良くなり、このことを知っていた。
「やばい!!」
不良たちもさすがに教員の前では暴行を止めて、一気に教師の脇をすり抜けて屋上から走り去っていく。
「待てっ!! 安藤、彼女たちを頼む」
教師は久人にそう言伝して、逃げた不良たちを追いに屋上から出ていく。
「いってー・・、たくっ、好き放題殴りやがって・・」
顔にはほとんど傷が付いていなかった。どうやら顔よりも体の方が重点的に殴られたようだ。
久人は痛む体を動かして、座り込んでいる女子たちに近づく。
「大丈夫?」
「あ、うん」
女子たちが立ち上がる。しかし凜だけが立っていなかった。
それを見た久人は、凜の前に立ち、
「立てる?」
左手で体を押さえながら、右手を差し出す。
「あ・・う、うん、大丈夫・・」
凜はその手を取り、立ち上がる。
「安藤くんこそ大丈夫!?」
女子たちが心配して久人に声をかけてくる。
しかし、凜だけはうつむいて、申し訳なさそうにしていた。
三回も義兄に迷惑をかけてしまった。凜はそんな自分の不甲斐なさを呪いたい気持ちでいっぱいだった。
すると、久人はそんな凜の頭に一瞬だけ軽く手を置きポン、と撫でる。
「!」
凜は今すぐにでも久人に泣いて抱き付きたかった。
しかし、他の友人もいるのでグッと、堪えた。
「じゃあ、俺は教室に行くから・・」
「あ・・・」
久人はその空間に居づらさを感じて、屋上から去っていく。そんな久人を女子たち全員が見つめていた。
「大丈夫、みんな?」
久人がいなくなると、女子たちは互いに慰めあった。
久人は教室には行かずに、学校の中庭で授業をサボっていた。
今から午後の授業を受ける気にはならなかった。
「その傷、大丈夫?」
なぜかついてきた優理は久人に尋ねた。
「ああ、大丈夫だよ」
何があったのかは、優理には話していない。優理も執拗には聞いてこないことから、久人の気持ちを汲み取っているのかもしれない。
「はぁっ・・」
久人はため息を漏らす。
「また面倒事に巻き込まれたの?」
「まぁね・・・でも、良かったよ・・・」
「?」
久人が呟いたその言葉の真意は優理には分からなかったが、それ以上追及はしなかった。
(守れた・・のかな、一応)
久人は照り付ける夏の日差しを手で遮りながら、そんなことを思う。
(約束を・・・)
中庭で立っている久人と優理の体を夏の風が駆け抜けていった...




