女神の私が人間の願いを叶えたりなんてしないっ!
神社の屋内にて、私は寝そべる。神社にお参りしに来る人間は日に五人程。そのどれもが年老いたおじいちゃんばかりである。
私としては、可愛い女の子の一人でもくれば、ナンパして街にでも出かけるのだが、そういう子は今のところ現れない。
小鳥たちが鳴き、木々達が風に揺られる音が響く。
今日も平和そのもの。欠伸をしながら、私はこの日何度目かの二度寝をしようとしていた。
そろそろ神界へと行く時期になるので、色々と神の力を行使した書類を作成しなければいけないのだが、それに手をつける事もない。日々、この退屈をどうすれば解き放てるかで悩んでばかりある。
この日は、八月三十一日。つまり、学生達にとっては夏休み最後であった。私としては、三十一日に片付ける書類もないので、普段とあまり変わらない。だが、学生はここぞとばかりに今頃宿題を片付けているのであろう。実に滑稽である。
夏休みは疲れる事が多かった。何せ、実の妹の美樹が一時的にとは言え、私と姿を交換したのだから。いや、正確には戻した……か。
美樹が女に戻ってから、早四ヶ月。今や、女の姿でいる事になんの疑問もない彼女。それもそうだ。元々女だったから今の方がしっくりくるのだろう。
――――それにしても暇だなぁ……。
しかし、そんな暇を持て余した私の元に訪れる人間が一人いた。
ショートヘアーの途轍もない女子力を放つ者。彼女は確か、美樹を一から女として育てなおした中谷 美鈴だ。
美鈴はやがて賽銭箱の前で立ち止まり、何をするわけでもなく、じーっと私の事を眺めてきた。
「あなたが神様ってわけ?」
「いかにも。って信じるか信じないかは、あんた次第だけどな」
「信じるよ。だって幹の姿をしてるって事は、あなたが神様以外あり得ないもの」
「良い勘の持ち主だな。さすがは大神様が愛してる人間だ」
大神様とは、私達神様を束ねる最上級の神様。つまりは、この世界に生ける者の中で一番偉い者だ。さすがの私ですら頭が上がらない人物であるのだが、彼は私の目前の女――――つまりは妹の義理の姉を溺愛している。
姿もそうであるが、大神様は何よりも彼女に全てを与えた。見栄え、頭の良さ、地位、名誉、金、そして、完璧な妹。
しかし、大神様は彼女に唯一与えていないモノがあった。それは恋人である。あまりに愛しい美鈴には、恋をしてほしくなくて、大神様は美鈴から恋心を奪い取った――――筈だった。今となっては、美鈴は恋心を抱く人間になってしまったのだ。
人間の特性とでも言えるだろうか。恋は人間だけの特権であり、それを奪うのは大神様といえど不可能だったわけだ。
前回の招集の時にも、大神様は美鈴が恋をして残念だと呟いていた。
美鈴は凛とした態度で、私に近づいてきた。
「あなたが神様なら、あたしが何をお願いしに来たか。分かるわよね?」
「おいおい脅しかよ。姉貴」
「あら。あたしが姿形だけで、幹に惚れてたと思ってるの?」
「チッさすがに効かないか。まぁ大体分かってるよ。何度もここに足を運ばれたらな」
美鈴はこの夏休み。何度もお参りに来ていた。それほどの願いが彼女にはあった。いつも居留守を使っていたのだが、今日は三十一日。宿題を終える日という事で、私なりに美鈴に向きあってみてもいいだろうと考えたのだ。
いつも賽銭箱に一万円を入れていく美鈴。これで願いごとを聞いてあげないなどと言ったら、それこそ近隣の神に怒られそうでもある。
まぁ、問題なのはお金云々じゃないんだが。
「で、逆にお前は、そんな事をお願いして、何をしたいんだ」
「あ、そういえば、理由をお願いの中に含ませてなかったわね」
笑ってごまかす美鈴。まったくそれを言わなきゃ、こっちだって勝手に願いを叶えられないんだっての……。そう思いながら、美鈴の事を私はじーっと眺めた。
美鈴は何の悪びれもなく、後髪をいじりながら「ごめんごめん」と笑いながら謝っていた。
それから、美鈴は黙り込んて風の音を聞いた。
「願い事は覚えてるわね?」
「ああ。美樹をもう一度短期間で良いから、男にしろ。だったな」
「ええ、寸分違わずあたってるわ」
「そりゃ良かった。で、理由は?」
そこで、美鈴は瞳を怪しく光らせた。神の私でも一瞬寒気が走った。
「幹との子供を作る為よ」
微笑みながら口を動かす美鈴。言葉的な意味からして、冗談とも取れるのだが、美鈴からは冗談など全く感じれず、むしろ言葉通りの本気だった。つまり、美鈴は美樹を本気で愛しているというわけだ。彼女なら確かに妊娠しても金銭的余裕はあるし、仕事も困らない。問題はない。だから怖いのだ。
美鈴は大神様に愛されし人間。そして、生活に支障がないように、全てを与えられた。そのせいで、美鈴は今女の子である美樹を一瞬だけ幹に戻し、子孫を繁栄させようとしているのだ。
そんなのを大神様が聞いたら、どうなるか……。想像がつかない。
「……それは一回審議会を通さなければ分からない。来月に大神様の元へ行ってその時に返事を聞くまでは叶えられないな」
「別にそれでもいいわ。幹と――――セックスできるのなら」
「おいおい、冗談でもそういう事は女が言うもんじゃないぞ?」
「良いのよ。本気だから」
恐ろしい女だ。それほど私の妹を愛しているという事である。通常の人間の発想を遥かに超えている。彼女の事を世間ではヤンデレというのだろう。
「……もしかして、お前は本気で美樹と結婚するつもりなのか? 日本では色々と息苦しいぞ?」
「良いのよ。あたしが支えるって決めたの。外国に行ってでも美樹との結婚は実現させるし。何もそこまであなたが世話をしなくても大丈夫よ」
そこまで本気であるのなら、最早私に止める術などなかった。美樹をそこまで愛してくれているのなら、本当の姉としても問題ない。
私自身、美樹に全てを任せているから、後は彼女が決める事だ。
美樹を完全に男にするのは無理だが、一瞬だけなら大丈夫だろう。そう思い、私は書類に手を伸ばす。
「じゃあ、よろしくね、神様」
「分かったよ。けどな、ちゃんと美樹に伝えとけよ。これが男に戻る最後のチャンスだってな」
「分かったわ」
審議会に一度美樹を一時的に男に戻すという案は、きっと通るだろう。しかし、その次に性別を変えるだのなんだのという話をまた持ち出せば、「美樹は元が女だから、何回も男にするな!」と大神様に怒られるだろう。
私はまだ提出期限が遠い書類を片付けていく。
もうすぐ夏が終わる。
美樹はまた恋をしてボロボロになるのだろうか……。そう考えると、美鈴に全てを預けてもらったほうが何倍も安心だ。
私はそう思いながら、蝉の鳴き声も峠を越えたなと思った。
一年生春・夏編終了です。
短編はどうでしたでしょうか? また何かの節目を迎えたときに、こういった企画をしてみたいと思います。次回からは美樹の二学期が始まります。
二学期編では、美人部の敵となる人物が出てきます。
そして、あの人も本気に……?
美人部はこれからも、続きます。今まで読んでいてくれた方も、今読んでくれている方もよろしくお願いします!




