私が海でコンテストを飾ったりなんてしないっ! ごっ
静かになった会場は、再び熱気に包まれる。
現在、観客達の投票が終わったところだった。
じゃーっと叩かれるドラムの音が響く。投票数はおよそ千数と、例年の何十倍と大変多くの票が集まったらしい。しかし、私はそんな事どうでもよかった。
今は、もう見えている結果に落胆の溜息を深く吐くばかりだ。
この勝負は、どんな風に悶えさせるか。というテーマだ。悶えさせたのは、あくまで麗香の方で、私はというとしらけさせてしまった。これではどちらが優勝したかなんて、一目瞭然である。
皆がドキドキしながら結果待つ中、私だけが恐らく落ち着いていただろう。
『えーでは、これから発表の方に移りたいと思います! 結果は――――』
荒れ狂うように鳴るドラムの音。次第に連打される音は強まって行き、結果がバンっというシンバルの音で表示された。
『今回の大会――――水着美少女コンテスト! 勝ち残ったのは……おめでとうございます! 14番さんです!』
「え!?」
歓声が高まり、私への惜しみない拍手が送られる。
そこで、私へと賞が贈られる。
意味の分からない私は辺りを見回し、どいうわけか首を傾げていた。そこに、審査員が現れ、微笑んだ表情で私の手をぎゅっと握った。
「君の彼氏への熱――――いや、思いは伝わったよ」
「いや、でも、これは皆をどれだけ悶えさせるかっていうコンテストじゃ……」
「違うよ。水着美少女さ。君は大いに我々を悶えさせてくれた。しかも胸にじーんと来るようなね。君みたいな一途な女の子に悶えなくて、一体誰に悶えると言うのかね? 私は少なくとも普通のデートなんかよりも、君の愛がたっぷり入ったデートをしてみたいよ。ははっ」
そう言いながら、審査員は微笑んでくれた。
そして、後方から別の審査員の人が賞金を持ってきてくれた。そこには賞金百万円と書かれていた。
百万円の文字を見て、私は跳びはねそうになった。なにせ、勝負には勝ち、大金が貰えるのだから!
私へと、惜しみない拍手が送られ続け、賞金百万円を手に入れ――――。
「えーっと、ちょっと待ってくれませんか?」
「ん? どうしたんだい?」
私にあと少しで賞金が渡りそうになった所で、司会の女の人が審査員の手を止めさせた。まるで、何かマズイ事でも発覚したかのような顔つきだった。
そして、審査員を退けて、司会の女の人が私に近づいてきた。
「あ、あのー非常に申し訳ないんですが、あなたに賞金を渡す事はできません」
「……は?」
わけが分からなくなった。私に百万円を渡したくないのか? このクソ女は。と思って私は司会の女を睨んだ。
そこで審査員が司会の女をまるで、汚らわしいモノを見るかのような目つきで睨む。
「君? どういう事かね? 彼女は間違いなく優勝した子じゃないか」
「それが……違うんです。彼女、受付の子がミスしちゃって、本当はこの大会に出場登録してない子だったんですよ……」
そこで、審査員と私は首を傾げた。
一体何が起こっているのか分からなかった。そして、綾子の方へと視線を向けると、何かを思い出したように、綾子は笑っていた。
そこで、司会の女の人から全てが告げられた。
「14番のあなた……。実は黒樹 麗さんだったりします?」
「いかにも」
「非常に言いにくいんですが、あなたの参加登録してた大会は、水着美少女コンテストじゃなくて――――浴衣美人コンテストじゃ、ありませんか?」
そこで私は全てが繋がった。
確かに旅館には温泉があったし、交通費も全てが無料だった。多分、泊まる予定だった旅館は当たっている。しかし、出るコンテストを綾子が間違えたのだ。
私達は、合宿の数日前に事前打ち合わせをしているときに「水着美少女コンテストだぞー間違えるなよー」と眠そうに言っていたのを思い出した。恐らく読む資料を間違えたのだろう。
つまり、私達は出る予定だった浴衣美人コンテストを無断欠勤して、尚且つ別のコンテストを優勝してしまったという事になる。
私は目の色を変えて、観客席にいる綾子を睨んだ。
◇
「使えないクソ教師め。死ねばいいのに」
「まぁまぁ。たまには先生だってミスしますよ?」
「だがな、これだけは許された事じゃないぞ! 私があれだけ頑張ったのに……」
夜。全てが終了し、私達の部屋にて綾子を縛り上げて、メンバー全員で綾子を睨みつける。皆が皆、今回のミスの件に関してはお怒りだろう。なにせ、部長の私がこれだけ頑張ったのにも関わらず、綾子は失態を犯したわけだから。
美樹は熱が下がって、いつも通りに戻った。といっても油断は禁物だ。
ちなみに、浴衣コンテストに出るって言ってたのに、出れなかった事に関しては、美人部総出で謝った。その結果、女将さんが綾子の母である綾奈に免じて許すと言ってくれたので、まだ良かった。本当は予約も取れないくらいの高級旅館だったのに、無料にしていただいたのだ。条件を破ったのに、そこまでしてくれた女将さんには全員頭が上がらなかった。
そこで全員がお怒りになったわけだ。無論、私達が忘れていた事は棚に上げているのだが。
「もういいじゃありませんか。女将さんも許してくれましたし」
「そうは言ってもな……」
今回ばかりは、私は綾子の事が許せなかった。だが、どうやって処罰を受けさせようかと悩んでいたところ、鷹詩が口を開いた。
「麗様。俺に考えがあります」
「なんだ?」
「先生も料亭の両親を持ってましたし、今回、お仕事を全部手伝わせるのはどうですか?」
「……なるほどな。それは一理ある。近藤。今すぐ女将さんの所へ行って、手伝いをさせると言って来い」
「はっ! レイ様!」
「ま、待て! お前ら私を過労死させる気か!? 旅館の仕事ってのはな――――」
「仕事内容も分かってるのなら、話は早い。田村、井草。先生を力づくで連れて行け」
「「はいっ!」」
「ま、待て! わ、悪かったから許してくれ! 頼む! 頼む――――――! 今なら、黒樹の靴の底も舐めるから許してくれえええええええええええええええ!」
綾子はすぐに女将の元へと連れて行かれた。それから、明日の出発前まで、こき使われたのは言うまでもない。
それから私達は、今日あった話を美樹達と交わし、いつものような日々を合宿でも行っていた。
あれから、修学旅行の彼を思い出そうとしたが、全然思い出せなかった。なんだかスッキリしないものの、いつもの美樹が見れた私にとっては、どうでもいい事に成り下がっていた。
私達の合宿は、コンテストで優勝したのにも関わらず、賞品を受け取れずに終わるという無残なモノになった。
◆
白海 麗香は、肩と息を荒くしながら、ある旅館へと足を進める。その様子を見ながら、男にしては長めの金髪の男は溜息を深く吐いた。麗香の様子は完全なる敗北による怒りで覆われているのだ。
男は麗香の恋人だ。彼女のコンテストの言葉を聞いた時、少なくともその瞬間だけは心が躍った。しかし、次に現れた14番の番号札をつけた少女に心は持っていかれた。彼女の言葉は全てが素直で、尚且つ本気さが感じられた。確かに麗香の言葉も心を揺すぶられはしたが、14番ほどではなかった。
一度、罵られはしたが、金髪の男にとってそれもまた一つのチャームポイントに変わって行っていた。それこそ、強い部分も弱い部分もある14番に惚れていたのだ。
しかし、今は一応麗香の恋人という為もあって、黙って彼女に従っている。二人で予約した安っぽいホテルに帰ったら、別れを告げようと男は考えていた。
「……あんのクソチビがッ! あたしのプライドを踏み躙りやがって!」
完全に頭に血が上った麗香。
しかし、すぐそこに辿り着くと、さきほどの14番の少女の笑い声がした。
男は感じ取った。麗香の目的は、14番の少女の弱みを握る事。その為に、現在金髪の男の背後には多くの逆ナンした男達が群がっていた。さきほど麗香が14番の少女へと復讐する為に雇った地元のヤンキーである。すぐに逃げ出したかったが、麗香の命令により、男は逃げれなかったのである。
麗香は入り口で立ち止まると、ヤンキー達の方へと視線を移す。
「写真は見せたわよね?」
「ああ。そいつを食っちまえばいいんだろ?」
「ええ、賞金は百万円でいいかしら」
「ああ! バッチリだぜ! へへっ! 女も食えて金まで貰えるなんて仕事そうないだろうからな!」
明らかに犯罪臭しかしないヤンキー。総勢10名強の男達は金属バットを右肩に担いでヘラヘラと笑っていた。
そして、ヤンキー共が旅館へと襲撃をしようとした時。
「待て。お前ら何の用だ?」
オールバックにされた前髪。若干普通よりも焼けた肌。白い歯。そして、かなりの長身で、私服の上からでも分かる肉体美。そんなイケメンがヤンキー共の前に立ちはだかった。彼は丸腰であるにも関わらず、勇敢に前へと進む。
怪訝な顔をするヤンキー共は、麗香へと視線を移した。
「これもやっちまっていいのか?」
麗香は一瞬だけ考えこんでから、男へと近づいた。
そして、身体をイケメンへと預け、甘い声で囁く。
「これって恋……? あなたお名前はなんて言うの?」
「いきなり何なんだ君は。私の名前は牧だ」
「牧……素敵な響きね……」
麗香は牧という男に惚れていた。いや、もしかしたら、惚れたフリなのかもしれない。だが、そんな麗香が惚れるには充分過ぎる程、カッコいい男だった。もし、男も性別が女だったら惚れていたかもしれなかった。
しかし、牧は麗香を突き離した。
「済まないが、女性は間に合っている」
「そんな……二番目でも三番目でも良いですからっ! あたしと付き合ってください!」
麗香は必死だ。彼への恋は本物だった。それはヤンキーから見ても、そして、彼氏であった男からしても、一目瞭然。別れの瞬間であった。
牧は溜息を深く吐いて、ヤンキー共を一瞥する。
「……で、これはどういう事かな?」
「あ、これは、あたしをバカにした女にちょっと仕返ししようかなっと思って、来ちゃっただけなんです! どうですか? 牧さんもご一緒に――――」
その瞬間。ヤンキーの一人の頭が地面に押さえつけられていた。途轍もなく早く、とても人間の動きなどではなかった。頭を抑えつけられたヤンキーの一人が呻き声を上げ、遂には意識を飛ばした。
そして、牧はヤンキーの一人から手を離し、立ちあがった。
「バカな女……と言いましたか。私の生徒をバカにする輩は誰一人として許すわけにはいきません」
「え……、だ、だってあなた、あの会場にいなかったじゃない……! そ、それに、まだあたしが誰に仕返しするかだなんて……」
「聞いていますよ。白海 麗香さん。私の上司――――杉本教諭から、仕返しに来るであろう女を始末しておいて欲しい。っと」
そこで、牧はまた消えるような速度で動き、ヤンキーの一人の膝を蹴飛ばした。膝の折れる音が響き、ミシミシと鳴った音を上げた膝を手で抑えながら、また一人のヤンキーが地面に這いつくばる。
麗香は腰を抜かし、それまで惚れている者を見る目つきだったのに対し、今では幽霊でも見るかのような目つきで牧を怯えて見ていた。
「では、これより美人部副顧問――――代永 牧。美人部に仇成す者の始末を遂行致します」
牧はそう言って白い手袋を装着し、ヤンキーの群れを一瞬にして壊滅させた。
男は何もできずにその場から逃げ去った。
その後、白海 麗香と別れたのだが、男は風の噂で二学期から麗香が松丘総合高等学校に転校すると知った。