私が海でコンテストを飾ったりなんてしないっ! よんっ
最終選考。
四区分した百五十名を、いっきに削ぎ落とした今大会。我が部員で優勝候補にあった優香は既に脱落し、美人部からは私だけが残っていた。当初出場予定かつ、最優勝候補であった美樹は熱にてダウン。
一次選考で生き残った私は、次の二次選考でも生き残った。というのも、二次選考っていうのは建て前で、顔がビックバンな奴――――つまりブスが生き残ってしまった為、設けられた選考であり、顔を常日頃「可愛い」と言われていた私は可愛い部類に入ったという事だ。審査員も一応良い目を持っているらしく安心した。
最終選考までは休憩があり、私は美人部のメンバーと一緒に昼食を摂っていた。といっても美樹は一足先に旅館で寝ているらしく、いるのは美樹を欠いた下僕達だけだった。
「いやー、マジ麗様が残るとは思いませんでしたよ」
「俺も優香さんが残ると思ってたんで、なんか意外です」
鷹詩と正男が焼きそばを箸でつつきながら、私をやればできる子でも見るかのような目つきで眺めてきた。正男は普通に熱々の焼きそばを吐息で冷やしながら、食べているのだが、鷹詩の方は「熱いだけじゃ感じないか……」などと呟いていた。
ここは海の家という店らしく、店内に木製のテーブルと椅子を配置してある場所だ。本日はコンテスト参加者優遇ということで、昼時であるにも関わらず、私達は全員が座れるVIP席へと通された。
私は、あまりお腹が空いていない(美樹があーんをしてくれない)ので、かき氷だけをちびちびと頬張っていた。
「貴様らは私を何だと思ってるんだ。忘れがちかもしれないが、私は貴様らの上司であり、美人部の部長――――つまり、美樹の次に美しい存在なのだぞ」
自分で言ってて恥ずかしかったが、少なくとも今の人物よりかは、雰囲気的に私の方が美しいと思う。何せ、もう一人の美人は俯きながら、黒いオーラを醸し出している。
「はは……いや、黒樹様の言うとおりです……あたしなんて、一次も突破できないような牛野郎です……ああ、あたしなんか、牛丼にされて食べられればいいんだよね……。あ、食べる人に迷惑かかるかぁ……」
ネガティブな優香。というのも、一次選考にて障害物競争という一番ハードルの低い競争だったのにも関わらず、結果は最下位。徐々に障害物を潜りぬけていく人間に対し、優香は邪魔な巨乳が網にひっかかって第一関門すら突破できなかったのだ。ちなみに、それを見て男性観客が「おぉッ!」と言っていたのは言うまでもない事だ。
あれほど私をバカにしていた優香を、選考が終わったときにトイレの裏に連れ込み、罵詈雑言を吐き捨ててやった。いつもなら反撃してくるのだが、さすがに悪いと思ったのだろう。反撃すらせずに優香はひたすら私の罵声を浴び続け、後にこのネガティブ優香が完成したのだ。
かつてない程の私の罵倒を受けた優香は病んでしまった。さすがに悪いと思っているが、反省も後悔もしていない。むしろ清々しい。
そんな優香を見て、一応顧問だからか、綾子は優香の背中を撫でた。
「……そんなに落ち込むな。黒樹には分からない悩みってのは、意外にあるもんだよな。坂本」
「せ、先生……」
「主に胸とか胸とか胸とか。小さい奴が羨ましくてしょうがないよ。私だって、この胸があるせいで、どれだけの小さい男がやってきた事か……。坂本、気に病む事はない。お前の明日は明るい! さぁ、先生と一緒に合コンに行こうじゃないか!」
「はいっ! 先生! あたしにも光が見えてきました!」
「ではまず、そこの男を落としに行くぞ!」
優香はポジティブシンキングに変わり、バカの綾子に惑わされてバカになった。ミイラ取りがミイラになる心理が働いたのだろう。私は気にせずにかき氷を頬張り続けた。
バカ二人を眺めていた拓夫が眼鏡を持ち上げて、呟いた。
「……先生バカだな」
「だな、結局ユッカーに獲物全部取られるのに」
拓夫の呟きに反応した久光が苦笑いで、席を離れた二人を眺めてた。その時、フランクフルトを頬張っていた直弘が立ちあがって、バカ二人の様子をさらに詳しく見ていた。
「……あれ、部長さんいいんですか?」
「何がだ」
「先生と優香ちゃん、逆ナン成功したみたいですけど」
「勝手にさせるといい。たまにはアイツらも羽を伸ばさせた方が良いだろう」
「…………こっちに来ますけど」
私はめんどくさかったが、直弘に言われバカ二人に視線を移した。そこには二人の肩を組んだ一人のチャラそうな男がこちらに近づいてきた。男にしては長い金髪のロング。ウェーブが更にチャラさを増していた。身体の方はガリマッチョ。気持ち悪くて吐き気がしてくる。
その男はニヤニヤしながら、バカ二人をこちらにまで連れて来てくれた。
「どーも、黒樹ちゃん」
「あ? 何で私の名前を知っている。貴様のような社会のゴミに名前を教えた覚えなどないが」
「いやいや、うちのマドンナに聞いたんよ。次戦うんでしょ? ウケんねーまさか、君みたいな――――」
そこで、正男が拳でチャラ男の顔面を殴ろうとした。正男の拳とチャラ男のブサメンフェイスは衝突せずに、あと数ミリでぶつかろうとしていた。拳の風圧でチャラ男の髪型が軽く乱れる。
正男は強面になり、口元だけは笑い、言葉を発した。
「うちの部長さんへの悪口は許さねーぞ。クソ男」
「な、なんだコイツ!?」
弱音を吐きながら、腰を抜かすチャラ男。私は「フン」と笑いながら、腕を組んでチャラ男を見下した。
「私に悪口を言うとは大したものだな。さすが、ビッチマドンナが逆ナンしただけはあるな。クソ虫」
「む、虫!? 俺は虫じゃ――――」
「うるさい虫の死骸。それ以上喋るのなら、貴様の顔面を今すぐロードローラに踏みつぶされたかのような薄っぺらい紙にするぞ。いや、それだけ肌が黒いのなら、もっと黒くするなんて方法でも良いな。なら、大型オーブンにでも放置してみるか」
「ひっ!?」
涙目になったチャラ男は後退り、徐々に私から距離を空けていく。肩を組まれていた優香と綾子は、そそくさと逃げようとする。私は二人の事を尻目に、チャラ男の首根っこを掴んだ。
「……貴様らのボスに伝えとけ。優勝をするのは私だとな」
「は、はいっ!」
泣きながらチャラ男は逃げ、バカ二人の説教をした後、再び会場へと私は向かった。
◇
『さて、最終選考です。審査員はここにいる全員です! さぁ、始めましょう!』
沸き上がる観客達。それもそう。コンテストの会場は、今まさに、灼熱のコンサート会場へと化しそうだった。男性の観客は増え、今となっては遠くの方まで観客で埋め尽くされている。これは、麗香の効果なのか。それとも私の効果なのか。恐らく前者であるだろうが、私は絶対に負けない。プライドがそう言っていた。
しかし、この最終選考は観客が審査員と言っていたが、実際はどうなるのか分からない。何を勝負のお題として、何を審査するのか。
そして、司会の女は高らかにマイクを掲げて発表した。
『最終選考のお題は……ズバリっ! 【彼氏がいたら、どんな風に海で遊びますか!?】です! 勝負は一瞬です。そして、一言だけ呟いて、ここの観客をメロメロにしてやってくださいッ!』
なん……だとっ!? 少なからず私は絶望した。というのも彼氏などいらない主義であり、尚且つ男なんて絶滅すればいいと思っている私には卑怯過ぎるお題だった。そして、そんな性格を一応知っている麗香にとっては、今回の勝負は貰ったとか思っているのであろう。そして、男をメロメロにする事に長けているので、あだ名がマドンナなのだ。
この勝負――――私が負ける……。
麗香は微笑みながら、私に勝った気になって見下してきた。
『じゃあ、どちらから行きますか?』
「あ、じゃあ、あたしからで良いですか?」
マイクを受け取った麗香は、一息吐き、誰に向けてなのか分からないが、言葉を発し始めた。
『あたしが海に彼氏と来たら、まず、ここまで連れてきた御礼を言って、二人で沢山沢山遊んで、夜には花火をして……来年もこよーね! ずっと一緒だよっ? って言うと思います!』
短い。だが、それだけなのだが、声の緩急があっていかにも、「私はあなたの事がずっと好きだから、結婚するまで――――いや、一生一緒にいてね」というある意味重い思いが伝わってきた。これに観客たちは、清楚系の真逆であるギャル系の麗香から出たセリフとは思えなかった筈だ。しかし、そこにこそ彼女の勝算はあった。ギャップ萌えだ。さすがはマドンナ。使えるモノ全てを使っている感じである。
少なくとも、彼女を知っていたら今の言葉は完全に嘘だと見抜けるだろう。いや、男って生き物はバカだから無理かもしれないな。
私は自分の敗北を感じた。いくら内心でこれだけ麗香をディスっても、結果は変わらない。私にはギャップ萌えもなければ、男を落とす高度なテクニックもない。これでは、負け戦だ。
『はい。可愛い彼女さんですね。はい、次14番さんどうぞ』
私にマイクが渡ってきた。自虐的な笑みを浮かべ、マイクを受け取る。
ここで、この観客達全員を罵倒でもしてみようか。それはそれで、私に新たな支配力が身に着きそうだな。
勝つ気など全くなかった私は、瞳を閉じ、小さな深呼吸を行った。
さきほどの麗香のギャップ萌えを喰らった観客達も、徐々に静かになって行く。完全に沈黙した夏の海で、私は口を開いた。
『わ、私は――――』
声を出した瞬間。脳裏に過ったのは美樹の笑顔だった。私はずっとその笑顔に助けられたんだなと今になって思い出す。私がクラスで孤立していた時に、手を差し伸べてくれた美樹。美人部への依頼で綾子のお見合いを手伝った美樹。彼氏との邪魔をしても、邪険にしなかった美樹。そして、彼氏が死別したのに、私達を気遣ってくれている美樹。
その笑顔が――――ふいに誰かと繋がった。その感覚はまるで、足りなかったパズルにピースが当てはまる感じ。笑顔がその者とまったく同一なのだが、その誰かが分からない。けれど、その人物は男だった。
急にその男の事を考えると私の胸をキューっと締めつけていった。
彼は、私を変えてくれた男の子。京都の修学旅行で、虐められていた私を可愛いと言ってくれ、守り抜いてくれた。私はその彼の事を思い出した。傷だらけになったあの笑顔は、美樹と全く一緒だ。
彼は今どこで何をしてるんだろうか。
彼の事を思うと、心臓が高鳴る。
――――ああ、これがもしかしたら、好きっていう感覚なのかな。
私は軽く一息笑った。
『私は、海に……もし、好きな人が彼氏となって、一緒に来られたら』
どんなに幸せだろうか。しかし、それは叶わない。なぜなら、彼の居場所など知らないからだ。それに、今頃どこかで知らない女と付き合ってるのかもしれない。
『その人と一緒に海を歩いて――――』
歩いて、あの時の事を話すのだろう。内気で言えなかった私が言えなかった言葉。今なら言える気がする。いや、絶対に伝えたい。
いつの間にか、私は自分がどうしようもなく情けなくて、彼に対して申し訳なくて、でも、あの時は助けてくれて、ありがとうと伝えたくて……。いろんな思いが交差して、私の瞳からは雫が零れ落ちた。
しかし、私は笑った。あの日、彼に言われたからだ。
笑顔の方が可愛いと。
『大好きって伝えると思います』
その時。熱があった海は、クリスマスの夜のように、肌寒く、しかしどこか暖かい空気に包まれた。




