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私が海でコンテストを飾ったりなんてしないっ! さんっ

 翌日。それは、美人部の副部長美樹を欠いたメンバー全員で迎えられた。皆、真剣な眼差しで私の事を見つめている。そして、何よりも気になるのは観客達からの視線だった。多くの男性から視線を向けられて、現在の姿を隠したい気持ちにかられるが、美樹の事を思うと自然と姿を解放できた。

 あまり人の目に晒される事に慣れていない私としては、こういった舞台に立ちたくないのだが、合宿を行う上では仕方のないことであった。

 隣にいる乳をぶら下げた女――――坂本 優香を尻目に私はどこまでも続く水平線を眺めていた。


「いよいよね。……っていうか本当にアンタが出るとは思わなかったわ。そこだけ感心してあげるわ」


 いちいち悪態を吐いてくる優香にイライラしながらも、私は腕を組みながら罵倒したい気持ちを押し殺した。今にも暴言を吐いてしまいそうだったのだが、こういった大会でそういう事を言うのはNGだと美樹に言われそうだった為、喉の奥に文句は詰まらせておいた。どうせ優勝すれば、優香を家畜として扱うので、それまでの辛抱である。

 浜辺に作られたステージには、総勢百五十名程のマーメイド達が集結する。しかも、全員が美少女と言える人物達だった。まぁ、美樹の足元には及ばないけど。

 そんな中でも際立て目立つのが優香だ。性格はあれだけど、やはり見た目が良いのか。先ほどから男性達の視線を集めていた。忌々しい優香ではあるが、一応美人部の部員なので、万が一優勝すれば優香の賞金は私達のものだ。

 私はいつものような素の黒樹 麗ではなく、温厚かつ猫かぶりな黒樹 麗を演じる事にした。


「ありがとうございます。私と優香さんは今日はライバルなので、よろしくお願いしますね。お互いベストを尽くしましょう」


 ニコっとスマイルを忘れない。この技は美樹の姉君である美鈴御姉様に伝授してもらったものだ。こうした清楚で可憐な感じを表に出し、今のうちにポイントを稼いでいた方がいいだろうと私は判断した。ただ、この笑顔を作った私に向けられる男性の歓声は凄いのだが、優香からの視線はまるで汚物でも見るかのようなモノだった。失礼極まりない。

 そんな最中、いよいよ司会と思われる人物が、マイクを高らかに掲げる。すぐにこのコンテストが始まるようだ。


『みなさ~んッ! こんにちわッ! 今日はこの世界一熱いビーチに集まっていただき、ありがとうございますっ!』


 ぶりっ子なのか。視界の女は「テヘっ」とウィンクしながら男性達にハートマークを送る。その光景を間近で見ていた私はすぐに嘔吐しそうになるが、なんとか耐え抜いて、お口直しとして美樹を見つめる事にした。

 美樹は現在私服姿で、おでこに冷えピタという冷却シートを張っている。その隣には我が担任の杉本 綾子。そして、美人部の男性陣である。皆が私の姿を見て最初は爆笑していた。もちろん、全員の尻をそのあと金属バットで叩いたのは言うまでもない。

 私の格好――――それは、旧式スクール水着である。

 昨日、御姉様に電話で相談をしたところ、この格好ならば優勝間違いなしと言われたのだ。美樹の姉は私の神だ。だから、私は神様の言うとおりにしたら必然的に、旧式スクール水着になったのだ。そして、胸元には白い生地に『くろき れい』と拙い文字で書かれている。効果があったかどうかは定かではないが、男性の一部は私を見てくれている。このファンを逃さずに後にどうやって私のファンを作っていくか考え物である。

 

『それではルールを説明します! このビーチでは四区分した後、そのグループで一次選考は一位二位を決めて頂き、その一位二位の方が次のステージへ進めます!』


 要は運動会の水着で行うバージョンであった。つまり、それらを勝ち抜く事によって、決勝戦へと進む事ができるのであった。百五十人規模といえど、この大会はさほど大きいものではないらしい。それに決勝へと進めるのは二人だけの事から、関係者側の時間がないのだろうか。

 まず私達百五十名は四区分にされ、それぞれ争う事になった。ちょうど私と優香は同じレーンではないらしく、早くも優香は私と別れた。去り際に、私の顔を見ながら呟いた。


「じゃあ、決勝で会いましょ。ま、上がってこれたらの話だけどね。ぷっ」

「はい。是非待っていますよ。……ビッチ」


 最後の「ビッチ」は聞こえるか聞こえないくらいかの声音で言ってやった。優香はそれが聞こえたのか良く分からないけど、涼しい顔をして自分のレーンまで進んでいった。

 私と優香が別れたとき、ちょうど電光掲示板に私達の競技種目が流れる。私のレーンではパン食い競争だった。それを見たマーメイド達は表情を歪ませて、本当にやるの……? みたいな顔をしていた。無論、私は笑顔を崩さなかった。

 パン食い競争のルールは、吊るしてあるパンを手を使わずに口へと運ぶ競技である。難易度は高めで、パンのある位置が少し高めだった。しかも、パンは数個しかない。

 この勝負……完全に身長が高い人間が有利だ。

 私は生唾を飲み込み、じっと構えた。

 どうやら、私達が最初のレーンのようなので、競うグループの子達は既に準備をしていた。この試合では正攻法などでは決して勝つ事など不可能に近い。どうすべきか迷った所で、私はふと審判の方に視線を預けた。


「パン食い競争では、手を使わなければいいんですよね?」


 いきなり質問された審判は、腫れものでも見るかのような目つきで私を見つめた。身長差があり過ぎる中で、更に優香や美樹には劣る胸を見て、軽く失笑している様子だった。この競争が終われば、奴をトイレの裏で下僕へと転生させてやろうと考えた。

 

「え、えーっとはい、手や腕などを使わなければ問題ないです」

「ありがとうございます」


 今に見てろ。と眼光だけで文句を告げた後、私は目前に聳えるように吊らされるパン達を眺めた。数は二個。ライバルと思われる人間はビーチバレーをやっているであろう、褐色に焼けた屈強なる女共だ。彼女達は身長だけでなく、跳躍の技術も優れているのであろう。先ほど奴らを尻目で見た所「敵なしだね」と笑っていたのだ。彼女らを嘲笑う為に、まずは私が先制して見せる。

 先刻話しかけたのとは別の審判が、ピストルを高らかに掲げる。


「位置に着いて……よーい――――」


 ぐっと体勢を低くして、私はクラウチングスタートの構えを取る。他の女子達は可愛らしいなスタートスタイルだ。

 そして、ピストルのトリガーが引かれる。


「ドンッ!」


 パンっと鳴ったピストルの音に合わせて、私を含めたグループの全員が駆け足でパンの元へと向かって行く。その光景はまるで、正男達を見つけた女子の大群のような風景――――つまり、獲物を見つけた百獣の王の群れである。

 その中に私――――小型犬が混ざっているのだ。

 先ほど私を視線でバカにした審判を見返し、優香を嘲笑う為に、美樹に褒めてもらう為に、そして我が部の為に。様々な思いを胸に私は先頭を駆け抜けて、パンめがけて走る。

 だが、私の傍をすり抜けていく屈強なるビーチバレー女子。すぐにパンへと到達し、高らかな跳躍を見せる。しかし、彼女達はいつもスパイクなどで腕を専門として扱う為か、小さな口ではパンを掴めずに苦悶の表情を浮かべていた。

 そうはいっても、彼女達の口にパンがもぎ取られるのは時間の問題だ。

 私はすぐにビーチバレー女子のすぐ近くに到達し、足に体重を思いっきりかける。後方を走っていた者達が私を見て、驚いているであろう。なにせ、私は今、しゃがみこんでいると言っても過言ではない。

 そして、私は――――跳んだ。


「ま、まさか……あれは――――!?」

 

 審査員が口と目を大きく開き、私の姿に釘つけとなる。

 私は大きく跳躍する。身体を宙で一回転させ、まるで棒高跳びをするかのように、前面跳びを実行させる。

 チャンスは一回。私は吊るされたパンを口で視界に入った瞬間に噛み取る。

 パンを釣り竿で吊るしていた男達も、目を見開く。何せ、開始早々に一番小柄といっても過言ではない私がパンを口で掴み取ったのだ。この惨劇に、恐らく観客を含め多くの人間達が叫びを上げた。


「む、ムーンサルトだとぉおおおおおおおおおおおおおおお!?」


 着地した私の視界に入るのは、パンに群がる女子共。その中には私を見て驚く者までいた。口の中にあるのはパンを方頬張る感触。味は普通だった。

 むしゃむしゃとパンを食べる私を見て、審査員が絶望に顔を歪める。まさか、私がパンを取るなどとは思ってもいなかったのだろう。審査員皆して、目と口を大きく開いていた。そして、その中の一人が口をようやく動かした。


「か、華麗だ……尚且つ美しい……」

「ま、まさしく、マーメイドッ!」

「こ、これは優勝候補だぞ!?」


 審査員五名を早くも虜にし、私は鼻で息をした。

 その後、高々と吊るされたパンを口にする者はまだ現れていなかった。というのも、ムーンサルトに驚いた、釣り竿を垂らしていた人物達は呆気にとられて、釣り竿を上げてしまっていたらしい。私は悪くない。

 見事、勝ち進んだ私は一足先に美人部のメンバーが集まる場所へと足を進ませた。


「み、見事です、麗さん……」

「あのムーンサルトで、俺の顔を踏んでもらえませんかね?」

「僕でも、あんなムーンサルトはできないかも……」

「さすが、美人部部長だ」

「レイはさすがだね」


 男共が私を祝福する。そんな中、美樹と彼女を担ぐ綾子がやってきた。


「おめでとう黒樹」

「おめでとうございます、麗」


 辛そうに笑う美樹を見て、一瞬顔を歪ませそうになったが、美樹はそんな顔を見たくないだろうと思い、私は笑顔で頷いた。


「ありがとう、美樹。必ず勝つからな!」

 

 私は拳を高らかに掲げて見せた。


 しかし、私の本当の意味での戦いはこれからだった。

 背後から近づく者の足音が私の鼓膜を突き、振り返った。

 そこには優香ではなく、しかし、私の知り合いがいたのだ。

 金色のショートヘアー。形の良い胸。そして、いかにも性格の悪そうな顔つき。記憶上では、肌が白かった筈なのに今は真っ黒なギャルだ。

 その者は、私に近づくと腰に片手を当てて微笑む。


「久しぶり、黒樹。相変わらず、まな板みたいなおっぱいは健在のようね」

 

 女のあだ名はマドンナ。かつてそう呼ばれていた者だ。私が中学の時、いじめをしていた首謀者であり、昔の私を地の底まで落とそうとした人間だ。

 忌々しい女の名前は、白海(しろうみ) 麗香(れいか)。私は麗香に向かって一言告げる。


「貴様の方も、相変わらずビッチライフを送っているようだな。猿女」


 ここにいる、という事は今争っていたパン食い競争の中にいた人物だろう。

 睨みあう私と麗香を余所に、釣り竿を持っていた監視員が高らかに告げた。


「パン食い競争の勝者は、番号札、14番と123番ですっ!」


 私の札は14番。そして、麗香は123番だった。私と麗香は睨みあったまま、無言を貫き、お互いの熱視線を散らした。


「あたしが優勝させてもらうから。よろしくね、ぺちゃぱい」

「フン、貴様に優勝を譲るわけなかろう。私――――いや、私達が優勝を掴み取るに決まっている!」


 去り際に呟いた麗香に私は、宣言した。そこには絶対に負けられない女の意地があった。

 ちなみに、私達と言ったのだが、優香は大の運動音痴で、障害物競走で多くの人間と競ったのだが、最下位という見事な負け犬っぷりで幕を閉じた。

 私は決めた。

 優香(コイツ)だけは、絶対に許さないと。

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