私が海でコンテストを飾ったりなんてしないっ! にっ
「さすがに店内は人が多いですね」
私達は先ほどのナンパを退けて、現在浜辺の近くにある水着ショップへと来ていた。というのも、ナンパしてきた男達から得た情報で、今回私達が参加するコンテストでは賞金百万円が出るらしいのだ。それが獲得できれば今後部費を頼りにしなくても、美樹とカラオケをしたりショッピングしたりができるのだ。
そう考えた私は美樹に頭を下げ、優勝を目指す為にさらなるエロさに研きをかけるのだ。といっても美樹自体のスペックは相当高いので、今回は水着を買うだけで良さそうなのだ。全く、私の恋人はこんなにも可愛いから、何でも似合ってしまうな。ははっ。
ショップ名『サンゴ礁』と書かれた水着ショップでは、個人経営なのか水着を着用した二十代とおもしき女性と、その夫のような人物が半袖短パンでレジの前にて構えている。二人とも美樹の姿を見て「おぉ……」と息を吐くように呟いていた。
今は私と美樹の二人きり。という事はどんなモノを選ぼうとも、私が必ず目を通す事になるのだ。これぞ、恋人の特権である。
「んー。どれも可愛いんですけど、ちょっと私には合わないというか……」
「そんな事ないぞ美樹! こちらのフリフリしたのなんて可愛いじゃないか!」
「……それ、私の胸のサイズないと思うんですけど……」
美樹はビキニタイプの水着の上に少し大きめのパーカーを着る事によって、現在集まる視線を避けていた。といっても顔だけでも充分可愛いので、付け焼刃程度にしかなっていない。
私が手にした水着はピンクのフリフリのついた可愛いデザインのモノだ。これを着ている美樹を想像すると、なんだか可憐過ぎて今夜のおかずにでもできそうだった。是非とも着用していただきたい。
だが、美樹は私が提示する水着を次々と断っていく。その理由は全てが「サイズがない」という理由だった。確かに、私が良いなと思うものは殆どがサイズがCカップまでしかない。それ以上のサイズである美樹に合うのは、確かになさそうである。
すると見かねた店主らしき人物が席を立ち、私達に近づいてきた。
「どうも、いらっしゃいませ」
「む、貴様店主か?」
「いかにも。私、このお店のオーナーの波乗りスターです」
「いかにも胡散臭い名前だな」
波乗りスターと名乗った店主は真っ黒に焦げた二の腕をこちらに見せて、白い歯をむき出しにして笑っていた。都会に住んでいる私からしたら、ただ気持ち悪いだけのオッサンなんだけど、ここでは美樹の水着選びに手伝ってくれるかもしれないと思い、できるだけ笑顔を保った。
そんな私を半目で見た美樹が、何やら溜息を深く吐いていた。私は何も悪い事などしてない。
「……う、胡散臭いとか言われると泣いちゃうぞ?」
「良い年をした貴様が泣くとはみっともない。店主として胸を張れないのか?」
「まぁまぁ、麗はその尖ってる感じを少し丸めてください。……で、ちょっとお聞きしたいんですが、私に似合う水着ってどういうのがありますかね?」
「あ、君が着るのか。それなら、こっち側だね」
泣きそうになっていた波乗りスターは機嫌を取り戻して、美樹に反対側にある水着コーナーを指さした。そちらの方には手をつけたくなかったのだが、どうやらそっちにしかサイズがないらしい。
反対側のコーナーには、股の布がこれでもかという程薄いモノや、胸を隠す筈のモノが、既に隠すどころか微妙に出るのではないかと思うほどの布面積の小さいモノが陳列する。完全に高校生が着るようなモノではないし、なんなら海に着るようなモノでもなさそうだ。どっちかというと、SMプレイとかで必要になりそうだ。
もちろん、私はドMだ。叩かれる方が好きだ。特に美樹に叩かれて貰いたい。「この豚野郎っ!」とか言って鞭で叩かれた最高だ……じゅるりっ。
話は逸れたが、結局のところ外に出歩くのにはギリギリアウトまたはアウトの水着だった。
美樹は「うーん」と唸り、迷っているようだった。私はそんなドエロい水着を着用した美樹を見てみたいが、他の連中には見せたくなかった。だから、決して無理などしてほしくなかった。
私は悩む美樹の右手を両手でギュっと握った。
「……そこまでする必要はないぞ。美樹。私の単なるわがままなのだから、恥ずかしいのなら、今のままでも良いと思うんだ」
「麗……」
私と美樹は少し見つめ合う。
すると覚悟を決めたのか、美樹は一回首を縦に振って、背中が派手に空いたエロい水着を手にした。そして、それを波乗りスターに投げつけるように手渡した。
「これを試着させてくださいッ!」
「は、はぁ……って本当に着るの!?」
「はい! 親友の為に一肌脱ぎます!」
「……本当に一肌脱ぐのね……」
波乗りスターが微妙な顔をしながらも、美樹を更衣室へと案内し、私も後を追う。
カーテンで仕切られた個別スペースに美樹が入り込み、衣服が脱ぎ捨てられる音がする。といっても水着とパーカーだけだけど。だけど、それ以上に美樹が中ですっぽんぽんというのは大変興奮できた。後で入念に水着を洗わないといけなさそうだ。主に股間部分を。
それから五分くらい経った頃。カーテンが開く。
一瞬何が起こったのか分からなかった。しかし、すぐに状況整理がついた。
「何だ、ただの天使か」
「違います! ……ど、どぅですか……? れ、麗……」
胸元を隠しながらも、大胆に開かれた背中は気にしないんだなと思った。確かに水着はエロいし、美樹とマッチングしている。絶妙、という言葉が当てはまるのだが、更にスパイスが加わっている。
それは美樹の表情。普段、こういったエロいモノに無頓着な美樹が恥ずかしめを受けながらも、私の為に頑張って露出度が大変高い水着を着用してくれている。それだけで、私は……。
「れ、麗!? 鼻血出てますよ!?」
「い、いいんだ、気にしないでくれ……それよりも美樹……」
「は、はい?」
「写真撮っていいか?」
「ダメですっ!」
◇
夕方。
私と美樹は旅館に戻ってきて、着替えと入浴を済ませ部屋に戻ってきた。私の部屋には優香はおらず、美樹と二人きりだった。そんな中、多分優香が出して忘れたままだったであろうUNOが床に落ちていた。
それを拾うと、御湯あがりでつるつる素肌の美樹が微笑んだ。
「わぁ、UNO、懐かしいですね!」
「懐かしい? 私とは一回もやった事がないよな?」
「あ、えーっと、私が中学生の修学旅行のときに流行ってたんですよ」
「へぇ、少し面白そうだな。一緒にやろうではないか!」
「いいですけど、これ、本来は大勢でやるモノですよ?」
「美樹と二人なら、他なんていらない。私は美樹がいれば充分幸せだ。だから、早くやろう!」
それから私と美樹はUNOをして、スキップやらドローフォーなどの苦さを味わった。稀に来るドローツーで反撃をしても、美樹にはすぐに返されてしまった。
いつしか、私が何回もドローによるカード増産を受けるハメになり、私はカードを引く事が使命と変わり果てていた。
「……美樹?」
「…………」
「美樹? カード出したぞ?」
「……ぁ、ぁれ……? し、視界がぼーっとしゅる……」
熱を帯び、舌ったらずな声でそう言う美樹。見ているこっちがなんだか冷や冷やしてくる。いや、待てよ……。そこまで考えて、私はすぐに美樹の額に自らの額を合わせて体温を比べる。
――――高熱じゃないか!?
早速、綾子に連絡を取って、旅館の医務室に運んで貰い、様子を見てもらった。
結果、ストレス性の風邪のようで、寝ていれば治るものだった。ウイルスとかそういうのではなく、心に深いストレスを感じたときになる風邪らしい。その為、美樹はしばらく安静となった。
辛そうにする美樹は、布団の中で熱い吐息を繰り返している。苦しそうな美樹を見てると、何も知らずに百万円が欲しいと騒いでいた自分がとてもバカに思えてきて仕方がなかった。
皆が看病する中、綾子がやってきて私に極めて真面目な視線を向けてきた。
「……これじゃあ、コンテストに出られそうもないな……」
「当たり前だ。美樹は――――辛い思いをして、それでもその辛さを隠し通そうとしてでも皆の事を思って、合宿に参加しているんだ。なのに、これ以上無理をさせるわけにはいかない」
私は知っている。
あの夜――――岸本 雅史が亡くなった日の晩。私にずっと抱きつきながら号泣していたのだ。あの美樹を知っていたら、誰もが美樹の事を気にするだろう。だが、気を使われたくない美樹はあえて、皆に平気な顔を見せる為に無理をしてきたのだ。
無理をした美樹は、全てを知っている私にさえも笑顔を振りまき続けたのだ。ストレスを感じるなという方が無理に決まっている。
皆が息を飲み、重苦しい空気の中。ようやく綾子が次の言葉を吐いた。
「……仕方がない。谷中にコンテストを頼むのは中止だ。だが……そうなれば、代わりに誰かが出るしかない」
いくら頭の程度が低い綾子と言えども、折角合宿のセッティングに携わってくれたのだ。綾子を下僕にしている私でも、彼女の顔を潰す事はできなかった。
とはいえ、後可能性がありそうなのは優香しかいない。のだが。
「なら、あたしが出るわ。あんたじゃ、無理だろうしね。ぷぷ」
額から血管がビキっという音が響く。無論私の血管だ。
恐らく、皆を気遣って言っているのであろう。ついでに私をバカにして空気を明るくするつもりでもあるのだろうが、私は優香に憤りを感じた。一体、誰にモノを言っているのか分かっているのだろうか。
プライドと百万円とで、天秤にかけた。結果、私の中ではプライドが勝った。
「フン、貴様に頼むのなら私が出る」
その言葉に皆が目を見開いた。そんな顔をした次は皆口元に手を当てながら、私から視線を逸らした。妙に肩を小刻みに揺らしているのが、笑いを隠そうとしている証拠だった。
「れ、麗様が……くくっ」
「む、無理よ、あんたなんか……ぷーっ!」
「く、黒樹……観客を失笑させる気か……」
全員がそのような言葉を述べる。
私は怒りのメーターが振り切った。
「ぐ、貴様ら……ッ! わ、分かった! そんなに言うなら、私が優勝して見せようじゃないか! もし、私が優勝したら、貴様ら全員私の言う事を聞いてもらうぞッ!」
そう言って、私は部屋から逃げるように出た。
少しだけ涙目になってしまったが、皆には見られてない筈だ。
誰もいない食堂に行き、私は電話をかけた。
その相手に全ての経緯を話し、嗚咽を堪えながら必死に私の悲しみを訴えた。
「……っひぐ。ぁ、ぁぃっら……わ、私のこ、事をバ、バカにしたんですょぉ……」
『まぁまぁ、麗ちゃんそんなに泣かないで』
「で、でも……ぁとには引けなくて……っひぐ」
電話の相手は美樹の姉である美鈴だ。彼女に電話をしてどうにかして慰めてもらっていた。どうしても見返してやりたかったのだ。私をあたかも豚がドレスを着て踊るのを嘲笑するかのように笑ったのが許せなかった。
しかし、私には勝算などなく、後は頼れるのは美鈴だけだった。
『分かったよ麗ちゃん。あたしが合宿に参加できていればね……仕方ないから、麗ちゃんが頑張るしかないよ!』
「で、でも……どうすれば……?」
そこで美鈴は一度電話の外で息を切り、笑った口調で私にアドバイスを送った。
『――――――――――それなら、勝てると思うよ』
私はその言葉を聞いて、涙を拭いた。
そして燃え上がる闘志を右拳に固めて、天井を睨みつけた。
――――何としてでも、あいつらを見返して、美樹に褒めてもらうんだ!
こうして、美樹のいない美人部は、水着美少女コンテストに挑むのだった。