私が海でコンテストを飾ったりなんてしないっ! いちっ
私達の代から、近隣にあった私立高校と合併して新たになった松丘総合高等学校。そこには、イケメンや美人が集まっていると言われている部活がある。その部活では、平凡な人間から「あんな風になりたいなぁ~」や「友達になりたいっ!」と言われるようになる人間を更に目指しているのだ。
その名も美人部。
よくある乙女ゲームでは、こういった部活が設立されるのがよくある話だ。アニメや漫画の世界でもそうなのだが、彼ら登場人物は皆イケメンや美女揃い。そんな部活を作りたかったのは幼い私の夢でもあった。
しかし、この美人部を設立するにあたり、私の目的は小さな私の夢を叶える為のものではない。
私は惚れたのだ。同性に。性的に。
これは運命か何かだ。彼女といると、何かと心の底から安堵できる気分になれるのだ。
彼女の名前は谷中 美樹。私が愛して止まない我が美人部の副部長だ。
まず、美樹の魅力は外見だ。人は見た目で判断するなと言うが、彼女にはそれが無理だろう。まず男性ならば初見で惚れる。口を開けて、しばらく美樹から視線を逸らせなくなるだろうし、独り身の男ならば絶対に今夜のおかずにしているだろう。私もそうだから良く分かる。無論、カップルの場合はその後男が女に振られるのだ。
女性からしても、彼女の魅力は惹きつけられるモノがある。それは、我が美人部に所属している忌々しい乳をぶら下げている女――――坂本 優香も私と同じ、同性愛者だから分かる。
私達美人部には他イケメン五人が在籍するのだが、今となっては宝石に群がる蠅よろしくゴミだ。目ざわりだ。さっさと退部して欲しい。……のだが、彼らがいなければまともな部活などできなかっただろう。
美人部は私を含め、合計八名だ。
かくして、私達美人部はこの夏休み、設立してから数ヶ月だというのに合宿をする機会を得たのだ。その機会というのも、使えない顧問・担任でもある杉本 綾子が何とかしてセッティング――――もとい合宿を無料でする事に成功したのだ。無料にできたのは、合宿先の海で行われる、美少女コンテストに参加する事が前提だった。そんなもの、美樹が出れば優勝確実なので、勝負にならない勝負を見る観客のつもりで、合宿のスパイスにでもなればいいなと思っていた。
杉本教諭には感謝を忘れてはいけない。だが、出来る事なら早くその手を使って欲しかったぞクソ担任め。
そんなわけで、私はこの熱い日差しを浴びながら、隣にいる副部長の美樹と、美人部のメンバーを待っているのだ。
「……で、麗? 麗は何で私の家にいて合宿の道具を持っているんですか?」
「む? 当然だろう。美樹のお宅に自分の私物を半分くらいは持ってきていたのだからな!」
「……勝手に人の家に私物を持ち込まないでください。あと――――」
「ん?」
「熱いから離れてください」
いつもの宝石のような煌びやかな笑顔が、少し疲れている美樹。きっとこの暑さに耐えきれないのだろう。しかし、私にはこうする権利があるのだ。
なぜなら。
「私とキスしたじゃないか。それも濃厚な」
「ちょ、ちょっと麗! 大声でそんな事言わないでください! 恥ずかしいじゃないですか!」
「でも、事実は事実だからなぁー。私とキスを、しかも美樹からしたとなれば、もう美樹は私の恋人ではないのか? うん! そうだ! そうに決まってる!」
「違います。私の恋人じゃないです! 勘違いしないでください!」
そう言って、美樹は私から視線と腕を逸らした。そんなツンデレな所も私は好きだぞ美樹。胸中でそう思った事を呟いていた。
美樹が視線を逸らすと、何かを見つけたのか。すぐに私にいつもの笑顔を照らしてくれた。
「今からデレるのか!?」
「違います。正男さん達も来ましたよ!」
いつもより一割増しの明るさの美樹。それもそうだ。今日は合宿なのだからな。早く海に行って、美樹も私とキャキャキャウフフな世界に行きたいのだろう。まったく世話が焼ける彼女を持ったもんだ。今夜は寝かさないぞ?
そんな脳内妄想を繰り広げていたら、あっという間に忌々しい軍勢がやってきた。
「おはようございます! 部長さん!」
「おはようございます! 麗様!」
「おはよ! 黒樹さん」
「部長殿と美樹殿は早いな」
「レイレイおはよ!」
「フン、アンタにしては早いじゃない」
朝の通勤ラッシュを抜けてきた美人部メンバー。集合時間は東京駅にて午前九時だ。この時間に全員が揃うという事は各々が楽しみにしているのだろう。ちなみに、私と美樹は、御姉様こと美鈴さんに駅まで車で送ってもらった。いつもの二人乗りの車ではなく、今日は自宅で使用しているアルファードだった。私も御姉様の部屋で寝泊まりしてから、随分と車に詳しくなった。
それから、ほどなくして白のアルファードが停まる。一瞬、美樹の家のかと思ったが、美樹の家のは黒塗りでGクラスというちょっと特別で高いアルファードだった筈だ。
運転席の窓が開き、大人の色香を漂わせる女性が顔を出した。
「おはよう! お前ら時間通りだな! 男共はあたしに会うのが楽しみだったんじゃないか!? おい! そりゃあ、あたしだってまだまだ捨てたもんじゃないぜ? 身体だって随分とエロいし、食いどきだぜ?」
「いいから早くしろ。クソ子」
相変わらず鬱陶しい杉本 綾子。黙っていれば綺麗なのに、口を開けばただの煩い下品な女だ。もうすぐ三十路にして恋はなく、結婚できるボーダーライン(かなり低いらしい)を越えた男と出会っても、残念さがすぐに現れて男にドン引きされるそうだ。これらの情報は主に、中谷 美鈴様から提供していただきました。
私の暴言に青筋を立てる綾子。正男達を惑わそうとしていた顔が今、赤鬼のような狂気に染まった。
「あ゛んだと黒樹ィイイイイイイッ! 誰のおかげで合宿できると思ってるんだ!」
「美樹のおかげだ。貴様のおかげじゃない。それは確実だ」
「クッ……相変わらず可愛くない生徒だことッ! まったく美鈴を見ているようだ……」
舌打ちしながら、首で私達に後部座席に乗れと指示してくる綾子。しかし、私は知っている。この車の後部座席がボタン一つで開く事を。
いつまでも乗ろうとしない私に苛立ったのか、綾子は顔を更に機嫌悪そうにしかめる。
「何してんだよ黒樹」
「それはこっちのセリフだ。下僕」
「あ?」
「この車の後部座席がボタン一つで開くのを私は知っている。だから、早く押せ」
「何でテメェらみたいな毛も生えてないガキを、わざわざVIP扱いしなきゃいけないんですかあああああああああね! 私は教師で、あなた達の顧問なんですけどぉ!?」
「VIPもVIPだろうが。私達は海に行くという名目のもと、貴様を海に連れて行って男共との恋路を繋ぐのだからな。それがVIPでなくて誰をVIPと呼ぶんだ? 頭がハゲた校長か? それともコンパ終わりの同年代の仲間か? 違うだろう。私達――――美人部だろうが」
そう告げると、綾子は雷にでも撃たれたかのような驚いた顔をして、早速後部座席を開閉するボタンを今までに見た事がないくらいの速度で押した。
ガラ―っとゆっくりとスライドされる後部座席。先に入るのは一番美人な美樹だ。
皆が美樹を優先し、美樹も申し訳なさそうに後部座席に座る。それに続き、皆が座って行く。
残ったのは、私と優香だ。そこで重大な事に気付いた。
「これ、六人乗りだ!」
「嘘!? じゃあ、あたし達合宿に行けないじゃない!」
不満をブツクサと言う優香。そんな乳女を尻目に、続いてきた後続車が停まった。それはセダンタイプのBMWだ。見た目的に新型の5シリーズであるのは確実だった。
「まぁそう言うなよ坂本。美人部の副顧問も連れてきたからさ!」
「……副顧問?」
優香が怪訝そうに首を傾げた。
私は知っている。美人部の副顧問としてしか使えない男の存在を。それは前期の定期期末試験が始まる前の事。美樹に突然告白してきたカス教師だ。
夏休み中にどうにかして、奴を更生させたいと生徒会の連中に頼まれて仕方なく受け入れたカスだ。
「ハァイ! おはよう!」
「ふん、貴様も来るとはな。生徒会に感謝するんだな」
「黒樹様、おはようございます! 今日も美しいデス!」
「だろうな。貴様からしたらな。とっとと準備しろ。カス教師の運転は荒いから気をつけろ」
「はいっ!」
この外国人っぽい男は代永 牧。かつて美樹に告白した愚か者だ。コイツには入学初日から手を焼いていたのだが、いよいよ生徒会でも厄介払いになり美人部にやってきた。ちなみにコイツには御姉様特製の『美樹に触れたらボマー』という機械が装着されているらしく、美樹には手出しをさせられないようになっている。
私は強い味方を得たのだ。
こうして、私の下僕二人によって、車は発進する。その車内で優香は「アンタって、本当に人を使う事に関しては天才的ね……」などと当たり前な事を言っていた。
◇
「これで全部だな」
私達はそれぞれ荷物を車から取り出した。と言っても車から荷物を降ろして部屋に運ぶのは下僕である鷹詩と牧教諭と綾子だが。
三人が汗水たらして部屋に荷物を運ぶ姿は中々滑稽なものだった。
しかし、問題は発生した。
「なんであたしが、男部屋なのよ!」
「問題でもあるのか? 貴様のような乳をぶら下げた女は、男の中で生きるのだと思っていたのだが」
「ち、違うわよ! あ、あたしだって……その……女の子だから……美樹ちゃんと同じ部屋で……ぐへへへっ……じゅるりっ」
「はいアウト。貴様は違う部屋だ。ムサイ部屋で男共と一緒に夜を明かして子供でも作るんだな」
「ちょっと待ちなさいよ! さすがにそれは無理だっての!」
色々と文句を言う優香。そんなに言うのであれば廊下で寝ればいいのに、と思うのだが、さっきから美樹の視線が痛いので、これ以上優香を突き落とす発言ができないでいた。このままでは、美樹からのお怒りの言葉を貰いかねない。
歯痒い思いをした私は、溜息を吐いて優香を、親の仇のように睨みつけてやった。
「……分かった」
「やった! ありがと! 貧乳!」
血管の切れる音がした。
それから今日一日、御機嫌な優香を見る者はいなかった。
早速水着に着替えて浜辺に到着した私と美樹。さすがにシーズンだけあってか、辺りにはやたらとチャラそうな男共が海にて浮ついていた。私的には「海で溺れて死ねばいいのに」としか思わなかった。だが、美樹は遠い目をして、カップルが仲良さそうに遊ぶ姿を眺めていた。
彼女は少し前に、彼氏を亡くしたばかりだった。それはあまりにも唐突で、あまりにも呆気ない死であった。私は美樹の元彼氏――――岸本 雅史が死ぬ寸前にお願いされた事をきっと忘れもしないだろう。
それは、ずっと彼女の傍にいて欲しいという願いだった。もう身体が動かせない程末期だと聞いていたのに、彼は肩を震わせ、涙と鼻水を垂らしながら私に頭を下げた。あの光景はきっとこの先ずっと忘れる事はないだろう。
「美樹、こっちで遊ぼう」
「……はい」
笑顔で返してくる美樹。だが、その微笑みには今朝のような輝きはなく、今感じられるのは「寂しい」という思いだけだった。
そんな中、私の肩に何者かの手が触れた。
「ねぇねぇ、君水着コンテストに出るの!?」
「だったらさ、その前に俺とデートしようよ!」
意外だった。私にナンパしてくる男がいるとは知らなかった。ここまで命知らずもそうはいない。奴らのバカさ加減に免じて、私は罵る事を選択肢のうちから消した。
「お断りますわ! これからコンテスト会場を下見しようと思っていましたので」
「そ、そうなのか?」
もちろん嘘だ。だが、真面目ちゃんを装っていれば、コイツらも無傷で私から立ち去れるだろうという私の気遣いだった。
「ま、まぁ、そうだよなぁ……だって、あのコンテスト優勝したら百万円貰えるんだもんな」
それを耳に入れて、私はすぐに今回の合宿の目的を書き変えた。美樹に優勝を狙ってもらうのは当然だったが、百万円となれば額が違う。それ全部を部活で使えるのなら欲しい物がいくらでも買えるのだ!
私はナンパしてきた男達から視線を逸らして、後方にいた美樹の華奢な両肩を掴んだ。
「れ、麗?」
「頼む! 私の――――いや、私達の為にコンテスト優勝してくれ!」
こうして合宿は幕を開けた。




