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俺が革命を起こしたりなんてしないっ! さんっ

 帰宅すると、リビングには美樹と美鈴が共に話をしていた。見た所、今日は黒樹 麗の姿はなく、二人して仲良く女子力の話をしているようだった。そんなに肌とかが気になるのなら、さっさと寝てしまえば荒れる事もないと思う。しかし、二人は手入れを怠らない。いや、手入れしなくても元が良いので、荒れる心配とかはなさそうである。

 ちなみに、父はビールを口の中に滝のように流し込みながら、スポーツニュースをおぼろけな視線で眺めてた。きっといい感じに酔っぱらって眠くなっているのだろう。日頃の疲れなどが溜まっているのだろう。瞼は今にも落ちそうだった。

 帰ってきた俺は、鉛のように身体に溜まっている疲れを解放するかのように叫びながら、美鈴と父は無視して美樹の元へと走る。


「美・樹・た~~~~~~~~~~~~~~~~~んっ!」


 こんな疲れた時には愛する妹のハグが一番だよねっ! そう思って突進したんだけど、意識が飛んだのかと思うほど視界は暗黒に染まった。

 遅れてくる痛みは、腹部に強烈な何かを喰らった証だった。反射運動で俺は腹を抱え込みながら、足がダメージに耐えられなくなって崩れてしまう。

 視界が美しい美樹を入れるほどに回復すると、俺の腹部を襲った相手が明確になる。


「満、麗ちゃんから伝言貰ったよ」

「え……、何……」

「『御姉様、お願いがあります。私達の大切な美樹に仇なす人間――――いや、生物は一匹残らず排除してください。御姉様がいないときは、もちろん私がしますが、私がいないときは、御姉様にお願いします。後、変態が美樹に何かしようとした時は迷わず正義の鉄拳を喰らわせてください』だってさ!」

「伝言長いな!」

「というわけで早速実行させてもらったけど痛かった? 痛かったらゴメンネ!」

「お、おぅ……」


 殴っといて謝る姉を、殴るんだったら謝るなよ……と思いながら半目で睨んだ。しかし、両手を合わせてウィンクをしている姉には全く悪気がないわけじゃない。というか嬉々として楽しそうでもある。最近じゃ、俺は弄られキャラに成り下がっている気がする。

 頭を下げていた姉はウィンクと両手を合わせた謝罪を終わらせて、また笑顔を見せた。


「謝るくらいなら殴るなよ……痛かったっつの」

「ホント!? 良かったぁ! 麗ちゃんからね、『痛がってたら、もっと殴ってやってください。そしたら、新たな下僕が増えるかもしれませんよ』って言ってたんだよね!」

「ふざけんな! 俺は疲れてるんだ! それに俺が痛がるのを止めたら死ぬって事になるんだぞ!」

「え? むしろ、そのつもりだけど」

「その『何言ってんの? 殺すに決まってんじゃん』みたいな目やめろ! 俺と姉貴はちゃんとした姉弟なんだぞ!」


 実の弟を殺すとか冗談でも言うなよ、とか思いながら俺は迫る姉から目を離せなくなっていた。何故だろう……多分、殺されるから?

 俺と姉貴のハイパフォーマンスを眺めていた美樹が、蝋燭の火でも吐息で消すかのような小さい溜息を吐いた。それを尻目に入れた姉は、今度は本気の怒りを滲ませた笑顔で、拳の骨をパキポキと鳴らした。


「美樹たんが落ち込んだじゃん。いくら満と言えど美樹たんの笑顔を消すなら、許さないよ? ロケット花火を穴という穴にぶち込ませてもらうよ?」

「発想が怖ーよ! ……美樹たんの件はすまん」


 美樹は兄妹じゃない。それは数週間前に明らかになった事実だ。それを知った美樹は当然、愛していたキャラが死んだかのような深い悲しみに暮れていた。俺や姉は血の繋がりがなくて嬉しかったけど、彼女にとってはショックが大きかったのだろう。多分、それは俺や姉をちゃんとした家族として愛してくれているからだ。そんな美樹にまたも俺は心を弾ませた。

 幹の時は、単なる弟でしかなかったけど、今は違う。以前、この家に俺や父の他に男がいた事を忘れそうになるくらい、美樹は完璧な美少女に変身していた。見た目だけではない。中身もそうだ。以前のように男口調は全くなくなり、今では過去の事を話せば、彼女自身が首を傾げてしまうくらいだ。

 ま、俺にとっては今の美樹が可愛くて仕方ないけど。

 美樹は、子供がブラックコーヒーを飲んだかのような苦笑いを浮かべながら、俺に両手を振った。


「だ、大丈夫ですよ。お兄さんやお姉さんと血が繋がっていなくたって、ちゃんと家族なんですから。私は気にしていませんよ」

「「美樹たん……」」

 

 完全に元気がなくなってしまった。俺の責任であるのは間違いない。今日のところは苦い思いをさせてしまった美樹を労って、さっさと食事を済ませて就寝する事にしようと決意した。

 そんな中、姉が俺を親の仇の如く睨みつけていたが、用件があったので仕方なく近づく事にした。


「……悪いな姉貴」

「許さないわ。後でアンタの部屋から美樹たんの下着何枚か奪うから」

「それ姉貴の欲望だろ? ……んな事より、そろそろあの件いいか?」

「あの件……? ああ! 別に良いよ!」


 恐らく忘れていたのだろう。姉は色々な予定が分刻みで入っている為、忘れてしまっていても仕方がない。

 あの件とは、血会のオリジナルゲームのテストプレイだ。俺らがテストプレイすればいいという話なのだが、実際は俺ら数百人以上の単位でテストプレイしても、姉には遠く及ばず、時間だけが削り取られるのだ。ちなみに、俺ら百人でテストプレイするのと姉が一人でテストプレイするのとでは精度も違ってくる。幾つもの大ヒット名作ゲームをこの世に生み出してきた姉は、プレイが早いだけでなく、常人には気づけないような箇所も容易に気付くのだ。

 俺はゲーム開発において、最強の人間を味方に着けていると、いつもヒシヒシと感じる。

 約束を思い出した姉は、機嫌を取り戻したのか、頬を綻ばせていた。


「じゃあ、姉貴。時間はこの前伝えた通りだから、頼んだよ」

「うん! 楽しみにしてるよ! あ、でも、アンタの部屋から美樹たんの下着は没収するからね!」

「チッ……騙せなかったか……。セキュリティレベルを上げておくか……」


 この流れで、さきほどの美樹たんのレア下着(使用済み)の没収を逃れようと考えていたが、さすがに姉は逃してはくれなかった。自室のセキュリティレベルを上げても、物理的にも理論的にも姉には勝てないので気休め程度にしかならないが……そこはもう諦めるしかないだろう。

 俺が自室がある二階に上がろうとする時に、美樹が『……私の下着で遊ばないでください……』と言っていたのが聞こえたが、まぁ気のせいだろう。俺と姉にとっては美樹の下着は退屈な日常を刺激的にするのには必要不可欠なものなんだから。




 ◇




「おっはよー! 血会の皆ー! 久しぶりだねっ!」


 朝、俺らの拠点とする秋葉原の血会の活動をしているビルにて、姉が各部屋に挨拶をしていく。太陽のような明るい笑顔に、男性陣は皆頬が崩れ落ちていく。コイツら人の姉だっていうのを完全に忘れていやがる。俺は姉に対しては別に性行為をしてほしくないとかはないけど、さすがに知り合いでそういう行為をしてほしくなかった。

 ちなみに女性陣は全員が舌打ちしていた。これにはエピソードがあって、過去の飲み会にて、女性陣全員の女子力を計った姉が説教じみた事をしたのだ。そのおかげで、我がサークルの女性陣から姉が嫌われていた。

 それくらいの方が健全で良いような気もする。

 姉は入室してから早速俺のデスクに腰掛けて、パソコンを起動させる。この姉のハイスペック具合は本当に可笑しい。普通他人のパソコン――――しかもこの春の新作を難なく使いこなすのだ。

 俺らが汗と涙と血の結晶を軽々とダブルクリックした。それと同時に姉はヘッドホンを装着した。もう俺が見ている必要はなさそうだった。

 毎年、ライバルではあるが、姉に確認してもらうのが恒例行事となっていた。

 暇になった俺は、南波の仕事が気になり漫画家部屋の方へと訪れる。ドアノブを軽く捻ると、エアコンをずっと付けっ放しだったのか、冷凍庫のような寒さが俺の身体を襲った。


「さむっ! 何だこの部屋!」

「……あ、中谷さん……」

 

 デスクにて突っ伏した南波のアシスタントが、まるで墓から這い上がってきたゾンビのように、生気がない顔をして俺の事を視界に収めた。彼らが徹夜だと判断するのに時間はかからなかった。

 それにしても、辺りには丸めこまれた紙が沢山散っていた。その紙は全てが漫画のネームだと知る。

 原因は、最奥に鎮座しながらも、スポーツに打ちこんでるかの如く熱いオーラを放っている人物が一人。その人物のデスクには何本もの空になった栄養ドリングの瓶が転がっていた。ゴミ収集車が来るレベルである。

 今起きたアシスタントはすぐに、また眠りの世界へと旅立っていた。


「藤本ッ!」

「…………」

「藤本?」

「…………」

「南波ッ!」

「はい」

「この状況は何だ!」

「この状況は…………ただの戦死です。簡単に言うならば、ガソダムのァ・バオアクーの最終戦のような感じです。分かりますよね?」

「ああ、あのアム□とシヤアーは熱かった……ってそこじゃなくて、何でこんなに死人が出てるんだよ!」

「違うんです。この人達が死んでるんじゃないんです。私達が生きてるだけなんです」

「いや、意味同じじゃね? っつか、テンション可笑しいぞお前!」


 徹夜によるトランスモードの発動。いや、今の時代はトランザムか? それともデストロイかな? この際どっちでもいいか!

 長い事起きているのは、まず間違いがなかった。

 そんなモードを発動継続中の南波は、引き出しから大量の原稿を俺に手渡ししてきた。それは二つ。俺が頼んだモノだ。多分、これを徹夜で書いたのだろう。そんな事をすれば当然アシスタントが死んでいる筈だ。


「あ、ああ……御苦労」

「確認はちゃんとしておいてくださいね。ちなみに、今書いてるのは約束したモノです」

「……そんな必死にならなくても……」

「いいえ、私には必死になる理由があるんです」

「そ、そうか……」


 一体何にムキになっているのか、分からなかった。

 真剣になっている今は放っておこう。そう思い、俺がこの部屋を出ようとした瞬間。

 椅子が転がる大きな音がした。

 すぐに振り返ると、アシスタントが転んだだけだった。


(南波が倒れたわけじゃないか……)


 内心でホット胸をなでおろすと、静かになったこの漫画部屋にて誰かの荒い吐息が聞こえてきた。耳を澄ませてみると、それが南波のモノだと分かるのには時間はかからなかった。

 すぐに南波の元へと向かうと、南波は過労のせいか、グッタリと机に突っ伏していた。


「藤本!」

「……な、なんだか……中谷さんの顔見たら……力が……」

「起きろよ! 南波!」

「す、少しだけ……寝ま……す」


 俺は恐る恐る南波の額へと右手を触れさせる。

 背筋がゾッとする。南波は高熱を出していた。

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