あたしが親友を作ったりなんてしないっ! いちっ
坂本 優香の一日は早い。
夏休みに入ったあたしの通う高校――――松丘総合高校。かつては違う女子高に通っていたのだが、ある事情で編入したのだ。テスト内容は、あたしの通ってた高校が進学校だったからか、大して難しくはなかった。この高校に通うようになったのは、二つばかり理由がある。
まず一つ目は、あたしが前の学校で虐められていた事。よく周りから「綺麗だね」と言われるあたしにとって、良い見た目はただ損をするものだった。同級生から反感を買い、数多の虐めに遭ってきた。しかし、直接的な原因はそこではない。あたしが虐められていて、逃げてきたわけではないのだ。ただ、あたしは虐めていた子達が毎朝会う事で気まずくなるのが嫌だったのだ。それは自然に解消されるのかもしれないけど、それでもあたしは転校を選んだ。
もう一つ目は、東京都内にて最早一番美人と話題の谷中 美樹と友達になりたかったからだ。彼女はスタイル抜群、頭脳優秀、しかし、性格は誰にでも優しく、また、困ってる人を見捨てない人間だ。そんな彼女と少しでも一緒にいたくて高校を変えたのもある。
そして、現在。あたしは松丘総合高校の寮にて生活をしている。両親は世界中を飛び回っている為、一緒に過ごす事は幼少の頃から少なかった。そんなあたしが一人暮らしをするのは必然的だったと思う。
あたしは夏休みであっても、生活リズムを崩さない。現在時刻、午前七時。お気に入りのぬいぐるみ――――ピンク色のウサギのミーたんが顔の横にいる。あたしの寝相がいいからか、寝る前といる場所は同じである。
欠伸を噛み殺して、背伸びをする。
お金持ちの親を持つあたしだけど、決してそれに甘えたりしない。
あたしはすぐに布団から出て、熱い日差しを浴びながらゴミ捨てをする。
毎日同じ事をするのは本当に難しいと思う。継続は力なりとは良く言ったものだ。
それから洗濯ものをして、朝食の準備をする。毎月の生活費を自分で決め、きちんとその御金以内にやりくりするのだ。でなきゃ良い大人になんてなれないと思う。
朝食は、スクランブルエッグにトースト。そして紅茶は欠かさない。全てを準備してから、テレビを見る。ニュースは毎日変わる。それだけ世界が動いているのだ。
テレビを見ながら、ある事に気づく。
夏休みに入ってから、隣の住人と顔を合わせていない。隣の住人とは、同じ高校に通い、尚且つあたしが所属する部活の長である。彼女の名前は黒樹 麗。肩くらいまでの黒い髪に、猫目で可愛い人形みたいな女の子。頭は良いし、見た目も胸以外は良い。だが、美樹とは違って性格が大変悪い。美樹以外には本当に冷たいと思う。あたしの所属する部活――――美人部では、芸能人と言われても変じゃないイケメン五人を顎で使う酷さだ。本当に性格だけが終わっている人間だ。
彼女はあたしの事をどう思っているのか分からない。いや、正確には分かっているんだけど、なんでか素直になれないのだ。多分、それは向こうも同じだろう。
毎朝、学校へと行く日。彼女はあたしの家に勝手に乗り込んできて「朝食はまだか」と文句を言ったりする。正直断りたいんだけど、以前美樹に「麗は料理が全くできないんです」と教えられたので、仕方なく作っている。
それがあたしの日常だった。朝食を麗と二人で過ごすけど、言葉を交わす事はなく、食べ終えたらそのまま麗は先に学校へと行く。
麗が来るのが日課だったから、毎朝早く起きて二人分の食事を作っていたものだ。その名残も、生活リズムに溶け込んでしまった為、今も二人分を用意してしまった。
――――お昼御飯用に残しておこう。
まぁ、先日生きていたのを確認したから、きっとどこかにでも行ってるんだろう。絶対に彼氏ができたとかは、ないと思う。
さて、今日の予定はちゃんとある。出掛ける支度をして、駅前まで行って水着を買わなければならない。あと少しで部活の合宿だし、準備は早いに越した事はない。
食事と世界の情報収集を済ませたあたしは、そのまま身支度と化粧を済ませ、家を出る。
外に出ると気温が異常に高いと感じる。庶民的な生活を心がけているあたしではあるけど、さすがにこの暑さでは心が折れてしまいそうだ。何せ太陽はあたしから水分を奪い取り、爆音をあげる蝉は夏の風物詩で余計に体感温度が上がっている気がする。帰りにアイスでも買って行こうかなと思う。
そんな中、水着屋に辿り着くと、ようやく太陽と蝉から解放されて、涼しさが訪れる。これは天国だ。
ここは女性専用の水着を扱う店舗。お手軽な物から高価なブランド物まで揃えている。内装は海の家を感じさせる雰囲気を醸し出している。以前、ファッション雑誌を拝見していた所、このお店が掲載されていたので気になっていたのだ。
「お客様、本日はどういった水着をお探しですか?」
店員さんが近づいてくる。夏でクールビズだからか、女の店員さんはTシャツにデニムのショートパンツで肌の露出度が高めである。髪の毛はショートの金。肌は日焼けサロンなのか、それとも一足先に海にでも行ったのか、焼き立てのパンのように黒かった。だけど、顔はさりとて悪くなかった。
笑顔で寄りそう店員に、あたしは首を傾げた。
「どういった水着って言われてもなぁ……」
特にイメージはしていなかった。洋服だけはこだわってるあたしだから、良い物を買いたいと思っていた。デザインが可愛くて、女の子っぽい物ならなんだって良かった。だが、よく考えれば美樹もいるし、なんなら男の目もある。あの人達は美樹ばっかりに視線が行っているから、あたしの事を見向きもしないだろう。それは悔しいけど否めない。
男達の気を引くのにするか、それとも美樹に可愛いと言ってもらえる水着にするか。悩みどころである。
そんな中、あたしが迷っているのが分かったのか、店員さんは笑顔で口を開いた。
「もしかして、デートですか?」
囁くように小声で言う店員さん。どう思っているのか分からないけど、凄く笑顔で怖い。もしかしたら「リア充死ね」とか考えてるのかもしれない。
しかし、デートと言われて顔が真っ赤になってしまった。その時に思い浮かぶのは谷中 美樹と男達の顔だった。すぐに男達の顔を揉み消して美樹だけにする。あんなに可愛い美樹となら……って色々違う。
「ち、違うわよっ! ただの部活!」
「え? じゃあ、そこに彼氏がいるとか?」
「彼氏なんていないわよっ!」
「そうなんですか? お客様はとても美しいのに、処女なのでございますね」
「しょ、処女――――ってあんた失礼過ぎない!?」
「これは失礼しました……ぷっ」
「あんたちょっと笑ったわね!?」
ふざけている店員。この女とても失礼過ぎる。なんなら、このお店を解雇してもらうようにお願いするしか――――。
そこで、現れた人物にあたしは溜息を吐きたくなった。
なるほど、原因はコイツか。
「フン。貴様はそうやって笑われてる方がお似合いだな」
「麗ちゃん、この人に何か恨みでもあるの?」
「ないです。ですが、敵である事は間違いありません。御姉様」
あたしの隣の部屋に住む黒樹 麗。彼女は腕組をしながら、白い半袖ブラウスにショートパンツ姿で、現れた。麗に向かってお辞儀をして去る店員。完全に麗に命令されたのだろう。
麗が御姉様と呼ぶ人物に目を配る。凄く綺麗だった。麗よりもほんの僅かに長い夕暮れ色の髪の毛。豊満な胸。そして、華奢な四肢。大きく開かれた瞳。どんな服をも着こなすスタイルの良さ。
――――美樹ちゃんのお姉ちゃん?
そう直感したあたしに、女子力が異常数値を叩きだしている彼女は麗に向かって首を傾げた。
「敵って事は美樹たんの事好きなの?」
「はい。まぁ私と御姉様程ではありませんが、いずれ仕留める予定です」
「ふ~ん? でも、麗ちゃんとあたしみたいに分かりあえるかもしれないじゃん」
「それはありません。この女は初対面で美樹のおっぱいを揉んだ痴女ですから」
「あんたにそこまで言われる筋合いはないわよッ!」
あたしを睨みつける麗。そんなにあたしの事が嫌いなのだろうかと思ってしまう。学校が始まっても、入室を拒否してやろうと決心する。
麗と話していた美人は、顎に手を当てながらあたしをジロジロと眺めていた。なんだか、そんなに見られると自分が天然記念物にでもなってしまったかのように感じる。
あたしが半歩後退すると、美人は笑顔で口を開いた。
「うんっ! この子合格!」
「え!? 御姉様、それは間違っていますよ!?」
「えー? 別に良いと思うけどなー」
「この女は先ほども言った通り痴女なんですよ!?」
「ま、過去の事は過去でいいじゃない! あたしは気にしないよ! えーっとツンデレちゃん?」
「あたしは優香です! っとあなたの名前は?」
「あたしは、中谷 美鈴! 美樹たんの従姉だよ!」
どうやら親族のようだ。それならば納得できた。どうりでどこか雰囲気が似てるし美人過ぎると思った。なんというか、二人に共通するのは女子力の異常数値と、持っている雰囲気が、戦場に咲く一輪の花のようなのだ。ちなみにあたしは、多分チューリップ畑に咲く薔薇だと思う。
自己紹介を軽くすると、美鈴はあたしの水着選びを手伝ってくれた。それを麗は口先を尖らせて、つまらなそうに見つめていた。
結局水色のストライプ柄の水着を購入して、その日は麗と美鈴と別れた。
家に帰ってくると、洗濯物が乾いていたので取り込む事にした。今日は日差しが強いからか、あっという間に水気が蒸発してるみたいだった。
ついでに布団も干してしまおうと思い、重い敷布団を頑張って運ぶと、上の階に住む生徒の声が聞こえてきた。
「そういえば、夏祭り行く?」
「あ、行く行く! あのさ、逆ナンとかしてみたくない!?」
「あーわかる! じゃあ今度の夏祭りにしてみる!?」
「いいね!」
あたしは話を聞きながら思った。
夏祭りに美樹を誘うのもいいかもしれない。
早速携帯を取り出して、メールを打つ事にした。




