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俺が一目惚れしたりなんてしないっ! ごっ

 ラブホテル。それは未知なる領域。もちろん、幹は年齢的に入ってはいけない場所である。しかし、そんな場所にて同い年であるブラックツリーの落し物があれば話は別である。犯罪がこれから起きようとしているのならば、年齢云々よりも重要な問題を片付けなければならない。そう、迷っている暇はない。

 俺は拳を握り締めて、いざラブホテルの玄関へと進む。中に入ると、オルゴールの音が俺を出迎えてくれる。受付に人はいない。これが一般的なのかどうかも分からない俺は辺りをキョロキョロとしてみる。すると、すぐ近くにホールの監視カメラがある事を確認する。

 顔を近づけて、色々なモニターを見ていくと、数多くの階数のカメラが張り巡らされているのが分かった。

 透かさず監視カメラの映像を眺めていると、上の方から悲鳴が響いた。


「きゃあああああああああああ!」

「静かにしろっ!」


 悲鳴はブラックツリーの物だと理解するのに時間はかからなかった。そして同時に雄たけびをあげる男の声も体育教師の物だとすぐに気付いた。

 ――――時間がない。このままではブラックツリーがレイプされる危険性がある。

 モニターに映る体育教師とブラックツリーを発見した。場所は505号室。つまりこのラブホテルの五階である。俺は息を詰めて、エレベーターのボタンを押すも、五階に行ったばかりなのですぐには降りてこない。

 時間をかけている暇はない。俺はすぐに非常扉を探すも、辺りにそれらしき物はない。ロビーの奥に進むと従業員用の階段がある事に気付いた。上にも非常扉という電灯板が緑色に光っている。

 そのドアノブを捻り、颯爽と階段を上っていく。

 ここまでも結構走ったからか、息切れは早かったのだがブラックツリーの為だと思ったら、自然と力が沸いてきた。階段を上り終え、五階にまで来ると、非常扉を外から開ける。

 五階の廊下には未だに、ブラックツリーの叫び声が聞こえる。もしかしたら、すぐ近くにいるかもしれない。

 すぐに505号室という部屋を探し出す。しかし、部屋数が多い為、すぐには505号室に辿り着けそうにない。

 仕方がないので、ブラックツリーの叫び声に耳を澄まして、どこに部屋があるのかを探す。この広い廊下での叫び声は結構響き、それゆえに位置特定も簡単だった。場所は分かった。

 このまま真っ直ぐに言ってつきあたりを右に曲がれば505号室だ。

 すぐに猛ダッシュを再開させる。廊下を走っていると、扉を開ける音がした。


「オラッ! さっさと入れ! 学校の法則に逆らった奴には体罰が必要なんだよ!」

「いやいやあああああああああああ!」


 泣きわめくブラックツリーの声と恫喝を上げる体育教師の声。その二つの叫び声を聞いて、俺は走りながら拳を固める。

 まもなく505号室の部屋が見え、扉が閉まろうとしていた。どこで得た知識なのかは忘れたが、ラブホテルの扉は閉まると開かなくなる。それが脳裏に過り、俺はラストスパートをかけた。

 そして、扉があと数センチで閉まろうとしていた所で、扉をなんとか掴み、俺は固めていた拳を振りかぶる。

 ドアを全開にすると、そこには泣いていて服が脱がされそうになっていたブラックツリーの姿。あとはズボンを半分下げている体育教師。俺の脳内にアドレナリンと怒りが昇ってきて、すぐに拳を振りおろした。


「なっ!? さっきのガキッ!?」

「死ねえええええええええええええ!」


 俺の拳は体育教師の頬に炸裂し、猛ダッシュと怒りを乗せたパンチは俺の全ての体重を乗せて体育教師を吹き飛ばした。男の身体は宙に浮いて、ブラックツリーを越えて奥の部屋へと繋がる扉に頭からぶつかる。

 そのまま、体育教師は倒れ何が起こったか分からなくなったのか、放心状態だった。

 俺は肩で息をしながら、すぐにブラックツリーに視線を向けた。それから、すぐに男を殴った方とは別の手を差し伸べる。


「大丈夫か?」

「……う、うんっ!」


 手を掴むのではなく、ブラックツリーは俺の首後に腕を巻きつけた。余程怖い目に遭ったのだろう。大泣き状態の彼女の背中を俺は手で軽く撫でてあげた。それから少し離してあげると、可愛い顔が台無しになってしまうくらい泣いてる事が分かった。

 優しく微笑んでブラックツリーを撫でると、彼女は涙を袖で拭いていた。

 しかし、これだけでは終わらなかった。

 完全に倒したと思っていた体育教師は、急に起き上がり、俺の学ランの襟を掴みそのまま持ち上げる。


「くっ……」

「ははははッ! まさか、ここまでついてくるとは思わなかったぜ! ガキッ!」


 俺は持ち上げられ、首を締められる。息ができなくなって苦しくなる。いや、それ以前に頭に酸素が通わなくなって、頭痛が始まり意識が薄れていく。このままだと完全にマズイ。

 しかし、ブラックツリーが起き上がり、必死にもがく俺を助けようと反撃をしてくれていた。ブラックツリーは泣きながら「その人を離せ」と叫んでいる。ドアが開いてるからか、五階にはブラックツリーの叫び声が響いている。

 だが、体育教師は止めようとはせずに、俺の首を締めたまま、先ほど男を殴り飛ばした場所に同じように吹き飛ばされる。俺の身体は宙に浮き、弧を描いて部屋の奥へと追いやられる。

 息ができなかった為、咳込み俺は喉を抑えながら体育教師の事を睨みつける。


「俺と同じ事をされた感想はどうだ? 痛いだろう?」

「はぁはぁ……テンメェッ!」

「まだだぞ! お前にはこれで簡単に死なれちゃ困るんだよ! 俺を殴った罰の代償を払ってもらうぞ!」


 すぐに体勢を整え、俺は拳を再び固めて体育教師に向けて走らせていく。しかし、さっきとは違って猛ダッシュもしてなけりゃ、怒りも意識が薄れたせいで沸いてこない。いや、ブラックツリーの事を考えれば頭にも血と怒りが昇るのだが、これ以上は上手く行きそうもない。 

 俺とタイミングを同じくして、体育教師の拳も弓矢の如く飛んでくる。速度・威力は間違いなく発展途上の身体の俺なんかより、体育教師の方が上だ。その証拠に俺の拳は素手で掴まれ、体育教師の拳は俺の溝に入る。


「グフッ!?」

「良い顔してるなぁッ! まだまだだぜぇ!」


 腹を殴られた事によりダウンする俺。しかし、そんな俺の頬に男の右拳が炸裂して、血が大量に口から垂れる。俺の身体が右に傾こうとした瞬間に、もう一度男の左拳が飛んできて、身体がどこに流れるのか分からなくなってきた。

 意識はもうないに等しい。僅かに俺を心配するブラックツリーの姿が見える。

 ああ、悪かったよ。俺なんて頭が悪けりゃカッコもよくないしスポーツもそこまでできない冴えない男だよ。だけど、一生に一度だけでもこういうヒーローみたいな事がしたかったんだ。誰でも良かったのかもしれない。だけど、忘れないでくれ。俺は君を助けたいと思った人間の一人なんだ。

 だから、そんな悲しそうな顔をしないでくれ。

 俺が弱いだけだったんだから。

 最後に男の拳は見えなくなり、顎に強烈な大砲がぶち込まれたようにアッパーを受けた。

 上に反る身体。そして、意識はもうまもなく消え去るだろう。

 短い人生だっ――――――


「幹ッ! 大丈夫か!?」


 その声に俺は意識をすぐに呼び戻させる。

 そこにいたのは何故か、ゴリラの覆面を被った俺と同じ制服を着た男だった。他にも馬とリスとアヒルとカバがいた。一見シュールに思えるこの感じ。俺がさっきまで頑張っていたのに、熱が冷めてきてしまった。

 声の主は正男。そして、後にいるのは鷹詩、直弘、拓夫、久光だろう。きっと、俺の事を探しにきたら、こんな所にいてビックリだろう。

 俺は内心で安堵した為か、疲れがドバッと抜けた。

 今まで俺を殴っていた体育教師は顔を青ざめさせて、正男を見つめる。


「お、お前は……去年空手で全国制覇した――――」

「お、名前を覚えててくれるとは嬉しいね。そうだ! 俺の名前は正男(ジャスティスマン)だ!」

「――――――え!?」


 そこで体育教師の身体が宙で一回転し、腰から床に叩きつけた。一瞬何が起こったのか分からなかったのだろう。体育教師は白目になって腰を抑えていた。

 しかし、すぐに意識が戻り、他の四人達もづかづかと体育教師に近寄る。


「メディアで、あなたの存在が炎上するのは、時間の問題でしょう。恐らく中学生にわいせつなどをした罪……とか」

 

 馬の覆面を被った鷹詩が携帯の画面を見せる。


「僕の知り合いに警察官のお姉さんがいるんだ! で、今君の事迎えに来てるよ」


 リスの覆面を被った直弘の声だ響く。


「あとは社会的名誉だが、貴様の名前だけを落とすように手配しておいた」


 アヒルの覆面を被った拓夫が、眼鏡がないのに眼鏡を上げる仕草をする。


「とりあえず、どんな縛り方がいいかな?」


 縄を持ちながら伸ばしたりする、カバの覆面を被った久光。

 そして、最後に拳の骨をパキパキポキポキ鳴らすゴリラの覆面を被った正男ことジャスティスマンが盛大に拳を振りかぶりながら、口を開く。


「さて、まずはお前が俺の親友を殴った対価から払ってもらうぞ」

「ひぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?


 その日。このラブホテルに男の叫び声が響いたという。




 ◇




「痛ッ!?」

「うるさいぞ幹。少しは我慢しろ」

「だって、拓夫医者志望なんだろ? のわりにはヘタクソじゃね?」

「黙らないと注射するぞ」


 俺達はラブホテル街を出て、近くの公園に来ていた。

 何でも警察が何とか片付けてくれるらしい。本来は俺らも事情聴取を受ける筈なのだが、直弘の顔パスでブラックツリーだけの仕事になった。しかし、こんなに怪我をするとは予想外だった。今度からは筋トレもした方が良さそうだ。

 そして、気になる正男達だが、俺が電話に出たりでなかったりで心配したらしく、急いで探そうという事になって俺の携帯のGPSを解析してどこにいるのかを特定させたらしい。もちろん、その仕事をしたのは久光と鷹詩だ。二人が揃えば大体の事は可能らしい。ストーカーにならないか心配である。

 公園にて治療が終わり、正男達が俺に親指でブラックツリーをさしてくる。


「あれが、幹のナンパした子か? 完全にまな板じゃねーか。幹はああいうのが好みなんだな!」

「正男は巨乳しか目に入らないからな。正直言って俺らからしたらドン引きのおっぱい星人じゃねーか」

「幹はぺちゃぱいじゃねーか!」

「正男はデカけりゃいいんだろ!?」


 俺と正男が女性の乳の事で喧嘩していると、拓夫がやってきて、俺の肩を軽く叩いた。その瞳は優しいもの……だと思いたい。なにせ、皆未だに獣の覆面を被ってるせいで怖い。

 まぁ、俺も顔がボコボコになってゾンビみたいなもんだけど。


「とりあえず、話して来い」

「わかった、ありがとう拓夫」


 俺はそれからブラックツリーに近づいて、微笑んで見せる。

 

「大丈夫だった?」

「う、うん……その、ごめんなさい」


 暗い顔で謝るブラックツリー。とても申し訳なく思っているのであろう、顔が謝っている。というのは失礼かもしれないが、本当に謝っているだけだった。しかし、俺はそんな顔が見たくてブラックツリーを助けたんじゃない。彼女の笑顔を見たくて、守りたくて助けたんだ。だから、そんな顔をしてほしくなかった。

 俺は最後に笑顔でブラックツリーの頭を撫でた。


「もうちょっと笑った方が良いよ。その方が可愛いし、君の為にもなる。今のまま過ごしていても、きっと昼に一緒にいた女達に虐められるハメになると思う。だから、ちょっとだけ、ちょっとだけでいいからさ。明日からは笑って過ごそうよ。そうすれば、世界は変わると思うから」

 

 綺麗でサラサラな髪の毛を撫でると、遠くで拓夫達が呼んでる声がした。

 俺はすぐにそっちへと向かおうとするが、突然ブラックツリーに手を掴まれた。


「分かった、今日はありがとう。幹君。それで、私の名前はブラックツリーじゃなくて、“クロキ レイ”だよ」

「そっか、やっぱクロキさんだったか。じゃあね、クロキさん」

「うん、じゃあね幹君」


「「またね」」


 俺は夕焼けに染まる京都にて、友人が一人できた。だけど、それはこの後に起こる担任の教師の熱烈な説教と、模倣刀をタクシーに置きっぱなしにした事による説教で、忘れる事になる。

 もちろん、親友達も覚えていないし、何よりも彼女が変わったのだ。

 こうして、数ヵ月後。この時のメンバーは皆、同じ部活に揃うのだが、全員は知る由もない。

 ここまでの御視聴ありがとうございます。

 サブタイトル・『幹と麗の修学旅行』はどうでしたでしょうか。

 感想等を入れてくれると嬉しいです。

 また次回は、坂本 優香の一日・もう一つの夏祭りを掲載予定です。

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