俺が一目惚れしたりなんてしないっ! よんっ
ゲームセンターを出ると日中だからか、日差しが暖かい。しかし、走っているせいもあって今はただ温度を上げるだけの要因に過ぎなかった。それでも俺は走る。どこに向かってるのかは分からなかった。ただ闇雲に探してもブラックツリーは見つかるわけがなく、俺は一度冷静になって携帯を取り出した。画面を点灯させると正男や拓夫からの連絡が他にも来ていた事が分かった。しかし、その電話には折り返しせずに、違う人物へと電話をかける。
何回かコール音が鳴り、電話の相手を待つ。
『幹どうした? 正男が驚いてたぞ』
「悪い、それどころじゃないんだ。今朝言ってた名和女子大中等部が泊まるホテルを教えてくれ!」
『お? 幹も遂にナンパに目覚めたのか?』
「後で事情は全部話すから、とりあえず俺の質問に答えてくれ!」
焦った様子で俺は電話に叫ぶ。街を歩く人々の視線がこちらを見ていて痛かった。だが、そんな事を気にする余裕もなく、久光の返答を待つ。電話の向こう側では皆が揃っているのか、声が耳に入る。
事情を説明するとは言ったものの、簡単に情報を渡してくれないだろうかと俺は内心思った。なぜなら、俺と合流する確率が減るからだ。先ほど正男からも探しの電話がかかってきた通り、俺の事を探しているに違いない。
しかし、久光は極めて真面目な声で言った。
『京都のプリンセスホテルだ。そこが名和女子大中等部の泊まるホテルだ』
「――――ありがとう! 恩に着るぜ久光!」
『ああ、土産話を期待してるぞ』
久光の後で文句を言ってる直弘達の声が聞こえた事から、きっと久光自身の意志で俺の事を尊重してくれたに違いない。それが堪らなく嬉しくって泣きそうになった。だが、今は泣いてる暇などなく颯爽と俺は街を駆け抜ける。
プリンセスホテル。それは金持ちが泊まるような有名なホテルで、中学生の俺達が知っているくらいの知名度を誇る。そんな所に泊まるとはさすが私立だなと思った。
そんな中、どっちの方角かも分からない俺はとりあえずタクシーを拾う事にしようと思ったが、駅の周辺マップで迷っている名和女子大中等部の生徒がいた。彼女達はブラックツリーと一緒にいた女子とは違って大人しい感じの雰囲気の子達だった。二人だけのようなので、恐らくガラの悪い女子と班を組まされて、今は別々に行動しているのだろう。
その子達に近づいて、ブラックツリーの姿を見なかったか聞く事にした。
「あのっ、ここら辺でブラックツリーを見なかったか?」
いきなり見知らぬ俺に話しかけられた女子二人は困惑しながら、友達同士で見つめ合ってから、俺の事を見た。さすがにブラックツリーという名前はないかと思いながらも、俺は膝に手を置いて息を整えていた。
女子達は怪訝そうに俺を見つめて口を開いた。
「ぶ、ブラックツリーという人はさすがに見てもいないですし……知らないです」
「外国人は私達の学校にはいませんからね……」
「あ、えーっと違くて、……髪の毛が凄く綺麗で猫目で可愛い子!」
そう言うと、豆電球が光ったかのように目を開いて、納得したかのように頷いた。もしかしたら、心辺りかもしくは知り合いなのかもしれない。先ほど名前を小耳に挟んだんだけど、それが彼女の本名なのかは知らないし、何よりも忘れてしまった。
女子達は笑顔になった後、若干暗い顔になって俺の事を見つめた。
「そ、その――――……言いにくいんですが」
「なんだ?」
「先ほど、タクシーに乗ってどこかへ行かれましたよ……」
「あ、マジか……」
そりゃあそうかと俺は思ったが、だけどこの二人の暗い顔が気になった。たかが普通の教師に、泊まるホテルに連れていかれただけなら問題はない筈だ。しかし、この二人は何かを言いにくそうに俺の瞳を見ていなかった。
ようやく息が整った俺は、一人に肩を掴んだ。
「何か情報があるなら、何でもいいからくれ!」
そう言うと、女の子は息を詰まらせながら、俺に向かって囁くように言葉を発した。
「そ、その……言いにくいんですが、その連れ去った教員っていうのが……」
「その教員に何かあるのか?」
「は、はい……その人、うちの学校では有名なんです。主に変態として。女子の体育中ずっとブルマを強要したり、ブラジャーを外せと言ったり……。挙句の果てには、自分に股間部分でテニスラケットの持ち方を練習させたり……」
「とんだ変態じゃないか!? というか、よくそれで捕まらないな……」
あの体育教師はどうやら、飛び抜けた変態さんのようだ。しかも、女子中学生相手に発情するとはロリコンだし犯罪者だろうが。それでバレないとでも思っているのか。俺が校長ならば、絶対に解雇するだろう。
しかし、そんな体育教師に連れ去られたという事はブラックツリーの安否が危ないという事じゃないのだろうか。俺はそう考えると、額から冷や汗が流れてくるのを感じた。
正男に無意識に電話でどうするかを聞いてよかった。でなければ、あの清楚で可憐なブラックツリーがもしかしたら、取り返しのつかない事になっていたかもしれない。俺は浮き出る冷や汗を、袖で拭きとって目前の少女の言葉を待った。
「そ、それが、体育教師は理事長の親戚かなんかで……いろんな事をやってもすぐに揉み消されるんです」
「最悪だ……じゃ、じゃあ、このままじゃ、ブラックツリーが危ないじゃん!」
「……そうです。っていうのも、今回の修学旅行で噂が立ってたんです」
「ど、どんな……?」
「体育教師が修学旅行中に誰か一人は食いたいとかなんとか……」
「――――ッ!?」
俺は喉を詰まらせて絶句した。まさしく最悪の展開。このままではブラックツリーの貞操が危ない。というか、犯罪に巻き込まれる。
無表情だけど、顔が整ってて可愛くて、人の事を真剣に考えて優しい彼女が――――レイプされる。
頭で何度も繰り返される彼女の言葉。この先どうすればいいのか、まったく分からなくなったし、どうやって救えばいいのか分からなくなっていた。
マズイのは確かだ。しかし、俺に行って何かをする力があるのかどうか、分からない。いや、正確には俺に出来る事なんてないのかもしれない。
だけど、その時拓夫の言葉を思い出した。
『俺は、困っている人を助ける為に医者になるんだ。幹、お前にも、そういう志があれば、きっとおのずと努力する事になるだろう』
その言葉が頭に急に入ってきた。
そうだ、俺も困っている人を助けなきゃ――――親友に合わせる顔がない。ここで逃げれば、へっぴり腰の頭が悪い鶏以下の人間だし、親友達にきっと怒られるだろう。俺は自分を落ち着かせるように深呼吸する。そして、拳をギュっと固めて少女達を見つめる。
久光に電話をして調べて貰ったほうが早いかもしれない。けれど、とりあえずはもう少し情報を――――――――。
その時だった。タクシーに綺麗な髪を降ろして、無表情に後部座席に腰掛けるブラックツリーと、気持ち悪い笑みを浮かべながら共に乗車する体育教師が目に入ったのだ。それを見て、ブラックツリーと同じ名和女子大中等部の生徒である二人も人差し指をさして、口を開けて「あっ!」と言っていた。
俺は気付いた時には足が動いていた。
ガードレールを潜り、空車のタクシーに手を上げる。すると、急ブレーキ気味にタクシーは停車し、助手席から運転手が顔を覗かせる。
「御客さん危ないよ!?」
「いいから、あのタクシーを今すぐ追ってくれ!」
「え!? あ、はいって……御金はあるのかい?」
「ちゃんと出すから、さっさと乗せろ!」
「あ、は、はい……」
最早恫喝みたいになってしまったけど、今は仕方ないと思った。
後部座席が自動で開き、俺は駆け乗り窓を開けた。
二人の女子中学生が俺の事を驚いて見つめる中、御礼を言おうと思って俺は頭を下げた。
「悪い! 二人とも! この恩はいつかきっと返す!」
「え、あ、はい!」
「気を着けてください!」
「本当にありがとう!」
そう言って俺は窓を閉めた。
運転手はバックミラーで俺の事を見つめながら、溜息を深く吐いた。しかし、腕は確かなモノで、ささっと俺が指示したタクシーの後についた。さすがはプロの仕事だと思ったが、後で同じ会社のタクシーだったらしく、無線で連絡を取りながら感覚を開空けていたのは別の話だ。
車で走る事三十分くらい。運転手が無線で連絡を取り合っている為、俺に話が振られる事はなかった。だが、今はブラックツリーの貞操の事で頭がいっぱいだった。いや、そりゃあ俺だって童貞をあんな可愛い子で捨てられたら、良いと思うけどまだ早過ぎるし、子供だって欲しくない。
ってそんな事を考えるんじゃなくて、ただ、それだけ俺はブラックツリーが気に入ったのか、好きになったのかのどっちかだった。
幹のこの気持ちは数年後、大きなモノになるのだが、それはまた全然別の話だった。
タクシーがようやく停車し、ドアが開く。
そこにはネオンの文字が所々に設置されており、いろんな箇所でエロい服を着たお姉さん達が出歩いていた。裏路地、と言ったほうがいいのだろうか。店の看板には裸の女の人が映ってたりして、中学生の俺には刺激が強過ぎた。そして、空は昼間なのにもかかわらず、太陽は見えないしで暗い。
こんな所に俺が来ていいのかと思いながらも、足を前進させた。
運転手には、万が一の為に使えと言われた母のクレジットカードで精算しておいた。後で母親には謝っておこう。
そう思いながら、俺は大量のぬいぐるみとリュックサックと模倣刀という随分な荷物をタクシーに置いたままやってきた。いくら体育教師と喧嘩になるかもしれないとはいえ、さすがの俺も中二病は卒業したので刀を持ち歩いたりはしない。
しかし、いくら探してもブラックツリーと体育教師の姿が見えない。もしかしたら、先に入ってるのかもしれない。
俺はそう思い、辺りをくまなく探すと、ある物を発見した。
――――名和女子大中等部の制服のボタンだ。
金色のエンブレムで、文字が彫られたカッコいいボタン。俺はそれをギュっと握りしめ、落ちていた場所を下から上へと見上げる。
「……ホテル、ブルーライト……」
ボタンが落ちていた場所は、ラブホテルの前だった。




