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俺が一目惚れしたりなんてしないっ! さんっ

 京都のゲームセンターへとベンツのタクシーに送ってもらった。料金はブラックツリーが払ってくれた。チラっと財布を見てみると、万札が何枚も入っててビックリした。それを見てもブラックツリーは嫌な顔一つせずに俺の事をじーっと眺めていた。

 ゲームセンターは全国区のようで、どこも大差がない。ただ一言加えるとしたら、女子学生がとにかく多い。それはブラックツリーが所属する名和女子大中等部も例外はなく、どこの学校も皆修学旅行シーズンなのだろう。ゲームセンターに寄って学生がする事は一つ。プリントクラブ、通称プリクラだ。化けの皮を被って写真を撮る詐欺に近い写真撮影機。しかし、それは大変な人気を誇っており、今も大量の女子学生が並んでいる。

 さして興味もない俺は、そんな女子学生を見ながら誰に見せるのだろうかと思ってしまう。流行りのSNSサイトにでも投稿して男を釣ろうとしてるのだろうか。まったく昨今の女子は性質が悪い。

 最近の女子らしくない雰囲気を放つブラックツリーは、どうやら俺と同じらしく。プリクラには興味を惹かれないようだ。いや、正確には違うのかもしれない。今、目前にある、巨大なブツに視線を奪われてるだけだ。

 真っ黒なクマさん。全長はおよそブラックツリーと同じくらいだろうか。とても猟奇的で今にも攻撃してきそうな瞳をしている。可愛いをかけ離れたぬいぐるみだ。そんなクマさんをモノ欲しそうにブラックツリーは眺めていた。

 どうやら、これが欲しいのだろう。俺は内心でそう思い、財布の中を確認する。……正直、あまり余裕がないけど札を崩した方が良さそうだ。

 千円札を崩して、五百円玉を二枚にする。さすがに景品が大きいだけに一回の利用料金が高いみたいだ。

 俺はブラックツリーの肩を叩いて「ちょっと退いてもらっても良いかな?」と言ってUFOキャッチャーの台座を調べる。アームは見た感じ強そうではない。このぬいぐるみを持ち上げるのはほぼ不可能だろう。だとすれば押し込む方だ。斜めに傾いているから、そこにアームの重心を押し込むしかない。

 内心で色々考えこみ、脳内作戦会議を終了させた。手持ちのコインは五百円玉二つのみ。そして、それでプレイできるのは二回だけだ。

 最初の一回はアームの強度を調べつつも、傾けさせる事が目標だ。

 コインを入れて、ミリ単位でアームを調整する。


「…………ゴクッ」


 予想通り一発目で取る事は無理だった。しかし、本命は二回目だ。そこで取れなければ俺はゴミ人間同然だ。

 ショーウィンドゥの反射でブラックツリーは両手を、まな板のような胸の前でギュッと固く祈るように繋ぎながら、俺の勇姿を見守る。ここは絶対に失敗できないなと俺は思い、生唾を飲み込みアームを調整させる。


「…………」


 失敗しました。

 あと一息で取れそうだが、札を崩してる間に誰かに取られてしまうくらいにまで行ってしまった。これで取られれば、俺は残りの修学旅行を楽しむ事ができないだろう。しかし、こうなってしまっては仕方がない。札を崩して、どうにかするしか……。でも、その間に女の子を待たせるのも失礼な気がするし、逆に一緒に札を崩すなんて姿もダサいし。俺はどうすればいいんだろうか。

 アームで作戦を考えるのは楽だったのに、どうやってブラックツリーを怒らせずに先に誰にも取らせずにささっと札を崩せるかの方法が思いつかない。俺は無能だから仕方ないのかな。


『レディースア~ンドジェントルメンッ! 本日は御来店御来場ありがとうございますッ! なんと本日はこのお店がオープンしてから、一年目を迎えました! ですので、今から御一組様につき一回のクレーンゲームサービスを始めますッ!』


 鳴り響く店員の声。開店してから一年目のわりには随分とノリノリで慣れている。この大雑把とも言える企画は前からやっていたのではないかと疑ってしまう。

 だけど、これは好機だ! この店の事なんて、至極どうでもいいんだけど、この状況にてこのタイミングは良いとしか言いようがない。グッジョブ!

 早速かけつけてくる店員が、俺の前にあるクレーンゲームの回数を増やす鍵を捻り、あと一回プレイできるようになった。ウィンドゥ越しのブラックツリーは嬉しそうに腕を曲げている。

 ――――見せてやるッ! これが俺のクレーン魂だ!


「よっしゃッ!」

「やったっ!」


 合計三回。つまりは千五百円(実質千円)かけてぬいぐるみが取れた。それが堪らなく嬉しくなり、俺はガッツポーズをしながら叫んでいた。こんな大物を取ろうと思ったのも初めてだったからか、途轍もなく嬉しかった。

 後にいたブラックツリーも嬉しそうに跳びはねていた。俺らはいつしかお互いの両手を合わせてハイタッチをしていた。喜ぶ彼女の顔はどんな花よりも可憐だった。

 それから店員さんに大きめの袋を貰って、そこに巨大なクマさんを入れて俺が担ぐ。まるでサンタクロースみたいだった。それを見てブラックツリーはあれもこれもといった感じで次々ぬいぐるみを眺めて、俺にクレーンゲームを強要してきた。もちろん、その命令とも言えるブラックツリーのお願いに全て答え、俺はいつしかクレーンゲームの達人と化していた。

 

「はぁー沢山取ったね」

「ん。ありがと」

「いやいや、気にする事ないって! 移動代は出して貰ったんだから、これくらい当然だよ」

「そ、そうか……」


 若干頬を紅潮させたブラックツリーが長い髪の毛を掻き分けていた。その仕草がまた彼女の清楚さを醸し出していて美しかった。そんな様子を見ていると、辺りに散らばるカップルが目につく。も、もしかしたら、俺らもカップルに見えるのかな……。そう思うとニヤけが止まらなくなりそうで怖かった。

 しかし、俺の隣にいる美少女は溜息を吐きながら、落胆したような感じだった。さっきまではあんなに笑っていたのに、何が溜息を吐かせるのだろうか。

 疑問に思った俺は、踏み入ってはいけないのかもしれないと思いながらも、ブラックツリーの横顔を覗きながら、彼女の心に問いかける事にした。


「どうしたの?」

「あ……いや、私はこういった事に関して、慣れてなくて……。それで、君が楽しくなかったらどうしようと……」

「そんな事ないぜ! 俺は楽しいよ。そのーブラックツリーと遊んでてね」


 照れ隠しに後髪を弄りながら、苦笑い気味で答える。この苦笑いも照れ隠しである。こっちからナンパしておいて、しっかりと俺が楽しいか考えてくれる辺りは、正確や育ちの良さが見受けられる。さすがは御嬢様学校私立名和女子大中等部である。

 そんな俺の顔を目に入れたブラックツリーは「そっか」とだけ呟いて、口端を若干綻ばせていた。きっと、彼女なりに俺に気を使ってくれているのだろう。

 もうすぐ、俺達の同年代は高校受験に入る。今は修学旅行中だが、宿でも必死に拓夫に勉強の指導をしてもらっている。彼女は私立でしかも大学の中等部だからエスカレーターだろう。羨ましいんだけど、正男達と同じ高校に行けないのならエスカレーターだろうがなんだろうが関係ない。俺はやっぱりまだアイツラと遊んでいたいんだ。

 そんな事を考えこんでいると、ブラックツリーは会話に詰まったような顔をしていたので、俺が今考えていた内容でも話そうかなと思い、再びブラックツリーの幼い横顔を覗いた。


「高校はやっぱり、エスカレーターなんでしょ?」

「え……あ、うーん」

「高等部に上がらないのか?」

「……今はちょっと迷ってる」


 ブラックツリーは唇をギュっと閉じて辛そうな瞳をしていた。顔も俯いてしまい、何やら事情が絡んでいる様子。そこで俺が不注意だったと感づいた。

 先ほど清水寺でブラックツリーが一緒にいた生徒の事を思い出した。アイツラはブラックツリーの事をバカにしていた。恐らく、アイツラはエスカレーターで高等部に上がるのだろう。それで虐めとかに遭っているのか、それが原因で他の高校に行こうとしてるのかもしれない。

 まったく、俺はバカ過ぎるだろ……。

 すぐにブラックツリーに俺は頭を下げた。


「ごめん! 気が使えなくて!」

「え? な、何で君が謝るんだ」

「俺……何も考えられないようなバカでさ……空気も読めなくて」

「そんな事なんて、どうでもいいよ! だから、謝るのはやめな?」


 そう言う優しいブラックツリー。俺は頭を上げると、まるで女神のように笑顔を見せてきた。いや、正確に言うならば天使だろうか。こんな笑顔を見せられたら、男なんて誰でも簡単に恋に落ちるだろう。

 だが、俺は心のどこかで境界線を引いてるからか、彼女にしたいとは何故か思わなかった。

 そんな中、耳障りな音が入ってきた。


「あ~れぇ~? そこにいるのはビッチクロキとナンパ野郎じゃん」

「あホントだ! 気持ち悪ぅ」

「ここでデートとかセンスないっしょ!」

「ギャハハッ!」


 視界と耳に同時に入ってきたのはブラックツリーが一緒にいた女子中学生。名和女子大中等部の生徒だ。恐らく親の脛を齧りまくってる連中だろう。ここまで品がないと舌打ちが漏れそうになる。

 隣にいたブラックツリーは、そんな同級生を見ると縮こまってしまった。彼女の気持ちを察して、俺はコイツらを睨んだ。


「おい、ブス。消えろ」

「あ? そんな事言っても良いの?」

「何が言いたいんだブス」

「何回もブスって言ってんじゃねーぞ!」


 何故か余裕の笑みを見せる連中。俺は歯を食いしばりながら、すぐに殴りたい衝動を必死に抑える。姉ちゃんとの約束は絶対だ。

 だからと言っても、今目前に立ち尽くす連中を見逃すつもりはまったくない。俺は歯軋りを立てて、瞳孔を開く。何か一言でも突きつけてやる!

 しかし、俺の瞳孔は現れた人物に更に開かされる事になった。


「うちの生徒に手を出すな」

「…………ッ!」


 ジャージ姿のオールバック。髪色は黒く、体育教官なのか。胸筋は異常に腫れあがり、二の腕は血管を浮き出させている。これは厄介な相手だ。恐らく名和女子大中等部の教師だ。

 その教師はブラックツリーを視界に入れると、カッと目を見開き、強引に腕を掴んだ。


「不純異性交際は、我が校では認めていない。クロキ。修学旅行中お前は個別指導だ。わかったな」

「…………」


 無理矢理腕を掴まされたブラックツリーは悲しそうな顔をして、立ち上がる。

 俺は何も言えなかった。相手が教師だからか、それとも体躯的に喧嘩では勝てないと思ったからか。またはそのどちらの理由からか、何もできずに立ち尽くす。

 ブラックツリーは体育教師に連れていかれる。

 ゲームセンターにて取った大量の景品が置いていかれる中、俺は呆然としながらブラックツリーが振り返って見せた時の顔が視界に入る。

 その顔は今にも泣きそうで、辛い事が待っているのを予期しているものだった。助けてと彼女は口にはしなくても、ちゃんと心で言っている。わかっている。わかっているんだけど、俺にはどうする事もできなかった。

 

 名和女子大中等部の連中がゲームセンターを出て数分。俺の携帯が鳴る。

 

「もしもし……」

『お? 幹か、随分暗い声してんなぁー。なんかあったか?』


 この声は正男の物だ。他にも拓夫や鷹詩の声が聞こえる事から、恐らく皆一緒なのだろう。俺だけはぐれたって事か。まぁ、すぐに合流できるだろう。

 ブラックツリーの事は残念だった。仕方ない、そうだ仕方ないんだ。学校の先生が出てきては、もう何もする術がない。

 それにナンパ自体が失敗したわけじゃない。意外に楽しかった。

 正男達と合流して、さっさと遊ぶ事にするか。

 ――――そう、考えていた筈なのに。俺は別の事を口にしていた。


「もし、正男が気に入った女の子が目の前で連れ去られたら、どうする?」


 その質問には、真面目かつすぐに返事が来た。


『俺なら連れ去った奴を殴る』

「ありがとう」


 それだけ言って、俺はいつの間にか大量のぬいぐるみを担いでゲームセンターを出て走っていた。



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