俺が一目惚れしたりなんてしないっ! にっ
観光客で賑わう清水寺を出て、タクシーが集まる場所まで歩く。その途中、黒髪の少女――ブラックツリー(絶対本名じゃないけど)を連れてタクシーの順番待ちをしていた。
当然、正男達の姿はなく、見たくない人間ならいくつか見かけた。まず一人は先ほど俺の模倣刀を勝手に触った外国人。何人かで訪問しているのだろう、多くの外国人に囲まれながら「ニホンジンインポー! イエスッ! インポー!」と叫んでいた。辺りに散らばる日本人男性が舌打ちしているのが、すぐに分かった。その人達に「刀使いますか?」と言ってやりたくなる。というか、あの外国人には関わりたくない。
そして、見かけたくない人――――というのは先ほどブラックツリーが一緒にいた女子グループだ。相変わらずバカっぽい見た目ではあるが、先刻の俺の言葉が効いたのか、随分と大人しくなっている。
――――できれば関わりたくないな。
そう思い、別のタクシー乗車所を探すが、現在地にしかないらしく、溜息を吐くしかなかった。そんな俺の様子を見ていたブラックツリーは首を傾げながら、長い黒髪を揺らす。
「どうかしたんですか?」
「あ、……えっと関わりたくない人間達がいるから、別の場所にタクシー乗り場がないかなって……」
「それなら、少し待っててください」
そう言って俺に背を向けた少女は携帯電話を開き、電話帳を呼び出した。そのままどこかに電話をかけたようだ。……まさか、俺の事を追放する気じゃないだろうな。
怪訝に思いながらも、ブラックツリーの言葉に耳を潜めると、相手の腰が物凄く低い事がわかる。聞き取れる老人の声で「ええ……」やら「誠に申し訳ありません」とか「クロキさんの為ならすぐにでも!」などと耳に入った。どうやらブラックツリーなる美少女の本当の名前はクロキというらしい。もしかしたら、それを英語にしてブラックツリーなのか。まったく微塵もセンスを感じない。
電話を終えたブラックツリーは無表情で、俺の事をじーっと見つめる。そんなに見つめられるとドキドキするじゃないか。
「今の電話は?」
「この近くにあるタクシー会社に電話をしたんです。あと数分で来ると思いますよ」
「そ、そうなんだ……ありがと」
予想通り、彼女はタクシー会社に電話をしていた。待つのがバカらしくなったのか、それとも俺に気を使ってくれたのか。恐らく前者であるのだろうが、後者だと願いたい。そもそも、タクシー会社の電話番号を覚えているというのが俺にとっては不思議だった。俺らもタクシー会社の連絡先を教えられてはいるが、拓夫が覚えるから平気だろっていう理由で結局携帯には番号など登録しなかった。その為、俺らのタクシーを足に使えるのは正男達だけだろう。
電話をポケットにしまったブラックツリーは遠くを見つめ、その先から一台の黒塗りの車がやってくる。普通の四枚ドアの車だった。見た目的にはカッコいいけど、少し大きい気もする。
車は近くに停車し、後部座席の扉が自動で開く。その中には中年ではあるが、そこそこ昔はカッコ良かったんだろうなっていう感じの運転手がいた。その男は頭をペコペコ下げながら、ブラックツリーに作り笑いする。
「どうも、お持たせしました! クロキさん!」
「いえ、こちらこそ、無理を言ってしまい申し訳ありません」
軽く会釈をして後部座席に乗り込むブラックツリー。何だか、彼女がどこかの御嬢様に見え始めてきた。いや、実際そうなのだろう。でなきゃ名和女子大付属中など通えたものじゃない。
先に座席に座った彼女は、俺に手で「こっちに来て」とジェスチャーする。正直俺が乗っていいのか微妙ではあったけど、呼ばれたら仕方がない。乗るしかないだろう。これじゃ、どっちがナンパしたのか分からない。
しかし、タクシーに乗るにしても、姉への御土産である模倣刀をこのままタクシーに乗せるのはまずい。そう思い、後部座席に乗る前に俺は運転手に話しかけた。
「あのー……」
「はい」
「これってトランクに入れたりできますかね?」
「ええ、もちろんです! 今後開けますからお待ちくださいね」
そう言うと運転手は、どこかのボタンを押してトランクが開いた。トランクに周り模倣刀だけを入れた。それからすぐにトランクを締めると、車のマークがベンツである事を確認した。左端には『S65』とだけ書いてあって、右には『AMG』と記されていた。高いのだけは確かだろう。
後部座席に座ると、マッサージチェアが装備されている事が分かった。そして、驚くべきは手前にあるモニター。隣のブラックツリーは何の感動もなく、ただひたすらモニターの操作に明け暮れていた。
――――これって、いわゆる大手企業の社長とかが乗せられる車じゃないっすか?
そんな事を思い浮かべながら、俺はマッサージチェアを作動させる。……気持ちいいなコレ。
俺の緩んだ表情を視界に入れた運転手が、声を発する。
「行先はどちらになさいますか?」
「あ、……っと」
「金閣寺」
俺が迷っていると、ブラックツリーが勝手に決めてしまった。運転手も「はい、かしこまりました」と言ってアクセルを踏み出した。俺の意見も少しは聞いて欲しかったのだけど、まぁ彼女の行きたい所に行くのが普通かと、自分に言い聞かせた。
今さら気付いたんだけど、運転席が左だった。
◇
全身を金箔に塗られた建物は、まるで黄金の塊。しかも、天気が良い昨今の季節では紅葉がアクセントに加わり、まさに美しくも力強くもある光景が映し出される。さすがは金閣寺である。湖に浮かぶように立つ金閣寺を見つめる。
「これ作るのに、いくらかかったんだろうな」
「…………」
「スルーか」
「ごめんなさい。あんまり興味なくて」
「じゃあ、なんでここに来た?」
「男の子はこういうキラキラしたのが好きなのかなって思って」
「……俺に合わせてくれたのか?」
「いいえ、一度金閣寺には行ってみたかったの」
「興味ないって言ってたよね!?」
「違うの。興味ないって言ったのは御金の事」
「お、おぅ……なんか勘違いしてたわ」
「あと、あなたの事も、そこまで興味はないわ」
「……そんな悲しい事言わないでくれるかな?」
「ごめんなさい。本当の事言って」
「そこはオブラートに包もうか!」
そんなこんなで会話をしながら、俺とブラックツリーは敷地内を歩いていく。歩行速度は異常に遅い。なんなら、写真を撮る外国人の方が歩くのが早いくらいだ。これでは日が暮れるなぁーと思いながらも、隣を歩く美少女に興味を惹かれる。しかし、俺には気の効いた話題が触れないので、どんどんブラックツリーの話に持っていかれる。ホント、俺ナンパしたんだよね?
一応使い捨てカメラを持ってきた俺は、何枚か金閣寺は撮っておこうと思い写真を何枚か撮影する。そうしていくうちに、ブラックツリーもナンパしたという証の為に撮っておこうかなと思い、レンズを向ける。
だが、カメラのレンズを向けた瞬間にブラックツリーは不貞腐れた顔で、俺から視線を逸らした。写りが悪いとかで、あんまり撮られるのが好きじゃないのだろうか。
「写真、ダメだった?」
「はい」
「そっかー……写りは悪くなさそうなんだけど」
「ええ、可愛い私は写りが良いと思うわ」
「じゃあ、撮ってみようか」
「ダメです」
「何でだ?」
「だって、写真を撮ってしまえば、私が古くなるじゃないですか」
「それギ○ス?」
「だから、ずっとギュッとしててね、ダーリン」
「あのー……真顔で言われると反応に困るんだけど」
「……冗談に決まってるじゃない。D・T」
「大半の中学生はDTだと思いますよ!」
掴みどころのない少女だ。何故ここでアップルなのだろうか。ブラックツリーから零れた林檎。うん、何を考えてるか全くわからないよね。
だけど、俺はそんな不思議なブラックツリーが面白かった。だって、この平成にまさかギブ○を知ってるなんて思ってもいなかった。
何で知ったんだか知らないけど、俺は確か姉とカラオケに行った時に、良く聞いていたから覚えたんだと思う。
ブラックツリーは空と金閣寺の境界線を見据えながら、呟く。
「……あの歌詞は、私にとって母親に宛てたモノなんだ」
「母親に……?」
「何でもない」
そう言った彼女の横顔は、少し寂しそうだった。それから、金閣寺内を歩く中学生カップルが目に止まった。一瞬、正男達のうち誰かかなと思ったが違う。制服がそもそも違うし、顔も俺よりブサメンだった。……本当だよ?
だけど、そんなカップルが手を繋いでるのを見ると、無償に模倣刀で手ごと斬ってやりたい衝動に煽られる。だが、俺はなんとか拳を握りしめる事で我慢した。
それを眺めていた俺は、ブラックツリーにある事を聞いてみる事にした。
「ねぇ、どんな恋愛したい?」
不思議と自然に零れた言葉だった。何故か、俺は気になったのだ。彼女がどんな恋をして、どんな結末を迎えるのか。いや、既に誰かと付き合っているのかもしれないし、誰かを好きなのかもしれない。だけど、このとき俺は何故か気付いてたのだ。彼女に恋人はいない事を。
ブラックツリーは苦笑いしながら、俺を見つめる。
「私は恋なんてしない」
枯れ葉が散る金閣寺にて、風が流れる。ブラックツリーは長い黒髪を耳に掛けながら、俺の瞳を見て真剣に答えてくれた。それが彼女の本当の答えだと俺は知った。
人間、失恋したら誰もが口にする言葉。マッキーの『もう恋なんてしない』とかは有名で、俺らのカラオケでは良く歌われる。ちなみに、一人暮らしはした事がないので、紅茶の在りかが分からないとかは共感できない。
しかし、そう言った失恋は人間の深みを出してくれるものだ。ふざけているにしろ、真面目にしろ、失恋は人を成長させる。だから、人は恋をやめないのだ。いいや、やめられないのだ。
だが、ブラックツリーは違う。恋なんてしない、と言った彼女の声が瞳が、全てを本気で語っているのが分かった。
「そっか」
俺はそれだけ言って、少し考えた。
彼女にはきっと辛い過去があったのだ。多分、それは失恋とかじゃない。だけど、恋なんてしないと言うなんてよっぽどの事があったに違いない。
安堵の溜息を吐いて、俺は笑った。
「わかった、じゃあ、その覚悟を折る為に、俺と遊ぼう!」
「……え」
「じゃあ、さっさと行こうぜ!」
「ちょ、わ、私はまだ何も――――」
俺はブラックツリーの手を引いて、ベンツのタクシーへと走る。
その時繋いだ彼女の手はとても小さく、またとても柔らかくて暖かかった。