俺が一目惚れしたりなんてしないっ! いちっ
夏が終わり、肌寒くなってきた今日。俺達は京都を満喫していた。隣には双眼鏡を両手に何処を見ているのか分からない直弘。逆隣には、こんな所に来ているのにゲームに忙しい久光。まったく、子供じゃないんだから観光くらい普通にしたいものである。
携帯を片手に操作していた正男が口を開いた。
「あ、あそこの子可愛いな~。俺ちょっと行ってくるわ」
「くれぐれも気をつけるんだぞ」
「はいはい、鷹詩は俺の事心配し過ぎだっての」
学ランを着た俺らは、京都の清水寺に来ていた。修学旅行は京都と相場が決まっているのだが、やはりそれだけの美しさはある。
――――そう。俺、中谷 幹は中学三年の最も重要であるイベント。修学旅行の真っ最中であるのだ。
そんな中、京都に来ているというのに、まったく普段と行動が変わらない親友達に溜息を吐いていた。普段と変わらないというのは、正男はナンパ、鷹詩は本を読み、直弘はひたすら年上のお姉さんからの声に反応し、拓夫は単語帳を開いてるし、久光は携帯エロゲーをしている。修学旅行に来た意味あるのか聞きたくなってくる。
このシーズンは紅葉が見どころで、参拝客の他にも観光客、主に外国人が敷地内で多く見かける。そんな中、俺は肩を叩かれて振り返る。
「オーゥ! ジャパニーズ、チェンソー!」
多分、背中に担いであるモノの事を言ってるのだろう。英語の成績も国語の成績も低い俺には、ふざけて話しかけてきたとしか思えなかった。これだから外国人は嫌いなんだ。
人差し指をさしているモノを俺は手にとって、外国人に見させる。すると、興味深く眺めて「オーゥマイガッ!」と何故か腰を逸らして、双眸を両手で隠していた。何が悪いのだろうか。俺はただ見せただけだ。
腰を逸らした外国人は起き上がり、俺からジャパニーズチェンソーを勝手に奪い取る。
「おい」
「ノーノー! サキッポダケ! イイデショ?」
「良くねーよ。返せ。ねぇーちゃんに頼まれて買ったものなんだよ」
「……ニホンジン、インポー」
「誰がインポだこの野郎ッ!」
すぐにモノを取り返した俺を鼻で笑う外国人。
中谷 幹。十五歳。なんだか最近イライラする。
そんな外国人の脛を蹴ると「オーゥ! ジャパニーズインポ! 中々イイ蹴リシテルネッ……」などと言って蹲っていた。余計な事に巻き込まれたくない俺はさっさとその場を後にして、人混みに紛れた。
外国人が興味を示していたのは模倣刀。つまり、偽物の刀だ。姉に修学旅行に行くから何を買ってきて欲しいと聞いたら、迷わず八つ橋と答えるのだと思ったが、彼女は「えー! 修学旅行と言ったら刀でしょ! 刀は武士の命なり! え? 幹は日本人だから、もちろん刀を買って来るよね? 買ってこなかったら、幹の息子をあたしの刀で斬ってあげるよ!」などと言われたので、迷わず買ってくるから余計な事は考えるなと言っておいた。
兄に御土産と言ったら手裏剣だと言われたので、何枚か既に買ってリュックサックにしまってある。まったく、俺の家族はどこの戦闘狂だよ。これから魔王でも倒しに行くのかよ。
そんな中。いつの間にか親友達の姿が消えていた。もしかして、これもいつも通りなのか?
彼らは(俺を除く)全員イケメンなので、逆ナン確率が物凄く高い。と言ってもエッチな事は全員した事がないらしい。皆は逆ナンを受けて、どうやって修学旅行での出費を抑えるかを競っているらしい。どこまでもムカつく奴らだ。面白いからいいけど。
合流するのは後ででも全然構わないし、何しろ丁度俺も一人になりたかった。アイツラといたら行きたい所にいける気がしなくて、参ってた所だ。
さて、次はどこに行こうかなー……。
そう思ってパンフレットを開いて、どこに何があるかを探していると、同じくらいの年齢である子達の声が聞こえた。声質的に聞いても女性だろうか。
「あははは! マジ、ヤバクネ!?」
「それウケル―!」
「てかさ、八つ橋上手くね?」
「つか、このままカラオケいかね?」
「賛成ー!」
中学生だろうか。恐らく俺らと同じ修学旅行中の生徒なのだろうが、頭が悪い会話をし過ぎだと思う。というかイライラする。俺も中学生だから、あんまり変わらないと思うけど、この年頃の女子ってメンドクサイんだよな……。つか、ここに来てカラオケっていうセンスがどうなんだろうか。頭腐ってるのか? ま、俺も人の事は言えないけどさ。
女子生徒は団体になって、行儀悪く歩きながら参拝客を気にせずに歩いていく。大きい声でバカな事を話している為か、他の観光客が明らかに頬を引き攣らせて彼女達を眺めている。しかし、女子生徒の一人が舌打ちして「こっち見てんじゃねーよ」と告げると、観光をしている人達は「なんなんだ、アイツラ」という顔だけして、せっせとどこかへと消えた。
俺には、どうする事もできない。アイツラを注意した所で「何ぼっちが偉そうな事言ってんだよ!」と言われるのが関の山だ。傷つくのが怖いわけじゃない。ただ、いずれ痛い目に遭うだろう奴らには、ここで恥をかいてもらうのではなく、もっと大舞台で恥をかいてもらいたいのだ。べ、別に俺が女子怖いとかじゃねーし……。
そんな鬱陶しい女子共を尻眼に、観光を再び始めようと思った俺はパンフレットに目を向けようとした時に、最後尾を歩く生徒が気になった。
「…………」
腰までの長い黒髪。猫目であって身長は低い。そして、胸は小さいしまな板なんだけど、何か惹かれるものが彼女にはあった。顔は小さくて整っている――美少女だった。
その子は先刻の喧しい女子中学生と同じ制服を着用している。ここまで来る途中に、久光が今いる都内の中学を調べていた。多分、彼女達は私立名和女子大学中等部の生徒だ。た、たまたま久光の話を聞いてただけだって!
一人で最後尾を歩く少女の事が気になった。なんでだろうか、不思議と何かの縁がありそうな気がしてならなかった。そう思うと頭には過去良く言われ続けている言葉が浮上する。
『幹ももっと食い気味に行けばモテると思うのにな』
『正男はガッツき過ぎだって。女子は皆敵』
『そんな事言ってる鷹詩だって結局は逆ナンに答えるじゃん』
『直弘はついていき過ぎだ。もっと、誠実に答えてあげなきゃ――――』
『その点拓夫は一番不誠実だよな。自分から行っておいて、熱が覚めたらスルー。最低だよ』
皆の言葉はかつて、ナンパしたときのセリフだ。
テスト週間などで学校が早く終わる時に、駅とかに行って同じ中学生をナンパするのが日課だった俺達。そのときに、どうしても俺だけ引っかからないので皆が悩んでいたのだ。
つまり、俺には積極性が足りない。多分それが言いたかったに違いない。
ならば、俺は京都のこの清水寺にて今までお前を、指しゃぶって見ていた実力を見せてやる!
誰に誓ったのか謎のまま、俺は女子中学生の集団に突撃する。
――――うおおおおおおおおおおおおおおお!
迫る女子中学生。速まる鼓動。そして、異常に浮かび上がる冷や汗。
俺は勇気を出して、黒髪の女子の肩を掴んだ。
「…………」
「…………」
口を開くが言葉が出てこない。
結局いつも通りなのか。俺はテンパると声が出てこなくなるのだ。折角彼女が振り返ってくれたのに、このままでは「ウザい」で終わらせられてしまう。俺は脳内にブドウ糖を巡らせて、必死にナンパする言葉を考えた。
しかし、時間は待ってくれず、彼女が口を開けた。
「……何ですか」
「あ、え、えーっと……」
もう何も出てこない。頭が空っぽかつ悪い俺には、ナンパなんて早かったんだ。そうだ焦る事なんて何もない。まだ中学生だ。アイツラが大人の階段を上り過ぎてるだけだ! D・Tは卒業してないけど。
だが、一つだけ気になった事があった。それだけ、俺は聞く事にした。
「……せ、折角の修学旅行なんだからさ、楽しまないと損じゃない?」
「ん? 何故私が修学旅行をしていると知ってるのだ?」
「な、なんとなく?」
疑問に思ったのだろうか。首を傾げる彼女は可愛かった。幼くも整った顔立ちの彼女が視界に入ると、なんだか心臓がドキドキと鳴るのが早くなった気がする。
しかし、何で修学旅行をしていると知っているかと聞かれても、普通は「友人が情報を手に入れたからです」なんて言えないだろう。久光の情報は役に立ったんだが、立たなかったんだか……である。
そんな中、うるさかった女子が足を止めて俺の事を見ると、バカにしたような目つきで黒髪少女の事を指差す。
「アンタ、ナンパされてんじゃん! ウケル~!」
「ぎゃはははっ!」
「写メろう! 写メ写メ!」
鬱陶しい。頭にウザい声が響きおれの怒りメーターが振り切れそうだった。コイツら人をどこまでバカにすれば気が済むのだろうか。いや、実際にここで恥をかかせたほうがいんじゃないかと思えてくる。俺は歯を食いしばって、両手拳を固めた。だが、ここは清水寺という極めて神聖な場であると共に、女子を殴るのは最低な男がする事だと姉の言葉が脳裏を過る。
仕方ないので怒りを堪えながら、別の方法でコイツらを落とす事にした。落とすって地面に叩きつけるって意味ね! メンタル的に。
俺は溜息を吐いて、女子共を見下す。
「はぁ~……これだから、モテない奴はキツイな……」
「はぁ? 何言ってんのお前。お前の方がモテなさそうなんですけど」
「いやいや、違うって。結局はお前ら、この子が俺にナンパされてるの見て、羨ましがってるだけだろう?」
「はぁ!? ち、ちげーし! そんなわけねーし! マジ気持ち悪いんですけど」
「それを妬むってどんだけ、お前ら醜いんだよ。これだから、ビッチは男から嫌われるんだよ! つか通行人の目を見てみろ!」
周囲に聞こえるような音量で叫ぶと、通行人が女子中学生を嫌そうに見ていた。それを感じ取ったのか、彼女たちは耳打ちで「やばいよ……いこ」などと言って、どこかへと消えていった。
それから観光客達の暖かい視線を俺が独りいじめしてて気持ち良かった。
だが、奴らは黒髪の少女を置いていった。これってもしかして、俺のナンパ異例ではあるけど、成功じゃないか!?
そう思った俺は何しろ名前を聞かなきゃ始まらないなと思い、黒髪の子に名前を聞く事にした。
「ごめんね、何か追い払ったみたいになっちゃって……俺で良ければ一緒に回らない?」
「……わかった」
「ありがと。そんで名前は?」
「ブラックツリー」
「あ、ブラックツリーさんね! じゃあ、どっから――――ってんな名前あるかっ!」
あまりに普通に言うもんだから、途中まで本当にブラックツリーって名前だったら、どうしようと思った。
けれど、本当の名前は違うのか、彼女は笑っていた。
まぁ、面白かったのなら良いか。
そんなわけで、俺とブラックツリーと名乗る彼女の修学旅行が始まった。