部活設立なんてしないっ!
俺と麗は朝、一緒に登校した。
といっても、女子寮から学校まではかなり近い、歩いて五分くらいだ。
そんな短い距離でも、麗は機嫌がだいぶ良かった。
「なぁ美樹。あのケーキ屋は美味しいんだぞ!」
「それだと、お店そのものが食べれるという事になってしまいますが」
「美樹は細かいなぁ……あそこのケーキ屋さんのケーキが美味いのだ!」
「言い直さなくても、私はちゃんと理解してますよ?」
俺はそんな麗を軽く弄っていた。
というか、そのケーキ屋は気になっていたのだが、姉ちゃんに糖分の過剰摂取は禁止と言われてしまっているので、店に顔を出す事も出来なかった。
まぁ、だからと言って守る義理はないのだが。
いずれは顔を出すのだろうと思っていたから、今まで行かなかったのだ。
それに、今はリア嬢王だし行きたいと言えば、誰だって喜んで連れてってくれるだろう。もちろん奢りで。
朝、麗と一緒に教室に入ると全員が俺達を見つめてきた。
女子生徒は興奮気味。男子生徒は狂乱気味だ。
どしどしと俺と麗の近くに集まってくる。
「皆さんどうかしましたか?」
「美樹さん! 黒樹さんと何かしたの!?」
「し、失礼な! 美樹を私の家に一晩泊めただけだぞ!」
女子生徒に反発する麗。
照れてるのか、顔がほんのりと赤い。
「と、泊った!? み、美樹さんと何をしてたんだ黒樹さん!」
「いや~初めてだったんだがな……。意外と長かったな」
男子生徒の質問に何故か答える麗。
その表情は、自分も遂にリア充の仲間入りしたとでも言いたげだ。
というか、質問に対しての回答が百八十度違くないか? その言い方だと、俺と麗が百合になったって事になるんだが。
「マジか!! 美樹さんの身体って……ゴクリ」
「これはもう造形美という奴ではないか? もう美し過ぎて……」
麗と男子生徒が意気投合したように話している。
男子生徒のほとんどは鼻をティッシュで覆っている。
全員白いティッシュの筈なのに、赤いんだが。
「そ、その具体的に……」
「乳は見た目よりも大きめで、形も良くて、腰のくびれは半端じゃない! そして、肌の弾力……胸の柔らか――」
「黒樹さん? 話はその辺にしておきましょうね?」
ヒートアップする麗に俺は、氷点下の笑みで話を無理矢理終了させる。
麗と、男子生徒は青ざめた表情で、俺に頭を下げた。
「ふふ。皆さん私の身体に興味があるのは分かりましたよ?」
『ゴクリ』
「これから、男子の皆さんは私を見るのを止めて頂きます」
『ちょ、ちょっと待ってください!』
ここまで会話を一致させる男子達っていうのも珍しいな。
そもそも、このクラスの団結力半端ない。国体で団体競技で優勝できるレベルだろ。
「ふふ、冗談ですよ? 私は皆さんの物ですからね?」
『美樹さん……』
男子生徒が頬をピンクに染めている。
ティッシュが間に合わなくなっている奴もいたが、気にしたら負けだ。
女子生徒が俺を囲んだ。
「美樹。男子とは距離を置くよ!」
「別にいいではありませんか」
「あたし達が良くない! 美樹はアイツらなんかに渡さないわ!!」
「ふふ。言いましたよね? 私は皆の物。青木さん達の物でもあるんですよ?」
「み、美樹……」
今度は女子生徒に抱きつかれた。
麗が人差し指を唇につけて、羨ましそうにしていた。
まったく、いつものようにモテすぎて困るぜ!
「あーい。今日も谷中がモテるのは分かったから席着け~」
だるそうに入ってきたのは、我が一年B組の担任教諭。杉本 綾子。年齢:二十七歳。見た目:モデルにスカウトされるレベル。
正直俺とタメ線張っても可笑しくない美しさ。
だが、内面が残念過ぎる。
「ほらほら、リア充はさっさと席に着け」
「はい! 俺リア充じゃないんで席に着かなくてもいいですか!」
「じゃあ、あたしの隣来るか?」
「遠慮します!」
朝から男子生徒が綾子を弄っている。その様子を見てクラスの人達は笑っていた。
綾子は俺だけを睨んだ。
この学校に来てから、もうすぐ一ヶ月くらい。なのに、いまだに担任の綾子は俺の美貌に落ちない。まったく、婚活をしているようなババアが俺を睨むな。
俺は綾子に微笑みながら席に着いた。
皆が席に着いた所で朝のHRだ。
「さて、では本日の連絡事項だ。我が校は知っての通り、元女子高だ。今年から男子も入るという事で、教室も増築したらしいんだが、使わない教室が余っているらしい。ということで、校長からやりたい部活があるならば申請したまえ。だそうだ」
つまり、教室を増やしたのはいんだけど、使用目的がなくて開いてると。
随分と計算ができないバカな校長だな。
というか、それくらい視野にいれとけよ。
ちなみに、我が校には部活動は少ない。
茶道・料理研究部・フットサル・ソフト・学園支援・ラクロス・テニス・バスケ・バレー・美術・文芸と普通の高校よりも数が少ない。
どれも俺は興味がないのでパスしていた。
申請しろって言われても仲間がいなければ、それは部活であって暇つぶし部屋でしかないのだが。
そんなこんなで、綾子は教室を出た。
今日の午前中は、数学・生物・古文・体育だ。
とりあえず、俺はひたすら授業を真面目に聞いていた。
体育の時間になり、隣の教室を借りて着替える。
麗が俺の隣で着替えを始める。
「どうしたんですか?」
「いや……私は美樹の所で着替えたいなって思って」
「別にいいですけど、私の身体をまた触りたいんですか?」
「うん! じゃ、じゃなくて、そ、そうなんだけどーー! ああ! 美樹はいじわるだな!」
麗は自分の髪をくしゃくしゃしながら、狼狽えていた。
麗のそんな姿を見るのが、俺も楽しくなっていた。
着替えも終わり、グラウンドに出ると今日は陸上競技のようだ。
運動能力は女子になってから上がった。
俺の五十メートル走のタイムは男子の時は八秒台だったのが、最近では七秒を切るところにまで伸びた。
まさかの体力まで上がってるとは思わなかったものだ。
まぁ、姉の熱心な教育で、護身術として教えられた格闘技を軽く齧ったせいもあるかもしれない。
「じゃあ、今日は高跳びをやってみようか!」
眼鏡をかけた女体育教師が笛を鳴らす。
先に皆跳んでいく。俺の名字だと必然的に、順番は後だ。
この高跳びは、皆一回ずつ跳んで、その高さをクリアできたら次に進み、クリアできなかった者はそこで終了となる。
ちなみに、現在の高跳びの高さ――百七十センチ。
俺のほかに飛んでいるのは……。
「黒樹さん凄い!!」
「カッコいい!!」
「何でちっちゃいのに……」
「ちっちゃいのには余計だ!」
麗が俺と並走して、記録を更新していく。
今までは体育に体調不良で参加していなかった麗だが、まさか体育が得意だとは知らなかった。
麗は俺に微笑みながら、腕を組む。
まったく舐められたものだ。
今度は俺の番である。
その前に先生に向かって手を上げる。
「先生ちょっといいですか?」
「何ですか谷中様――じゃなくて谷中さん」
一瞬様付けする辺り、俺の信者なんだな。この先生。
「百八十センチまで上げてくれませんか?」
「ちょ、谷中さんそれは無理じゃ――」
「大丈夫ですよ」
「あ……はひ……」
先生は口元は緩くさせて、涎を服の裾で摩っている。
俺の信者って一体何なの? 噂では聞いてたけど、今の先生とか返事が完璧に変態レベルなんだけど。
こうして高さは百八十センチ。
先ほどよりも十センチ上がっている。
周りが沈黙する中、俺は走る。
一歩、二歩、三歩……俺は棒を背に、高く流れるように跳んだ。
その姿を見ていた全員の瞳が俺に集まる。
そして、俺は何にも触れることなくマットの上に、背中から着地した。
そこで惜しみない拍手が俺に贈られた。
「凄いよ美樹!」
「美樹様!」
「美ー樹ッ!」
女子生徒が集まってくる。
俺は皆に抱えられながら胴上げされてしまった。
その中に麗と先生がいたのは正直驚いた。
こうして麗は百八十は無理だと棄権し、高跳びの成績も俺はトップだった。
大歓声の中、俺達の体育は終わり、教室に戻って着替えた。
「そういえば朝なんだけど」
「はい、朝何かありましたっけ?」
俺と麗は着替えながら話す。
汗をかいたから、少し涼みたい。
「部活設立を募集すると言っていたよな?」
「まぁ、そんなこと言ってましたね」
「なら美樹と一緒に私は部活を作りたい!」
また唐突な事を麗は言い出した。
右手を固め、天井を見上げる麗はなんだか嬉しそうだ。
俺は体操着を袋にしまい、教室に戻ろうとする。
「ちょ、ちょっと美樹!? 私の話を聞いていたのか?」
「はい。黒樹さんこそ、早く着替えないんですか? 男子に見られてしまいますよ?」
「そ、それは困る!!」
麗は真っ赤になりながら、そそくさと着替えた。
その早さで、着替えればいいのに。
着替えた俺達は自分たちの教室に戻って、荷物を置く。
今日も、と言うべきかどうかは、あれなのだが麗の家で俺が作った弁当だ。
麗は朝、出かける前に食べようとしていたので止めるのが大変だった。
それを今日は、二人で屋上で食べる事にした。
「黒樹さんは何の部活を作りたいんですか?」
俺は弁当を食べてる最中に、先ほど切ってしまった話を元に戻した。
麗は美味しそうに頬張っていた。
「ほもはひふくりはいほ」
「飲みこんでからでいいですよ?」
麗は縦に頷くと、さらにご飯を口の中に入れ、頬張り始めた。
日本語分からないのか? 意外と麗って不思議ちゃんだよな。
クールっぽいけど、可愛いとこあるし。
幹だったら惚れてたかもしれないな……いや、ないか。
弁当を食べるのをやっと中断した麗が、口を開いた。
「友達を作りたいの」
「友達を……」
俺は考える素振りを見せて、口元に手を当ててそっぽを向く。
麗が不思議そうな目で見てくる。
「黒樹さんは私というものがありながら……ああ……」
「ち、違う違う! 美樹は私の親友だ! でも、美樹だけじゃ……皆に悪いかなって……」
少し寂しそうな顔をする麗。
俺には友達がいっぱいいるから、その子達に自分が一人いじめしてたら悪いとでも思っているのだろうか。
変な所で、真面目な麗だ。
俺は麗の頭を撫でた。
「大丈夫ですよ。私は麗の親友であり、麗は私の親友でもあるんですから」
「み、美樹……わ、私の名前を……」
麗は嬉し涙を流し、俺に抱きついてきた。
こんな純粋な所も可愛い。
いつしか泣きやみ、弁当を食べ終えた俺と麗はベンチで澄み渡る青空を眺めていた。
麗は口を開けて、雲の流れを見ていた。
「うん、決めた。私は美樹と親友であり続ける為に、自分磨きをする!」
「そんなに気にしなくても、麗は可愛いですよ?」
「違う! 私はもっと麗に見合うような美人な女になりたい! その為に麗にご教授願いたい!」
「もちろん、私もそのつもりですよ」
「その為に、私は部活を作ろうと思う。――いや、作った」
……何言ってんの?
自分が可愛くなるためって、それだけの為に部活を設立できたって凄いな。
そもそも、俺の隣を歩くっ為に可愛くって、斜め先の考えだと思うし。
まぁ、それはそれで面白いな。俺も暇だし、麗の力になるか。
「早いですね。部活名は何にするんですか?」
麗は一拍置いて、俺に満面の笑みで答えた。
「美人部!」