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心に槍を放つ不在

 瑠花によって雅史の死が告げられてから、約一週間が経った。

 夏祭りの日は心が折れた。ここから先いない雅史の事を考えて夜も眠れなかったし、食事も喉を通らなくてキツかった。

 あの日、あれから瑠花に言われたのだ。


「……雅史には言われてるの。あんたの顔はもう見せるなって」

「で、でも、雅史さんは私の彼氏で私は雅史さんの彼女でもあるんですよ? それを何で幼馴染の先輩に言われなきゃいけないんですか!」

「雅史からのお願いだって言ってるでしょ!? 雅史はね、本当は今日あんたとお別れする為にデートをしたのよ」

 

 それを聞いたとき、胸の中を巨大な槍で貫かれたような痛みと虚空が襲った。何もかもが信じられなくなったのだ。私が崩れた。

 当然、それを見て瑠花は勝ち誇ってるもんだと思っていた。だけど、それは違くて彼女も泣いていたのだ。まるで蛇口からポタポタと締め続けていたのに、溢れだしてくる水のように。

 そんな涙を見たら、私は瑠花に何も言えそうにはなかった。いや、言えなかったのだ。大船 瑠花という幼馴染もまた雅史に恋をしていた一人なのだ。だから、痛みは私と同じくらいだろう。

 口を紡いだ私は涙を流しながら、目を細めながら瑠花を見つけた。目前にいる私よりも小さい先輩は私に抱きつきながら、激しく泣いたのだ。それに甘えて私も泣いた。

 お互いの恋は終着を迎える事なく、恋した人物が消えてしまうという結末を迎えたのだ。こんなの辛過ぎだった。

 私と瑠花は岸本邸で二時間近く泣き続けたのだ。


 それから、今に至る。今もまだ瑠花にも雅史にも連絡を取れていない。本当は心の奥深くでまだ雅史は生きるのだと信じている。それを考えるたびに、重蔵の顔と雅紀の辛さを秘めた笑顔。そして瑠花の涙。全てが私の希望的観測をなし崩しに壊滅させる。もうダメだった。全てが。生きている事すら無意味に思えて仕方がなかった。

 そんな中、私の携帯に一通のメールが届いた。それは美人部の部長にして、私の家に居候と言われても可笑しくないくらい宿泊をする黒樹 麗だった。彼女の命令はいつも簡単な用件のみで絵文字などを使った女子高生らしさを感じさせないものだ。だけど、今だけはそれが途轍もなく嬉しかった。

 開いてみると、すぐに目を見開いた。


『美樹。岸本が会いたがっていたぞ』

 

 返信を打つ間もなく、扉を開けた。その先には深刻な面持ちの麗が立っていた。その姿を目に入れたときに、自分の嬉しさが一瞬にして雪のように消えた。私は持ちかけた鞄が手から零れ落ちた。

 そして、目の前に立つ麗に一言だけ呟いた。


「嘘……なんですね……」


 麗は何も言わずに立ち尽くすだけだった。何も語らない麗をすり抜けた。本当はどんな言葉を私にかけるのか気になったのだ。雅史が私を見てどうするのか。この際別れ話でも良かった。本当になんでもいい。何でもいいから最後に微笑んで欲しい。

 家の扉を開けて、私は駆けだした。

 

 麗が本当は何を言おうとしたのか分からない。だけど、どっちにしても私にしてみれば良い内容じゃなかったのかもしれなかったのかもしれない。

 蝉が鳴いてるのを忘れそうな程走った。走った結果がこれだ。

 

 雅史や雅紀と重蔵が住んでる筈の家に、名字のついた札はなく生活感がまったくなかった。私が一週間も海の底に落ちたように、気持ちが落ちてる間に雅史は消えてしまった。もしかして、麗のあの辛そうな顔は雅史の死なのか……。

 瞳から涙が零れ落ちて、地面に広がる。真夏のコンクリートは熱で温められている。気温は高い筈なのに、何故か私の肩は震えていた。

 私は片手をかつてあったであろう札の所にかけて、前屈みになって寄りかかった。どうして遠くへ行ってしまったのだろうか……。私に何も言わずに、まだ話し足りない事が山ほどあったのに、これから瑠花と浮気しないようにとか色々言いたい事が……あったのに……。

 

「う…………」


 次々と溢れる涙は、頬を流れる。

 上を見上げると、かつて私と雅史が仲良く勉強していた風景が重なる。その瞬間目を見開いて、すぐに家に上がりそうになるが、カーテンはなく誰も家にはいなかった。

 そして、この先どうすればいいのか。彼に最後でも良いから会いたくて仕方がなかった。誰でもいい。何でもするから、雅史の顔を見させてくれるのなら、今だったら何でもする。

 しかし悲痛の叫びは誰も聞き届けてはくれず、残るのは蝉の声と虚しさだけだった。ここで祈るばかりではダメだと私は思った。

 すぐに立ち上がり、情報を探す為にとりあえずは姉にお願いするしかないと決めた。

 自宅へと帰る途中に携帯を鞄から取り出して、姉に電話をかける。しかし、彼女からの連絡はなく、ひたすら自宅までの足取りを進めた。しかし、家に麗がいた事から、自宅には絶対にいると考え、すぐに自宅用の電話を鳴らすも出なかった。

 次に麗に電話をかけてみても繋がらなかった。

 私は完全に情報をすぐに掴む事ができなかった。しかし、諦めるわけにはいかなかった。どうしても、最後に伝えたい言葉が私にはあったのだ。

 だから、その為なら絶対にどんな手を使っても、雅史が生きてるうちに病院に辿り着いて見せる。

 自宅に向かおうとする足を、松丘総合高等学校へと変更させる。自分の高校の図書館には、近所の地図から建物の所在地といった情報が沢山ある筈。そして、見つけた病院を片っ端から虱潰し(しらみつぶし)にしていけば、必ず……必ず会える。

 

 夏休みの高校に到着すると、野球部の生徒・サッカー部の連中達が私を見て人差し指をさすが見もせずに校舎内へと歩みを進めていく。本来ならば制服を着用しなければいけないのだが、そんな事をしていては時間がかかり過ぎる。これ以上モタモタしているわけにはいかないのだ。

 私は学生証を図書委員に見せる。すると男性だったのだが彼は「岸本君なら休みだけど……」と言ってきたので「知ってます」とだけ答えた。

 中に入り、ここら近辺の地図を漁った。大学病院は一件あった。電車を乗り継いで二十分くらいの場所である。ここならば、雅史が行きそうでもある。だが、問題は他にもこことは別方向の場所にも同じような病院がある事だ。どちらかを選択しているうちに、日が暮れるといけないので私は、二つの病院の所在地をメモして図書館を足早に出て、自宅と高校付近にある駅に向かった。

 改札を通ろうとした時に、私は急いでいた足を止めた。


「美樹たん……」

「美樹……」


 麗と姉が二人で駅の構内から出てきたのだ。私の姿を見てすぐに改札を抜けて駆け寄ってきた。その姿を見て、私は安堵したせいか、涙が瞳から溢れだした。多分、姉がいれば雅史のいる所なんてすぐに割れるだろう。心の奥底でそう思ったのかもしれない。私は今、雅史以外の事なんて考えていなかった。


「どうしたの美樹たん!?」

「美樹?」


 優しく問い詰める麗と姉。失礼を承知しながら、私は涙を洋服の袖で拭いてから頭を下げながら口を開いた。

 

「いえ、お姉さんに会えれば、あとは居場所を特定させるのは簡単だと思って……落ち着いてしまったら涙が出てきてしまっただけです」

「…………」

「美樹……」


 姉の隣にいた麗が、呟く。しかし、今は麗の言葉が耳に入らない。頼りの姉しか見えないし耳に声が入らなかった。いや、実際には聞こえているのだ。聞こえてるんだけど、雅史の事がいっぱい過ぎて、頼りの綱以外の声を耳が識別しようとしないのだ。

 麗には沢山お世話になってるし、してるかもしれない。だけど、今だけは麗の顔が見えていなかった。

 姉は俯きながら、首を横に振った。


「美樹たん。それは言えないよ」

「――――ッ! 何で! 何でですかッ! 私は――――」

「ううん、美樹たんの彼氏に頼まれたの。来させないように」

「うっ……」


 瑠花に言われた言葉とまったく同じだった。雅史は私に会いたくない。そうとしか思えなかったのだ。しかし、姉が実際に聞いたとは限らない。

 私も首を横に振って、姉の肩を乱暴に掴んで叫ぶように言った。


「私は、私はお姉さんの言葉を聞きたいんじゃないんですッ!」

「本当の言葉だ。美樹」

「……ごめんね美樹たん……」


 二人は溜息を吐きながら、泣きわめく私から視線を逸らした。

 何で、謝るのか知りたかった。


「麗とお姉さんは……」

「うん、さっきまで岸本君の病院にまで行ってたよ」

「ああ、そこで彼の父と話をしてきた。その時言われたよ。美樹だけは連れてくるなと。もちろん、彼の言葉だ」

「そ、そんな……」


 私はコンクリートに両手を着く。もう全てが絶望に染まり、この先どうすればいいのかなんて分からなかった。

 だけど、私は最後の最後まで諦めないと誓った。だから、地面に手を着けたまま、額をコンクリートに押し付けた。


「私にッ! 雅史さんの居場所を教えてくださいッ!!」

 

 土下座だ。まさか父の真似ごとをするとは思っていなかった。だけど、こうする以外では頼む方法なんてないし、何よりも雅史の元に辿り着くのが時間切れとなってしまってからでは全てが遅いのだ。

 私の土下座を見た通行人達はざわめき、姉も麗も困り果ててる。

 そこに、麗と姉以外の声が私の耳に響いた。


「北松丘大学病院の708号室よ。そこに雅史はいるわ」


 顔を上げてみると、そこには瑠花が立っていた。私の事を見下す瑠花。しかし、その瞳からは怒りや拒絶などは感じられなかった。

 純粋なる私への慈悲に感じた。

 私は起き上がり、すぐに改札を通りぬけようとするが、麗に腕を掴まれる。


「今から行く気か?」

「そうです」

「なら、やめておけ。明日にしておかないと美樹の可愛い可愛い顔が台無しだぞ」


 そう言われて、自分がボロボロ泣いたせいで酷い顔になってる事を思い出した。それを見て、麗と姉は微笑み私の手を握った。


「……ですが……」

「大丈夫だ。まだ間に合う。そんなに焦って行ってもフラれるぞ?」

「そ、そうかもしれませんが……」

「美樹たんは向日葵みたいな存在なんだから、そんな顔してたら、きっと悲しむよ?」


 確かに一理ある……のかもしれない。姉の言ってる事は良く分からなかったけど、明日でも大丈夫なら、出直した方がいいと心に決めた。

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