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お祭りデートをしたりなんてしないっ!

 夕方。本日は夜から始まる夏祭りの為に着替えていた。もちろん、姉や麗は一足先に行ったみたいで、家にいない。私も一緒に行かないかと誘われたが、断っておいた。今日は二人っきりのデート。そこに麗や姉を入らせるわけにはいかない。

 恐らく前回の動物園デートを嗅ぎつけたのは、私の携帯が管理されていた為だ。今回は口約束なので、雅史とデートする事を他の人は知らない。

 私に着付けをしている母親以外は。

 

「二つ浴衣があって良かったわ!」


 母は嬉しそうに帯巻いていく。

 それにしても、浴衣という物を初めて着てみるが、かなり動きに制限される。


「浴衣って動きづらいんですね……」

「ふふ、そうよ。お母さんも昔はよくお父さんと夏祭りでデートしたものよ」

「お父さんとですか……」

 

 家で下僕のように扱われる父・道夫。母親と浴衣デートした事があるのかと思うと想像ができない。

 母は昔を思い出すように目を細めた。


「なんだか、昔の私を見てるようだわ」

「ふふ。お母さんは今でも綺麗ですよ?」

「あら、褒めても何もでないわよ」


 浴衣の着付けが完了する。

 鏡の前で仕上がり具合を見て、感動する。やはり、私は何を着ても似合う。だが、心なしか、胸が窮屈な気がする。

 そんな私を見ていた母は、顎に手を置いて私を見据える。


「そういえば、美樹は男口調だったのに何で今はずっと女口調なの?」

「……そ、それはす、好きな人ができたからです」

「ふぅん。じゃあもう完全な女の子ね」

「そう……なんですかね?」

「今、前見たいな喋り方できないでしょ?」

「…………」


 できません。というより、どうやって喋ってたか忘れてしまった。と言ったほうがいいだろう。自分が男だったという事実すら最近では忘れそうである。だけど、ちゃんと覚えているのは、多分正男をはじめ、親友達が今でも近くにいるからであろう。


「まぁいいわ。それよりも時間大丈夫?」

「あ……そろそろ行きますね!」

「そのほうがいいわ」


 私は母に出してもらった下駄や浴衣用の巾着と言った方が良いのだろうか。その二つを装備して、財布や携帯を入れて玄関に立つ。


「お母さん。行ってきます」

「はい、いってらっしゃい」


 雅史の待つ神社まで足を進めた。


 太陽は完全に落ち、空は暗闇に染まるが、目前の光景は昼よりも明るい気がする。何せ、夏祭りだ。大勢の人々が神社の敷居を踏み、屋台に並んだりお参りをしたりと、見てるだけで微笑ましくなるような景色が広がっている。子供からお年寄りまで、全ての人々が笑顔に染まる。それが祭りというものだろう。

 その中には、チンピラもいる。現在、私はそんなチンピラに毎回の如く大絶賛人気者中である。


「ねぇねぇ、俺らと遊ばない?」

「いくらでも奢ってやるからさ!」

「歩きにくかったら、お姫様抱っこしてあげるからさ!」


 よくもまぁ神社の中で群がるなと思う。道のド真ん中で、人の迷惑を考えないのだろうか。道行く人々も私を見て足を止めるので、人垣ができてしまった。

 私にお参りするのではなくて、神社にお参りするのよ! あなたたち!

 

「む? 何の集まりだ?」

「麗ちゃん! あそこに人が集まってるよ! あたし達も拝見に行こうじゃないか!」

「そうですね。気になりますからね」


 聞きなれた声。現在家に何泊してるか分からない同級生・黒樹 麗と姉である美鈴の声が耳を貫く。

 この二人にバレたら、雅史との秘密デートが台無しになってしまう。一刻も早くこの状況を打破せねばならない。

 迫る姉と麗。下駄の音でこちらに近づいてくるのが分かる。

 ――――どうする?

 近づく麗と姉に比例して騒がしくなるチンピラ&周囲の人達。

 そんな中、私の腕が引っ張られた。


「え?」

「こっちだ」


 腕を掴まれ、人垣から離れていく私。丁度麗や姉からも離れていく。チンピラや周囲の人々は、突然消えた私を探しているのか。視線を周りに這わせている。

 私の腕を掴んだ人物と一緒に走り、草陰に隠れた。

 

「いきなりすまなかった」

「あ……雅紀さん」

「ちょっと困ってる弟の彼女を見かけたからね」

 

 相変わらずのイケメンフェイス――雅紀。さすがというべきか、雅史とも兄弟だからか、雰囲気が似ている。そんな彼はウィンクしながら、微笑む。

 基本神出鬼没な雅紀。だが、毎回毎回絶妙なタイミングで現れるのは何故だろうか。


「ありがとうございます」

「別にいいよ。弟の彼女だから、知り合いじゃないわけじゃないしね」

「そういう所、雅史さんにソックリですよ」

「……アイツの方が、もっと凄いよ」


 表情を暗くする雅紀。初見の頃から思っていたが、キラキライケメンフェイスのくせに雅紀は意外にも影がある。兄弟間で何か問題でもあるのかと勘繰ってしまう。

 だが、雅紀は探らせない。自分の心を完全に閉ざしているような絶対な防御網がある。きっと誰にも言えない悩みでもあるのだろう。

 

「そうかもしれませんが、雅紀さんには雅紀さんの良さがあると思いますよ」

「……俺の良さ……か」

「はい。きっと誰かそんな雅紀さんを見てくれてると思いますよ」


 雅紀は鼻で笑い、草影から立ち上がった。


「ふっ」

「あ、鼻で笑いましたね!?」

「俺は誰かじゃなく、一人に見ててもらいたいだけだから。皆じゃなくて、特別な一人だけ……」

「それってる――――」

「言わないでくれ。もう、分かってるから。雅史の事、頼んだよ」

「はぁ……」


 そのまま雅紀はどこかへと一人で歩みを進めた。

 私的には美人部として、恋のお手伝いでもしようと思ったのだが、雅紀には余計なお世話だったのかもしれない。

 さて、こんな所で隠れていてもはじまらない。私も戻ろうとした瞬間。またまた聞き覚えのある声が聞こえる。


「美樹さん大丈夫かな?」

「正男は心配しすぎだ。美樹殿なら俺らが慰めればいいだけだ」

「俺を踏めば元気になるかな?」

「どうだろうね。僕なら泣かさないのになぁ……」

「直弘には無理だろ。俺ならばゲームで一緒に家デートかな」

「「「「それが一番ない」」」」

「…………」


 なんとイケメン元親友五人衆が目前を通った。正男、拓夫、鷹詩、直弘、久光だ。今前に出れば危なかった。何せメールを返していなかったし、正体を晒せば追いかけてくるだろう。

 タイミングが悪いな……。

 このまま行き去るのを待つしかないのだけれど、生憎彼らはイケメンだ。しかも全員タイプが違う。その為、神社へと進む女性の足取りは次第に彼らへと向く。

 さらに面倒な事に、彼らは私の前でナンパを受けていた。


「ねぇねぇ、何かスポーツやってるの?」

「今は何もやってないです。ですが、基本なんでもできますよ」

「メガネ君は頭良さそう! 将来何になりたいの?」

「俺は医者になろうと思ってます」

「あのー……私を踏んでくれませんか?」

「逆に俺を踏んでもらいたい」

「お姉さんと一緒に屋台行かない?」

「いえ、僕は結構です」

「何のゲームしてるのぉ?」

「あ、今は怪物狩人4っていうやつです」

 

 全員ナンパされてる。この異常事態……確か去年もそうだった気がする。

 幹だけナンパされなかったという苦い記憶だ。それよりも彼らは進歩したのだろうか。昔なら皆ナンパについていったが、今は素っ気ない。

 特に正男や直弘は結構すぐに食いつくタイプだった。逆に久光や鷹詩はナンパに対して、口を開きもしなかったし拓夫に至ってはスルーだった。

 皆、変わった。多分だけど、美人部のおかげかもしれない。約一名はドM体質に染まってしまったが。

 そんな中、またまた聞き覚えのある声。


「何やってんのよアンタ達!」

「あ、優香さん」

「すいません、今行きます優香殿!」

「あ、俺優香さんに踏んでもらいに来ました!」

「ごめん、僕らの方が遅くて……」

「ユッカー浴衣なんだね~」


 チラっと草陰から見ると、そこには桃色の浴衣の優香。綺麗かつ長い金髪はポニーテールだ。さすが、私に次ぐ美人である。

 優香を見たナンパ(女性)は、溜息を吐きながら去っていく。全員口から「死ねリア充が」と毒突いていた。

 もう会話が聞こえないくらい先に進んだ美人部メンバー。優香をセンターに元親友達が取り囲んでいる。皆が笑顔で会話していた。

 ――――もしかしたら、正男達は優香に惚れたのかな?

 なんて思いながら、見つめていた。

 そして、腕時計を確認すると雅史との待ち合わせに五分過ぎている事に気付く。

 すぐに草陰から、出て雅史との待ち合わせ場所まで向かった。


 キツネのお面。林檎飴。そして、たこ焼き屋の前。

 

「何でそんな格好してるんですか?」

「いや、ちょっと知り合いをみかけたもんだから……」

「そうなんですね。あ、遅れてごめんなさい」

「大丈夫だよ」


 お面を斜めがけにして微笑む雅史。今日はジンベエを着用している。

 ニコニコしている雅史はどこか、私を見て安堵しているようだ。


「んじゃ、いこっか」

「はい」


 私達は手を繋いで、屋台を回った。

 この神社に来てハプニングが続出した為、結構お腹が空いてしまった。何と言っても衝撃は麗と姉である。二人は一体私の何なのだろうか。恐らく今日がデートだと察していない筈なのに、出くわしそうになるとか、怖すぎる。


「はい、美樹さん。怖い顔してたから、これでも食べて機嫌直して」

「き、機嫌悪くないです! む、むしろ、雅史さんと一緒にいれて……」

 

 雅史の腕に絡みつく私。そんな事をされて雅史は顔を赤く染め、照れ隠しにお面を被っていた。可愛い。

 そんな中、たこ焼き屋の店員さんが舌うちをしていた。きっと、雅史が羨ましいのだろう。

 

「じゃあ、何か食べたい物ある?」

「えーっと……じゃあアレが食べたいです!」

「……」

 

 私が指をさしたのはチョコバナナ。祭りと言えば、アレを食わずして始まらない。

 屋台で購入すると、店員さん達が頬を染めて私を見ていた。そんなに私が可愛いのだろうか?

 チョコバナナを食べる私は、神社内の人達にジロジロ見られた。幹の頃は見られなかったのだが、何か問題でもあるのだろうか?

 雅史も頬を赤くさせていた。


「雅史さん。何か変ですか?」

「う、ううん! 全然変じゃないよッ!」

 

 声を裏返す雅史。何だが、私がイケない事をしてる気分になってくる。だが、チョコバナナは好きなので、全部食べるが。

 それからお好み焼きを食べて、焼きそばを食べる。どちらも雅史が奢ってくれたので、遠慮せずに全て食べる。すると、雅史はよくそれだけ食べて太らないね。なんて乙女には言ってはいけない事を言ってきた。

 そんな雅史には水風船をヨーヨーみたいにして、当てて遊んでいた。

 射的で、雅史にパンダのぬいぐるみが欲しいと言ったら、ちゃんと射抜いてくれた。

 祭りというのは、本当に心を躍らせるものだ。


「はい、雅史さんはお茶でいいんですか?」

「うん、ありがとう」

「どういたしまして」


 神社の喧騒が遠くに聞こえる。

 ここは近くの公園だ。今神社内では目玉イベントのビンゴ大会が行われている。一等が55型インチの液晶テレビで二等がプレイングステエイション3だった気がする。

 そんな中、雅史は鞄から花火を取り出した。


「ちょっと休憩に線香花火~」

「わぁ! いいですね!」

 

 笑いながら花火を取り出した雅史。そこにチャッカマンで火を点けて、チリチリと火花を放つ花火を二人で眺めていた。


「……綺麗ですね」

「うん。でもちょっと迫力がなくない?」

「そんな事ないですよ」

「そう……」

 

 黙って二人で線香花火を見ていると、雅史は溜息を吐いた。


「……人の命は線香花火なのかもしれないね」

「それはどうしてですか?」

「線香花火ってさ、同時に火をつけても片方が消えちゃう場合ってあるじゃん? きっとそれがその花火の寿命でさ、全部が同じとは限らない。それは人間も同じでさ、例え同じ年に生まれたとしても、一緒には死ねない。もしくわ、早死にする」

 

 そこで雅史の線香花火は地面に落ちる。


「……それは、とても辛い事だよね」

「……そうですね」


 雅史は深呼吸をした。


「美樹さん――――」


 何かを言おうとした瞬間。雅史は咳込んだ。


「雅史さん?」

「ゴホっゴホっゴホっ!」

「大丈夫ですか!?」


 慌てて額に手を当てると、高熱が発生してる事が分かった。

 すぐに、携帯でタクシーを呼んで、公園の脇に止めた。

 運転手が驚いた顔で、雅史を見つめる。


「お客さん大丈夫かい!?」

「近くの病院までお願いしていいですか!?」


 そこで雅史は手で私を制し、運転手を鬼のような形相で睨んだ。


「……一生のお願いです。家でお願いします」

「……は、はい」

 

 運転手の顔は青ざめた。

 激しく咳込む雅史と私を乗せたタクシーは岸本邸へと、走り始めた。

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