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私が落ち込んだりなんてしないっ!

 暗闇の中で雅史と瑠花は手を繋ぎ、私の前に現れた。固く繋がれた手は、私を奮い立たせる。


「何で、雅史さんが先輩と手を繋いでるんですかッ!」

「ごめん。もう疲れちゃったんだよ」

「え……」

「美樹さんのワガママに付き合うのはウンザリだよ。だから、終わりにしよう」

「嫌です! 別れたくないですッ!」

「ごめんね」

「行かないでください!」


 隣にいる瑠花が、私を見下す。その瞳は勝ち誇っていた。


「雅史もあんたみたいな高飛車よりも、昔から知ってるあたしの方がいいんだって」

「黙ってくださいッ! 先輩に雅史さんは渡しません!」

「美樹さん。それは良い迷惑だよ。もう、僕は決めたんだ」

「お願いです! もうワガママも言わないので、別れるなんて言わないでッ!」


 私は雅史に跪く。だけど、雅史は私の腕を振りほどく。


「ごめん。もう瑠花と付き合うって決めたんだ」

「そうよ。あんたはそこで、いつまでも悔やんでいなさい」

「せ、先輩ッ! あなただけは絶対に許しません!」


 偉そうに微笑む瑠花に向かって、私は右腕を振りかぶる。しかし、その手は雅史によって止められる。


「やめて。僕の彼女に手を上げるのなら許さないよ。谷中さん」

「え……何で名字で……」

「もう名前すら呼ぶのが嫌だよ。僕はもう谷中さんなんて見たくない。僕の前から消えてくれ」

「ふふ。じゃあね。谷中 美樹。あたしたちの前から消えてなくなれ」

「――――――――――――――ッ!」


 私は次々と流れてくる涙を止める事ができなかった。

 雅史と瑠花は遠くへと進んでいき、やがて消える。

 私は一人ぼっち。彼氏にフラれたのだ。




 ◇




 朝。目が覚めると、携帯を握りしめて寝落ちしていたようだった。先ほど見たのが夢。夢だとは分かっているけど、涙は本当に流れていたし、何よりも現実になりそうで怖かった。

 動物園デートから早三日。未だにメールは来ていなかった。私にはメールをする勇気も、電話をするという事すらできなかった。ただ怖いだけなのだ。瑠花と付き合う事になったと言われるのが。そんな事を言われれば、きっと見っとも無く泣いてしまうだろう。

 だから、連絡できない。その資格が私にあるのかどうかすらも怪しい。いつまでも、携帯を握りしめて連絡を待つだけだ。

 美人部のメンバーからは連絡が来ている。麗や優香は毎日。正男や拓夫達も毎日してくれてはいるが、返事をしていない。

 こんな時に優しくされて、甘えてしまえば雅史に失礼な気がして出来なかった。かれこれ、こんな事を続けてるうちに夏休み中は会えなくなるのではないかと思ってしまう。

 このまま鬱に浸っていても、何も始まらない。私はそう思い、とりあえずオーケストラを奏でるお腹を静めようとリビングに向かう。


「おはようございます……」


 朝の挨拶と扉の開け閉めを同時に行う。

 そこには大学が休みの姉と、主婦業に専念している母。そして、何故か麗がいた。


「おはよう美樹たん」

「おはよう美樹」

「うむ。おはよう美樹!」

 

 最初に私は何故麗が家にいるんだ。という疑問の視線を姉に飛ばすが、逸らされてしまったので、母に投げかける。すると、母はニッコリと意味深な笑みを漏らして、主婦業の業務に戻る。

 意味がまったく分からない私は仕方なく、席につき麗を睨む。

 麗はその視線を受けても、お構いなしでコーヒーを口に運んでいる。近くに砂糖とミルクが大量にあるのは、きっと彼女が使ったからだろう。


「……麗が何で朝から家にいるんですか……」

「うむ? それは私がお邪魔したからだ」

「主にその要件をどうぞ」

「美樹の様子が心配になってな。生存確認をしにきたのだ」

「大丈夫! あたしがそこら辺はちゃんと管理してるからノープロブレムだよ!」


 朝からハイテンションの姉。きっと麗が訪問してきて嬉しいに違いない。ここ最近麗は頻繁に泊まりに来ている。そのおかげで我が家にも親しんでいる。

 ちなみに兄だが、麗が容赦なく攻めた続け結果。麗の下僕へとジョブチェンジを成功させたようだ。めでたい。その日赤飯だったのは言うまでもない。

 そんな麗は毎回姉と同じ部屋で寝るらしく、睡眠用具まであるという噂が我が家では飛び交っている。そして、今日は見た感じ朝食も御馳走になっているようだ。


「まぁ、お姉さんの友人ですから、全然問題ないですけど」

「なぬ!? 美樹は私の友達なのだろ? それなのに、そんな余所余所しくしないでくれ!」

「……はぁ……分かりました。で、生存確認以外に何か用ですか?」

「うむ。合宿の日取りが決まったので、それを伝えにも来た」

「へぇー! 合宿かぁ! 麗ちゃん達が企画したの?」

「そうです御姉様。趣旨が若干違う合宿にはなりそうなのですが、とても充実した二泊三日にする予定です」

「いいな~あたしも行きたいな!」

「喜んで。御姉様の席ならばいつでも開けておきます」

「だって! 美樹たん楽しみだね!」


 麗が取り出したプリントを眺めて、夢を膨らませる姉。きっと私との海デートを想像してるんだろうけど、生憎だが私にそんな余裕はない。

 今もずっと交際存亡の危機について考えているのだ。

 母が淹れてくれたコーヒーを啜る。


「……今の私にとってはどうでもいいです」

「む、美樹。それはいただけないな。合宿は楽しいものでなければならないのだぞ?」

「そうだそうだ! 美樹たんをハイテンションにさせる場所! それは海だ!」


 姉と麗の機嫌が良いのが分かる。きっと私の態度や雰囲気で雅史との仲が上手くいってない事を感じてるのだろう。まぁ、姉と麗は本気で私と雅史を別れさせるつもりだったんだから、結果オーライなのかもしれない。

 だが、私は今も不安なのだ。不安で睡眠時間が二時間くらいなのに、元気な二人を見てると、無性にイライラしてくる。これは私に余裕がないからか。

 

「私は考えておきます。雅史さんの事もありますし……」


 そこで、麗と姉の笑顔が止み、視線を紙に向けたまま口を動かした。


「喧嘩した男の事なんて忘れろ。美樹には不釣り合いな男だったんだ。それだけだ。それに幼馴染のあのビッチの方が大事だというのなら、そうさせた方が良い」

「そうだよ美樹たん。美樹たんには似合ってないよ、あんな男。美樹たんはさ、あたしみたいな人の方が付き合ってて楽だと思うよ? ちゃんと美樹たんの事も考えてあげられるし」


 二人とも私に視線を合わせようとしない。それは多分、せめてもの優しさのつもりなんだろう。だが、それを優しさとは受け取らない。

 今の私には火に油を注ぐ行為。つまり、挑発だと受け取る。


「そうですか。ですが、私は大好きなんです。雅史さんが。だから、これ以上邪魔しないでください」

「「…………」」


 麗と姉は黙り、コーヒーを一口すする。その間が、もう時間の問題だと思うけどな……と二人が思っているのが雰囲気だけで分かった。

 確かに時間の問題なのかもしれない。だけど、このまま終わるのは嫌だった。

 決心した。今日は雅史の家に乗り込む。

 朝食を食べ終え、自分の部屋へと行こうとする私に声がかかる。


「美樹たん! 今日麗ちゃんと駅まで遊びに行くんだけど……」

「行きません。今日は予定ができました」

「む。美樹の好きな洋服店や食事処にも行くのだが……」

「行きません」

「そ、そうか……」


 麗と姉の誘惑を弾き、私は自分の洋服を取り出し着込む。

 仲直りをする。そんでもってちゃんと謝る。それがキチンとした美少女というものだろう。私は今まで何を悩んでいたのだろう。このままだと麗や姉・瑠花の思うツボである。絶対に雅史は手放さない。

 一段と気合の入った格好+化粧(しなくても可愛いけど)をして玄関を出た。


 生憎の晴。雲一つない空は見てる分には良いのだが、感じるのはキツイ。そこに太陽がある限り。私に涼しさなど訪れない。

 岸本邸まで辿り着く。目の前に大樹のように聳える門は、まるで私の侵入を拒んでいるようにも思える。

 私は深呼吸して、ぐっと拳を握りしめる。

 ――――大丈夫だ美樹。あなたは美少女よ! 絶対に別れたりなんてしないわ!

 勢いよくインターホンのボタンを押した。

 軽やかに流れるぴんぽーんという音。それから三秒くらい経ってから、応答の声がする。


『はい』

「あ、あの……私、谷中 美樹と申しますが……」

『美樹さん!?』

「あ、雅史さんですか?」

『あ、朝早いんだね……ちょっと待ってて!』

 

 それから五分くらい、私は炎天下の中立ち尽くす。

 その間中どうやって仲直りしようか迷った。

 最初はやはり自分の行き過ぎたワガママが行けませんでしたと謝るべきだろうか。それともツンデレで攻めてみるべきか……。久しぶりにこんな恋愛ゲームをプレイしてるような事を考えている。まぁあっちの方がコンピューター相手だから楽ではあるが。

 そして、時間は経つ。

 門が開き、雅史が私服に着替えた状態で、顔を出した。

 起きたばかりなのだろうか。寝癖が酷かった。


「ど、どうしたの?」

「あ、あの……」

 

 普段と変わらない雅史。その事に安堵しつつも、ちゃんと謝らなきゃっと深く思いつめる。いつも通り優しい。それが雅史ではあるが、完全に前回のデートは私が悪いのだ。そう思っていると、ドンドン心臓の鼓動が速くなっていく。

 しかし、考えてる事は口に出ず、先に頭を下げてしまった。


「ご、ごめんなさいっ!」

「え、えええええええええ!?」


 驚き声が裏返る雅史。そんなに私が頭を下げるのが珍しいのだろうか。普段学校でもちゃんと謝るべき所は頭を下げてる筈だ。

 雅史の足に力がなくなったのか、へたへたと座り込んだ。


「そ、その……この前のデートで私はワガママでした……」

「あ、そっちのごめんなさいか……良かった……」


 雅史は心臓を抑えながら、安堵の笑みを漏らした。

 何でそんなに落ち着いた笑顔なのか、私には分からなかった。


「どうして良かったんですか?」

「え、だって美樹さんにフラれたのかと思っちゃったからだよ」

「え、あ……そういう意味じゃないんです!」

「うん、いいよ。分かったから」

 

 ニッコリと笑う雅史。今の言葉を聞いて私は嬉しかった。雅史はまだちゃんと私の事を好きでいてくれる。それは確かなものだった。

 次第に緊張した心臓は平穏を取り戻す。


「私……ちょっとどうかしてたみたいです」

「うん。僕もどうかしてたよ。ごめんね。瑠花が美樹さんよりも大切な筈ないのにね。どうかしてたんだよ」

「いいえ、私の方こそ問い詰めてごめんなさい」


 お互いに頭を下げる。

 その様子が可笑しくって二人で笑った。


「じゃあ今度の夏祭りさ、一緒にデートしよう?」

「え? い、良いんですか? 私、またワガママになっちゃうかもしれませんよ?」

「ううん。良いんだよ。美樹さんと今度こそ最後まで二人っきりのデートしよう!」

「は、はいっ!」


 私は笑顔で頷いた。

 仲直りを果し、ちゃんと謝る事もできたし、雅史も瑠花の方が大切と言った事を撤回してくれた。

 これからも、二人で歩ける事に私は満足し、悩みは今日の空のように晴れた。

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