戦いは動物園でなんてしないっ!
数日後。
私達は、都内にある大型動物園に来ていた。なんでも、雅史が父親である重蔵からタダ券を貰ったらしく、時間があったので出掛ける事になった。その日は朝から家を出て、動物園の前で待ち合わせをした。
時間通りに来た私は、腕時計を見ながら辺りに視線を送らせる。夏休みだからか。平日でも家族連れが目立ち、カップルもちらほらと見受けられる。時折通る大学生達も、街ゆく人々を眺めながら休暇がある私達を羨ましそうに見ていた。
今日も今日で、気温は高く。炎天下である。朝のニュースでは帽子は必ず持参するようにと言っていた。お天気おねえさんの指示に従って、私は麦わら帽子を被ってきた。正直、古臭い気もするけど、麦わら帽子に合わせて、白のワンピースにピンクのハイヒールで洋服は合わせてきた。
「おはよ」
「あ、おはようございます!」
雅史が駅のある方角から現れる。今日の姿は白のタンクトップに爽やかな水色のチェック模様に、短パンでビーチサンダル。全面に夏を押しだした格好である。そんな雅史ではあるが、私い近づくなり、いきなり手を握る。
急な行動に驚き、表情を歪めてしまった。
「ん? どうしたの?」
「い、いえ……随分積極的だなと思いまして……」
「そうかもね。でも、時間もないし、さっさと行こう」
「……分かりました?」
時間はまだたっぷりとある筈なのに、ないと言われて、疑問に思う。首を傾げるも、雅史はニコニコと真上にある太陽のような笑顔を振りまいた。そのせいで疑問は吹き飛び、恥ずかしくなってしまう。
そして、動物園の入場門へと歩く。
◆
――――同時刻。
「こちら、ブラック。応答せよ」
『こちらシスター。ブラックの応答を確認。目標を補足しました』
『こちらはジャスティス。ただいま宿敵が目標と手を繋いだ模様。突撃命令許可を!』
『こちらフレグランス。ただちに射撃命令の許可を』
『こちらM。この暑さの中放置プレイで逝きそうです』
『こちらメガネ。充分な距離を開けろ。バレては台無しだ』
『こちらキャット。僕も突撃したいんだけど』
『こちらライト。誰か直弘の事を止めてくれ』
私達は、美樹の御姉様の力を借りて、現在動物園内部と入場門にて待機しながら、様子を伺う。ブラックは私。シスターが御姉様。フレグランスが優香。ジャスティスが正男。Mが鷹詩。メガネが拓夫。キャットが直弘。ライトが久光だ。
無線で通信しながら、動物園に入る美樹と雅史を睨む。加えていたボールペンがボキっという音をあげて折れた。
「まぁそんなに慌てなくたって、逃げはしないわよ。首尾よくやれば、今日中には成果を見込める筈だわ」
「……だといいがな」
私の背後で指令本部長である大船 瑠花と岸本 雅紀が立っている。瑠花の方は結構真剣だが、雅紀の方は微妙な表情だった。というのも、今回の作戦に一人だけ乗り気じゃないようだ。
『目標に動きがあった。移動するぞ! ライト・フレグランス!』
『『了解!』』
「あたしもちょっと見てくるわ」
正男と久光。そして優香と瑠花は動きだし、動物園内に侵入する。といってもちゃんと代金は払うが。四人全員が動物園に入園したのを確認し、他の連中達は待機している。
私は背後にいる雅紀に、目もくれずに質問をした。
「貴様はどうしてあの女に協力するのだ」
「……いきなりだね。難しい質問だね」
苦笑いした雅紀は、自分の後髪を弄っている。私はその仕草が嫌いだ。男特有の癖であり、気持ち悪い。元から男を嫌悪している私にとって、雅紀もそのうちの一人に過ぎない。しかもイケメンなら尚更だ。反吐が出てくる。
しかし、ここまで暗い空気を醸し出していれば気になるもの。難しい質問だねと答えたっきり雅紀から返事は帰ってこない。聞こえてくるのは無線通信で会話するバカ共の声だけだ。
視線を背後に向けると、雅紀の顔が苦しそうにしていた。
長年の乙女ゲーのプレイにより培った力が発動される。
――――コイツ、多分あの瑠花とかいう女が好きなのか。
それに気付いたからといって、私は何もしない。もちろん、それが私や美人部に対する依頼ならば喜んで受ける。代金は大きな物を頼むが。
こんな男でも必死なのだなと思いながら、私は口を開いた。
「ま、貴様のようなイケメンでも苦労はある。という所か」
「……そう受け取ってくれるのかい?」
「それ以外に何がある。貴様はあの女が好きなのだろう? しかもずっと前から。さっさと告白すればいいものを」
「そんな簡単じゃないんだ」
まるで、わさびを丸ごと食べたかのような渋い顔を作り、雅紀は苦笑いした。そんな笑みを見てるのも痛々しく、珍しく私は人から目を背けた。
何が簡単じゃないのかは知らない。だが、私が奴ならば、きっとすぐに告白しているだろう。今回だってそうだ。美樹に一応交際を申し出てはいるのだが、一向に返事をくれる事なく、美樹は雅史と付き合ってしまった。
うん。私だって辛い。この男だけが辛いわけじゃないんだ。
「無駄話はこれくらいにして、動くぞ」
「分かったよ黒樹さん」
「名字で呼ぶな。私の事はブラックと呼べ」
「かしこまりましたブラック」
私と雅紀は動物園に入った。
◆
「わぁ! キリンさんって久々に見ると大きく感じますね!」
「そうだね!」
雅史と私はキリンを眺める。首が保存大樹のように長く。見上げなければ、意外と怠け者っぽいアホ面は見る事ができなかった。
隣の柵には子供のキリンの姿。雅史は笑顔でそちらに指をさす。
「こっちは子供のキリンだよ」
「そうみたいですね!」
子キリンに近づくと、作業着を着た飼育員を見つける。どうやら餌をあげてるらしく、バケツの中の草をあげている。
むしゃむしゃと食べ続けるキリンを見ててと思った。
「この子、雅史さんみたいですよ?」
「え? そんな事ないって。僕こんな食べ方してたの?」
「お腹を空かして必死になって食べるあたりがそっくりです」
「もうちょっとカッコいいのにしてほしいな……」
キリンも充分可愛いと思うのだが、雅史は不服そうだった。首が長いのが嫌なのか。それとも先ほど思った通り、案外怠け者っぽい面が嫌なのかは分からない。
そこに飼育委員の人が近づいてくる。
「もし良かったら、餌やりやってみます?」
「え? 私ですか? 私みたいなのがやっていいんですかね?」
「当然だよ! むしろ、この子も君みたいな美人に餌を貰った方が嬉しいだろうと思ってね。どうかな?」
「で、できるのなら、やってみたいです!」
一度雅史に視線を送ると、笑顔で縦に頷いた。そのまま私はバケツを手に取り、草を徐々にあげていく。檻の中から顔を出す子キリンも、怠け者っぽい顔で草をむしっていく。
「そこで何してるのかな?」
不意に雅史が口を動かした。
すると、影に隠れていた、正男や久光が現れる。そして、私の方には優香と瑠花が歩み寄ってきた。その四人はどれも、目を吊り上げて、お怒りなのが分かった。
そもそも、どうやって情報を聞きつけたのかが分からない。今日のデートは誰にも言ってない筈である。
「バレたならしょうがないわ。谷中 美樹。あなたに用事があるんだけど」
「……デートの邪魔ですので、消えてくれませんか?」
「言ってくれるじゃないの。忘れてないと思うけど、こっちにはあんたの仲間もいるのよ。ねぇ? 坂本さん」
瑠花がそう言って視線を移すと、優香が今にも襲いかかってきそうな表情で、私を見つめる。その眼光は鋭く、まるで殺されるのではないかと思うほどだ。
「……お願い美樹ちゃん。別れて!」
「嫌です」
「嫌なの! 美樹ちゃんが他の男で汚れるくらいなら、あたしが!」
「やめてください」
燃え上がるように私を連れ出そうとする優香。それに対して冷静に返していく。だが、優香は一歩も引かない状態である。
そして、雅史も近づいてきた。背後には正男と久光。だが、二人の顔色がよろしくない。きっと何か言ったのだろう。
「……瑠花。邪魔しないでくれるかな?」
「雅史。もういい加減目を覚まして。あんたにこの女は必要ないわ!」
「それは僕が決める事だ。瑠花が決める事じゃない」
「嫌。あたしだって最後まで諦めない。だから、雅史……お願い」
瑠花が雅史の腕に抱きつく。しかし、雅史は首を横に振り、瑠花の腕を振り払う。その勢いで地面に腰を着かす瑠花。雅史は目もくれずに、私の手を引いた。
足早に去ろうとする雅史。私の手を握る力が強かった。
「雅史さん……」
「あ、ごめん!」
そう言うと雅史は私の手を握る力を弱めた。
早歩きしていた足を止めて、雅史は腕時計を確認する。まだ昼ちょっと過ぎくらいだ。
時計を見終えた雅史は、再び笑顔に戻り、首を傾げた。
「ご飯。食べよっか」
「あ、はい……」
雅史が何を考えてるのかまったく分からなかった。正男と久光に何を言ったのかも教えて欲しい。
近くにあった売店まで歩く雅史。今日はなんだか変わってるような気がする。心なしか、焦っているようにも見えるし、苦しんでるようにも見える。簡単に言うならば、心に余裕がない。
恐らく理由を聞いても、今の雅史には笑って流されるであろう。だから、あえて聞かない事にする。聞いて教えてくれなければ、私自身も傷つくからだ。
そんな中、売店のテーブルには麗と美鈴、そして雅紀が昼飯を摂っていた。
――――何この異色メンツ……。
三人は私達を確認すると、笑顔で手を振ってきた。どうやら、瑠花達がここにいるのは姉が原因のようだ。
私は姉に近づき、腕をガッと掴む。
「お姉さん。ちょっと用事があります」
「ほぇ? 美樹たんからの愛の告白?」
「に、近いかもしれませんよ?」
「今から行くよ! ちょっと席外すよ!」
麗と雅紀は口を開けながら、私が姉を引っ張る所を眺めていた。
物影に隠れ、私は姉を壁に追いやり、ドンと壁を叩く。
「……美樹たん? 今日は一段とお怒りなんですね……」
「それはそうです! デートに邪魔をされれば私だって怒りますし、そもそも何で大船 瑠花まで連れてくるんですか!」
私の怒りを全てぶちまけると、姉は一瞬いつものような惚けた顔を作る。
しかし、その次の表情が違った。
口端を吊り上げて、目を見開く。それは魔女のような薄い笑みで、私は背筋を強張らせた。そして、姉は口を開いた。
「今日は、あたしも本気だよ。美樹たん。覚悟してね」