美人部が妄想したりなんてしないっ!
黒板に麗は白チョークを滑らし、お題を変えていく。
それを目にして、皆はだらーんとした態勢で椅子にもたれている。今まで一体感とかそんなのはなかった美人部ではあるが、今ばかりは皆意思疎通されているのかもしれない。それは主に、杉本 綾子が使えないという点で。
麗に至っては、ちょっと文字を書くだけなのに、白チョークを何回折るのか分からない。部室内に連続で白チョークを割る音が響く。
ようやく書き終えたかと思ったら、文字が汚く、麗らしくなかった。
「さて、お題を変えたところで、もう出尽くしているような気がするのだが」
「まぁ、あの教師の使えなさ加減は日本一よきっと」
優香が組んでいた足を組みかえる。何とも様になっているのだが、パンツが見えそうで怖い。
私も、逆に自分が旅行に行った時の事を思い浮かべる。
夕焼けに染まる砂浜。太陽が水平線へと沈む。そこで、雅史は私を……ってキャああああああああああああああ!
すぐに妄想をかき消そうと首を横に振った。顔の温度が上昇して、気持ちが高ぶってしまった。
「美樹? どうしたのだ?」
「い、いえ。何でもありません」
「そ、そうか……美樹にしては珍しく奇妙な行動をしたからつい……」
麗が動揺していた。何で、そんなに驚いてるのかは分からないが、私にだって妄想をする事くらいあるのだ。
もちろん、他の部員たちも私を心配したように見つめる。だが、麗のようにコメントしてくる人間はいない。きっと、聞くのを躊躇っているのだろう。
私は咳払いを一回して、正男に話を振る事にした。
「正男さん、旅行に出掛けるとしたら、どこがいいですか?」
「え!? お、俺ですか……そうですねぇ……」
正男は顔に似合わず、手に顎を置いて考える。しばらく唸りながら、瞳を閉じていると、突然ひらめいたのか、人差し指を立てながら口を開いた。
「俺は海でも山でもどっちでもいいですね!」
「それは何でですか?」
「山であればサバイバル。海であればビーチバレー大会と言った感じですかね。美樹さんと二人一組のペアになって、ビーチバレーを制する……そして、最後には……ははっ! 海に行きましょう!」
「却下だゴリラ」
「なっ!?」
ムフフな妄想でもしたのだろうか。正男は口が半開きになって、今にも涎が垂れそうな顔をしていた。中学時代はスポーツの申し子と言われていたのに、今ではこの様だ。まったく情けない。
そんな正男の意見を却下したのは麗だった。彼女は相変わらず腕と足を組んで、瞼を閉じながら、俯いている。時折寝てるのかと思えてくる。
「では、鷹詩さんはどこがいいですか?」
「ふふふ……待ってましたよ美樹様ッ! 俺は断然温泉旅行ですっ!」
「い、意外ですね。鷹詩さんのイメージですと、ビーチフラッグで旗に自らなるのだと思ってました」
「美樹ちゃんも、やっぱりそういうキャラだって認識してるんだね……」
優香が半目で私を見つめる。心外だ。鷹詩からドMを抜き取ったら何が残るというのだ。
「ふふふ……俺だったら、美樹様――――いや、麗様も優香様も同行していただき、枕投げッ! サウナッ! 冷水風呂ッ! 全てを俺一人が実行するのを見ててもらいたいのです! はぁーゾクゾクするぅ!」
「貴様とだけは一緒に温泉に入りたくないな。延々と貴様の茶番に付き合わされるのはメンドクサイ」
「あたしもパス。あんたみたいなドM男と温泉なんて入っても、面白くもなんともないわ」
麗と優香にすっぱりと斬られる。
しかし、鷹詩は口から涎が垂れ、嬉しそうにしていた。
「貧乳黒髪と巨乳金髪に罵られる喜び……」
「誰が貧乳黒髪だ!」
「誰が巨乳金髪よ!」
嬉しそうにしていた鷹詩の顔面に、麗と優香の凄まじい足蹴りが入る。すると、座っていた椅子ごとひっくり返る。だが、鷹詩はさらに気持ち良さそうな顔をしていた。完全にお風呂にでも入ってるかのような御気楽気分な感じだ。
気を取り直して、私は直弘に振る。
「直弘さんでしたら、どうしますか?」
「ん、僕なら、美樹さんだけで良いかな」
「い、いや、誰と行くのではなく、皆で回るのならっていう話をしてるんですけれど……」
「うーん。じゃあ、やっぱり僕も温泉かな!」
笑顔がキューティクルな直弘。それはもう可愛い。と言われている。もちろん、私にとって直弘の笑顔なんかよりも、雅史の笑顔の方が輝いて見える。
「それは、どうしてですか?」
「いや、僕たちで行くんだとしたら、皆でいる所を抜けだして、美樹さんと夜デートっ! みたいな?」
『却下』
「あららら……」
鷹詩以外の全員が真顔で、びしっと言い張る。言葉を受けた直弘は、ダメかって感じで舌をちょっぴり出して、ウィンクしていた。
だが、ここにはそのテクで落とせる者など存在せず、麗と優香に至っては、コーヒーを数百倍も濃くしたブラックを飲んだかのような顔になっていた。
「じゃあ、拓夫さん」
「ふん。俺か」
眼鏡をクイッとかけなおす拓夫。中々様になっている癖であり、中学から変わってない事が分かる。
「そうだな。俺ならば、皆を招待するフリをして、美樹殿だけを高級ホテルに連れ込んで、豪華なディナーを提供する。夜景が綺麗に見えるレストランで、美樹殿は『私……なんだか酔ったみたい……拓夫さん。お部屋まで私を連れて行ってくれますか?』『いいよ、美樹殿の部屋まで連れていくよ』『いいえ、拓夫さんの部屋に……』『今夜は寝かさないぞ』『うふふ……』みたいな展開に持っていく」
「……拓夫さん。私達まだ未成年なんですが……」
「というか気持ち悪い。やはりエロメガネだな」
「真面目そうな奴って、こうだから困るわ」
「ああ。純粋に引いたぞ拓夫」
「僕も今のはドン引きしちゃった」
「悪い俺も」
全員からの大ブーイングに、拓夫は鼻で笑う。全然気にしていないようだ。
だが、いきなり席を立ち、部室の隅っこのほうで床に体育座りを始めた。傷ついたようだ。
だが、さすがに妄想が口から出て引いたのか。誰もフォローしなかった。もしかしたら、拓夫のツイッターは今もフォロワー数がゼロなのかもしれない。
「では久光さんは、どうですか?」
「俺か? 俺なら……ミッキー達と秋葉原巡りかな。街の地図は頭にインプットされてるし、皆を個別に楽しませられる気がするから、それがいいかな」
「ふん。やはりヒッサーは言う事が違うな」
「認めたくないけど、確かにこの男だけが一番まともな気がするわ」
騙されないで! 彼はオタクだからね! 皆をその道に引きずり込もうとしてるだけだよ! 道ズレはダメ。絶対。
そんなわけで、私は久光はスルーした。話を流された久光は、なんだか梅干しを食べたような顔をしたが、別に気にする事はない。
「優香は、どこがいいですか?」
「あたしは断然海よ! 海っていろんな遊びができるじゃない!?」
「それもそうですね」
「だから、あたしと海で遊ぼうよ! 美樹ちゃん!」
普通に海に誘っているのだろうか。なんだか、私に対してのスキンシップが激しい気がする。気のせいかな?
「本音は?」
「美樹ちゃんと遊ぶフリをしながら、いろんな所を揉みまくるッ! それはもう手に感触が焼きつくまで、丹念に揉みほぐす!」
「はい。却下」
「ちょ、何で却下なのよ!」
麗により優香の提案は却下されました。部長命令だから仕方ないよね!
最後に、私は麗に聞く。
「麗はどうですか?」
「私か? 私は決まっている。温泉だ」
「へぇ。どうしてですか?」
「日頃のストレスを癒す為だ。何しろ一人暮らしは家事が大変でな。全部するのは肩が凝るんだ」
「ぷぷっ、肩凝るほど胸ないくせに……見栄張っちゃって!」
「おい牛。表に出ろ。今から捌いて、今晩の焼き肉屋のメニューにしてやる」
「怒っちゃって可愛いわね! 貧乳黒髪さん!」
「どうやら、私を本気で怒らせたいようだな! この牛女っ!」
「そっちこそ、あたしの意見を却下したでしょうが! この毒蛇女っ!」
麗と優香が喧嘩を始めた。まぁいつも通りの光景だった。
しかし、こうも実行できない話をするというのは苦い物がある。麗も優香も若干残念そうだった。
そこに部室の扉が開かれる。
「邪魔するぞ!」
麗と優香。それに五人の男達も侵入者に視線を送る。そこには、書類を持った綾子が立っていた。
「ふん。何の用だ。ゴミ教師」
「そうよ。今さら何の用よ!」
怒っていたからか、頭に血が上っている麗と優香が綾子を睨みつける。まるで犬と猫が威嚇してるようだった。
しかし、綾子は怯まずに、書類を見せてきた。
「これを見ろッ! お前たち! 温泉に行けるぞ!」
『な、なんだって!?』
見せられた紙には『浴衣美人コンテスト』と書かれている。その下に概要が書かれていた。そこに皆は集中するが、麗が読み上げた。
「えー、全国から浴衣美人を集め、コンテストを開催したいと思います。優勝者は賞金十万円。準優勝者は買い物券五万円。なお、参加される団体様は、御宿泊費・交通費は全てこちらが負担致します……と書いているな」
「という事は?」
「温泉に?」
「いけるのか?」
麗が読み上げ、優香、正男、拓夫で首を連続で傾げさせた。全員が何故か私を見つめてきた。
「私は良いと思いますよ」
「よしっ! 決まりだ! このコンテストに出るぞ!」
麗が勢いよく右腕を上げた。
しかし、私や優香はいいが、麗はどうなるんだろうか……。そんな私の心配を見越してか、綾子は麗の肩を軽く叩いた。
「……これは、部活動って事でいいんだよな。黒樹」
「ん? そうだ。もちろん、出るのは美樹と牛女だろう?」
「なわけあるか。黒樹。お前も出ろ! これは顧問命令だ!」
「な!? ひ、卑怯な!?」
うろたえる麗。やはり綾子はただでは転ばない女だ。そういう所があるから結婚できないって分からないのだろうか。
それはさておき、開催は八月中旬。そうとう先でもある。
私が書類を見ている中、美人部の部室の扉が開く。
そこに立っていたのは、ポニーテールの先輩――――大船 瑠花と長身のイケメン――――岸本 雅紀だ。
瑠花は美人部の面子を確認すると、麗に近づいた。
「何だ貴様。例え先輩だとしても、私は礼儀を知らない奴は嫌いだぞ」
「それは、悪かったわね。初めまして。あたしは、大船 瑠花。ちょっとお願いがあってきたの」
「ふむ。お願い……という事は私に対しての仕事依頼か。何だ」
瑠花は私に人差し指をさして、全員に聞こえるくらいのボリュームで、喋った。
「谷中 美樹と岸本 雅史を別れさせてください」




