私が水着を披露したりなんてしないっ!
今回は、いつもよりも長いです。
申し訳ございません。
「お、お待たせしました……」
「う、うん」
朝の十時。今日は埼玉県にある大型のプールに行く為に、私と雅史は駅で待ち合わせをしていた。今日の格好は丈が短めの白のワンピースにデニムのショートパンツという少々定番な格好である。もちろん、私はスニーカーを履いたりなんてしないので、ピンヒールだ。
街は平日の為か、サラリーマンが腕時計で時刻を確認しながら忙しなく駅前を歩いている。きっとこれから営業なのだろう。彼らは日々汗を流しながら、ジャケットを脱いで片手に持っていた。
そして、今日も炎天下なので彼らも例外はなく、私と同じく汗をかいている。今日もお仕事お疲れ様ですと言ってあげたい。
さて、気になる雅史の格好だが。白のTシャツに黒い字で英語が書かれたお洒落なものの上に爽やかな印象が受け取れる柄シャツを羽織っている。鞄は肩からかける茶色の皮製のボディバックだ。そして、スニーカーに踝までのパンツだ。彼の格好を見るに、私と合わせる為に頑張ってお洒落してきたのかもしれない。そう思うと嬉しくてしょうがなかった。
「じゃあ行こうか」
「はい」
私達はバスに乗り、大型プールまで約二十分揺られる。その間、私と雅史は付き合う事に慣れてなくて、初めてのデートだというのに会話が覚束なかった。メールでは結構なんでも言えるのに、直接会ったらなんだが恥ずかしくなってきた。
そんな私を知ってか知らずか、雅史は私の手を握って、太陽のような笑顔を向けてくれた。
「こ、こういうときも、僕達男がリードしなきゃダメだね!」
「え、あ、はい……」
私は突然手を握られた事によって、顔の温度が急上昇していくのを実感する。ただでさえ、暑いのにそんな事をされたら体温が上がるし、ドキドキするわで大変だ。しかし、雅史も同じなのだろうか、彼も顔をポストみたいに真っ赤にさせて、私の視線を逸らしていた。
彼も私を意識してくれているのかと思ったら、なんだか嬉しくなってきた。片手だけ繋いでいたので、私は空いていた手で雅史のもう片方の手を握る。驚いたように再びこちらを見る雅史。私は彼に優しく微笑む。
「プール、空いてるといいですね!」
「う、うん……」
よっぽど恥ずかしいのか、雅史は視線をまたも逸らしていた。いい加減茹でタコにならないか心配だ。
そんな初々しさ満点の私と雅史を乗せたバスは埼玉県越谷にある大型のプールに着いた。東京都から約一時間以上かかるこの場所は、都内の人間でも来るほど人気の場所である。もちろん、その理由というのは多彩なプールにあると思われる。
とても都内から少し出ただけとは思えない光景に歓喜しながらも、私達はバスから足を降ろす。ここら辺はプール以外は何もなく、緑がやけに目立つ。燦然とする木々達。こんなところにプールを作った人の意図を聞きたいものである。
それから私達はプール場内に入園し、着替える場所の前で、どこに集合するかを決めてから着替える。私は昨日買って貰ったばかりの水着を着用する。なんでも、姉がこれを見た際に鼻血を出したもんだから、きっと効果は絶大だろう。
私は素早く着替えを終え、髪をピンク色の花柄シュシュで一束に纏めて、右肩から垂らす。それから、更衣室を出ると先に雅史が待っていた。彼はハワイの海をデザインしたかのような、膝が隠れるくらいの海パンを履いていた。手元には、まだ膨らんでいない浮き輪が握られている。しかし、というか。やはり雅史の身体は適度に引き締まっていて、確かに若干モヤシっぽくはあるが、それでも筋肉がそこそこついてて色っぽかった。
それを見惚れいた私に気づいたのか、雅史は笑顔で手を振る。
「お、お待たせしました……ど、どうですか?」
「うん、凄く似合ってるよ!」
「ま、雅史さんも、な、中々良い身体してますね」
「え? そう? ありがとう! 美樹さんも凄く可愛いよ!」
「えへへ、ありがとうございます」
褒められた事により、なんだか私は凄く嬉しくなった。好きな人が私を見て微笑んでくれるだけで、こんなに幸せなものだとは知らなかった。
雅史はじっくりと照れた後、まだ膨らんでいない浮き輪を手で持ちながら、私に近づいてきた。
「そ、そのゴメン、浮き輪膨らましてもらってもいいかな?」
「え? それは別に構いませんが、どうかしたんですか?」
「ちょっとね!」
まぁ浮き輪くらいなら簡単に膨らむだろうと思い、そのまま空気を入れる所に口をつける。すると、突然パシャっという音とフラッシュに包まれる。
なんだと思い、雅史に視線を送ると彼は防水ケースの中にしまっていた携帯で私の写真を撮っていた。携帯を手にしたまま雅史はニコっと満面の笑みを漏らした。
「思い出一つ、頂きました!」
「い、いきなりは酷いですっ!」
「いや、美樹さんが膨らませてる姿をどうしても写真に納めたくてね」
「むー。そんなのいつでもやってあげますのに……」
悪戯で私の姿を撮った雅史は、ごめんねと言って頭を下げた。それから私は途中だった浮き輪を膨らませる作業を再開して、いよいよプールへと入る。
最初はやはり目についた流れるプールから入る事にした。
「じゃあ先に美樹さん入っていいよ!」
「え、雅史さんからじゃないんですかる」
「僕から? まったく美樹さんは何でも、僕から手を引いて欲しいんだなー」
「むー。分かりましたよ! 私から入ります!」
雅史が先に入らないと言うので、私は頬を膨らませて、先に入ろうとする。だが、そこで何かが走ってくる音が聞こえ、背後から突然お姫様抱っこをされる。当然その行動を取ったのは雅史だ。
それから雅史は私をお姫様抱っこしたまま、プールへと跳ぶ。
「キャアアアアアアアアっ!」
「しっかり捕まっててね!」
そのまま大量の水飛沫を上げながら、プールへと沈む。私は全身まで水に濡れながらも早くも浮上した。雅史も同時に「ぷはぁっ」と言いながら上がってきた。
「もう! いきなり何するんですか!」
「こっちの方が面白いだろうなってね!」
「今日の雅史さん、ちょっと変ですよ?」
「そうかな? 僕は楽しい事には全力で楽しむタイプだよ?」
何の悪びれもなく微笑む雅史。全身が濡れて重くなった前髪を上げる。その様子は、普段は見れないワイルドさが現れていて、不覚にもドキッとしてしまう。だが、雅史はそんな様子に気づきもせずに、微笑みながら首を傾げた。
「どうしたの?」
「い、いえ、そ、そのーか、カッコイイですね、雅史さん……」
「え、あ、ありがとう……」
またも赤くなる雅史。二人して流れるプールに浮遊してぼーっとする。先ほど持ってくるのを忘れた浮き輪を持ってゆっくりと過ごす。こういうのも悪くないなと私は思った。
◆
時は昼前の大型プール。そこにあたしと麗ちゃんは二人して双眼鏡を手に、とある人物を監視する。目的は美樹と岸本 雅史。二人は随分と先ほどからイチャついている。それを眺めている麗ちゃんは呟く。
「……あー殺したい」
隣を見ると殺伐とした空気を放つ麗ちゃん。第一回の今作戦の為、あたし達は水着なのだ。ちなみに麗ちゃんには、あたし的好みで旧式のスクール水着を着用してもらっている。真ん中の白い生地には平仮名で『くろき れい』。後には『いちねんびーぐみ』と書かれている。幼さが残る彼女には、かなり似合っていて周りの視線を釘つけだ。
だが麗ちゃんはそんな事を気にせず、今にも飛び込みそうだ。
「麗ちゃん。今は我慢だよ!」
「分かっています。ですが、ですが……」
おっと双眼鏡がミシミシと音をたてて壊れそうだよ!
「まぁまぁ、とりあえず、今度は違う場所に行くみたいだから、見てみよう」
「はい、御姉様」
美樹と岸本 雅史は次なる遊泳場へと向かう。次はスライダーをするようだ。だが、このスライダーよく見るとカップル率が異常に高い。まさかとは思うけど、カップルで滑ったりなんてしないよね?
二人が階段を上り、スライダーを滑る列に並ぶ。今日は平日で人混みもできていないので、ささっと滑る番になりそうだ。ここからだと双眼鏡で見ていては逆に怪しまれる為、あたし達もスライダーに参加する事にした。
「……まさか、私達も滑るんですか?」
「もちろんだよ! 双眼鏡で見てたら怪しまれるしね!」
麗ちゃんはなんだか険しい顔をしていた。もしかしたら絶叫系とかがダメなのかもしれない。しかし、麗ちゃんは嫌がらずにスライダーを滑る為の列に並ぶ。
「もし、嫌ならあたしだけで滑るよ?」
「いや、御姉様に滑らせるわけにはいきません。私も同乗します」
覚悟が決まった女の顔だった。あたし達の列はどんどん縮まり、美樹と岸本が肉眼で確認できるくらいの距離になる。結構近くてバレそうだけど、二人とも初めてのデートだからか、初々しく手を繋いで頬を染めている。
それを見ているとイライラしてきた。
「麗ちゃん……邪魔してきてもいいかな?」
「御姉様。ここは我慢です」
「くっ……」
悔しさに奥歯を噛み締めるが、先ほどの麗ちゃんもこういう気持ちだったのかと思うと、結構我慢するのは辛いなと実感する。
そして、いよいよ美樹と岸本の番になる。
係員が「どうぞ」と声をかけると、美樹が前で岸本が後になって滑る準備をする。つまり、美樹を岸本は抱いている形になるわけだ。二人の間には水着という名の布切れのみ。つまり肌と肌が密着してる。
「美樹さん、だ、大丈夫?」
「ま、雅史さんこそ、キツかったら言ってくださいね?」
「そ、そんな事ないよ! 美樹さんは細いから、狭くなんてないよ!」
「あ、ありがとうございます……」
照れる美樹と岸本。もうダメだ。限界です。麗ちゃんには申し訳ないけど、今から突撃しに行こう。
と思ったけど、同時に私達の出番になる。
「はい、お次の方どうぞ」
「え!?」
あたしと麗ちゃんは、お互いを見つめてどうしようか迷うが、いつまでも待っていると後に迷惑な為、さっさと行く事にした。
「お、御姉様……」
「もうしょうがないっ! ここは先にあたし達が行くよッ!」
「え、え、で、でも心の準備が――――――って、御姉様ああああああああああああっ!」
「あたしも後を追うから安心してね!」
麗ちゃんを先に一人で行かせて、あたしも麗ちゃんと同じレーンから滑る。係員の人が呆然としていたけど、あたしには関係がない。そのまま、麗ちゃんの後を追っかけるように滑る。
加速していくウォータースライダーで滑りながら、別レーンの美樹と岸本に視線を送ってみる。すると、楽しそうな二人の絶叫が耳に入る。それにイライラしながらも、バレない為に急加速する。
しかし、そのとき、あたしは目にする。
――――美樹たんのおっぱいを岸本 雅史が触っている!? こ、これはもう処刑決定だクソ野郎ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!
あたしはぶち切れながらも、到着地点であるプールに大量の水飛沫を上げながら、潜る。
そして、急いでプールから出て、先に上がっていた麗ちゃんと合流する。
「お、御姉様……酷いです……」
「大丈夫。あの男にはもっと酷い事してやるから」
あたしは普段の声を押し殺して、岸本を睨みつける。あの野郎は美樹と叫びながらスライダーを終えた。二人は仲良く手を繋ぎながら、プールから上がった。
そこにあたしが駆けつけようとすると、あたしの腕は誰かに引っ張られる。
「御姉様。まだ様子を見ませんか?」
「……いや、今すぐ殺しに行く」
「そうではなくて、別の手を考えたので、そっちを使ってみませんか?」
「別の手?」
「はい」
そう言うと麗ちゃんは、とある男の集団に人差し指を向けた。そこには、あたしの大学での友人である伊達 学達がいた。彼らはあたしの下僕なので、あたしがお願いをすれば何でもやってくれる人達だ。
偶然、見つけた麗ちゃんは、彼らを使おうと言うのだろう。私は麗ちゃんに無言で頭を下げ、学に近づく。
「もしかして、伊達さんではありませんか?」
「え? って中谷さんっ! こ、こんにちわ! ど、どうしたんですか?」
「今日は友人と来ているんです。うふふ」
必殺。あたし直伝猫かぶりモード。大学や仕事相手のときに発動するモードである。もちろん、美樹に教えたのはあたしで、彼女はどうやらこのモードを直接使用しているらしい。それがなんとも堪らない。
っと話は置いておいて。
「それで、よろしかったら、お願いを聞いてもらえないでしょうか?」
「は、はい! もちろん中谷さんの為ならば!」
嬉しそうにあたしのお願いを聞こうとする学。あたしはそんな彼らを見て、ニヤリと心の中で笑っておく。
そのまま人差し指を美樹と岸本の方へと向ける。
「あの人に、私さっき酷い事をされまして……」
「な、何ですとっ! ゆ、許せんぞッ! リア充がぁあああああああああ!」
「それで、お願いなんです」
「はいっ! 中谷 美鈴さんに酷い事をするような奴は一人残らず消して見せます!」
「あのー……隣にいる彼女をナンパしてもらえませんか?」
「隣に……ほほぅ。リア充を仲違いさせるのですね。分かりました。では、今から実行すればいいですか?」
「はい、お願いします……」
「分かりました」
学の瞳は何かに燃えていた。それこそ、甲子園での初戦前の意気のように燃えている。心底では暑苦しいなと思うが、利用出来る物は利用しておこう。
そして、学とその友人達は美樹と岸本に近づいていく。後は彼らのナンパを見ているだけでいい。今回の作戦は一回目で終わるかも知れない。
隣にいる麗ちゃんが感心したように首を縦に振る。
「さすがです、御姉様」
「そう? 麗ちゃんも人の上に立つ人間っぽいから、やろうと思えばできるんじゃない?」
「いえいえ、私には御姉様のようになど不可能です。尊敬します!」
「ありがとう! 麗ちゃん!」
あたしは麗ちゃんに抱きつき、学達が仕事をこなしてくれるかを観察する事にした。
◆
お昼。流れるプールとウォータースライダーを満喫した私達は、昼食を取る事にする。だが、私は今日の為にお弁当を作ってきている。そのため、一度更衣室に戻る必要があった。私は颯爽とお弁当を取りに行って、席を確保してくれていた雅史と合流する。
「ま、まさか、お弁当作ってくれたの?」
「はい、御口に合うといいんですが……」
「大丈夫! 美樹さんの料理は天下一品だからね!」
そう言ってお弁当を口に運ぶ雅史。すると、目を見開く。その表情を見て、まずかったのかと私は瞬時に思ってしまった。私の思ってる事が顔に出てたのか、雅史は咀嚼しながら、首を横に振っていた。彼は一度呑み込み、笑顔を向けてくれた。
「やっぱり毎回の事ながら、本当においしいよ! ありがとう!」
「い、いえ……私も喜んでくれて大変嬉しいです!」
それから学校の話やテレビの話をしながら、お互い箸を進めていく。その途中、雅史が頬にご飯粒をくっつけていたので、それをどう取ろうかなと考えていた。何しろ、今日は雅史にやられっぱなしなので、今回は私から攻める事にした。
「雅史さん」
「ん? 何?」
「ご飯粒……取ってあげますね」
私は雅史の頬についてるご飯粒に唇を近づける。雅史の驚いた顔が目に入る。私自身の胸も高鳴って半端ない。それこそ、心臓が喉から出そうになるくらいだ。
唇を近づけ、キスをするかのようにご飯粒を吸い取る。これ以上頬にキスしているのは心臓に悪いので、顔をささっと離した。
「と、取れましたよ」
「あ、ありがと……」
雅史は私のキスした場所を摩っていた。そんな事をされると、キスが嫌だったのかと思ってしまう。私は頬を膨らませてみた。
「むー。そんなに嫌でしたか?」
「う、ううんッ! む、むしろ嬉しい……かな」
「え、あ……はい」
お互い顔を真っ赤にさせる。これ以上は恥ずかしくて、本当に心臓が爆発してしまいそうだ。
そんな中、私達を邪魔するように、ガラの悪い男達が近づいてくる。
「ねぇ、彼女。そんな性格悪いモヤシ男なんて放っておいてさ、俺達と遊ばない?」
男の年齢は恐らく姉と同じくらい。黒髪のオールバックは彼の目つきが鋭い事を強調させている。そんな男の後で他の男達は、私を見てデレデレしている。
私はそんな連中を睨みつけ、無視しようとする。
「ちょっと無視? それ酷くない?」
「俺傷ついたわー!」
軽口を叩く男達。もう我慢の限界だった。私が席を立とうとしたとき、その前に雅史が私とナンパ男の間を塞ぐ。
「……すいません。僕の彼女なんです。ナンパはやめてください」
私は雅史の背中を見つめながら、カッコいいと思ってしまった。見た目の割に広い背中が私を守っている。それだけで、身体中の体温が上昇していくような感覚に晒される。
しかし、ナンパ男は舌打ちをして、雅史の事を睨んだ。
「ったく、何で彼女連れてる奴が、他の女に酷い事をしてんだよ!」
「テメェみたいなモヤシがこんな美人を二人も弄びやがって!」
「このリア充があああああああああああああ!」
男達は涙目になって雅史に襲いかかった。
このとき、彼らのナンパは、いつものようなナンパとは何かが違うなと思った。




