私が寂しがったりなんてしないっ!
「はぁ…………」
夏休みに入って数日。今は自室で携帯と睨めっこをしながら、雅史からメールが来ないなぁと悩む。
今日は麗に「活動日だから全員集合」とメールが来ていたので、学校にはいったんだけど、結局活動らしい活動はせずに、いつものように終了した。
最近では麗や優香が喧嘩して、それを正男や拓夫が止めて、鷹詩が「踏んでください」と言って平凡な美人部である。しかし、今日の麗は一味違った。というのも、麗は私を見つめて、ニヤついていた。間違いなく麗は何かを企んでいた。
でも、そんな事はどうでもいい。今の私にとっての一番の悩みは、最愛である彼氏の雅史と夏休みに入って以来一度も会ってない事である。
メールは毎日するけど、それでも時間帯によっては遅い時もある。何してたのと送っても、必ず話を逸らされるし、困ったものである。最近の私は雅史失調症で、会いたい触れたいキスしたいで脳内ピンク色である。雅史は超絶美少女の私が気にならないのだろうか。私は怒ってるんだぞ! ぷんぷん。
しかし、こうしてメールを待ってるってのもいいものだ。好きな相手からのメールは心が躍るような浮遊感がある。
待つのも楽しくなってきた私の携帯に、雅史からのメールが届く。
『ごめんね。今日はちょっと用事があって、今終わったんだ』
こんなメールでもウキウキしてしまう。私は可笑しくなったんだろうかと思う。そんなメールに即返事をしてしまう。
『大丈夫です。お疲れ様です』
自分のメールを送信する。しかし、それを見返してしまうと業務メールのように感じてしまった。それこそ、『この資料作成を明日までに、お願いしていいですか?』と来て、今のようなメールで返したら、普通なのだろう。メールは難しい。
これから、雅史は基本的にメールを打つのが遅いのか、五分くらい空いたりする時もある。なら電話の方がいいんだけど、声を聞くと会いたくなるし、お金がかかるからダメである。学生の財布は寒い。
しかし、今日は来るのが早かった。
『業務メールみたいだね(笑)もし美樹さんが良ければ、明日どこかに行かない? 僕も明日は大丈夫だからさ』
やはり言われてしまった。まぁ笑ってくれてるのならいいだろう。
しかし、急にどこかへ行かないかと言われても、思いつかないのも事実。正直雅史の家で……っとそういう考えは止しておきましょう! そうすると、どこがいいんだろうか。こういうときって男がリードしてくれなきゃ困るよね!
そういうわけで、私は返事を出した。
『すいません……。私も明日は用事も空いてますので大丈夫ですよ。こういうときは雅史さんからリードしてくれませんか?』
いやはや、少し挑発とも取れるメールだな。だけど、雅史はそういうと必死にデートプランを考えてくれるのではないだろうかと思った。私とのデートを必死に考える雅史……それを想像すると、はしゃいでしまいそうだ。
私の作戦は成功する。雅史が必死にデートプランを考えてる姿は想像でしかできないが、そこはまぁ仕方がないだろう。自分が幽霊にでもならなければ見るのは不可能だ。
『そうだね。じゃあ明日大型プールにでも行かない? 最近暑いからさ』
答えは案外早く、決まっていたのかもしれない。雅史の言うとおり、最近の暑さは半端じゃないから、その方がいいかもしれない。
しかし、私はふと思う。
あれ? 私水着持ってなくない!?
結論。今から買いに行かなければならない。そうなると、結構急だ。一瞬プールは止めておこうとメールを送りそうになるが、ちょっと待つ。
雅史のボディ(上半身)を拝む事ができるかもしれないチャンスだ。そして、ゆくゆくは身体と身体で、間に布がない状態で触れる事もできる。これは……やばい。もしかしたら、帰りは――――――。
妄想する私はいつの間にか、メールを送信していた。
『いいですね! 私も雅史さんの身体見たいですし』
……完全にやってしまった。しかも、プールに行くという返事もしてしまった挙句、妄想の一部が雅史に伝わってしまった。これはこれで、引かれるのではないだろうか。
そう思ってると携帯が鳴る。
『僕の身体? 全然もやしだよ。で、でも、僕もちょっと美樹さんの水着見たいかな』
素直でオッケーよ! 私はいつでも準備オッケー! なんなら今から――――っと、今日は雅史からの返信がいつもよりも早い為、機嫌が良いよ、私。
それならそうと、早速水着を買いに行かなければならない。
時刻は十九時。駅のショッピングモールならばまだ開いている。私は颯爽と制服から私服に着替え、姉の部屋へと訪れる。
「お姉さんッ!」
「え!? 美樹たん!? ノックもないからビックリしたー!」
姉はパソコンに向かってヘッドホンをしていた。どうやらお仕事の邪魔をしてしまったようだ。しかし、こっちも急なので、そこは仕方がない。
目をパチクリさせた姉に、頭を下げる。
「私の水着選びを手伝ってくださいっ!」
「え!? 水着? 明日麗ちゃんとプールにでも行くの?」
何故麗の名前が出てきたのか若干の謎ではあるけど、彼氏と行くなんて言ったら、断られるに決まってるから、このまま話を進めようと思う。
「はい、そうです!」
「…………へぇ。美樹たんも嘘を吐くようになったね。誰に見せるんだか知らないけど、水着選んでほしいんだ~~へぇ」
「……目つきが怖いんですけど」
姉は口端を吊り上げながら笑う。けれど、全く笑ってない瞳が、私の視線を奪う。今の姉の笑顔は完全にドラマの悪役のそれである。
しかし、何だかんだといつも世話してくれる姉は許可してくれる筈だ。
「断る」
そんな事はなかった。
「ちょっと待ってくださいッ! いつも私をサポートしてくれたのに、何でダメなんですか!?」
「そりゃあ、嘘吐くからでしょ。正直な事言ってみ? そしたら、付き合ってもいいよ」
「う……」
家族の母や父には正直に彼氏がいると言ったけど、色々とうるさい姉には彼氏がいるとはハッキリ言ってない。だけど、ここまで来て引き下がるわけにはいかない。私のセンスじゃあ、正直良い水着を選べるか分からない。
意を決して私は深呼吸する。
「わ、私は……か、か、か……」
「か、か、か?」
「か、彼氏と、プールに行くんですっ!」
完全に羞恥プレイだと思った。姉は私にもドSプレイを要求してくるとは、結構進化してきた。
私の顔の温度が上昇するのが分かった。しかし、姉は悪魔のように微笑み、頬づえをつく。
「そうなんだ~へぇ。でも、買い物に付き合うとは言ってないから」
「そ、そんな…………」
綾子を下僕にした姉。確かに彼女ほどのドSっぷりならば、綾子を落とす事も無理ではなさそうだ。鷹詩と相性良さそうである。
だが、ここまでさせて、水着選びに付き合わないとは言わせない。私は最後の切り札を投入する事にした。
「はぁ……じゃあもういいです」
「はいはい。プールは諦め――――」
「折角お姉さんに最初に水着姿を見せようと思ったのに……」
私は姉の部屋を出ようとして、チラっと姉の様子を伺う。すると、何かと戦ってるのか、頬づえをついていた腕は、震え、表情は険しかった。
そして、姉は立ち上がる。
「今から、行こうじゃないか美樹たん!」
「うふふ。話を分かってくれて助かります」
姉は私の水着姿を見せるという条件で、ショッピングモールに連れて行ってくれる事になった。
◆
駅は明日が休日だからか、平日の疲れを癒す為にサラリーマン達がストレスの吐き溜め場という名の居酒屋を探して歩く。そんな街を愛車のベンツSL63AMGで
あたし達は駆け抜ける。この時間でも暑い為、地球環境に貢献して、あたしはSLの天井を開ける。すると、街並みを歩いていたサラリーマン達は、手が届く事のないこの車に乗っているあたし達を見て、羨ましそうな瞳を向けてくる。
それを駐車場に停め、あたし達は夜の駅前を歩く。
「マジかよ……」
「お前、声掛けてこいよ」
「無理に決まってるじゃないですか!」
「姉妹なのかな? 綺麗で羨ましいわ」
街中の視線をスポットライトのように浴びる、あたし達。それは当然である。もちろんあたしも綺麗だとよく言われて、大学ではミス東京とまで呼ばれてる。しかし、そんなあたしの隣の方が美しい。それはもうあたしが犬のようにぺろぺろしたいくらい。
彼女の名前は美樹。あたしの最愛の妹でもあり、あたしの片想いの相手だ。
そんな美樹は最近では、周りの視線を浴びる事に慣れたのか、凛としていた。
「で、お姉さん。どこに行きますか?」
「うーんとね、ここにとりあえず入ろうか!」
「はい」
入ったお店の名前はトロピカルビーチという水着を扱っている場所で、そこで美樹の水着を選ぶ事にした。
入って出迎えてくれたのは、ギャルっぽいお姉さんで、当然あたしや美樹に劣る女性だ。あたしと美樹を視界に入れると、とても驚いた顔をする。そんな彼女に、あたしは話しかける。
「この娘の水着を買いに来たんですけど、新作とかありますか?」
「あ、はい。こちらの花柄なんてどうでしょうか?」
そう言われて渡されたのは、ピンクの花びらが白生地に咲いてるビキニタイプの水着だった。しかし、美樹には些か似合わないような気もする。あたしは店員にそれを突き返す。
「これはちょっとキャラじゃなくない?」
「じゃあこれなんかは……」
そう繰り返されて、あたしが厳選した水着が二着になった。それを美樹に渡す。
「じゃあ、これ着てみて!」
「あ、はい」
そう言って美樹は試着室に入る。中で、美樹が洋服を脱ぐ音が聞こえ、若干興奮するけど、ここには店員さんもいるので、我慢しておこうと思う。
そして出てきたのは、シンプルな黒ベースのビキニを着用した美樹。美し過ぎて、鼻血が出そうである。
「お姉さん? どうでしょうか」
「う、う……ん、最高」
「じゃあ次着てみますね!」
「頼む……」
いや、もう鼻血出てた。あたしは鼻をティッシュで摘みながら、美樹が着替えるのを待つ。こうしていると、初めて美樹と買い物をしに来た事を思い出す。あのときは可愛かった。周りの視線に耐えられず、美樹は自ら寄りそってきたのだ。その光景を思い出すと、成長したなと実感する。
だが、この水着姿を岸本 雅史に見せるのかと思うと、イライラしてしょうがなくなってきた。
しかし、再びシャッターはめくられ、あたしの鼻血の量が増す。
「ぐふぅ!」
「お姉さん!? 大丈夫ですか!?」
「う、うん……そ、それが一番良いよッ!」
次の方が美樹には似合っていた。白のレースビキニで、腰周りにスカーフのような半透明な白色の物を巻いている。不思議と目を凝らすと天使のように見えてきた。
や、やばいねっ! ノー水着ノーライフッ!
それをレジまで持っていって、購入を済ませる。紙袋を大事そうに抱えて嬉しそうな美樹を見てると、心が痛むのを感じた。
「お姉さん。今日はありがとうございます」
「ううん。別に平気だよ」
「いつもお姉さんには感謝してるんですよ? だから、今度御礼に何か好きな物作ってあげますね!」
「うん! ありがとう!」
美樹の笑顔は眩しかった。そんな彼女の笑顔を壊したくないけど、あたしは壊す事になる。例え、百パーセントの彼女の笑顔が見られなくても、少しでも笑って欲しくて、彼女を甘やかしてしまう。
――――あたしはね、美樹たん。あなたにキスしてもらえれば、それだけで幸せなんだよ? だから、他の男になんて目映りしないでよ……。
心の中で呟く。
帰り道、あたしは麗ちゃんに向けて、メールを作成する。
『明日、美樹たんがプールでデートをするよ! だから、第一回美樹たんを別れさせよう計画を実行するよ!』
と打つ。すると、返事は早く。
『了解しました。御姉様』
と着た。あたしは後で美樹が無意識にスキップしてるのを見て、心がざわついた。




