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俺が私になったりなんてしないっ!

「私、真なる女になります」


 私は実家の食事の場で、凛とした態度で片手を握り締めて断言する。何故、こんな事を言うのか。それはずっと男として考えていたけど、これからはもう女として生きる事に決めたので、もう男だったという過去を捨てようと思ったのだ。もちろん、幹が死んだなどとまでは言わないけど、雅史と付き合った以上、もう男としての自分は捨てた方が良いと決心した。

 そんな私の決心を耳に入れた家族達。母の未麗は箸で今日のおかずをつついてる最中だったが、手を止めて俺に微笑んだ。


「そう。それは良い事ね。私は賛成よ? もう美樹は立派な女の子だけどね」

「それは見た目だけです。今日からは本当の女の子になるのですっ!」

「何でそういう心境になったのかしら? もしかして、良い事でもあったの?」

「え、えーっと。それはまぁ何と言うか……はい」

「ふふ。じゃあこれからの美樹を応援しなきゃね!」

「ありがとうございます! お母さん!」


 母は口元に手を当てて笑っていた。その微笑みは心の底から本当に喜んでいるようだった。以前、母は私が恋をしてると知った時、それはもう喜んでくれた。多分、今回私が真なる女になるという発言をしたのも、色々察してくれたのだろう。これからは、母の手伝いも積極的にしたほうがいいだろう。

 父の道夫はビールを片手に新聞を眺めていた。母の私への返事を終えると、父は全ての動作を終了させて、こちらに向けて珍しく緩んだ微笑みをくれた。


「美樹は元から立派な娘だよ。お母さんも言ってた通り、申し分ない。お父さんの娘とは勿体ないくらいだよ」

「そんな褒められると照れちゃいますよ」

「これはお世辞でもなんでもないぞ? 本当に美樹は綺麗だからね。昔のお母さんそっくりだよ」

「あらやだお父さん。今夜は激しくなりそうね!」


 父と母はお互いに頬を赤く染めていた。父はお酒のせいかもしれないけど、母もまんざらではなさそうだ。これは早めに寝たほうが良いかもしれない。二人は仲良く笑いあっていた。

 それよりも昔の母に似てるというのは本当なのだろうか。父も苦労したんだろうなと思う。正直な話、私が好きと言っておいてなんだけど、雅史はそうとうなプレッシャーを受けそうだ。私は慣れてるからいいけど、雅史は美人な彼女を持った事なさそうだったし。いや、それ以前に私が初めての彼女って言ってた気がする。お互い初めて同士……。照れちゃいますね。

 そんな中、兄の満と姉の美鈴は同時に箸を落とした。二人の顔は茫然という表現がピッタリと当てはまる。口をポカーンと開けて、ルパン三世に逃げられた銭形刑事みたいだ。


「ちょ、ちょっと待ってよ美樹たん! ま、ままま、まさかとは思うけどさ、だ、誰かとつつつつっつ付き合ったの!?」

「そ、そんな事言われても……お姉さんにだってそれくらいあるんじゃないんですか?」

「ないわよ! って、まさか美樹たんほ、本当に……? え、う、嘘だよね?」

「それは御想像にお任せします」

「ちょっと待ってよ、な、なんであたしじゃなくて、他の人なの?」

「まだ何も言ってませんよお姉さん」

「違う違う違う! 美樹たんがそんな……他の女となんて……嫌ッ!」

「……何で女何ですか……」


 姉は頭を抱えて左右に激しく振う。それこそ、完全にV系アーティストのライブみらいなヘッドバンキングだ。激しく頭を振る様はさすが姉。キレが半端ない。その姉を見て、母と父は苦笑いをしていた。

 ヘッドバンキングを止めた姉は、私の背後に回り込み、抱擁をする。そして、囁くように耳元で告げる。


「……ねぇ美樹たん……まさかさ……男となんて付き合ってないよね……?」

「……御想像にお任せします」

「…………」


 背後からの抱擁を解いた姉はスッと立ち上がり、母と父に笑顔を向ける。


「ごちそうさまでしたお母さん」

「そう? 美樹に変な事できなくなって大変ね。美鈴」

「そんな事ないよ? 美樹たんはいつだってあたしの妻だって決まってるんだから。それに、他の男と付き合って、万が一キスなんてしていようものなら、それは美樹たんじゃなくて美樹たんの形をした悪魔だからね! そんな悪魔は――――あたしが殺すから」


 極寒の地にいるかのような寒気を感じる。それは姉から放たれた物で、非常に冷たい視線だった。本当に本気で私を殺しにくるんじゃないかという不安が沸き起こる。そんな姉を見た母も父も同じように寒気を感じたらしく、しばらく固まっていた。

 しかし、姉はいつも通りの笑顔を作る。


「なーんて冗談だよっ! 美樹たんが二人いたら、あたしにとってはかなり幸せな状況だからね! そんな贅沢な事はしないよ~!」

「そ、そうですよね! お姉さんはいつだって私の大切な世界で一人だけのお姉さんですもんね!」


 姉は人差し指を左右に振った。


「ちっちっち。美樹たん違うよ! あたしは美樹たんの世界で一人だけ妻だよ!」

「どっちも妻なんですね……」

「そうだよ! 美樹たんと結婚するのはあたしだからね!」


 笑顔でそう告げる姉。周り(満を除く)は未だに現実に戻ってこれていないようだった。そんな姉は、笑顔を皆に向けた後、もう一度俺の耳元まで口を近づける。それから甘く吐かれた息が耳に掛かり、ちょっとした快楽が私を襲う。その息に乗せるように、姉は再び囁いた。


「……後であたしの部屋に来なさい」

「……はい」


 それだけ告げて、姉は顔を上げた。


「それじゃあごちそうさま~!」


 手を振って自分の部屋へと戻る姉。これはもう完全にヤンデレ以外の何者でもない。母と父はようやく我に返り、姉の後姿を見送る。二人とも顔に「まさか美鈴がそこまで本気だったとは……」と書かれている。なんとも分かりやすい親たちである。それが良い所でもある。

 ずっと沈黙を保っていた兄の満が、席を立ち上がる。


「美樹たん。誰かと付き合ったの?」

「……御想像にお任せします」

「本当に?」

「はい」

「嘘はない?」

「はい」

「俺の妹の美樹たんだよね?」

「はい」

「……ごちそうさま」


 兄は死んだ魚のような目で、母と父に告げる。私を見て泣きそうになる兄。これはこれで、感動してくれてるのだろうか。それともショックなのだろうか。完全に後者だとは思うけど、前者だったら嬉しかった。

 それから兄は部屋に戻る。しばらく経ってから、大泣きしている兄の声が聞こえた。何でか嗚咽まで聞こえる。情けない兄ではあるけど、イケメンなのだから、ちゃんとした彼女を作って欲しいと思う妹でした。

 

「じゃあ、美樹。お風呂に先入っていいわよ」

「はい。お言葉に甘えさせていただきます」

 

 それから私はお風呂に入った。入念に顔をチェックする。最近勉強と雅史の事ばっかりが頭に渦巻いていたので、ケアを疎かにし過ぎたかもしれない。

 そんなチェックをしていると今日の雅史の事を思い出した。


 雅史とキスを交わして、その後。雅史はそのまま私の身体を抱きしめて、ベットへと押し倒した。このまま大人の階段を昇るのかなと思った。それでも全然構わないし、むしろ雅史と一緒になりたいとも思えた。けれど、現実はそう上手くいかなかった。


「谷中ー岸本ー先生の先を越すなよー」


 そこに現れたのは綾子だった。笑顔で私と雅史を見つめてきた。結局その後恥ずかしくなってしまった。それからはすぐに帰路に着いて、色々と話した。雅史が私の中身を好きになってくれた事。瑠花への告白を断った事。友達ごっこは終わりにしようと言った本当の意味も。友達ごっこに関しては、どうやらステップアップしようとしていたらしい。友達としてじゃなく恋人に。その為に一度友達という関係に終止符を打ったようだ。

 それを知らなかった私は、怒った。けれど、雅史は最後に笑って「鈍くてゴメンネ」と謝ってくれたから許したのだ。

 家まで送ってくれた雅史と、家に入る前にもう一度キスをした。


 今日は確かに良い日だった。途中までは瑠花に先を越されたと思ってショックだった。けど、今はちゃんと恋人なので、文句なんてない。むしろ大満足だ。

 雅史とのキスの場面を思い出しながらお風呂に入る。いずれ雅史に触られるであろう身体を隅々まで綺麗にする。雅史は私の身体を見てなんていうのだろうか……。なんてエロエロな事を考えて、風呂を出た。

 

 そして、私はベルリンの壁のように立ちはだかる姉の部屋の前にいる。

 恐らく、これから質問攻めに遭うのだろうが、それは覚悟の上だ。さすがに殺されたりはしないだろうけど、警戒を重ねる必要はあるだろう。一応携帯は握り締めている。

 ドアを二回ノックする。


「どうぞ!」

「失礼します」


 私は姉の部屋へと恐る恐る入る。すると、そこはいつもと変わらぬ姉の部屋だった。それこそ、前のように裸というわけでもない。今は仕事をしていたのか、四枚ある液晶モニターに向かってひたすらキーボードで文字を打ち込んでいた。

 眼鏡をかけた姉はそれを外し、休憩と言わんばかりに、私を見つめる。


「お風呂に入ってたんだ。それはあたしとエッチする覚悟ができたって事かな?」

「そういうわけじゃないです」

「そう。で美樹たん、彼氏ができたんでしょ?」


 さっきは誤魔化したけど、今回はもう言い逃れは出来ない。私は首を縦に頷かせた。それを見た姉は予想通りねと顔に書かれていた。そんな姉は再びディスプレイに視線を移す。


「あのー……お姉さん?」

「ん、美樹たんに彼氏ができたのは分かった。で、それは誰なの?」

「……個人情報ですので教える事はできません」

「ふーん。あたしに隠し事が通るとでも思ってるの? 美樹たんは知らないと思うけど、美樹たんが帰ってくる度に美樹たんのスマホは無線通信状態に入るんだよ」

「……それがどうかしたんですか」

「つまりは、この家族全員の情報はあたしが握ってるの。全ての端末のホストユーザーはあたし。つまり美樹たんの彼氏を探るのなんて朝飯前なわけよ」

「…………」

「でも、なるべくそんな事はしたくないの。だから、美樹たん。美樹たんの口から言って?」


 姉は怪しく微笑む。言っている事が真実かどうなのかを知る術を持たない私は、考える。確かにそれができそうではあるけど、それ以前にそんな事を知っているのなら、私に彼氏の名前なんて聞いてこないだろう。

 私は溜息を吐いて、姉の瞳を半目で見る。


「……それが出来るのなら、私の口から言わせる必要はないですよね」

「ま、そうだよね。ハッタリも美樹たんには効かないか」


 そんな時、私のスマホからバイブレーションと音が放たれる。その音は雅史専用の物だ。姉はそれを聞いて微笑む。


「そう。やっぱり美樹たんは岸本君と付き合ったんだね」

「え、な、何で分かったんですか!?」

「前に美樹たんのスマホが鳴ったときに表示されてた名前が岸本君だったからね。覚えてるよ。美樹たんは皆を音で分けてるみたいだけど、それが仇になったね。それに美樹たんは今の音がしたら嬉しそうだったから、もう確信的だよね」

「…………」

「さっきの殺すって言ったのは冗談だけど、あたしは美樹たん。あなたを手に入れる為なら、何だってする。覚悟しておいてね」


 姉は宣言し、再びディスプレイに瞳を移した。


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