突然のお泊りなんてしないっ!
「母親はこの世には、もういないんだ」
麗の呟きが、頭の中で木霊する。
母親がいない。
亡くなってしまったのだろうか。
それで閉鎖的な性格になって、今に至るのか?
「あの……辛いのであれば、私が話相手になりますよ?」
俺は誠心誠意、真心を込めて麗に囁いた。
ここまで素で、相手に好意を現した事はない。
いつもはまぁ……性格悪いって言われてもしょうがない。
麗の瞳は潤んでいる。
そのまま、俺に抱きついた。
「美樹……」
「はい」
麗は俺の豊満な胸に顔を埋めながら、呟いた。
「……私の話を聞いてくれるか?」
「もちろんですよ。他でもない友人である黒樹さんの為ならば」
「美樹……」
麗は震えた声で、俺を抱きしめた。
それから、麗は隣に座って語り始めた。
ここからは、俺の脳内解釈でお話を進めます。
麗は、俺と友達になるまで友達がいなかったそうだ。
それにも理由があるみたいで、小学校の頃に友達だと思っていた人から虐めを受け、人が信じられなくなっていったらしい。
そんなときに優しかった母は、学校側に抗議をしに行ったらしい。その結果、麗は転校した。
だが、それでも次々と麗は虐めにあっていた。
その事を心に隠しながらも、麗は家庭で過ごす時間が多くなっていたそうだ。
母は気付いてないと思ったある日、母は麗が知らない内に学校に来て学校側と揉めているのを偶然目にした。結果は芳しくはなかった。
それから、母の真の愛に気づき、母にだけ甘えるようになっていった。
もともと一人っ子だった麗は心も母にだけは全開にしたようだ。
それから数年。今だに友達を作らなかった麗。
自分の世界に母だけがいればいいと思っていた。
そんなときに起こった事件だった。
買い物に出かけた麗と母は帰りに、通り魔に出くわし母が刺されてしまった。
時間的にはまだ人の往来が激しかったのが救いだと、当時の麗は思っていた。
だが、周りにいたのは化粧を厚塗りした高校生や、カップル。
その誰もが、母を助けようとはせずに「やばくな~い」やら「マジ関わらねぇほうがいんじゃね?」などと言って、麗の母を見捨てたらしい。
結局、途中通りがかった女性OLに助けてもらったのだが、麗の母の命は間に合わなかった。
それ以来、麗はビッチを嫌うようになった。
「それが、私の母とビッチ――醜い女嫌いの原因だ」
いつの間にか、麗は泣き止んでいた。
俺に向かって、微笑む麗。
それだけビッチが嫌いなのに、何故俺はいいんだと思ってしまって仕方がない。
「あの……疑問なんですが、それだけ人を嫌悪していた黒樹さんが、何故私を友達だと認めてくれたんですか?」
麗は俺の言葉を聞いて、キョトンとした。
顎に人差し指を当てて考えている。
そして、照れ隠しなのか、肩を上下させながら口を開いた。
「そ、その……わ、私の持ってる百合ゲーに似てたから……」
おいっ!!
お前もそこら辺の男子と変わらないじゃねーか!!
照れるな!
ってもしかして……麗ってレズなの??
「そうなんですか。それなら良かった。私も黒樹さんの事好きですからね」
俺は内心のツッコミを全力で抑え、麗に微笑んだ。
麗の顔は煙を上げ、顔は林檎のように赤くなる。効果音でぷすぷす~と鳴りそうで怖い。
「み、美樹の事、わ、私も好きだぞ!!」
麗は俺をまた抱きしめてきた。
いやーん。あたしの貞操奪われちゃう~。
しかし、目的を忘れてないか? 俺はゲームをしに来たんだが。
いつの間にか、麗のお母さんの話になっていたな。
「ふふふ。黒樹さんは可愛いですね」
「美樹に言われるとは恐縮だ」
そう言いながら、麗は俺から離れた。
顔の赤味は取れて、スッキリとした表情だった。
「あ、そう言えば私とした事が、客人なのに飲み物を出すのを忘れていた!」
「いいんですよ。御気になさらなくても」
「そういうわけにもいかないっ! わ、私にとって初めての、心を許せる友人だからな!」
「ふふ。ありがとうございます」
麗はキッチンに入って、お湯を沸かして紅茶を淹れてくれた。
トレイに紅茶の入った白いカップを二つ乗せて、ガラスのテーブルに置いた。
か、香りが良過ぎる!! 一体何の茶葉だっつーの!!
「ど、どうぞ。いつも私しか飲まないから、どういうのが美味しいのか知らないが飲んでくれ」
俺はカップを持ち、口元に近づける。
そのまま、熱々の紅茶を啜る。
ああ。優雅だ。煎れたての紅茶って美味しいよね~。
「凄く美味しいですわ。ありがとうございます」
俺は首を傾げながら、麗に微笑んだ。
麗は髪の毛を弄って照れてるみたいだ。
「な、なんというか、美樹は紅茶を飲む姿が様になってるな」
褒めてくれているのだろうか。
それは俺が紅茶を飲む高貴な人間だと? 嬉しいね。
まぁ美少女だから良く言われるけどね。
それから麗も、自分で淹れた紅茶を飲む。
しばらく、無言の時間が続いたが紅茶を嗜む者としては悪くない。
やがて、俺と麗の両方の紅茶が無くなると麗が立ちあがった。
「さて、そろそろやろうか!」
一瞬何をするのって思った。
麗の母親と紅茶のせいですっかり忘れていたが、今日はゲームをしに来たんだった。
俺はカップを持ちながら立ちあがった。
「黒樹さん。ごちそうさまでした」
「全然いいよ。台所に置くから、くれないか?」
「はい。ありがとうございます」
麗は俺からカップを受け取り、シンクの中に置いた。
シンクには俺のカップだけで、麗のカップは無かった。
俺は麗の後に続き、『趣味部屋』へと辿り着く。
正直どんなものかと構えている自分がいる。
麗は九割五分百合物好きな女子だ。
まさか、俺が襲われるなんて事は……ないと思いたい。
部屋に入ると、まず目に入ったのはアニメ『常夏のイケメンパーティ』のポスターだった。
このアニメは、腐女子向けに放送されていたアニメで、一部の腐女子からは熱狂的な声援を受けている。
主人公は冴えない三つ網の女の子。突然、海の家でアルバイトする事になるのだが、そこにイケメン七人が働いてて仲良くなるというストーリー。
まぁ俺はメインヒロイン(?)の男が一番カッコいいと思っている。
俺がこんな事を知っているのは、またも姉だ。
女子力には、女子のなんでもを知らなければいけないらしく、俺は腐女子物から百合物まで全てのジャンルを見させられた。
まぁ、面白いと思える物も少しはあった気がする。
閑話休題。
麗の趣味部屋は相当マニアックな物だ。メジャーな腐物からマイナーな百合まで壁一面だ。
残念な事と言えば、俺は全部知っているという事だ。
「わ、私はこういうのが好きなんだ! ひ、引いたか……?」
麗は上目使いだ。きっとこれは故意ではない。
俺が離れていってしまうのが怖いだけなのだろう。
そういう心配をする辺り、麗は可愛い。
「いいえ。私は『五人の女騎士』も『私の姉がこんなに綺麗なわけがない』も『常夏のイケメンパーティ』も好きですよ」
一部ポスターの題名を口にすると、麗の表情が明るくなる。
そんなに嬉しいのか。池袋のアニメ○トに行けば沢山仲間いるぞ。
「ほ、本当か! 私は『五騎士』も『私姉』も『常イケ』も見てるネット仲間なんていなかったんだ! まさか美樹が全部知ってるとは……神か!?」
いいえ。美少女という名の女神です。
麗が饒舌になる。アニメ名を省略して言う辺り、アニメ感染レベル高め。
結論。黒樹 麗はオタクである。
まぁ、だからと言って俺が引くわけがないんだけどね。
毎日、キング・オブ・アキバの兄と全ての女子力の塊である姉に囲まれてれば、必然的にこれくらい普通に感じてしまう。
それから、俺と麗はアニメの話で大盛り上がり。
麗は話す相手がいなかったからと、ネットでチャットをしていた事もあったそうだ。ただ、麗が好きなアニメを、全て見ている人はいなかったらしい。
中でもアニメを叩く奴には、荒らした上で、リアル割れをして宅配便で虫を送ってやった事もあるらしい。
麗の嫌がらせ半端ない!!
「……っともうこんな時間か」
麗が話を中断させて、携帯を見る。
俺も携帯を見ると時刻は午後七時を回っていた。
中学生の頃は門限などなかった。だが、今は美少女な俺は門限が八時と早めに設定されてしまった。
これは早く帰らなければ!
「では、私はそろそろ失礼しますね」
そう言って立ち上がると、麗が俺の華奢な手首を掴んだ。
麗の顔を見ると、勇気を振り絞ってるかのように見える。
何か言いたいのか?
「きょ、今日は泊っていかないか……? 美樹が良ければでいいんだけど……」
手を前で組み、肩を上下させる麗。
泊って欲しいって言われても……明日は学校だしな~。
下着新の代えなんてないし、パジャマもない。
「では連絡してきますね」
俺は家に電話をかける為、玄関に向かった。
麗は俺の紅茶のカップを片付けているようだ。
「もしもし」
「もしもし~美鈴だよ?」
「姉貴か? 今日、友達の家に泊まる事になりそうなんだけどいいか?」
俺が小声で内容を告げると、姉の声が聞こえなくなった。
一体何だ?
「あー美樹たん? 異性との交際は社会人になってからとお母さんが言ってるけど」
「異性との交際? 何言ってんだ。同性の家に決まってるだろうが」
すると、電話越しに姉ではなく父の声が聞こえてきた。
「美樹! 女同士なんて父さんは認めんぞ!」
俺は父の怒声に驚いて、携帯を離しそうになった。
親父がここまで言うって珍しいな。酒でも飲んで、酔っぱらってるのか?
「大丈夫だっつの。親父にうるさいって言っとけ」
「うんわかったー! お母さんは良いよだって!」
「おう。で頼みなんだが……」
「ふんふん。どうせ下着持ってきてくれとかでしょ? いいよー」
何で分かる。姉はエスパーにでも転職したのだろうか。
つか、親父が母に謝ってる声が聞こえる。
きっと、うるさいって怒られてるんだろう。
「で、美樹たんってDカップだっけ?」
「誠に残念ながらEでございますお姉さん」
「……巨乳の妹……ぐへへへ」
「さっさと持って来てくれよ! じゃあな!」
俺は電話を切った。
とりあえず、外泊許可は下りた。
下着は姉に持ってきてもらう事にしたし。充分だろう。
俺はキッチンに戻って、麗に顔を見せる。
「黒樹さん。とりあえず、許可が下りましたよ」
「本当か! 良かった~。なんだか美樹が怒ってたような声を出していたから気になったんだ」
すいません。それ多分俺の素の声です……。
今度からは電話も、美樹状態でかけなければいけないなと思った。
「じゃあ、お風呂入ろうか」
「まさか一緒にですか?」
麗は笑顔で縦に頷いた。