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俺が、あたしが、僕が、恋なんてしないっ!

 ハンカチを落とし、はっと我に返る。この重い扉の向こうで、雅史の幼馴染の瑠花は幼馴染という関係に終止符を打つ。その声音は真剣で、すぐに俺が出て行く空気ではない事に気付く。扉はまるで、俺の行く手――いや、俺の初恋を終わらせるかのように聳える。

 今すぐに逃げたい欲求に晒されている筈なのに、俺の美しい四肢達は扉の向こう側へと進もうとする。いくら気持ちで制御をかけようとしても、俺の中の潜在意識が雅史は告白に関して、どのような答えを出すのか気になっていた。

 だが、潜在意識とは別に顕在意識の方でも、俺の心は騒ついていた。先刻雅史の口から放たれた言葉。それが胸に鋭利な矛となって心臓を穿っているかのような痛さを刻み始める。

 俺は痛みを止める為に、前屈みになって心臓の鼓動を少しでも和らげようとした。だが、そのとき頭を重く聳える屋上への扉にぶつけてきまった。一際鈍い音が響く。


「誰かいるの?」


 ドジを踏んでしまった為、雅史にバレてしまった。通常ならば、こういう場面を見られれば気性が荒くなるのに、雅史の声は優しかった。その優しさに甘えて、俺は扉をゆっくり開ける。重い扉を開ける時間が、永遠のように感じた。

 露わになった俺の姿を見る雅史は、優しく微笑んでいた。友達ごっこは終わりにしようと言っていた雅史。それが、なんで友達でもなんでもなくなった俺に、そんなに暖かい顔を向けられるのか、理解できなかった。そんな雅史の顔を見ると、心臓が止まってしまいそうな程、ドクンっと高鳴った。

 俺は雅史にあげた筈のハンカチを胸元でギュッと、ぬいぐるみのように抱き締める。瞳が潤んでいるのが自分でも分かった。こんな顔を瑠花にも、もちろん雅史にも見せたくなかった俺は顔を俯かせた。


「……谷中さんか……」

「……ごめんなさい。覗くつもりはなかったんです。でも、ハンカチが落ちてたので返そうと思って……」


 ハンカチを強く抱き締め過ぎて、しわくちゃだ。それを目に入れた雅史は苦笑いしながら、後髪を弄った。もしかしたら、俺は人として最低な事をしてるのかもしれない。だけど、それは俺が雅史を好きな気持ちの裏返しなのだ。そこに早く気付いて欲しかった。

 だが、今は瑠花が告白したのだ。不意打ちとは言え、瑠花に罪の意識はない。今の表情を見れば一目瞭然だ。

 雅史は苦笑いをやめ、凄く真面目な顔になった。それは決意を固めた男の顔つき。そんな雅史を俺は見ていられなかった。だって、それは俺に向けられたものではなく、瑠花に向けられたものだったからだ。雅史は俺に背中を向けながら言った。


「谷中さん。良かったらここにいてくれるかな?」

「……はい」

「……ごめんね、谷中さん」


 俺の胸がプレス機で圧力をかけられたかのような痛みを発生させる。俺は、美樹になって初めての敗北を予期した。いや、この言い方は良くない。人生初の失恋か。

 雅史の大きな背中が遠くに見えた。


「瑠花……君の気持ちは、しかと受け取った。病弱な僕をいつも影から見つめててくれて、遊びたい時期なのに、いつも僕の事を第一優先してくれてさ。本当に嬉しかったよ」

「雅史……」


 雅史と瑠花は二人の世界に入る。そんな世界見たくないし、壊したくもなる。自分の好きな人が別の子の告白に答える。これだけの生殺しはない。これが、きっと超絶美人になって調子に乗った俺への罰なのかもしれない。それがこんな形で返って来ただけだ。


「……幼稚園からの付き合いだから、今まで恥ずかしくて言えなかったけど、ありがとう」

「そ、そんな事当たり前に決まってるでしょ! あたしは雅史のたった一人の幼馴染なんだから!」

「うん、そうだね! 瑠花……これからも、君には世話になるかもしれないね」

「じゃ、じゃあ、雅史、あたしと……?」


 俺の心臓は限界だった。もうオーバーヒートして、使い物になんてならない。二人が付き合う。その事実を俺の目は耳は脚は腕は、全てを否定している。わがままかもしれないけど、そんなの絶対に嫌だと悲鳴を上げていた。これ以上二人を見ることは叶わず、熱気にやられた俺は視界が歪みだし、意識を飛ばした。




 ◆




 谷中美樹は倒れた。それは雅史よりも、あたしの方が早く気付いたと思う。けれど、雅史は倒れた音がした瞬間、今までに見せたことのない速度で、彼女に駆けつけた。


「谷中さんッ!」


 雅史はすぐに駆けつけ、彼女の意識を取り戻そうと肩を叩く。その表情は誰に真似できない程険しかった。誰にでも優しい雅史。雅史は倒れた彼女を軽々とお姫様抱っこする。


「雅史……」

「ごめん瑠花。谷中さんを保健室まで運ぶから」


 雅史は顔色を変えて、屋内に走って戻ろうとする。雅史がそんな無理をしてしまえば、あたしの胸が痛くなる。その痛みは嫉妬も混じっているが、それ以前にとある事の心配をしてしまう。

 走って屋内に戻ろうとする雅史の前に立ち、屋内へと続く扉の前で両手を水平に伸ばす。答えを聞かずして、別の女の子を保健室に連れて行こうとする雅史を立ち止まらせた。


「待って! 雅史、ちゃんと答えを聞かせて!」

「瑠花……」


 走る足を止めた雅史は、あたしを細めで見つめる。この先、雅史が通るのを許したら、また、あたしの気持ちが流れてしまいそうで嫌だった。

 雅史は谷中美樹を抱えたまま、低い声で口を開く。


「そこをどいてッ!」

「嫌ッ! 雅史はすぐにそうやって、いつもあたしの告白から逃げてるでしょ! 小学校三年生のときも中学二年生のときも! 今日という今日はちゃんと聞かせて!」


 あたしは、いつも全力で全開で雅史にアタックしてきた。なのに、いつも逃げる雅史を今日こそは逃がしたくなかった。そんな気持ちを知ってか知らずか。雅史はあたしを強く睨む。


「そこを退かないのなら、幼馴染の縁を切るよ!」

「それでもいい! 雅史の本当の返事を聞かせてよッ!」


 いつの間にか、あたしの瞳から涙が零れた。それを視界に収めた雅史は、喉を詰まらせる。優しい雅史は、泣いてる子を放って置けない。もちろん、嘘泣きではないけど、それでも使える物全てを駆使してでも、雅史の本当の心の声を聞きたかった。


「ねぇ、あたしの事どう思ってるの?」

「…………」


 瞳を俯かせ、口を固く閉じる雅史。こんなやり方しか出来ないあたしは卑怯だ。そんなの百も承知だ。だけど、もう逃げて欲しくない。

 あたしは雅史に近づき、谷中美樹を支える雅史の頬に優しく手を添える。


「好きなんでしょ?」

「…………うん。僕は瑠花が好きだよ。ずっと前から」

「だったら……」

「でもね――――――――――――――――――――」


 あたしは雅史の言葉を聞いて、心臓が止まったかと思った。目が勝手に見開く。そこから溢れる涙達。あたしは立ってるのが不可能になって膝から落ちた。

雅史は、そんなあたしに目をくれる事もなく、屋内へ続く扉に手をかけた。そして、一言だけ雅史は言葉をくれた。


「……好きだよ。瑠花。これまでも、これからも」

「…………」

「ありがとう」


 再び走り出す雅史。その姿を見る事も出来ず、あたしは、しばらく屋上で金縛りにでもあったかのように動くことも不可能だった。




 ◆




 保健室。今は先生も不在のようで、僕と美樹さんの二人きりだった。彼女に冷やしたタオルを額に押し当てる。汗をかいてる彼女には効果抜群のようで、タオルを乗っけると表情が柔らいだ。

 だけど、彼女が心配な僕は、保健室で見てる事にした。

 苦しそうに呼吸する美樹さんの艶やかな唇。スーッとした鼻筋。適度な大きさの瞳。全てが綺麗に整った彼女。最初は僕も見た目だけで、近づいた。けれど、この数週間で全てが変わった。

 楽しそうに食事をする彼女。勉強が苦手だといってひた向きに努力する彼女。友人と戯れる彼女。そして、時には僕でも頼ってくれる彼女。僕の彼女に対する思いはガラッと窓を開けたように劇的に変わった。

 どんな美しい花も、ちゃんと花なんだ。


「ぅうん……」


 彼女は目を覚ます。起き上がる美樹さんは、ここがどこなのか、一瞬だけ理解できていないようだった。そして、僕を視界に入れると、難しい顔をした。


「まさか、雅史さんがここまで運んで来たんですか?」

「うん、そうだよ。いきなり倒れたからビックリしちゃったよ」

「…………すいませんでした。大事な告白だったのに、台無しにしたみたいで」

「ううん、僕の方こそおかしかったよ。谷中さんは悪くないよ」


 美樹さんは申し訳なさそうに、視線を逸らした。きっと彼女の事だから罪悪感でも感じてるのだろう。僕は美樹さんがこれ以上罪悪感に包まれないように、優しく微笑んだ。


「……なんで、友達でもなくなった私にそんな笑顔を向ける事が出来るんですか?」

「それは……」

「……ふった相手に対して、失礼ですよ」


 今にも涙が零れそうな程潤んだ瞳で、僕を見つめる。そんな谷中さんを見てると喉が詰まるのを感じた。

 僕は美樹さんを抱き締めた。


「……ゴメン。僕は、友達でいるのは嫌だったんだ」

「……」


 抱き締められている彼女は何も言わない。

 僕は美樹さんを一旦離し、芸術品と変わらない美しさを放つ手を握る。


「僕は、谷中美樹さん。あなたを異性として、これ以上ないくらいに好きです。大好きです。だから――――」


 肺の中にある酸素という酸素を空っぽにするように、情熱的かつ優しく言葉を発した。


「最初で最後のお願いです。僕と付き合ってください」


 彼女の瞳を真剣に見つめる。

 分かっているはつもりだ。確かに代永先生に言われた通り、届かない人だって。女神と比喩できるくらい美しい。そんなの知っている。

 でも、僕はそこに究極に惹かれたんじゃない。僕は彼女自身に惚れたんだ。

 美樹さんの瞳から流れ星の如く、涙が落ちる。


「……わ、私も、私も雅史さんの事が……」


 僕は生唾を飲み込む。

 そして、彼女は自暴自棄に叫ぶように言った。


「好きですっ! 大好きですっ! 愛してますっ!」


 滝のような涙を流しながら、告げる彼女。そのまま美樹さん――――いや、僕の最初で最後の彼女である美樹は、僕の顔を両手で抑え引き寄せる。


 そして、僕は、僕たちはキスを交わした。

だい③わ。閲覧ありがとうございました。

今回の物語は如何でしたでしょうか? 感想等を頂けると嬉しいです。

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