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重い空気ばかりが続いたりなんてしないっ!

 昼のランチタイムを楽しむ、俺と麗と雅史に新たに瑠花が加わる。図書室で食事をしていた他の生徒たちも、ポニーテールの先輩を見てヒソヒソと噂話をしている。だが、瑠花は気にした様子もなく麗の事を睨みつけている。いや、正確には麗を睨みつけてるのは建て前で、本音は俺を雅史から遠ざけたくて仕方がないのだろう。

 そんな瑠花の本音など知らないフリをして、俺は自分の食事に戻る。


「……なんだ貴様。いきなり人の腕を掴むとは、何様のつもりだ」

「何様って、あたしは一応あなたの先輩なんだけど? それよりも、雅史を叩くの止めてくれる?」


 壊れたピコピコハンマーの柄を握る麗の腕を、瑠花は掴んでいる。それこそ、麗も目線で瑠花に応戦しているようだ。正直、もっとやってしまえと麗を応援したいが、本気で喧嘩になったらアウトなので、もうそろそろ止めた方がいいかもしれない。

 丁度よく空になった弁当箱を机の上に置いて、俺は席を立ち上がる。


「瑠花さん? そろそろ麗の手を離してもらえませんか?」

「あれ? これはこれは学園一の美女と呼ばれるリア嬢王ではありませんか」

「……少し、頭に血が上り過ぎじゃないですか?」

「そう? あたしは別に普通よ。いつも通り。いつも通り、雅史のたった一人の味方なの。邪魔者は消えてもらえるかしら?」


 麗の腕を掴んだままの瑠花は、俺を邪険に睨みつける。その視線の濃度は、麗を見る物よりも濃い。それだけ、俺の事を嫌いっているのだろう。

 だが、俺も負けずに瑠花を睨んで見せた。学園一美少女と呼ばれる俺の睨みを受けても、瑠花は動揺も何もない。

 確実に俺と瑠花の間には火花が散っている。

 そんな俺と瑠花に雅史が入ってきた。


「瑠花ッ! いい加減にしてくれ! 僕は別に黒樹さんに叩かれたからって、どうにかなるわけじゃないんだ。そんな過保護にされても、困る!」


 雅史は俺を睨みつけていた瑠花に大声を上げて叱る。雅史の叱咤を受けた瑠花は、瞳を開き、動揺する。そのまま視線を逸らし、麗の腕を離した。


「……そんな過保護にもなるじゃない……だって、あんたは……」

「今は言わないで瑠花。とにかく、ごめん。瑠花、君は今の僕にとって迷惑でしかないんだ」

「……」

「いつも幼馴染だからって優しくしてくれてるのは嬉しい。けど、僕も男だ。いつまでも瑠花の後に隠れてるわけにはいかないんだ」

「でも、あたしは……」


 俺の前に立つ雅史は、途轍もなく真剣な顔をしてるのだろう。印象とは真逆の大きな背中がそれを伝えてくる。

 ポニーテールの先輩である瑠花は、瞳を潤わせ、胸のあたりで両手を硬く結んでいる。


「あたしは、あんたの身体の事を気遣って!!」

「それ以上、口を開かないで。瑠花、もう僕の前にその姿を現さないでくれ。今ここで、それを言うなら、僕は一生君と口を聞かない」

「…………」


 瑠花は一滴の涙を流し、下唇を噛み締めて図書室の出口へと、とぼとぼと足を進めた。その背中からは悲しみしか伝わらなかった。もちろん、瑠花の事は嫌いだ。雅史の事が好きな幼馴染という邪魔でしかない存在だ。でも、それにしたって、今の雅史は瑠花に対して、北極の吹雪のように冷たかったと思う。

 雅史は溜息を吐いて、俺と麗に苦笑いしてみせた。


「ごめんね、幼馴染が迷惑かけてさ。楽しい食事だったのに空気悪くしたよね?」

「え、いや、まぁ……貴様にも色々と事情があるのだろう。そこに私達が入り込む余地があるわけでもない。な、美樹?」

「……そう、ですね」


 俺達は再び席に着いた。しかし、そこから先は誰も口を開かなかった。予想以上に、瑠花と雅史の喧嘩は重かった。




 ◇




 放課後。いつものように、午後の六時間目終了を伝えるチャイムが鳴り響く。さすがは夏。外の景色は澄み渡る青空を保っている。まだ気温は高いままなのだろう。

 鞄に教科書やノートを詰め込む作業をしていた。頭では別の事が渦を巻いていた。もちろん、昼休みの雅史と瑠花の事だ。二人の会話は少しだけど、見た事がある。けれど、今回程重い空気になるのは初めてだ。

 帰る準備の作業も終え、教室の扉が開く。入ってきたのは担任の綾子だ。いつもジャージ姿の彼女。しかし、いつもと違って今日は頭に鉢巻きがしてある。それをするのは寧ろ俺らの方じゃないかと思う。だって――――


「明日はテストだぞ……」


 綾子がかなりだるそうに口を開く。

 そうテストなのだ。色々と雅史との事で頭がいっぱいだったけど、遂にこの日を迎えるのだ。中学時代、頭が悪かった俺。この日まで、毎日美容と雅史の事と姉の誘惑と、戦いながら勉強もしていた。ここまで勉強に時間を割いたのは、きっと前世ぶりだろう。そもそも前世が人間だったのかすら怪しいけど。

 クラスの生徒たちは、綾子のめんどくさそうな声と共に、盛大な溜息を吐いた。それもその筈で、学生達にとってテストというのは越えねばならない壁でしかない。青春を謳歌する我々からしたら、ベルリンの壁よりも高い気がする。


「……皆ぁ……先生もな、テストはいらないと思うんだよ……だってテスト作るのめんどくさいし、採点めんどくさいし、休めないし、徹夜だし……。ってなわけでさ、今からテスト反対デモ運動でもしないか!?」

 

 明るく拳を固め、高らかに自分の意見をクラスに通す綾子。しかし、クラスメイト達の反応は芳しくない。いや、むしろ全員微妙な顔をしている。


「……そこまでしなくてもいいと思いますけど」

「……テストって言ったって自分らにはテスト休みがありますし……」

「せ、先生も真面目に仕事した方がいいですよ?」


 このクラスは真面目だなと俺は思った。正直な話、綾子とまったく同意見なわけだが、さすがに俺と綾子でデモ運動を起こしても効果などない。

 とはいえ、一生懸命勉強してきたので、自分の本当の学力を確かめたいというのはある。サボり症な綾子は置いておいて、テストで高得点を貰う事に自分の気持ちを奮い立たせた。

 クラスメイトが綾子を宥める中、麗が腕組をしながら、鼻息をした。


「ふん。これだから、万年婚活パーティー常連客は困るな」

「……おい黒樹ぃいい、なんて言った?」

「ああ、遂に耳まで高齢化したか。婚活よりも先に自分を治す必要があるのではないか?」

「ちょっと表にでなあああああああああああ!」


 綾子と麗がまたも喧嘩を始める。

 まぁいつもの光景だ。しかし、麗は席を立たずに未だ腕組をしたままだ。


「まぁそう怒るな。貴様の親からの伝言なのだからな」

「…………」

「最後に、早く孫の顔が見たい。だそうだ」

「……クソっ!」


 今日は綾子への悪口ではなく、まさかの以前会った事のある綾奈からの伝言だったとは。今もコネクションがあるのが凄いと思う。麗はもしかしたら、俺の姉のような存在になるのかもしれない。


「だから、仕事も頑張れ。とこの前言われたぞ」

「…………黒樹」

「なんだ」

「まさか、母から伝言を伝えてくれって言われたのか?」

「そうだ。私は依頼を受けたまでだ。母の言葉を糧として、これからも教師として励むがいい」

「……お前に言われると嫌みにしか聞こえないのはなんでだろうな」


 そんな感じで、本日の一年B組も終了した。

 夏休み前に、この教室に来るのもあとわずか。思えば、最初はクラスの子達と遊んでたなと感じる。今でも仲は良い。それこそ、メールだって毎日来るからな。ただ、いつも麗が俺を独占してるから、話す機会が少ないのだ。

 友達がいない麗が俺を独占するのは、皆から見ても良い事だと受け取られてる。それはそれで良かった。

 後はテストを終えて、テスト休みがあって、答案返却をしてもらって夏休みだ!

 俺はウキウキしながら、美人部の部室に入った。


「み~き~ちゃ~ん~?」


 声は優香なんだけど、いつもの数倍はホラーな声音だ。それよりも、部室内が暗かった。窓のカーテンは締められて、明りも点灯している。なのに、お化け屋敷の如く、暗いし、空気が冷たい。

 俺は背後にいる優香に一言聞こうと振り返る。しかし、そこに優香の姿はない。だが、次の瞬間。俺の胸は誰かの手によって鷲掴みされる。


「ひぇ!?」

「み~き~ちゃ~ん!」

「ひゃあああああ!」

 

 こんな事過去に一回あったなと思いだす。

 確か、優香に駅で揉まれて、通行人が集まってきたときだ。


「って止めてくださいっ!」

「ふぇ!?」


 今度は俺が優香の胸を触る。

 今回といい前回といい、優香は少し遊びが見過ごせないものばかりだ。ここらで一発俺も激しいのをしておくべきだろう。

 柔らかい二つの膨らみを、俺は手でピアノを弾くみたいに動かす。すると、触れられてる優香は甘い吐息を漏らす。

 これは確かに楽しいな。

 

「……美樹?」

「あ、麗! 掃除は終わったんですか?」

「う、うん……まぁな……」

「元気ないですね?」

「…………」

 

 麗が俺の後から入ってきた。すると目の前の優香は疲れたのか、膝から床にへたれこむ。肩をピクピクさせていた。なんって可愛いのだろうか。

 それよりも、空気が悪いのはなんでだろうか?


「麗? 何で空気が悪いんですか?」

「美樹が、私を捨てたからだ……」

「何を言ってるんですか?」

「私というものがありながら、そこの牛の乳を揉むなんて……ああ、神よ。何故私には乳を恵んでくださらなかったのですか!」

「……いつも通りですね」


 麗は天井を眺めながら、両手を結んでいる。ショートカットの髪の毛が小さく揺れていた。

 この空気の悪い現象は、少なくとも麗や優香が原因ではなさそうだった。俺は周辺を見てみると、隅っこに固まる男五人組がいた。

 そこから悪い空気が出てるのは一目瞭然だった。何しろ五人分なのだから、部室くらいなら簡単に充満させるだろう。


「あのー……」

「なんだ美樹?」

「拓夫さんや正男さん達って……」

「ああ、あそこの虫けらみたいなのがそうだ。正直一生あのままでもいいと思ってる」

「は、はぁ……」


 なんだか、元親友なんだけど触れたくなくなってきた。

 そして、床に座り込んでいた優香が立ち上がり、俺を睨んできた。


「で、何で昨日逃げたの? 美樹ちゃん」

「…………」


 やはりその質問が来たか。

 優香が口を開くと五人衆もギラリと瞳を輝かせて、こちらを凝視している。

 麗は最近お気に入りのヨーグルトカルパスを飲んで、携帯の画面を見ている。

 俺は溜息を吐いて、優香と元親友を見た。


「私達は勉強してただけです」

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