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姉と兄と優香と麗が可笑しくなったりなんてしないっ!

 幹と満は帰ってすぐに、仲良くゲームをする。

 それが毎日の夜だ。そこに、あたしが混ざって行く事もあるが、今日は止めた。

 夕食後に二人がいなくなったのを確認し、洗い物をしている母に近づく。


「ねえお母さん」

「何? 美鈴」


 手際よく食器を片づける母。

 あたしは、この日来たおじいちゃんの事で頭がいっぱいだった。

 

「あのさ、今日、岸本 重蔵っていう人が来たんだけど」

「…………」


 母は食器を洗剤のついたスポンジで洗う手を止めた。そして、あたしに振りかえる。その表情は、いつもの優しい母でもなく、父を叱るときの母でもなかった。見た事もない驚きの色を含ませていた。


「その人が、幹によろしくって」

「…………」


 母は洗い物の手を止めた。


「美鈴。今から大事な話をするわ。いい? これは誰にも言わないでね」

「え、あ……うん」


 母が凄く真剣な顔をするもんだから、黙ってしまった。一体何の話をするのだろうか。あたしは疑問に思いながらも、食事をするいつもの席に座った。そこに、洗い物をするのを止めた母も座る。

 

「まず単刀直入に言うわ。幹はね。あなた達とは血が繋がってないの」

「…………やっぱりそうなんだね」


 なんとなく気付いていた。

 それでも、ショックは受けなかった。それどころか、嬉しかったのだ。それならば幹と結婚できる。その事実を知った時は本当に嬉しかった。


「じゃあ、幹は誰の子供なの?」

「幹はね、孤児院から引き取った子供なの。何でも、幹は生まれた瞬間に、どうしても存在してはいけない存在だったの。だから、私達が引き取ったの」

「そうなんだ……」


 このとき、あたしは幹が可哀相な存在だと知る。詳しくは知らないけど、事情があるらしい。その重蔵という人の話は、結局聞く事ができなかったけど、それは年を重ねれば聞くのだろうから、いいかと思った。


 それから、幹は高校入試を受ける。

 で、美樹に生まれ変わったときは、どうしようかと思った。女同士になったら、また結婚なんてできなくなる。だけど、少し前にとある番組を見たのを思いだした。その番組は世界各地の特色を紹介していた物で、丁度その国が同性同士結婚できるという場所だった。そこに入籍を置けばいいだけかとすぐに思いついた。

 私は、幹であろうと、美樹であろうと。存在そのものが好きなのだ。哀れみでも、同情でもない。『みき』本人が好きなんだ。




 ◇




 俺の上に姉がいる。バスローブを脱いでいる。そして、一つ一つ俺のシャツのボタンをとり、ネクタイを緩ませる。その表情は、興奮してるというよりも「ずっと待っていた」と言っている気がした。


「ちょっと待てよ!」

「待たないッ! あたしはもう我慢できないの!」

「いやいやいや! だから、女同士だから「関係ないっ! って言ってるでしょ! あたしが好きで好きでしょうがないの!」


 姉はいう事を聞いてくれない。

 俺の力づくの制止も彼女相手には効いていない。まさか、腕力もここまで落ちてるとはショックだ。でも、今が幹でも変わらない気がするのは何故でしょうか。


「ちょっと待って! 何で今なんだ! おかしいだろ!」

「だから言ってるでしょ! 我慢してたの!」

「いつからだよ!」

「小学生のときから!」

「すんごい我慢したんだな!」

「うん! だから、えっちぃ事しよ?」

「一生我慢しやがれ!」

「大丈夫! あたし処女だから!」

「聞いてないっての! ちょ、変な所触るなぁー!」


 姉はこの手あの手で俺の身体を、触れる。

 おいこらッ! さっきキスしただろうが! まだ足りないのかよ!


「い、いい加減にしろ!」

「やだやだやだ! 美樹たんが誰かに奪われるくらいなら! あたしが美樹たんの初めてを奪う!」

「……何やってんの?」


 俺と姉が争ってる間に、第三者の声が入る。

 そこには、帰ってきたばっかりの満の姿があった。


「助けてくれ! 兄貴!」

「満! 消えて!」

「…………」


 兄貴は両手を震わせて俯いてしまった。

 完全に姉が怒らした。兄貴は普段は雑魚キャラだけど、怒るとものすごく怖い。まぁ母には負けるわけだが。

 そして、バッと顔を上げた。


「俺も混ぜろおおおおおおおおおお!!」

「誰がお前を混ぜるかああああああああああ!」


 姉は入り込もうとする兄貴に、応戦し始めた。その隙に、俺は姉の拘束を逃れ、さっさと自分の部屋に帰る。その姿に気付いた姉と満は、慌てて俺を追いかける。


「美樹たん待ってくれ! お兄ちゃんとエロい事しよう!」

「何言ってんのよ! 美樹たんはあたしの嫁なの!」

「つか、姉貴服着ろよ」

「はっ!? 満見たわね? 殺すから、そこ正座しろ」

「待て待て待て待て! 可笑しいだろ! 俺のせいじゃ――」

「はぁあああくいしばりなああああああああああ!」


 急いで自分の部屋の扉を閉める。

 両親のいない家は完全に犯罪者の巣窟と化してしまった。俺貞操大丈夫かな。そもそも、もう姉にファーストキスを奪われてしまった。

 しばらく、部屋の外で武道大会でも開かれてるかの如く、うるさかった。

 だがその大会も、母の「ただいま」という声で一蹴した。


「この家……嫌過ぎる……」


 母が帰ってきた事によって、部屋の鍵をかける心配もなくなり、俺は制服を脱いで、部屋着に着替えた。

 丁度着替え終えた所で、雅史からメールが届いた。


『ただいま帰りました。今日はごめんね』

 

 ごめんねの文で、何があったかを思いだす。

 後少しで雅史とキスできそうだったのに、邪魔されたんだった。たった数時間前の出来事なのに、姉のせいでだいぶ昔に感じる。だが、こういうまめな所が俺は好きなのだ。ちなみに、友達からのメールは二百件を超えている。まぁいつもの事だ。その中に告白のメールも十件近く入ってるだろう。

 俺は何よりも先に、雅史にメールを返した。

 いつもは即返事が来るのに、すぐには返ってこなかった。なので、二百件のメールを返すという作業に入った。

 片付いてから、また、雅史のメールを見る。すると、頬が段々ニヤける。やっぱり、俺は雅史が好きなんだ。


「何ニヤニヤしてんの?」

「まぁ……しょうがないというか、好きですからね……」

「美樹たん」

「…………」


 俺は無意識に返事をしていた。振りかえると、そこには腕組をして部屋着に着替えた姉が鎮座していた。

 全身の冷や汗が噴き出る。


「……美樹たん。誰が好きなんだか知らないけど、あたしは本気だからね?」

「本気も何も姉妹じゃないですか」

「美樹たんがどう思ってるか知らないけど、あたしは全身全霊美樹たんを攻略するから」

「全身全霊って……」

「だから、覚悟してね!」

「はいはい」

「うー。ま、美樹たんが他の男と交わったりしたら、諸とも殺すから」

「……冗談ですよね?」

「そんであたしも死ぬ」

「ヤンデレ?」

「あたしの愛は、バス一台くらいの軽さだよ!」

「かなり重いですね!」

「テヘ!」


 最後におちゃめ顔をして、姉は部屋を出た。これは完全に宣戦布告しにきた感じだ。俺に攻略する宣言をしてどうするんだか。

 まったく真意の分からない姉に、今年一番の盛大の溜息を吐いた。


 それからは、平凡で普通な中谷家だった。




 ◇




 翌日。

 今日も今日で、晴天だ。

 夏服は半袖だからいいけど、ブラが透けないか心配である。汗もかくし、体臭がキツイとか雅史に思われたらどうしよう。

 しかし、俺は完全に忘れていたのだ。美人部のメンバーから逃げた事を。

 校門を潜り、昇降口で靴を履き換えようとする俺。下駄箱を開けると、何者かに腕を掴まれた。振りかえると、そこには目を光らせる優香の姿があった。彼女の姿を見て、俺は完全に昨日の事を思い出した。


「ゆ、優香……おはようございます」

「おはよう~って、美樹ちゃん? 何で逃げたのかな? 教えてもらえるかな? ね? ね?」

「そ、それはそのー……」

「好きな人できたの? あたしという彼女がいながら?」


 詰め寄ってくる優香に、俺は押し出される。口は笑っているけど、目が完全に笑っていなかった。


「ゆ、優香は女性ですよね?」

「そうだけど? 女同士だけど愛さえあれば関係ないよねっ!」

「大ありです」

「それよりどうなの? 好きな人できたんでしょう?」

「ち、違います!」

「絶対嘘! 美樹ちゃんの顔に好きな人がいるって書いてあるもん!!」


 優香が魔物の咆哮のような叫び声を上げる。すると、昇降口で靴を履き換えようとしていた生徒たちの視線が集まる。


「谷中さんの好きな人!?」

「誰だ! そんな罪深い事をした奴は!」

「待て待て待て! 落ち着け!」

「おい早まるな!」

「下駄箱が壊れるから止めろ!」


 男子生徒達の声が駆け巡る。その中に女子生徒の物もあるけど、男子の声がでか過ぎて、かき消されている。

 そんな中、ある人物が登校してきて、騒ぎは止んだ。

 彼は俺の方へと視線を向けると、ニッコリと微笑んだ。


「昨日はどうもすいませんでした」

「ううん。いいんだ。それよりこちらこそ、ごめんね」


 彼は窮地を救ってくれた雅史の兄である雅紀だ。超イケメン顔で俺に近づくがときめいたりはしない。それよりも、ごめんねのセリフで思いだすのは、雅史とのキスを見られそうになった所だ。あれは恥ずかしかった。

 その為、今も顔が熱くなっていくのを感じた。


「え……まさか……美樹ちゃん? 嘘だよね?」

「何がですか」

「この暴力イケメンと……ドメスティックバイオレンサーなこの人と!?」

「その呼び名は何ですか?」

「ヤッチャッタノ!?」

「何もしてませんッ!」

「そんな…………美樹ちゃんの貞操が…………」


 優香は倒れ込んだ。そのとき丁度通りかかった綾子が、優香の姿を見て目を丸くさせた。


「大丈夫か坂本ッ!」

「せ、せんせ……い……」

「しっかりしろ! 朝ごはんは食べたのか!」

「た、たべまし……た……でも……み、美樹ちゃんが……」

「もうしゃべるな!」

「しょ、処女を……」

「坂本おおおおおおおおおおおおおお!」


 綾子がそのまま保健室へと、優香をお姫様抱っこして連れて行った。

 俺はその隙に、教室へと足を進ませた。

 教室に入ると、いつも俺より遅い麗が座っていた。そして、俺の姿を確認するなり、立ち上がって近寄ってきた。


「お、おはようございます……」

「やぁ! これはこれは美樹じゃないか! 今日も良い天気だね!」

「え、ええ。そうですね……」


 麗は優香と違って、頭を軽く打ったかのような感じだった。

 そして、微笑みながら、俺の肩をガッシリと掴んだ。


「で、どうだい? 大人の階段を上った次の日は」

「……はい?」

「美樹は大人になったんだろう?」

「……何の話ですか」

「決まってるじゃないか、男女交際の話だよ?」

「……誰ともしてないんですけど」

「………………本当?」


 麗の笑顔が、固まった。

 あ、やばいなこれ。


「はい」


 と答えると、麗の笑顔が一瞬で崩れ去り、超泣き顔で俺に抱きついてきた。この動作。全て含めて一秒かかっていない。

 俺が男女交際をしていないと分かったら、すぐに抱きついてきた。麗って本当に俺の事好きだな。


「美樹いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」

「ちょ、れ、麗? 皆見てますよ?」

「美樹はずっと私の美樹いいいいいいいいいいいいい!」

「へ、変な事言わないでくださいよ!」


 大泣きの麗をクラスの皆が、若干涙を滲ませながら見ていた。これって感動的なシーンなの? 意味が不明なんだけど。

 そんな中、教室の扉が開き、とある人物が入る。

 その瞬間。俺の胸が高鳴った。麗は抱擁を解き、その人物へと詰め寄る。


「おはよう、黒樹さん」

「ああ。悪刃夜雨(おはよう)

「……」

「何か私の顔についてんのか? あーん?」

「……」


 麗はコンビニたむろしている不良中学生のように、彼――岸本 雅史に絡み始めた。雅史は困ったようで、俺に助け舟を出してくれないかと苦笑いで応援を要求する。だけど、さすがに今はタイミングが悪くて、麗を引き剥がすのは無理そうだった。

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