表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/142

姉が迫ってきたりなんてしないっ!

 俺は背後の声に振り向く。そこには、両腰に手を当てている姉がいた。


「見てたって何をですか」

「男の子と仲良く歩いてた所。ちなみに録音もしてあるけど聞く?」


 姉はボイスレコーダーを俺にチラチラと見せてきた。だから、何だと言うのだろうか。別にやましい会話などしてないし、隠す事もない。

 俺は姉にいつものように凛として、身体全体を振りかえらせる。


「別にやましい事などないので、別にいいですよ」

「そ。じゃあさ。お母さんにコレ聞かせてもいいかな?」


 姉は不敵に微笑む。その表情は完璧に、俺を脅している表情だ。一体何が目的なのかさっぱり分からない。しかし、母に公開したら凄く厄介だ。それこそ、また怒られかねない。何故、ああまでして俺を叱るのか理解不明だが。

 一応、めんどくさい事にはしたくないので、止めて頂こう。


「ダメです」

「やましい事ないんでしょ?」

「……一体何が目的なんですか」

「ふふ。とりあえず、家に入ろうか?」


 俺の傍を通り、家に先に入って行く姉。玄関の扉を開けると、いつものテンションで「ただいま~」と言っている。俺も姉に続き、家に入る。

 すると、家にはまだ誰もいなかった。それもその筈で、まだ夕方の十七時であった。雅史の家にいたのも、そんなに長くなかったのだ。

 玄関で靴を脱ぎ、自分の靴箱にしまう。


「美樹た~ん! あたしの部屋に来て~」

「……はい」


 俺は生唾を飲み込んで、警戒しながら姉の部屋まで足を進める。そして、部屋の扉を開ける。

 

「な、何してるんですか!」

「ん~? 別に変じゃないでしょ? 裸でいるのなんて、普通でしょ? 女同士なんだからさ」


 姉はバスローブを羽織っているだけの格好だ。それこそ、よく手入れされている肌などがチラリと見える。だが、不思議な事に興奮はしなかった。

 だが、姉は違うようで、頬が若干の桜色に染まっている。彼女はゆっくりと俺に近づいてきた。このままでは、完全にヤバい気がしたので、すぐに俺は美樹モードを解除して、幹モードに変換させる。


「ちょっと待て!」

「待たないよ」

「いくら女同士っていうか、中身俺だって知ってるんだろ!? なんでそういう事をしようとするんだ!」

「何言ってるの? 幹、アンタずっと気付いてなかったの?」

「は?」


 いつもなら、モード変更した瞬間に扱い方がガラッと変わるのに、今日はそうでもなかった。むしろ、若干興奮してるような……。そして、姉は俺の首筋に手を添えてくる。


「あたしが……あんたの事をずっと好きだった事」

「寝言は寝てから言え。第一、俺は姉貴の弟だし、今は妹で女同士だ。ふざけた事するな」

「……ふざけた事? 本気で言ってるの?」

「あ? 本気も本気だ。姉貴こそ頭可笑しいんじゃないのか?」

「…………」


 姉は俯いた。俺は何も間違っている事は言っていない。俺と姉貴は実の姉弟で、今は姉妹である。バスローブ姿で迫ってする行為自体、姉妹では許されない。

 

「可笑しくなんてないッ! あたしはいつもいつもいつもいつも! ずっとずっとずっとずっと、美樹――いや幹の事が――――」


 姉は顔を上げている。その瞳は潤んでいる。今にも涙がこぼれそうだった。


「大好きだったの!」

 

 遂に、瞳から涙がこぼれる。

 その雫が俺の制服に落ちた。


「……それは姉弟として? それとも姉妹としてか?」

「言ったじゃない! あたしは『みき』が好きなの! 愛してる! 結婚してほしいの!」

「それは無理だな!」

「無理じゃないッ! だってあたしたちは……」

「え……」


 俺は固まる。

 姉も口走って余計な事を言ってしまったのか、口元を抑えていた。

 ちょっと待てよ。


「それってどういう――――」


 その瞬間。

 俺の目の前には、姉の瞳を閉じている顔があった。瞳だけがくっきりと見える。綺麗で長い睫毛には涙の粒がついている。スーッと下鼻筋は途中までしか見えない。姉の顔をここまで近くで見たのは初めてだ。

 そして、俺の唇は何かで塞がれている。少しだけ動かすと、とても柔らかい物が触れていた。柔らかい物が姉の唇だと気付くのは時間がかからなかった。彼女の腕が俺の背中に回される。

 

 俺はファーストキスを姉に奪われた。


 どれくらい経ったのかは分からない。でも、体感時間は長かった。

 ゆっくりと俺の身体は姉から離される。姉の瞳からは大量に涙があふれ出す。


 俺は思い出したのだ。姉が普段から仲の良い母親に、数少ない歯向かったときの事を。

 そのときは大して気にも留めてなかったけど、姉は俺が初めてバレンタインでチョコレートを貰ったとき、凄く不機嫌になって母に怒られてた。そのとき、姉は一度言っていたのだ『あたしは、幹のお嫁さんになるのッ!』と。

 

「ま、まさか……本当に……?」

「うん。あたしは、幹の事が大好きです」


 姉は泣きながら、笑顔で言った。

 固まる俺に、もう一度キスして、何度も何度も唇を重ねてきた。

 俺はただ石像のように固まる事しかできなかった。




 ◇




「……ねぇ」

「何だ」

「お姉ちゃんの事好き?」

「感謝はしてるかな」

「ふーん。それだけなんだ」

「それ以上もそれ以下もないだろ。姉貴は姉貴なんだからさ」

「そ。でも、少しくらいは感謝の証が欲しいよね!」

「はいはい。姉貴は何でも手に入るんだからさ、自分で買えばいいじゃねーか」

「むー! 本当に幹はつれないね。……あたしだって手に入らない物くらいあるもんッ!」

「何か言ったか?」

「何でもないッ!」

「何で怒ってるんだよ……」

 

 桜舞う季節。この日は弟である幹の入学式。

 当時、あたしは高校二年生だった。

 まだ着慣れない学ランにおどける幹が可愛かった。

 あたしは、高校の春休みだった為、幹の入学式の保護者として参列しに来たのだ。普通は実の姉がこんな所に来るのは変だろう。思春期真っ盛りな時期でもあるし、何より、女子高生は暇がないのだ。

 だけど、あたしはここにいる。

 それは、あたしが根っからのブラコンだからだ。弟の事が大好きで大好きでしょうがないのだ。ただ可愛いとかじゃない。異性として見てる。

 もう一人弟がいるけど、何でか満には異性としての興味が湧かないのだ。というか、もうどうでもいい感じ? これが本当の姉弟っていう事なんだろう。

 じゃあ、幹は?

 本当に異性的魅力を感じる。女性顔の幹。時にはしっかり者で、家族の一大事のときは真っ先にかけつける。あたしが迷子になれば一番に見つけてくれるし、何よりも一番頼ってくれるのだ。

 頼れる所も、甘えてくれる所もある幹。本当に好きでたまらない。


「じゃあ、幹。頑張ってね!」

「おう。姉貴、来てくれてありがとな!」

「う、ううん! 別に平気だよ!」

「よし、行ってくる!」


 幹は手を振りながら、自分の教室へと走って行った。きっと中学生活が楽しみでしょうがないんだろう。姉としては若干寂しいけど、お互いの世界があるのでこればっかりは、しょうがない。

 

 やがて、入学式が終わり、自宅へ帰る。

 あたしは一人でテレビを見て時間を消費してた。幹は帰ってこなかった。

 最初は焦ったものの、母に電話をかけたところ『新しい友達と遊んでるんでしょ』と冷静に返されてしまった。

 帰ってきたら、一緒にゲームしようと思ってたのに、残念だ。

 幹は結構な遊び人で、友人としょっちゅう出掛けるのだ。たまには姉の相手をしてもいいんじゃないかと思う。

 なんて一人で考えながら、ただテレビを見ててもしょうがないので、幹の部屋にでも行って物色しようと企んだ。


 部屋に入ると、男の子の匂いがする。

 やっぱり幹も男の子なんだなーと感じるくらいには散らかっていた。ここを片付けるのは、最近ではあたしの役目なのだ。

 色々と漫画が散らばっている。その中に気になるタイトルを見つけた。


『姉に凌辱』


 手にとって見ると、中身はあたしにはまだ早い十八禁の漫画だった。何故こんな所にあるかは疑問だったけど、題名が題名だけに、ちょっと嬉しかった。


(……幹も、あたしの事好きなのかな?)


 心でそんな事を思いながら片付けを進めた。

 掃除機もかけて完璧だ。

 持つべき物はしっかりとした姉と言ってもらえるくらいには、綺麗になったと思う。本当にいつお嫁に出しても恥ずかしくないよ。幹のお嫁さん以外は嫌だけど。

 そんな中、家のインターホンが鳴った。


「は~い!」


 あたしは幹の部屋から出て、玄関まで足を運ぶ。

 宅配便かな? と最初は思っていた。だけど、扉を開けるとそこにいたのは、眼鏡をかけていた初老のおじいちゃんが立っていた。道でも尋ねに来たのだろうか。


「どうかしたんですか?」

「あ、これはこれは、失礼しました。……私、岸本(きしもと) 重蔵(じゅうぞう)と申します」

「はぁ……」


 あたしは初老のおじいちゃんを眺めた。すると、彼はそのまま名刺のような物を渡してきた。そこにはとある大企業の名前で代表取締役とも書いてある。

 一体そんな人物が、この家に何の用だろうと思った。


「私の子供はいらっしゃいますか?」

「はいっ?」


 おじいちゃんは、普通にハッキリとした口調であたしに尋ねてきた。正直、一瞬尋ねる家を間違えてるんじゃないかと思ったが、どうもそういう感じじゃない。

 

「ここに、私の子供が住んでいると聞いたものですから」

「この家に住んでるのは、あたし達本当の家族だけです」

「ん……そうですか では、御両親は……」

「外出中です」

「そうですか……これは失礼しました」

「……」


 あたしは何が何だかわけがわからなかった。嘘を吐いてるようには見えないし、何より、まだボケるような見た目でもない。彼は一体何をしに来たのか。それを知りたかった。


「あの。本当に何しに来たんですか?」

「……あなたの御両親に聞かれたほうが早いと思いますよ」

「いや、でも、今家にいないし」

「そうでしょうな。ここに道夫さんや未麗さんがいらしたら、絶対にあなたには、応対させなかったでしょうし」

「……」


 間違いなく父と母の名前だった。

 彼は振り返り、帰ろうとする。


「ちょっと、最後にあなたが何者なのか教えてください」

「私が何者? 決まってるじゃないですか。ここに住んでいる子供の父です。それ以外でもそれ以上でもありません」

「だから、あなたの子供なんていな――――」

「幹によろしくお願いします」

「え……」


 突然の言葉に、喉を詰まらせた。

 あたしは、その日以降、彼の姿を見る事はなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ