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俺が雅史の事で喧嘩したりなんてしないっ!

 あと一歩の所で、俺と雅史のキスは邪魔される。そこにいるのは、かつて雅史に食事を御馳走してもらったステーキ屋にいた瑠花だった。彼女は制服に身を包み、凄い不機嫌な様子で腕組をしていた。そんな彼女の背後には、窮地を救ってくれた謎の超イケメンもいた。彼は苦笑いしながら、俺と雅史を順番に見つめた。


「る、るるるる瑠花ぁああああああ!? 何で家にいるんだよ!」

「何。あたしがアンタの家に来ちゃダメなの?」

「いや、そういうわけじゃないけど……」

「それとも何。タイミングが悪いっていうの? それは悪かったわね」


 邪険な表情の瑠花。彼女は雅史に次々と文句を浴びせる。そんな瑠花に、俺は雅史との空間を邪魔された事による怒りと、瑠花に対する純粋な妬みが沸騰してくる。俺は立ち上がって、自分よりも若干小さいポニーテールの先輩である瑠花の前に迫る。


「ええ。そうです。タイミングが悪かったです」


 俺は清楚を保ちながら、彼女にキツく公言する。


「な!? む、むしろ絶妙なタイミングじゃないッ! あんた達が道を踏み外さないように、邪魔してあげたんじゃないッ!」

「道を踏み外す? 私達はただ勉強していただけですが?」

「嘘言わないで! 二人とも目をつぶってたじゃないッ!」

「たまたま瞬きが重なっただけじゃないですか?」

「いい加減にしなさいっ! どこの誰がどう見たって、さっきまでのあんた達はキスしようとしてたっての!」

「そんなに、私と雅史さんがキスするのが良くないんですか? もし、仮に私達が恋人同士だったとしたなら、キスくらいで文句を言われる筋合いはないと思うんですけど」

「も、文句ならあるわよ…………」


 瑠花は両手を硬く握り、震わせている。彼女は顔を俯かせた。

 そして、人差し指をいきなり雅史に向けて、顔を上げた。その瞳は潤んでいる。


「あたしは……あたしはッ! ずっと雅史の事が――――」

「止めろッ!」


 瑠花が重要な事を言おうとした時。彼女の背後にいた超イケメンが俯きながら叫んだ。俺達は虚を突かれ、超イケメンの元に視線が集まる。

 彼も、瑠花と同じく拳を震わせている。


「……瑠花。あんまり二人を邪魔しないほうがいい」

「え、でも――」

「いいから。今は二人にしておこう」

「…………」


 イケメンがそう言って、瑠花の手を引っ張って、雅史の部屋から去って行った。そのときの瑠花の顔は、俺を険しい表情で睨んでいた。漫画的に言うのならば『覚えていろ』という感じだ。

 雅史は溜息を深く吐いて、腰を抜かすように座り込んだ。


「はぁ……ごめんね。谷中さん」

「いえ。それよりも、雅史さんは平気ですか?」

「うん。僕は慣れっこだからね」


 苦笑いする雅史は、今までに見た事がないくらいに疲れた顔をしていた。その表情から、過去に何度かこういう事があったのが伺える。だが、俺はあえてその事には触れず、座りなおした。

 触れれば傷つく事もある。だからこそ、俺は雅史と瑠花についての関係を、これ以上聞かない事にした。


「それよりも、雅史さん。また私の事を名字で呼んでますね」


 頬を膨らませて、俺は雅史を上目使いで見た。

 すると、雅史は目を見開いて、頬を桃色に染めて視線を逸らした。


「え、あ……そ、そのー恥ずかしいからさ……」

「でも、私は雅史さんと名前で呼んでいますよ?」

「う……ん。な、直すように頑張るからさ! 今だけは許して!」


 雅史は両手を合わせて、頭を下げてきた。雅史は男女交際の経験がないのだろうか。それで、俺の事を名前で呼べないのかな? それはそれで可愛いけど、やっぱり名前で呼んでほしいという願望はある。

 俺は溜息を吐いて、雅史の頭を撫でた。


「え? な、なんで?」

「……今だけは許します。でも、明日からは許しませんよ?」

「う……わ、分かったよ」

「約束ですよ? 破ったら、何でも言う事を聞いてもらいますからね!」

「う、うん」


 頭を撫で終えると、雅史が顔を上げた。その表情は照れていた。俺が笑顔を向けると、毎回のように顔を沸騰させていた。


「じゃ、じゃあさ。とりあえず勉強しよっか!」

「はい!」


 満面の笑みで俺は、雅史の考えに頷いた。




 ◇




「で、何で邪魔したの?」

「悪かったとは思ってる」

「悪かったと思ってるのは分かったけど、何で肝心なときにいつも邪魔するのよ」

「そ、それは……」


 俺は今。幼馴染の瑠花に怒られている。その理由というのも、先ほど、弟の雅史と学園一の美人を邪魔した瑠花を止めたからだ。

 きっと、瑠花にとっては流れに乗っていたとはいえ、決死の告白のつもりだったのだと思う。けれど、いつも瑠花は何かと俺の目の前で雅史に告白しようとする。正直な話、最初は嫌がらせなのかと思っていた。だけど、彼女の命令に従っていくにつれて、段々分かってきた事がある。それは、瑠花は俺の事なんてなんとも思ってない事だ。悔しいけど、それは事実だった。

 よく、街に出掛ければ『イケメンだぁ~』とか『彼女いるのかなぁ~』などと噂されたりする。俺はうんざりしているのだ。

 彼女何人作った事あるの? と聞かれれば、俺は彼女を作ったことなんてないと答える。高校三年生にもなって彼女が一人もいないという事実に、確かに虚しさを覚えなくもない。だけど、俺にはずっと好きな子がいる。その子以外には、まったく興味がないのだ。

 そして、狙った子は落とせるんだろうね。とか言われると、かなりイライラするのだ。もし、本当に狙った子が落とせるんだったら、ずっと前から彼女がいる事になっている筈だ。

 しかも、俺は未だに好きな子に思いを伝えていない。別に俺が臆病だとかそういうわけじゃない。俺がずっと思い続けているように、その子にもずっと好きな子がいるのだ。そして、その子が好きなのは俺の大切な実の弟である雅史なのだ。

 両者が恋中になれば、とても喜ばしい事である。雅史も俺は好きだ。それに瑠花にも幸せになってもらいたいという願望もある。

 けれど、瑠花と雅史が付き合えば、俺は目も当てられなくなるだろう。きっと嫉妬で変になると思う。

 それが怖くて、今までその子の告白――――瑠花の雅史への告白を止めてきたのだ。

 本当に臆病である。


「まぁいいわ。雅紀。これ以上あたしの邪魔しないでよね。ずっと手伝ってくれてるのはいいけどさ。雅紀も好きな人作ったら? そしたら、告白のとき邪魔される気持ちが分かると思うわよ」

「……ああ。そうかもな」


 俺は瑠花に目も当てられなかった。

 彼女は物凄く怒っている。それもそうだ。彼女に言われた通り、俺がもし瑠花に告白するときに邪魔されたら、激怒するだろう。

 でも、俺にはこうするしかないんだ。

 以前、雅史の事を好きなクラスメイトが現れた。俺はその子達を片っ端から、俺に惚れさせるという偉業を成した。そして、それは高校生になった今でも継続中なのである。

 それが、今回は雅史が惚れてしまったのだ。俺にはこれ以上打つ手などないのだ。正直、谷中 美樹を落とせと瑠花には命令された。だが、彼女を惚れさせるのは絶対的不可能だと感じた。

 その谷中 美樹を事実上、雅史は惚れさせたようなものなのだ。本心で言えば、さっさと付き合って欲しい。そしたら、瑠花が俺のほうに来るかもしれない。

 でも、俺に瑠花を邪魔などできない。彼女の恋を手伝うと約束してしまった以上、もう無理なのだ。


「雅紀。あたし帰るけど、雅史とあの女がくっつかないように見てて」

「…………」

「分かった?」

「……ああ」


 玄関で帰る支度を始める瑠花。今日は帰ったら自宅のステーキ屋での仕事があるのだろう。そして、彼女は俺に振りかえらずに外に出る。

 

「待って瑠花!」

「何?」


 ポニーテールを揺らし、振り返る瑠花。

 俺は…………


「瑠花…………」

「……早くして」


 一瞬息を吸い込み、俺は言った。


「……頑張れよ」


 それしか言えなかった。

 すると、彼女は俺に微笑んでくれた。その微笑みを見た瞬間、心が締めつけられるような感覚を覚える。


「うん。いつもあたしの我儘に付き合ってくれてありがとう、雅紀。これからも、頑張るから協力してね!」

「あ、ああ……」

「じゃ、また明日!」

「…………」


 そのまま彼女は帰路についた。誰も見えなくなった玄関を閉じ、俺は膝を床に着けた。瑠花の笑顔を思いだす度に、胸が圧迫していく。

 いつの間にか、玄関で四つん這いになっていた。


「…………俺は」


 この気持ちをどこに持って行ったらいいのだろうか。瑠花を好きな気持ち。そんな彼女の恋を応援する気持ち。雅史の恋が上手くいって欲しいと願う気持ち。だけど邪魔しないといけない気持ち。何よりも、瑠花が俺の自慢の弟を好きだという事実。

 一体、こんな思いを俺はいつまで背負えばいいのだろう。

 俺は立ち上がり、洗面所で顔を洗おうとする。

 階段から二人分の下りてくる足音が聞こえる。


「じゃあ、今日は送るよ」

「いえ、大丈夫ですよ雅史さん」

「いや、ここは男として……かな?」

「では……お言葉に甘えてもいいですか?」

「も、もちろんだよ!」


 雅史と谷中 美樹が降りてきていた。丁度、俺は雅史と顔を合わせる。


「あ、兄貴顔洗ってたのか。さっきはどうしたんだ?」

「いや、別になんでもないよ。それより送るのか?」

「ん、ああ、そうだよ。さすがに谷中さん一人で帰らすわけにはいかないしね」

「気をつけて行けよ」

「分かってるっての」


 雅史は心なしか、いつもより機嫌が良い気がした。その隣を谷中 美樹が歩いていた。彼女は俺にも丁寧に「お邪魔しました」と言って頭を下げて、玄関から帰った。そんな雅史と彼女を俺は一人で見つめた。

 玄関を出ると、二人で仲良く雑談しながら、道に出た。

 扉が閉まる。


「雅史……俺は、どうしたらいいんだ……」


 誰もいない家に、俺の声はよく響いた。




 ◇




「今日はありがとうございます」

「い、いやいいよ! そ、それよりもさ……」

「はい?」

「これって、ベンツのSLでAMGだよね……」

「はぁ……これはお姉さんのですが」

「谷中さんのお姉さん!? これってだってそうとう高いんだよ!」

「そうなんですね。私車は詳しくないので」

「ど、どんな人かちょっと見てみたい気もするけど、まぁいいや」

「ふふ。お姉さんはとても綺麗ですよ」

「そうなんだ……」


 ここは俺の自宅(中谷家)。道中で、俺が松丘総合高等学校に通学する為に、従兄の家に寝泊まりしていると伝えておいた。

 そして、現在は家の前である。正直、途中で帰ってもらったほうが良かったのだが、話しこんでしまい、まさかの実家まで送ってもらってしまったのだ。


「結局家まで来ちゃいましたね……」

「ま、まぁしょうがないよ」


 苦笑いする雅史。かなり名残惜しいが、明日も会えるのだ。今日はここまで送ってくれた事に感謝すべきであろう。


「じゃあね。谷中さん!」

「は、はい……」


 手を振る雅史を見送る。

 そして、俺が玄関に入ろうとした時。


「はーい。美樹たん。全部見てたよ」


 背後から声がしたので、振り返るとそこにいたのは姉の美鈴だった。

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