女子寮に潜入したりなんてしないっ!
いつも天然でヘラヘラしている直弘の顔が、マジだ。それはもう、今から戦争にでも行くのかと聞きたくなるほど。
いや、実際に戦争するのか? 俺の取り合いという名の戦争を……。
俺って、なんて罪な女なんだろうか。
「あなたと……?」
俺は首を傾げてみた。直弘の瞳を見つめる。
これは俺考案の技で、男子には目を合わせると効果的だと気付いた。
それを技まで昇格させたのは姉だが。
直弘は、俺と目が合っているという状況に顔を赤くさせている。
最初の顔色は、明太子のような可愛い赤だった。だが、時間が経つにつれ郵便ポストのような色にまで濃くなる。
現在。俺の美しい手は握られたままだ。
「……は、はい」
直弘は、数分経ってから答えた。
このままでは授業に遅刻してしまうんだが。
直弘は一旦俺の手を離し、胸を張った。
「さ、最初は、友人達の恋のキューピットになろうと思ったんだけど、ダメでした! 僕が谷中さんに惚れました!!」
軍隊にでも、入れるんじゃないかという程の直立姿勢。
天然だから仕方ないか。きっと告白される側はよくあったんだろうけど、告白する側は、直弘もないだろう。
だが残念だったな。返事はノーに決まってるだろうが!
「ごめんなさい。私、今お付き合いとかするつもりは――」
「すいません訂正します! 僕をペットにしてください!」
あららー。手に負えないわ。
これが、年上彼女に甘やかされた結果なのだろうか。同い年にペットにしてくださいなんて言ったら、普通ドン引きだけどな。
いや、直弘くらいのフェイスレベルがあれば、引かれはしないか。
俺は両手を腰に当て、直弘を上目使いで見て、頬を膨らませる。
「ダメですよ! そうやって差別を生みだすような事を言ってはいけません!」
「へ……は、はい」
直弘は面を食らったようで、ぽけ~っと突っ立ってる。
顔の赤みは取れて、魂を抜かれているようだ。
「じゃ、じゃあ谷中さんはMなんですか?」
おいちょっと待てやコラ!
誰がMだと言ったんだ、このバカ野郎!!
これは、姉直伝・弱ツンデレ怒りだっつの!
技説明:男の子に対して怒るのをついでに、心配していますよアピール。
姉曰く。心配して怒る=俺に好意がある!? らしい。
教わってるときに、確かにそうだと気付いた。
姉は最早、神。
「ふふ。もしかしたら、そうなのかもしれませんね? 誰に対してかは秘密です」
俺はスカートが少し浮くくらいに、くるりと一回転し、人さし指を口元に当てて上目使いウィンクをした。
あざといだろうよ!
俺だって最初練習したときは、かなり恥ずかしかった。
直弘は目を見開いて、俺を凝視している。
「は、ははは……ぼ、僕とつ、付き合ってくれるんだね!!」
どう解釈したら、そうなるんだ!!
天然対処メンドクサイ!!
仕方がないか。落とす時は落とさねばならない。
ならば、それをどう大ダメージを与えずに小ダメージを確実に与えるか。
この技は美少女の技ではない。小悪魔の技だ。
「今は付き合えません。私は理想の人とだけ付き合いたいのです」
「……じゃあ、どんな人が理想なの?」
かかったな!
俺は直弘に近づいて、頭を撫でながら囁いた。
「まずは、高身長で」
「うんうん!」
自分に当てはまってると喜ぶ直弘。
「顔は可愛くて」
「うんうん!!」
さらに喜ぶ直弘。
「少し天然で」
「うんうん!!!」
よく言われるのだろうか。
「年齢が二十代くらいの人かな?」
そこで俺は直弘の頭を撫でるのをやめて、距離を回りながら取った。
直弘の顔は、俺の理想最終項目に肩を落としている。
この技は落として上げるの逆ヴァージョン。上げて落とす。
俺は内心大爆笑。顔は微笑みながら、再び上目使い。
「ぼ、僕とは……」
「ちゃんと聞いてなかったのかな? 私は二十代の人がいいんですよ? いつかはあなたも二十代になるんじゃないですか」
「は! そうか! じゃあ僕が二十代になれば付き合えるんだね!!」
「そうかもですよ?」
俺は直弘を背に、最後ウィンクして階段を下った。
直弘を置いてきてしまったが、これでいいだろう。
階段を下りてる所で、丁度よく授業の始まりを告げるチャイムが鳴った。
昼に仮眠を取ったおかげで、午後の授業は集中して勉強する事ができた。
これには、黙って俺を見送ってくれた友人達に感謝しなければ。
今現在は、帰りのHR前の帰宅準備時間だ。
「美樹大丈夫?」
「良く寝れた?」
男女問わず、相変わらず席に群がる。
今は俺の体調が悪かったという補正もあるせいか、クラスのほぼ全員が集まっている。
普通高校ってクラス毎に、グループ割れしてて団結力があるようで、なかったりするんじゃないのか? そこら辺、ラノベでしか知識を培ってない俺には理解不能だ。
さて、ほぼ全員と言ったな。誰か一人でも欠ければ、全員ではないのだ。
今この場にいないのは、黒樹 麗だ。
友人になったのに心配してくれないのだろうか?
俺を心配する会は、担任の先生が来る事で解散となった。
ありがちな連絡を伝達すると、すぐにHRは終わった。
そのあとは放課後なので、皆部活なり、バイトなり、遊びなりと帰って行く。
「大丈夫か美樹?」
顔色を悪くした麗が、心配して声をかけてきてくれた。
むしろ、今の麗を見てるとコッチが大丈夫かと聞きたくなってくる。
「黒樹さんこそ大丈夫ですか?」
「あ、ああ。私は……大丈夫だ……」
全然大丈夫そうじゃないんだけど。
というか口元を手で押さえるな! 吐くのかと思うだろう!!
とりあえず、教室で人工もんじゃをぶちまけられたら、掃除当番が可哀相なので急いで麗を女子トイレに連行しようとした。
「……悪いな。美樹」
「大丈夫ですけど、何があったんですか?」
結局、人工もんじゃは口から作成せずに済んだようだ。
というのも教室を出たら、回復薬グレートGでも飲んだの? って聞きたくなるくらい元気になったからだ。
俺は麗が教室外にいる間に、俺と麗の鞄を持ってきたところだ。
「実は私……男性恐怖症なんだ」
「……」
男性恐怖症って存在するの? でも、それが本当なら高校生活できなくね?
まぁ、さっきは俺を心配する人が他クラスからも来てたけども。
「でも、それだと毎日キツくないですか?」
「それともう一つ……ビッチ殺害欲求にかられるんだ……」
ビッチ殺害欲求? 何それ。あたし美少女だからわかんなーい。
なんてな、分かるぜ。今は俺がリア嬢王だから現れないものの、他クラスに一人は絶対にいるお嬢様タイプの性格クソビッチな女子の事だろう。
ああ、俺も大っ嫌いだぜ。
「ビッチ……って何ですか?」
「あ、ああ、済まない。美樹には関係のない事だ。美樹は知らなくていいんだよ」
麗は俺に優しく微笑んだ。
そうだ。俺はビッチを――汚れた女子をしらない美少女だ。
その設定は貫かないとボロが出そうで嫌だからな。
「で、話は変わるんだけど、実はあのゲーム家庭用なんだ。だから、そ、その……美樹が良ければ、私の家に来ないか?」
麗は恥ずかしいのだろうか、俺の顔を見ない。
人を家に上げる事のどこが恥ずかしいのだ?
「わかりました! では黒樹さんのお宅に今から行きましょ!」
「あ、ああ!」
こうして、俺は麗の自宅に向かう事になったのだが……。
「こ、これって高級マンションですかね?」
「いや違うぞ。これはただの女子寮だぞ? 知らなかったのか?」
これが女子寮? 可笑しいでしょ!! だって普通に高級マンションじゃん!!
何階まであるんだよ!! 普通に車庫とかいらないだろうが!
「じゃあ、私の部屋まで案内するよ」
「は、はい……」
何なんだこの寮……ハイスペック過ぎる……。
扉はもちろん自動ドア。俺と麗は中に入る。
麗はエントランスインターホンらしき端末に近づき口を開く。
「1505号室。黒樹 麗」
鍵が外れる音がした。
前にある自動扉が今度は縦に開いた。
「た、縦に開くんですか!?」
「縦に開いたら変なのか? 私は寮生活は初めてだから、分からないんだが……」
いや普通は縦に開かないって。
どこの秘密基地だっての。そもそも、音声認証で開く扉なんて普通はない。
先に進むとまた扉。セキリュティ半端なさすぎだろ!!
今度は通常のオートロック式の扉――つまり、鍵を差し込めば開く扉だった。
ここに来るまで何回セキュリティあるんだよ……。
こうして、最後は麗の自宅の鍵が、指紋認証と通常の鍵三個と驚いた。
麗は涼しい顔をして、自宅に入る。
「ま、まぁ……汚いが入ってくれ」
「はい。お邪魔します」
俺も麗の後に続き部屋に入る。
もう二度とこの寮には来たくない。セキュリティが硬過ぎる!!
麗の部屋は一人暮らしには大きい2LDKだった。
カウンター式のキッチンで、カウンターの前には四人で食事ができそうなテーブルが置いてある。
リビングの端には、恐らく60インチくらいの大型液晶テレビ。そのテレビの前にはガラスのテーブル。そして白い三人掛けソファ。
一体この部屋だけで、いくら使ったんだ!?
「美樹。適当に掛けていてくれ」
「はい」
俺は麗に案内され、ソファに座った。座り心地最高だ!!
家のソファよりもフカフカとは……やっぱり麗の家には来てもいいかも!
「じゃあ、ちょっと着替えてくる」
「待ってますよ」
麗はそう言い残し、寝室と書いてある部屋に入った。
それから、少しリビングを見回してみたが目立った物はなかった。
綺麗に整理された書類。食器。リモコン。
……女子力低くないか?
質素過ぎる。ソファとかは高級品かもしれないが、それ以外に何の可愛げもない!
何というか、大人の男の部屋だ。
部屋は白基調だし、家具も白っぽいのが多いし。
麗は婚活中のサラリーマンかっ!
色々と目で探索してる間に、少しは面白い物を見つけた。
写真だ。
映ってるのは二人。麗と多分お母さんだろう。とても綺麗だ。
それに、あまり笑わない麗が満面の笑みで、写真にいる。
とてもホッコリする写真だった。
「それは私の母だ」
俺が振り向いた先に麗はいた。
部屋着なのだろう。Tシャツにショートパンツ。薄手のパーカーとかなりラフなのだが、似合っている。可愛い。
「似合ってますね」
「……美樹に言われると照れるな」
麗は髪の毛を弄って、照れていた。
「この人が黒樹さんのお母さんなんですね。とっても綺麗ですね。黒樹さんはお母さん似なんですね」
「そうかもしれないな。でも……」
麗は辛そうな表情をした。
俺の瞳から視線を外し、別の方向を見ている。
何かあったのか?
麗は今にも泣きそうな顔で口を開いた。
「母親はこの世には、もういないんだ」